Fate/Advent Hero   作:絹ごし

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第10話「空白のエンブレム」

 真司は蓮を見上げ、蓮は真司を見下ろす。

 そして、お互いに俯いて溜息をつく。ずっと睨み合っていても埒があかない。

 真司はこの鬱屈とした気分を、さっさと花鶏の美味しい紅茶で流し込みたくなった。目の前に立っている蓮を、また左に避けようとする。

 

「うおっ」

 

「ああっ」

 

 真司が俯いたままで動いたからか、今度はぶつかり合ってしまった。

 それでも、蓮は頑なで、道を譲る気が無いようだ。いつまでも動かない真司に焦れて、その胸ぐらを掴んできた。

 

「な、なにすんだよっ」

 

 その手を払いのけようとする前に、蓮は真司を後ろに退けた。

 たたらを踏みながら、真司は乱れた襟元を整えて、再び蓮を睨みつけた。他人がどうこう言おうが、あの性格は矯正されることは無いのだろう。

 しかし、気が変わった。相変わらずな態度を見て、真司は何か一言、蓮に言ってやりたくなった。

 

「ちょっと、蓮!不貞腐れて年下の子に八つ当たりするなんて大人気ないんじゃないの!」

 

 しかし、真司が口を開く前に、慌てたような足音とともに、背後から蓮を咎める声が聞こえてきた。どこかで聞き覚えのある女性の声だ。

 その言葉に対して、蓮はうんざりした表情で女性に返事をする

 

「元はと言えば、お前のせいだ———」

 

 ———恵理。

 

 その名前と蓮の視線に誘導されて、真司は後ろを振り返る。真司の覚えに間違いはなかった。

 小川恵理(おがわえり)。蓮の恋人の女性だ。

 かつて、真司が病院で見た彼女の血の気が無かった顔は、別人と見紛うほどに健康的になっている。

 恵理は清明院大学で行われた、ミラーワールドの実験の所為で植物状態になってしまった被害者の一人だ。

 現在、彼女が無事であるということは、清明院大学でミラーワールドの研究が行われなかった確証に繋がる。

 昼頃に真司が清明院大学へ潜入した際に怪しい研究室は見当たらなかったのだから、少し考えれば直ぐに気づけることだったが。

 

「もうっ、少しからかっただけじゃない!………ごめんね。君、大丈夫?この人、本当はそこまで悪い人じゃないんだけど…」

 

 真司が内心で納得していると、あろうことか、恵理は蓮の代わりに真司へ謝罪をしてきた。本当に蓮には勿体無いぐらいに、人格がよくできた女性だ。

 だが、逆に言うならば、後にも先にも、彼女ぐらいしか居ないのだろう。無愛想な蓮の恋人が務まる女性は。

 

「あっいえ、俺はそこまで気にしてないです。……そんなことより、あんた」

 

「……なんだ?」

 

 そう言いながら、真司は蓮の方に目を向ける。

 気にしてないならさっさと失せろ。そんな視線を蓮は返して来たが、真司はその視線を無視して、口を開いた。

 

()()()()、あんまり蔑ろにしない方がいいぞ。愛想尽かされたら、後悔するのはあんたなんだから」

 

「なっ!お前———」

 

 蓮の返答を待たずに、恵理に軽く一礼をしてから、真司は花鶏の出入り口へと軽い足取りで歩いて行った。美味しい紅茶が待っている。

 気に入らないあの男に一泡吹かせてやった後の紅茶は格別に違いない。

 

 

 

「あいつ、余計なことを」

 

 蓮は心の中で舌打ちをして、水色のジャンパーの少年を見送る。先ほどの道を譲らない様子からして生意気で、非常に気に入らなかった。

 

「蓮、あの子に諭されちゃったね」

 

 蓮の内心を知ってから知らずか、恵理は微笑を口角に浮かべながら蓮を再びからかってきた。

 

「…………」

 

 恵理の言葉に蓮はさらに不貞腐れて、荒っぽくバイクに跨ってヘルメットを被った。そして、ハンドルを握ってエンジンを掛ける。

 

「………恵理、乗るなら早くしてくれ」

 

 だが、蓮は恵理を置いていくような真似はしなかった。決してあの少年に言われたからではない。

 恋人だと見抜かれたのは癪だが、確かに蓮にとって恵理は命に代えても守りたいと思える大切な人だ。こんな自分に優しくしてくれるのは後にも先にも恵理だけだろう。

 

「……ふふっ、ありがと、蓮」

 

