Fate/Advent Hero   作:絹ごし

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第11話「空白の騎士」

 寂れた礼拝堂に真司の叫び声が反響する。

 真司が警戒を緩めずに、ゆっくり聖壇に近づくと、虚ろな影はようやく返事を返した。

 

『………もう気は済んだか、城戸真司』

 

「っ———!やっぱりお前なのか、神崎!」

 

 これまで会ったことのある人物ならば、誰も知らないはずだった、自分の本当の名前を影は…神崎は平然と呼んだ。

 もう、どこにも別人であることを疑う余地はないだろう。

 また、同じことを繰り返すつもりなのか。俺に、戦えと言うのか。真司はそれを神崎に問いただそうとする。

 

『今日を経て、お前が得た確信…。それは間違いではない』

 

「な、なんだって?」

 

 だが、その前に神崎は予想もしていない事を口にした。その言葉に聞き誤りがなければ、ミラーワールドは閉じられていて、ライダーバトルも行われていないことになる。

 つまり、神崎は自分の妹を…優衣の命を既に諦めたことになる。

 

「………心変わりしたってんなら、聞きたいことがある。…なんのつもりで、俺を呼び出したんだよ」

 

 真司の言葉には二つの意味が込められていた。

 一つ目は、単純にこの場所に自分を呼び出したこと。この男がなんの理由もなく呼び出すわけがない。然るべき理由があるだろう。そうでなければ、真司は今頃は駅に着いていて、冬木に帰っている。

 二つ目は、死んだはずの自分が他人の体で未だに生き長らえていること。それに関して、神崎の仕業である確信は真司にはなかったが、神崎以外にそのようなことが出来る人物に心当たりもなかった。

 

『お前が現在置かれている状況には、俺は一切関与していない。お前を此処に招いた理由は———』

 

 ———これだ。

 

 神崎はそう言いながら、聖壇に置かれたエンブレムを真司に投げ渡した。

 エンブレムは虚空を舞い、引き寄せられるかのように、真司の手に収められた。

 真司はエンブレムを食い入るように見つめる。見間違えようがない、未契約のカードデッキだった。

 

「な、なんで、俺にカードデッキなんか渡すんだよ。もう、戦いを繰り返すわけじゃないんだろ?」

 

『………そのことについて、全てを説明しきるのは不可能だ。俺には既に時間が残されていない』

 

「神崎……?」

 

 真司はカードデッキから視線を外し、神崎を見やる。

 その四肢からは砂のような粒子が、重力に逆らって流れている。それは、ミラーワールドの時間切れによる消滅の兆候と酷似していた。

 

『もうすぐ、長い夜が…新たな戦いが始まる。………その時にそれをどう扱うのかは、お前次第だ。好きに使うがいい』

 

「新たな戦い…?なんだよそれ、今度は何を企んでるんだ!優衣ちゃんのこと、お前はまだ諦めてないのかよ!」

 

 真司は板張りの床を踏み抜く勢いで、神崎に駆け寄る。しかし、真司が辿り着くよりも僅かに早く、神崎はこの世界から消滅した。

 

 ———俺の願いは、既に叶っている。

 

 そんな言葉を、最後に言い残して。

 消滅の寸前、漆黒によって形作られた虚ろな影の無貌に、真司は見える筈のない安堵の表情を見た。

 

「………………」

 

 外に繋がる隙間から漏れる風の音だけが、礼拝堂に虚しく響き渡る。

 先刻に、この世ならざる虚ろな影が聖壇に立っていたと言っても、誰一人として信じることは無いだろう。

 散らばったステンドグラスの破片を月明かりが照らし出す。

 色とりどりの、無邪気な色彩の欠片たちは、幼子が描く絵画のようにも見えた。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 車内のアナウンスが、間も無く冬木市に…正確には新都の駅に辿り着くことを告げる。終電間際の時間帯だからか、座席は閑散としていた。

 

「結局、それらしい気配もしなかった…か」

 

 真司はそう呟いて、膝に置かれたカードデッキを見つめる。

 真司にとって、これは縁起でもない曰く付きの代物だった。許されるならば、踏み砕いてしまいたくなる程度には。

 しかし、そうする訳にもいかず、ここまで持ち帰ってきたのだ。

 カードデッキの所有者は、此方の世界とは別の世界。鏡の向こうの世界の住人であるミラーモンスターの存在を認識することが出来る。

 真司は駅へと向かう道すがら、意識を集中させて気配を探ったが、結果は先ほど呟いた言葉通りだった。

 

「あ、やべっ」

 

