Fate/Advent Hero   作:絹ごし

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第13話『秘奥』

 

「流石に、きっつい……」

 

 龍騎は、自分が生きていることを再確認するように、腹の底から息を大きく吐き出し、同じように空気を大きく吸い込んだ。

 そして、道路の真ん中で仰向けになり、大の字で寝っ転がる。その無防備な休息を邪魔する者は誰一人として居なかった。

 あの衝撃波に乗じて、龍騎はミラーワールドへ逃げ込んでいたのだ。おそらく、その姿は見られてはいないだろう。

 

「ミラーワールドの方が安全とか…。よく考えたら、すごい状況だよな…」

 

 先程のランサーとの戦いの際にも、龍騎はミラーワールドに潜伏していたが、ドラグレッダー以外のミラーモンスターの姿は一切見受けられなかった。

 粗方ドラグレッダーが他のモンスターたちを食べ尽くしたといったところだろうか。

 

「あの子……。確か、あいつにはセイバーって呼ばれてたっけ」

 

 龍騎は起き上がって、カーブミラーから現実世界の様子を覗き込む。

 不可視の剣を携えた少女…セイバーは未だに警戒を解いていないようだ。ジリジリと龍騎が元居た場所へとにじり寄っている。

 

「あっ」

 

 不意に鏡越しから、慌てたように駆け寄る音とセイバーを引き止める声が聞こえてきた。

 

「やっべ! 士郎忘れてた!」

 

 土蔵に篭って居ればいいものを、士郎は何を考えているのかセイバーに対して咎めるような言葉を叫んでいる。

 話せば分かる相手じゃないだろう。馬鹿かあいつは。

 龍騎は内心で罵倒しながらも、咄嗟にカードを引き抜いてバイザーに差し込み、再び鏡に飛び込もうとしたが、それは杞憂に終わった。

 

「…………ん?」

 

 なぜか士郎とセイバーは言い争っていた。少なくとも、士郎を襲う気はセイバーにはないらしい。ランサー以上に話が通じない印象をあの少女に抱いていた龍騎は、若干その光景が拍子抜けだった。

 心なしか、士郎の言葉の勢いに乗って、セイバーの反論も荒々しいものになっているような気がする。

 左手のバイザーに添えた手を降ろして、どうしたものかと思案していると、いつのまにか隣に居たドラグレッダーが注意を促すように唸りを上げた。

 

「なんだよ、ドラグレッダー。もう大丈夫そうじゃ———」

 

 その言葉は、途中で止まった。不快感を煽るような、耳障りな吃音が、濁った足音とともに龍騎の耳に入ってくる。

 シアゴースト。ヤゴを彷彿とさせる大顎に、中身が透き通って見える頭部。

 突如として湧き出てきた人型の異形は、地面に落ちた飴に群がる蟻のように路上に駐車された車に向かっている。

 だが、その動きは龍騎が知るものよりも、遥かに緩慢だった。その一歩一歩が、間違いなく自らの命を擦り減らしていると感じさせる程に。

 

「ヴッ…ヴヴ……」

 

 やがて、シアゴーストは車に辿り着くと、その窓ガラスに映っているセイバーと士郎に向かって飛び込もうとする。だが、その体が窓ガラスをすり抜ける事はなかった。

 そうして、硝子の割れる音が反転した世界に響き渡る。

 無様に窓ガラスを突き破ったシアゴーストは、しばらくの間、戸惑うように身じろぎをした後に、ようやく龍騎たちの存在に気がついたのか、緩やかな足取りで歩み寄ってきた。

 

「…よくわかんないけど、ドラグレッダー。頼んだ」

 

 龍騎がそう言うと、ドラグレッダーは先程よりも小規模な火炎をシアゴーストへ向けて吐き出した。

 その炎は瞬く間に燃え広がり、シアゴーストの体を焦がしてゆく。

 

「なんか、急に湧いてきたって感じだな……」

 

 燃え尽きてゆくシアゴーストを眺めながら、龍騎は頬に手を当てて考え込む。

 このミラーモンスターは、どうにも他のミラーモンスターとは雰囲気が違うような気がする。

 羽化と繁殖。その性質は他のミラーモンスターには無かったものだ。そして、極め付けにこの不可解な現象だ。

 

「っとと、追いかけなきゃな」

 

 気がつけば鏡に映る士郎たちが遠のいていた。目下の脅威はセイバーだ。

 突然、あの少女が心変わりをして、士郎に襲いかかるかもしれないのだから、目を離してはいけない。

 見た目で騙されてしまいそうになるが、仮面ライダーである自分と互角以上に渡り合った時点で、まともな人間ではないのだから。

 龍騎は急いで彼らの後を追った。もしかすれば、何か情報が聞き出せるかもしれないという打算も胸に抱えて。

 