 蓮の素直ではない不器用な気遣いに、恵理の頬はさらに吊り上がる。

 恵理がバイクに跨り、二人分の体重がかかるのを確認した蓮はハンドルを捻ってゆっくりと発進した。

 しばらく走っていると、赤信号がバイクの進行を遮る。

 

「でも、珍しいよね、蓮に物怖じしない子って。もしかして知り合いだったりするの?」

 

 仕方なく速度を緩めて止まると恵理は、あの生意気な少年の話を蒸し返してきた。

 

「まさか。あんな見るからに頭の悪そうな奴は、相手にするだけでも真っ平御免だ」

 

 あの少年の印象を例えるならば、今まさに、自分の道を遮っている赤信号だ。

 蓮は赤信号に道を遮られるのが大嫌いだった。その図々しさすら感じる複眼のような赤いランプを見ていると、無性に腹が立つ。

 なので、なるべく信号の少ない道を走っているのだが、捕まる時は捕まる。無視することもできないのがもどかしい。

 

「そうなの?でも、ああいう性格の子の方が蓮とは気が合うと私は思うけどな」

 

 蓮って友達居ないし。

 お互い遠慮する必要が無い間柄ではあるが、恵理は時々忌憚の無い言葉の爆弾を投下することがある。

 

「一言余計だぞ。俺はそんなもの、欲しいとも思っていない。……だが」

 

「……だが?」

 

 恵理が話の続きを促してくる。だが、蓮はその返答の代わりにエギゾースト音を響かせた。タイミング良く信号が青に変わったのだ。

 バイクを急発進させると、後ろから小さな悲鳴が聞こえた。

 遅れて、恵理は抗議の声を上げる。しかし、蓮は聞こえないふりをして運転に集中した。

 

 ———だが、あいつと似たような雰囲気の馬鹿を知っているような気がする。

 

 その言葉を蓮は飲み込んだ。おそらく、あの少年とは二度と会うこともないだろう。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

「紅茶ください!」

 

 扉を開けると、懐かしい紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。

 居候したての頃は何度も転びかけた、少し危ない段差を降りて、真司はカウンターに立っている店主に対して注文をした。

 

「キーマンのストレートで!」

 

 元々、真司はコーヒー党であり、紅茶は飲まず嫌いだった。だが、花鶏に居候して、店の手伝いをしているうちに、紅茶の香りに興味を抱き始めた。

 そして、物は試しにと飲んで以来、すっかり紅茶の魅力に惹き込まれてしまったのだ。

 

「紅茶は無い。コーヒーだけ」

 

「えっ?」

 

 そんな筈はない。花鶏という喫茶店は、あまり見かけない紅茶専門の喫茶店だ。

 一見さんにはコーヒーを注文されることが多いが、現に紅茶の匂いが店内に香っている。

 

「でも、叔母さん、紅茶飲んでるじゃないですか」

 

 真司は、その香りの元であるティーカップを指差す。

 すると、カウンターに立っている中年の女性…神崎沙奈子(かんざきさなこ)は思い出したかのように手元を見下ろして、真司を見返した。

 

「………冗談よ、キーマンのストレートね。直ぐに淹れるから待ってなさい」

 

「お、お願いします」

 

 ぞんざいな沙奈子の接客態度に困惑しながらも、カウンター前の丸椅子に座って、さりげなく真司は店内を見渡した。

 自分以外に客の姿は無かった。もうすぐ閉店時間になるからだろうか。

 

「………?」

 

 花鶏の店内にはこれといった差異は見受けられない。

 しかし、自分から見て左側、アクリルのパネルに飾られた写真が気になった。

 真司の記憶に間違いがなければ、このパネルには神崎兄妹の写真が飾られていたはずだったが、見知らぬ子どもたちが仲睦まじく写っている写真に変わっている。

 

「ほら、キーマンのストレート。冷める前に早く飲みなさい」

 

「は、はい。いただきます」

 

 真司は、その疑問を一旦置いておくことにした。今は目の前の紅茶を楽しみたい。

 砂糖を一匙だけ紅茶に入れる。そのまま飲むのも悪くはないが、砂糖を入れることでさらに増すまろやかな風味が真司は大好きなのだ。

 飲んでいるだけで、なんだか自分が貴族にでもなったような、優雅な気分になる。

 真司が紅茶の香りを楽しんでいると、ビスケットが乗せられた小皿が隣に置かれた。

 

「さっきの冗談のお詫び。お茶菓子無いとつまらないでしょ」

 