 真司が考え事をしている内に、電車は止まっていた。早く降りなければ乗り過ごしてしまう。

 車内に忘れ物をしないように気をつけながら、真司は慌ただしく電車を降りた。ここから先は原付だ。

 階段を下って、改札を抜けて出口へと向かう。真司の帰りを促すように、駅の出口の自動ドアが開いた。

 

「………?」

 

 そして、隙間から入ってくる風が、真司の帰郷を出迎えるように流れ込んできた。

 しかし、その風はとても鋭い針が骨の髄に突き刺さる錯覚に陥るほど冷たい。だというのに、なにか自分の知らない生物の息遣いのようにも感じられた。

 

「夜の冬木ってこんな雰囲気だったっけ…?」

 

 恐る恐る、といった足取りで真司は駅を出て、原付を停めている駐車場へと歩き出す。

 粘り気を帯びているような、密度の濃い夜の闇とは対照的に輝く月の光が、真司の目には酷く不気味に映った。

 自然と歩幅も広くなり、急ぎ足になっていく。この不気味な空気がもたらす、押し潰すような圧迫感が嫌で、とにかく家に帰りたくなったのだ。

 しばらくして、真司はバイクに跨り大急ぎで帰路についた。

 

 

 

 眠っているかのように閑静な住宅街に、控えめなエンジン音が響く。道を疎らに照らしている街灯の明かりはどうにも頼りない。

 

「…ほんと、なんだってんだよ」

 

 無意識のうちに周囲を警戒していたおかげだろうか。ヘルメット越しから、屋根を突き抜けるような破砕音が真司の耳に入ったのは。

 確か、この辺りには衛宮邸がある。方角からしても間違いはない。

 

 ———あまり、()()()まで出歩かない方がいい。

 

 ———もうすぐ、()()()が…新たな戦いが始まる。

 

 ふと、手塚と神崎の言葉が脳裏をよぎる。どちらの言葉にも"夜"という単語が共通して存在した。

 その事実が、余計に真司の不安を駆り立てた。ハンドルを捻りスピードを上げて、道をまっすぐに進む。

 衛宮邸に近づくにつれて、金属がぶつかり合う音と、ガラスが割れる音が聞こえた。どう考えても只事ではない。

 そして、とどめと言わんばかりに真司の頭を耳鳴りが揺らした。

 

「くっそ!なんでよりにもよって———」

 

 ———あいつが、士郎が襲われてるんだよ!

 

 無理矢理に原付を路上に停めて、真司は衛宮邸へと走り出した。その右手にはカードデッキが握り締められている。

 一刻も早く駆けつけなければ、士郎がミラーモンスターの餌食になってしまう。

 士郎はずっと誰かのために生きてきた。自分のことなど御構い無しに。

 これからも、その生き方を貫いていくのだろう。なんせ未だに正義の味方に憧れているぐらいなのだから。

 もしかすれば、世界中を飛び回って不幸な人々を片っ端から救うような男になるかもしれない。

 そんな奴が、こんなところで、理不尽に死んでいい筈が無い。あんな戦いに巻き込まれて、命を失っていい筈が無い。

 気がつけば右手のカードデッキは、腰のバックルに収められていた。

 やがて、闇を切り裂くように、真司の体を光が包み込む。その光が消えると同時に、仮面の騎士が現れた。

 

「同じ事を繰り返すつもりだってんなら…。俺も同じ事を繰り返してやるだけだ…」

 

 そして、仮面の騎士はアスファルトを踏み砕いて、夜の闇へと飛び込んでいった。

 

 守る為に戦う。そんなものが戯言であることなど、とうの昔に分かっている。

 分かっていてなお、一度、壮絶に散ってなお、戦う以外に自分が取れる選択肢など無かった。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

「ごほ———っ、あ………!」

 

 腹に風穴が開くのではないか。そう思う程の回し蹴りを受け、士郎は二十メートル以上先にある土蔵の壁に叩きつけられた。

 それが相手の意図されたものなのかは知らない。だが、どちらにせよ、距離は稼げた。士郎はどうにかして、土蔵へ入ろうと壁伝いに歩き、鉄扉へと手を掛けた。

 しかし、蹴られた腹部と壁に打ちつけた背中が訴える激痛に耐えきれず、膝から崩れ落ちる。

 

「—————」

 

 なんと悪運の強いことか。己の心臓を穿とうとした紅の槍は、頭上を雷のように通過して土蔵の鉄扉をこじ開けた。

 すかさず、士郎は軋む体に鞭打って土蔵へと滑り込んだ。強化の魔術を施したポスターは既に折れ曲り、武器としての役割を果たせない。何か、別の武器が必要だった。

 