「…………は?」

 

  そんな龍騎の足は、士郎たちの先に居る見慣れた知り合いの、見慣れない雰囲気を纏う姿によって止まった。

 赤いコートと左右に結んだ長い黒髪が特徴的な、学校では才色兼備の皮を被っている少女。その皮に騙されている全校男子の、ついでに士郎の憧憬の対象。

 遠坂凛が、そこに居た。赤い外套の男を側に伴って。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 現在、衛宮邸の居間では、士郎とセイバーが隣り合って座布団に座り、テーブルの向かいに凛が座っている。そして、なぜか凛は我が物顔で湯呑みに入った熱いお茶を啜っている。

 

「……………」

 

 怒涛の展開の連続で、龍騎の……真司の頭は破裂しそうになっていた。

 凛に襲いかかろうとするセイバー。そのセイバーを必死に止める士郎。そんな士郎の様子に呆れる凛。側から見ても奇妙な三竦みの関係が成立していた。

 そうこうしているうちに、凛がこの状況について説明すると士郎に言った。

 彼らは衛宮邸へと入っていくので、真司もミラーワールドを介して衛宮邸に上がり込み、居間の隣の部屋からこっそりと話を盗み聞きしているのだ。

 

 ———マスター、サーヴァント。……さっぱりわからない

 

 凛の話を聞いていた真司には、内容の半分も理解できているかすら自信が無い。馴染みのない単語が羅列され過ぎている。

 辛うじてわかったことだが、マスターというのは凛と士郎を。サーヴァントというのはセイバーとランサーを指す言葉らしい。

 

 ———魔術師ってのもだ。

 

 マスターになるには、魔術師に備わっている魔術カイロなる物が必要不可欠で、つまり、凛と士郎は魔術師であることになる。

 先ほど、居間に入った際も凛は割れたままのガラスや庭を元通りに直していたらしいので納得がいく。

 逆に士郎が驚いていたのは不自然だったが、凛曰く士郎は魔術師の中でも半端者なのだとか。

 

 ———魔術カイロ………。

 

 それにしても、魔術カイロという物はさぞかし温まるのだろう。真司は寒がりな方なので、二人が羨ましくなった。言えば分けて貰えないのだろうか。

 ………くだらない考えは頭の片隅に追いやって、真司は話に集中する。

 

 ———要は仮面ライダーとミラーモンスターの関係と似たような感じってことなのか。

 

 魔術というものに関する専門的な知識が無い真司には、マスターとサーヴァントの関係について、そのような結論しか下せない。

 だが、それらの事柄よりも、次に凛の口から告げられた言葉が真司を凍りつかせた。

 

「まだ解らない? ようするにね、貴方はあるゲームに巻き込まれたのよ。聖杯戦争っていう、七人のマスターの生存競争。他のマスターを一人残らず倒すまで終わらない、魔術師同士の殺し合いに」

 

 真司にとって、その宣告は悪夢のように残酷なものだった。

 

 

 

 聖杯戦争。七組のマスターとサーヴァントが命を懸けて殺し合う戦いに、図らずも自分が参加してしまっていることは理解できた。

 しかし、凛からの説明を聞き終えた士郎には、まだ疑問が残っていた。

 

「なあ、遠坂。最後に一つだけ聞きたいことがあるんだけど…」

 

「なに? 衛宮くん」

 

 凛は制服の上から赤いコートを羽織る。もう帰るつもりなのだろう。

 あまり話は長引かせない方がいいかもしれないが、自分を助けてくれたあの仮面の騎士について、士郎は少しでも情報が欲しかった。

 

「さっきの遠坂の言い方だと、サーヴァントはサーヴァントじゃなくても倒せるんだよな?」

 

 その言葉を聞くや否や、凛は士郎に対して咎めるような視線を向ける。自分がサーヴァントに挑むとでも考えているのだろうか。

 だが、それは凛の勘違いだ。三度も間近でサーヴァントの戦いを見てしまったのだから、逆立ちしても敵わない事など流石に分かる。

 

「…貴方、変なこと考えてないでしょうね。幾らかやりようはある。とは言ったけど、サーヴァントってのは基本的に魔術師の、それも貴方みたいなへっぽこの手に負える相手じゃ———」

 

「———違う。例外が居たんだよ。そいつはサーヴァントじゃないってのに、ランサーとまともに打ち合って、最後に一発、ランサーを殴り飛ばしたんだ」

 

 余計な一言を言う凛にむっとしながらも、士郎は話を続ける。ランサーに殺されかけた自分が無事である理由は、その例外が助けてくれたからなのだと。

 すると、凛はただでさえ大きい目を更に見開いた。…驚愕、しているのだろうか。

 

「シロウ。貴方は…」

 

 まだ、あの仮面の騎士を味方だと思っているのか。そんな視線を、セイバーは士郎に対して投げかける。

 

 ———やめろ、セイバー! あいつは俺を助けようとしてくれたんだぞ!