「あっ、ありがとうございます」

 

 接客態度とは裏腹に、サービスが行き届いているのはなんとも言えない。

 そんな沙奈子のちぐはぐな厚意に感謝をしつつ、真司は紅茶に手をつけ始めた。

 

 

 

 真司は一頻り紅茶とビスケットを堪能してからお代を払った後に、あの写真についての話を切り出そうか迷っていた。

 

「………ん?」

 

 そんな中、ズボンのポケットに入れていた携帯が振動した。一抹の不安が脳裏をよぎるが、無視するわけにもいかない。

 

「うわっ、桜ちゃん…。そういえば返信するの忘れてたよ…」

 

 携帯を開くと桜からの電話だった。心なしか、無機質な着信音に桜の激情が込められているような気がする。

 出るのが非常に憚れる。憚れるが、出なければ帰宅後の説教が長引くことだろう。

 真司は重たい足取りで席を外して、電話に出た。

 

『……………………………』

 

「あの〜もしもし、桜ちゃん?」

 

 電話の向こうの桜は無言だ。

 気まずくなって真司が応答すると、安心したような、呆れたような、どちらとも捉えられる吐息が聞こえた。

 

『………兄さん、どうして返信してくれなかったんですか。私、とっても心配したんですよ』

 

「ご、ごめんなさい。朝には気がついたんだけど、その後に忘れちゃってさ…」

 

『勝手に学校も休んで…。まあ、説教は後にします。今居る場所はどこですか。直ぐに迎えに行きますから教えてください』

 

 心配してくれていたのは嬉しいが、最近の桜は少々お節介が過ぎる。これではまるで、自分が弟ではないか。

 さらに、精神的に言えばもっと年上であるというのに、こんな有様では面目が保てない。

 …桜が自分よりもしっかりしているというのは、認めざるを得ない真実だが。

 

「いや、わざわざ迎えに来なくても大丈夫だから!今、俺が居るの東京だし!」

 

『………東京。何の用があってそんなに遠くまで行ってるんですか?』

 

「あ、ああ…。ええっと、その…」

 

『?』

 

 ミラーワールドが有るのか無いのか。それが気がかりで仕方がなかったので調べて周っていました。などとは言えるはずがない。

 だが、いつまで口籠っていては桜に疑われてしまう。

 

「ちょっと古い知り合いを訪ねてただけだよ」

 

『古い知り合い?』

 

 咄嗟に出た言葉にしては上出来だろう。嘘自体はついていない。真司からすれば、蓮たちは十年前の知人なのだから。

 

「とにかく俺は大丈夫だから!なんかあったら連絡してね。それじゃあ桜ちゃん、俺まだ用事あるから切るよ!」

 

『えっ?に、兄さ———』

 

 真司は強引に話を切り上げて通話を終了させた。携帯をマナーモードにしておくことも忘れない。

 これ以上、痛い腹を探られたくはなかった。自分は隠し事が得意ではないということもある。

 だが、桜は電話越しでも内心を見抜いてくるに違いない。

 

「ねえ、坊ちゃん」

 

「……はい?」

 

 声をかけられて、真司が振り返ると、カウンターに肘をついて、沙奈子がこちらを見ていた。何が微笑ましいのか、少しだけ口の端が吊り上っている。

 

()()()()、あんまり蔑ろにしない方がいいわよ。愛想尽かされても、後悔するのはあんたなんだからね」

 

「………はぁ?」

 

 まさか、一時間も経たないうちに蓮に放った言葉をそっくりそのまま、しかも別人に返されるとは想像していなかった。思わず真司は素っ頓狂な声を漏らしてしまう。

 

「いや、そんな関係じゃないですよ。確かに愛想尽かされたら困りますけど」

 

 だが、蓮のように動揺する理由はない。大事な人だという意味では共通点はあるが、桜は断じて恋人などではないのだから。

 真司は沙奈子の勘違いを正してやろうとした。

 

「そもそも、あの子は俺のいも———」

 

「———まあまあ、私の勘に間違いはないわ。もう十分紅茶は飲んだでしょ?こんな所に居ないでさっさと家に帰って安心させてやりなさい」

 

「あっ、………はい」

 

 言葉を遮られ、渋々真司は引き下がった。思い出したのだ。この人は良くも悪くも、我が道を往く性格なのだと。

 彼女の中で一度定まってしまった勘違いを正すのは、簡単なことではない。

 