「チィ…男だったらシャンと立ってろ」

 

 自分を蹴り飛ばした張本人である槍兵は、悪態をつきながら気怠そうに槍を構え直し、土蔵の中へと歩み寄る。

 緩慢な動作とは裏腹に、手に持つ槍と同質の殺意を込められた鋭い双眸が物語っていた。次など無いと。

 

【GUARD VENT】

 

 だが、どこかから無機質な機械音声が流れ、槍兵の歩みを遮る。

 そして、空気を切り裂く音とともに、上空から円盤状の物体が唸りを上げて蒼の槍兵へと迫った。

 

「———っとぉ!」

 

 それは、完全に意識の外からの、死角からの不意打ちだった。だというのに、槍兵は風切音だけで方角と速度を見抜き、獣の如き敏捷性でそれを避けて見せた。

 標的を外した円盤が地面を砕く。轟音が響き渡り、巻き上がった砂埃が晴れていく。突き刺さったまま、未だ緩やかに回転している円盤の正体は、一切装飾のないシンプルな円盾だった。

 

「危ねぇ危ねぇ、不意打ちとは随分なご挨拶だな?」

 

 士郎と槍兵の間を塞ぐように、何者かが降り立った。

 

「…………」

 

 仮面の騎士が、そこには居た。苛立ちを含む槍兵の問いかけには反応せずに、士郎を一瞥する。不思議と危険は感じなかった。

 剣道の面を模した仮面の隙間からは一対の赤い光が漏れていた。士郎はこちらを見る赤い瞳が、自分の身を案じているかのように思えた。

 

「おいおい、無視かよ。だが、魔術師って雰囲気でも、ましてやサーヴァントって雰囲気でもねぇ。………何者だ?テメェ」

 

「———っ!!」

 

 直接自分に向けられたものではない。だというのに、背筋を包丁で開かれ、剥き出しにされたような怖気が走る。

 改めて士郎は思い知った。先ほどの襲撃はあの槍兵にとって茶番だったのだと。

 その殺気を背中に受けて、仮面の騎士は腰に巻かれたエンブレムからカードを一枚引き抜いて、槍兵に向き直った。

 

「………そりゃこっちの台詞だよ。あんたこそ、見た目は人間だってのに、なんだか決定的な部分が違う」

 

 仮面の騎士はそう言いながら、左手のバイザーにカードを挿し込んだ。

 

「それよりも、……あんた、俺の後ろに居るあいつ、殺す気なのか?」

 

「ああ、つまらん雇い主の意向でな。目撃者には目障りだから死んでもらうんだとさ。その意味では、割り込んできたテメェも該当しちまうな」

 

「……そうかよ」

 

 聞くまでもない、分かりきったことだった。とでも言わんばかりに、仮面の騎士は慣れた手つきでバイザーを上にスライドさせる。

 

【SWORD VENT】

 

 無機質な機械音声が流れる。先ほどと同質のそれは左手のバイザーが発する音だった。

 その音と同時に、月の光に反射する鉄の扉から、剣が放たれ、仮面の騎士はそれに目も向けずに受け取った。

 そして、槍兵に向かって剣を正眼に構え、槍兵へと飛びかかった。

 

「………一つだけ、はっきりしたことがある。あんたは俺の敵ってことだ!」

 

 地面を踏み砕いたことによって生じた石飛礫が士郎の顔に飛来する。思わず両腕で顔を覆ってしまった。

 

「へっ、それもそうだなァ!」

 

 金属と金属が…剣と槍が互いを切り裂かんと、貫かんと衝突し合う。守るための、殺すための戦いが始まった。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 真司は仮面の奥で困惑していた。士郎を襲っていた者の正体。それはミラーモンスターではなく、謎の男だった。

 それだけならば、ただの暴漢ということで話は終わる。だが、返り血のように不気味な光沢を帯びている槍が、その槍を己の体の一部のように自在に操る男の気配が、真司に警鐘を鳴らしていた。

 

「そらそらそらァ!最初の威勢はどこに行ったァ!?」

 

 只者では無いと。

 

「———ぐ、うぅ!」

 

 狙撃銃のように正確無比な点の攻撃が、真司の体を穿とうと迫り来る。

 とても目で追える速度ではなかった。真司はその攻撃を己の直感を以ってして斬り払い、どうにか凌ぎ続ける。

 反撃の余地など一切無い。まさしく防戦一方だった。その状況を打開すべく、真司は槍兵へと踏み込み、肉薄しようとする。

 だが、足元を払うように振るわれた槍が、その踏み込みを許さない。真司は堪らず飛び退いて、歯噛みする。さらに距離を離されてしまった。

 