 

 ———敵の敵が、味方であるとは限りません。その油断に託けて、貴方を利用する可能性もあった筈だ!

 

 先ほど、龍騎に襲いかかったセイバーを止めようとした際の出来事を士郎は思い返す。

 自らの置かれている立場を知った今、その言葉の意味は痛いほど理解できた。

 だが、土蔵の扉の向こうから、自分を案じるように一瞥したあの赤い瞳を、士郎は勝手ながら信じたくなってしまったのだ。

 

「…たしか、そいつは龍騎って名前だったはずだ。遠坂、その名前に聞き覚えはないか?」

 

 

 

 

○○○

 

 

 

「……………」

 

 誰も居なくなったことを確認し、真司は居間の障子をピシャリと開けた。

 呆然としていたので、最後まで話を聞けなかったが、士郎たちは隣町の教会へ出かけたらしい。

 なので、数時間は戻って来ないだろう。念のため、ドラグレッダーに追跡を頼んでおいた。

 

「あ、靴履いたままだった…」

 

 真司は土足のまま上がり込んでいたことを思い出し、慌てて靴を脱いだ。そして、項垂れるように座り込む。

 

「…………痛ってえなぁ」

 

 先程、ランサーに蹴られたが傷が痛む。たとえ、仮面ライダーに変身したとしても、受けたダメージはある程度残るのだ。

 放っておく理由もないので、真司は怪我の手当てをすることにした。

 

「たしか、氷嚢と救急箱はっと………」

 

 台所の上の棚にあった筈だ。十年間、衛宮邸に通い詰めた年月は伊達じゃない。衛宮邸の何処に何があるのかは、物覚えの悪い真司の頭にも大体入ってしまっていた。

 無事に目的の物を発見した真司は、冷蔵庫にあった氷を氷嚢に入れて、打撲の部分に当てがった。

 

 

 

 ジクジクと熱く痛む傷の感覚を、冷え切った氷が鈍らせていく。

 

 「聖杯、戦争か……」

 

 嫌な予感はしていた。カードデッキ。理不尽に抗う力を神崎に与えられた時点で、自分たちの日常を脅かす何かが、迫っているのだと。

 しかし、凛が語った聖杯戦争というものは、作為的なものを感じる程に似すぎていた。かつて、自分が経験し、最期に命を落とした、あのライダーバトルに。

 

「…絶対、絶対、今度は止めてやるからな———」

 

 ———たとえ、もう一回死んだって。

 

 誰に向けた訳でもない言葉を真司は呟く。それは、ある種の決意表明だった。

 これは、あの戦いを止めることが出来なかった自分に対する罰なのか、再び与えられたチャンスなのか。そんなことは知ったことではない。

 契約をしたあの瞬間に、死ぬ覚悟など済ませている。どうせ、返し方も分からない拾った命だ。どこで使おうが、自分の勝手だろう。

 

 気がつけば、時刻は午前の二時過ぎになっていた。士郎たちが出かけてから、一時間以上は過ぎている。

 既に傷の痛みも引いた。後は冷湿布でも貼ってしまえば問題ないと、真司は判断した。

 そして、可能な限りここに誰かが居たという痕跡を残さずに後片付けをして、自分もミラーワールドから士郎たちの追跡をすることにした。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーッ!!!」

 

 聞く者の臓腑を震わせるほどの咆哮が、閑静な住宅街に響き渡る。その咆哮とともに、岩盤を削り出したかのように巨大な斧剣が、横薙ぎに振るわれ、セイバーを捉えた。

 ぐちゃり。とやけに湿った音がしたような気がしたが、その音は地面に叩きつけられる音によって掻き消された。

 

「———っ…」

 

 セイバーは不可視の剣を杖代わりにして、どうにか立ち上がる。その脇腹からは、壊れた蛇口のように鮮血が溢れ出し、アスファルトを赤く染めていた。

 だが、朦朧とした意識の中でも、その双眸は未だに眼前の敵を見据えていた。

 羆にも比肩する黒々とした巨躯が、詰るように緩慢な足取りで迫り来る。

 

「セイバー……!」

 

 士郎はその光景を、歯噛みして見ていることしかできない。そこに、凛の姿は無かった。

 教会に案内され、言峰綺礼(ことみねきれい)という聖杯戦争の監督役である男に話を聞いた後、彼女とは帰り道の途中で別れた。

 そうして、大橋を渡り深山町へ戻った直後に、士郎たちは遭遇してしまったのだ。敵対者である別のマスターに。

 