「ごちそうさまでした。紅茶、美味しかったです。また今度来ますから」

 

 名残惜しいと思いながらも、沙奈子に見送られ、真司は花鶏を後にした。

 あの子どもたちの写真のこと。優衣の姿が見られないこと。神崎邸が取り壊されていること。

 沙奈子に聞きたいことは沢山あったが、なんとなく、それを自分が聞いてしまうのは邪推を通り越して無粋になるような気がした。

 散々東京を歩き回って疑問が生まれた。蓮とすれ違って花鶏を訪ねてからは、それが確信になった。

 もう、この世界にミラーワールドは存在しない。ライダーバトルは行われていないのだと。

 

「……うん、もう帰るか」

 

 これ以上桜に心配をかけさせたくはない。ついでに機嫌を損ねたくもない。

 夜遅くになってしまうが、荷物をまとめて今日中にでも帰ることに決めた。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 瞑色の空が夜の到来を嫌でも感じさせる。

 念のため、左手の腕時計を確認すると、幸い発車時刻にはまだ余裕があった。しかし、真司は早歩きで駅へと向かう。

 少しだけでも長く、お土産を吟味する時間が欲しいのだ。どちらかといえば食べ物、それもお菓子が好ましいだろう。うまく桜の好みを引き当てることができれば、話を有耶無耶にできるかもしれない。

 

「………霧か?これ」

 

 なるべく近道をしようと、人気の無い道を歩いていた真司だったが、交差点に差し掛かったところでその足は止まった。

 方向感覚を失うほどの濃霧が、真司の歩く道を塞ぐように湧き上がり、周囲を浸していたのだ。

 冬霧、というやつだろうか。だが、霧とは雨が止んだ後や早朝に大抵発生するものだ。今日は雨も降っていない。さらに、現在は夕方なのでなんとも不可解な現象だ。

 霧の箱に閉じ込められたかのように動けない。しかし、もたもたしていると発車時刻に間に合わない。

 無謀な賭けになるが、真司は勘を頼りに駅へと向かうことに決めた。

 しかし、真司が一歩踏み出すと同時に、その脇を一陣の風が通り過ぎた。

 

「……………」

 

 その風は霧をかき分けるようにして、一本の道を切り開いていく。

 無意識のことだった。その道に、その先に誘われるように進み出したのは。

 やがて、奥へと進むにつれて霧が晴れてゆき、目の前に寂れた教会が姿を現し始める。

 上を見上げると、尖塔から伸びる十字架が、朧げな夜空に浮かぶ下弦の月に向かって屹立していた。

 

「———っ!」

 

 突如として、生前に聞き飽きた耳鳴りが、頭蓋を砕く勢いで真司の頭を揺らし始めた。

 まるで、来なければ殺す。とでも宣告しているかのようだ。

 

「………ああ、そうかよ。言われなくても、行ってやる」

 

 そんなことを呟きながら真司は右手で頭を押さえて、教会の扉へとおぼつかない足取りで向かう。

 背中に体重を乗せて、重たい扉を開いて室内に入ると、寂れた見た目に違わぬ荒れ放題の礼拝堂が視界に広がる。

 だが、そんなことよりも、真司は聖壇に置かれたある物に目を奪われた。

 カードデッキ。自らの願いのために戦う仮面ライダーである証明。遠目でも見間違えようの無い空白のエンブレムが、そこにはあった。

 

「安心した直後に、この仕打ちかよ……」

 

 聖壇の周囲に散らばったステンドグラスの破片が月明かりに照らされて、色とりどりの美しい光を反射している。

 その破片から虚ろな影が、光を飲み込むように現れた。それは徐々に増えて集まり、やがて人の形になってゆく。

 その影には顔がない。それでも、正体については考えるまでもなかった。

 

「…なんの事情で、そんな姿になってるのかは知らない。だけど、正体を隠してるつもりなら無駄だぞ」

 

『………………………』

 

 真司は影を睨みつけるが、影は微動だにしない。自分がこちらへ来るのを待っているようだ。

 その意図を汲んだ真司は躊躇うことなく聖壇へと歩き出した。

 

「なあ、返事ぐらいしろよ———」

 

 ———神崎士郎!

 

 そして、聖壇に立つ男の名前を叫んだ。

 




仮面ライダーものなのに変身をするのに二ヶ月かかっている作品があるらしいですよ。
ですが、ようやく念願の変身を、戦闘描写を書くことができる!
……次回になるんですけども。

感想、アドバイス、お待ちしております。

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