「くっそっ!」

 

 回数にして、およそ二十。真司は槍兵と切り結んだ。

 その間に自分が一太刀も反撃を返せていないという事実に、彼我の実力差を痛感してしまう。

 未契約のカードデッキ。それだけでも十分に人智を超えた力を齎す物だ。だというのに、現状、押されているのは自分の方だ。

 剣を構え直し、警戒を最大限に引き上げて、真司は槍兵へとにじり寄る。

 距離は十五メートル、決して短い距離ではない。だが、あの槍兵は一息でこちらへと踏み込み、攻撃を浴びせることができるだろう。有って無いようなものだ。

 

「どうした。来ないのか?」

 

 しかし、あちらから仕掛けて来ないのは、自分を侮っているからだろう。

 槍兵はこちらを誘うように手招きした。その吊り上げられた口角には挑発の意味が込められている。

 

「馬鹿にしやがって…!」

 

 言葉とは裏腹に、真司の頭は冷めきっている。その原因は、手に構える剣の重心の違和感だった。

 槍兵との一方的な打ち合いの果てに、刀身が歪み始めているらしい。折れるのは時間の問題だが、これでもよく保った方だろう。

 鈍らの剣であることを悟らせないように、わざと真司は槍兵の挑発に乗った。雄叫びを上げて槍兵へと疾駆する。

 

「待ってました…っと」

 

 構えた槍が空間を引き裂き、唸りを上げて迫る。狙いは顔面。あからさますぎるその攻撃を、真司は剣で受けずに屈んで避け———。

 

 ———反撃せずに、低い体勢のまま横に転がった。

 

 その直後、自分が元居た地面に槍が突き刺さる。あのまま反撃に移っていれば、真司は背中から串刺しにされていただろう。

 

「やっぱりな…!」

 

「ほう?逆上して突っ込んで来たと思ったんだが、冷静じゃねぇか」

 

「そんなフェイント、引っかかるかよ!」

 

 そうして、今度こそ大きく踏み込んで、上段に構えた剣を振り下ろした。

 槍は地面に突き刺さったまま。その槍を引き抜く前に、この剣は槍兵に届く。これが最初で最後のチャンスだった。

 

「———歯ぁ食いしばれ。仮面野郎」

 

「がっ———はぁっ!?」

 

 刹那、顎に伝わる衝撃とともに、真司の世界は縦に回転した。五度、宙を舞いながら地面に叩きつけられ、身体中の空気が吐き出される。

 目が回る。現状を理解できない。シェイクされた頭を押さえて、敵を…槍兵を見据える。

 

「顎、砕くつもりで蹴り飛ばしたんだがなぁ…随分と頑丈な仮面じゃねぇか———」

 

 ———この鈍らと違って。

 

 地面に転がる剣を槍兵が無造作に踏み折る。その甲高い音が、真司を現実に引き戻してくれた。

 頭を振ってどうにか体勢を立て直し、相手の攻撃に備える。

 

「なあ、次はどんな手品を使うんだ?盾に剣と来れば…今度は弓か?」

 

 槍兵は愉快そうに牙を剥いて、こちらが次に何を仕掛けてくるのかを期待して待ち構えている。

 デッキに収められているカードはあと二枚。封印のカードなど、ミラーモンスターではないこの男に通じるとは思えない。

 しかし、試してもいないことを無理だとは言い切れない。破れかぶれに、真司はデッキから封印のカードを引き抜こうとした。

 

「………!」

 

 だが、カードを引き抜こうとする手は、揺さぶられた頭に追い打ちを掛けるような耳鳴りによって止まった。

 真司は横を向いて、一人分の穴が空いたガラス戸を見つめる。

 

「………さっきの忠告の恩返しってわけでもないけど。あんた、後ろに避けた方がいいぞ」

 

「はぁ? 何言ってやが—————っ!?」

 

 そう言い終わらないうちに、槍兵は真司の言葉通りに後ろへと飛び退いた。

 その前を赤い影が雄叫びを上げながら高速で横切る。そして、赤い影は真司を守るように、その周囲で塒を巻いた。

 

「………居るなら居るって言えよな———」

 

 ———ドラグレッダー。

 

 真司は呆れたように、懐かしむように、仮面の下で苦々しい表情を作りながら、赤い影の…赤い龍の名前を呼んだ。

 




元主人の危機に颯爽と駆けつけたドラグレッダー君。
何気に49話にて、真司がミラーワールドで消滅せずに現実世界で死ねたのはドラグレッダー君が運んでくれたおかげなのだと解釈しております。

感想、アドバイス、お待ちしております。

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