「一度でもバーサーカーを殺しちゃうなんて、随分と粘った方だと思うけれど、それももう終わりね。そいつに用はないわ、早く潰しちゃって。バーサーカー」

 

 その場にそぐわない、鈴の鳴るような声が、バーサーカーと呼ばれた巨躯に命令する。その言葉の内容は、可愛らしい声色とは裏腹に、残虐なものだった。

 

「くそっ!」

 

 どうして彼らは凛と別れる前に来てくれなかったのか。そんな後ろ向きな考えを振り払い、士郎は駆け出した。何かが出来るわけでもない。

 だとしても、自分の命を守ろうとしているあの少女を、このまま見捨てることが、士郎には出来なかった。

 

「…お馬鹿さんだなぁ。お兄ちゃんは」

 

「———ぐぁ!?」

 

 だが、駆け出した士郎の脚は、熱い激痛によって止まった。次の一歩を踏み出すことを脚が拒絶し、士郎は地面に倒れる。

 

「そんなに前に出たら、バーサーカーの攻撃に巻き込まれて死んじゃうよ? まだ全然お話しもしてないのに死なれちゃったら、私は悲しいな」

 

 士郎は倒れ伏したまま、声が聞こえた方向を見上げる。そこには十歳にも満たない容姿の少女が、愛おしそうにまなじりを緩めて自分を見下ろしていた。銀色に輝く糸で形作られた鳥を、傍で操りながら。

 イリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン。それが少女の名前だった。親しげな態度からして、イリヤは自分のことを知っているのだろう。

 だが、士郎には二日前に声をかけられた事以外に、心当たりは無かった。

 

「……っ!」

 

 気づけば、バーサーカーはセイバーの目前にまで迫っていた。しかし、立ち上がるという行為までが、彼女の限界だったのだろう。抵抗らしい抵抗は一切ない。

 奥歯を砕かんばかりに噛み締める。セイバーと共に戦うと誓ってから、一時間も過ぎていない。

 情けなくて仕方がない。戦うことを選んでおきながら、こうして不甲斐なく地面に倒れ伏している自分自身が。

 

「◼︎◼︎◼︎ーーッ!!!」

 

 勝鬨のようにも聞こえる咆哮とともに斧剣が振り上げられる。その直後の無残な光景を士郎は想像して、思わず目を瞑ってしまった。

 

 

 

【ADVENT】

 

 だが、その斧剣が振り下ろされることは無かった。

 

「◼︎◼︎◼︎ッ!?」

 

 横合いから全速力で赤い龍がバーサーカーへと突進する。その衝撃はいとも容易く、バーサーカーの巨大な体を宙へと弾き飛ばした。

 

「……ど、う……して……」

 

 この状況が理解できなかった。セイバーは掠れた声を漏らす。その霞んだ視線の先には、自分を守るように立っている者が居た。

 …龍騎。サーヴァントに匹敵する程の力を持つ謎の存在。

 

「喋れる元気があるなら大丈夫…ってわけでもないか…。とにかく動けそうなら、なるべく早く逃げなよ。あいつは、俺が食い止めるから」

 

「……な、ぜ、私……を助け、る……」

 

【GUARD VENT】

 

【SWORD VENT】

 

 どこからともなく、召喚された盾と剣で龍騎は武装すると、前方を警戒したまま、初めてセイバーを一瞥した。その仮面の隙間から見える瞳には、敵意の欠片も無い。

 

「………士郎が、君を助けようとしてたから。………君も、士郎を助けようとしてたから」

 

 龍騎の返答が、セイバーをさらに困惑させる。サーヴァントでも、魔術師でもないこの仮面の騎士が、何を目的としているのかは知らない。

 どちらにせよ、サーヴァントの一騎が脱落するという千載一遇のチャンスを、自らの手でふいにした。それだけは事実だった。

 どうにか、龍騎の言葉の意味を汲み取ろうとしたが、セイバーの思考は、こちら側へと向けられた赫怒の叫びによって遮られる。

 

「◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎◼︎ーーーーッ!!!!!」

 

「………っ! とにかく、君と士郎が逃げられるまでの時間は稼ぐから!」

 

 人の形をした雪崩が、アスファルトを踏み砕きながら迫り来る。その圧倒的な重圧に物怖じもせず、龍騎は前へと踏み込んでいった。




大変お待たせいたしました。週刊更新再開です…。
今後は龍騎リスペクトで毎週日曜の朝の八時くらいに投稿する事にしました。
…書き溜め、二〜三ヶ月は保てばいいなあ。

感想、アドバイス、お待ちしております。
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