Fate/Advent Hero   作:絹ごし

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第17話「水面の影」

 

 疎らながらも、登校する生徒たちの姿が真司の視界に映る。なんて事のない、ありふれた日常風景だ。

 道の端々にあるひび割れたアスファルトや半ばで折れた電信柱などの戦闘の痕にさえ目を瞑ればだが。

 真司はポケットの中にあるカードデッキを弄び、緩やかな勾配の坂道を同じくらいに緩やかな足取りで下る。

 どうせ、すぐ先の横断歩道の信号は赤だ。しかも、青に切り替わるまでの時間が長い信号なので、考え事をしながら歩くには丁度いい。

 

 現状、七人のマスターの内、真司が把握しているのは二名だ。士郎と凛。そのどちらとも知り合いであるという事実が余計に頭を悩ませた。

 おそらく、士郎とは簡単に協力関係を結べるだろう。士郎の性格からして、聖杯に叶えて欲しい願いがあるとは思えない。

 自分で叶えなければ意味がないのだと一蹴するような奴だ。

 しかし、セイバーの存在が障害になる。巻き込まれただけの士郎とは対照的に、彼女は明確な願いを持って聖杯戦争に臨んでいるに違いない。

 自らの願いを叶えるための戦いに、水を差すような行為をする真司とは、決して相容れないのが明白だった。

 そして、それは凛も同様だろう。

 

「結局、孤軍奮闘って感じか」

 

 生前、自分が置かれていた立場と何ら変わらないことに気づいてしまった真司は、全身に苔でも生えたかのような湿気った感覚を覚える。

 

「……………」

 

 いや、以前よりも悪い立場だとも言えるかもしれない。真司はサーヴァントと違い生身の人間だ。

 変身という過程を経て、真司は初めて彼らと同等に渡り合える。相手がそれを律儀に待ってくれるとは思えない。

 聖杯戦争に於ける立ち回りは、慎重に行わなければならないだろう。

 信号が青に切り替わり、真司はのろのろと横断歩道を渡る。

 

「おはよう、慎二くん」

 

「…………うん?」

 

 しばらく、俯き加減で歩みを進めていると、誰かが自分の横を並んで歩いていることに気がついた。掛けられた挨拶に促されて、真司は隣を見やる。

 

「なーに朝から亀みたいに歩いてるのよ。もっとシャキッとしなさいシャキッと」

 

「………おおぅ。おはよう、凛」

 

 真司は下降気味だった肩を少し震わせつつも、素知らぬ顔で隣を歩いていた凛に挨拶を返す。

 凛とは家の方向が大体同じで、登下校を共にすることが割とよくあることなのだ。

 今でこそ、ただの腐れ縁の友人である彼女との関係について、あれこれ聞かれることは少なくなったが、最初の頃は本当に大変だった。

 遠坂凛という少女は、真司の通う学校では一番の才色兼備と呼ばれる有名人だ。欺瞞に満ちているが。

 そんな彼女と親しい関係にある唯一の男子。互いにその気はないというのに、交際を勘繰られるのは面倒で仕方がなかった。

 

「なによ、その反応。………ひょっとして、顔になんか付いてる?」

 

 慌てたように手鏡を取り出して身嗜みを確認している凛を尻目に、真司は内心で深い溜息を吐く。

 知らなかった。十年近く友人として接していた彼女が、才色兼備だけでない、もう一匹の猫を被っていたことを。

 魔術師というのが、どのような存在なのかは分からない。

 だが、あの夜、平然とした面持ちで人の生き死にに関わる言葉を言い放った凛に、真司はどうしようもない溝を感じた。

 

「…大丈夫だよ。いつも通りの完璧超人な遠坂凛だから」

 

「そ、そう? なら良いんだけど」

 

 その感覚を振り払うように、真司は軽口を叩く。そして、いつもの他愛ない会話を交わしながら、ポケットに突っ込んで、カードデッキに触れていた手を離した。

 余計な警戒はするべきではない。真司が何も知らない無関係の人間であることを装っている限り、凛も同様に魔術師としての振る舞いを、無闇にせずに済むのだから。

 

 

 

 合流地点が学校から近かったこともあり、さほど時間をかけずに、真司と凛は校門前まで辿り着いた。

 予鈴が鳴るまであと十分ほどある。ほどほどに余裕のある登校だ。

 クラスメイトたちと挨拶を交わしながら校門をくぐろうとすると、悩みの種の片割れが先に校門を通るのが見えた。

 

「———慎二くん。私、ちょっと衛宮くんと話があるから、じゃあね」

 

 真司が声を掛けようとする間も無く、凛が士郎へ駆け寄っていく。

 

「お、おう……」

 

 真司も凛の後に続こうと思ったのだが、横目に見えた彼女の眉間が小刻みに痙攣していたのでやめておいた。

 それに、以前まで、士郎と凛の間には、友達の友達といった以上の絡みは無かったのだから、考えるまでもなく、聖杯戦争の話なのだろう。

 今のところ、自分の出る幕ではない。歩幅を変える事なく進んでいく。

 

「………なんだ? ………うわっ」

 

 だが、校門をくぐる寸前、真司は立ち止まって、士郎が通った道を見返した。

 何度も後ろを振り返りながら歩いている生徒たちが気になったからだ。そして、ある一点に目を奪われる。

 

「シロウ………」

 

 なぜか、そこにはセイバーが居た。電信柱に身を隠しているつもりなのだろうが、道行く生徒たちの視線によって台無しになっている。

 このまま放置すると、不審者として通報されてしまうかもしれない。見兼ねた真司は、慌てて駆け寄り声を掛けた。

 

「セ、セイバーちゃん? あの、流石に学校まで来るのは不味いんじゃない?」

 

「———っ、…シンジ、なぜ私がここに居ると?」

 

 セイバーは、遠くなる士郎の背中に意識を傾注していたのか、真司の接近に不意を突かれ、微かに息を呑んだ。

 彼女は自分がどれだけ目立つのか、自覚が無かったらしい。

 セイバーの容姿はどれだけ贔屓目に見ても、美がつく少女だ。しかも、外国人というおまけ付きである。

 

「いやいや、周りよく見てみなよ」

 

「は、はあ……」

 

 真司が視線で周囲の確認を促すと、セイバーを見ていた生徒たちは、蜘蛛の子を散らすように一目散に校門へと駆けていった。

 

「………おかしい、シロウは全く気づいていませんでしたが」

 

「ま、まあ、士郎もまさか付いてきてるとは思ってなかったんじゃない? …あいつ自分の事には鈍感だし」

 

 気づかぬふりをしていたのかも。そんな喉から出かかった言葉は飲み込んでおく。

 顎に手を当てて困惑している彼女に、余計な軋轢を生むような言葉はかけるべきではない。

 

「とりあえず、士郎が心配なのは分かるけど、今日のところは帰りなって。このままじゃ怪しまれるからさ」

 

「ですが……」

 

 真司の諫言に、セイバーは尚も渋面を崩さず、一歩も動こうとしない。

 彼女は一度決めたことはなかなか曲げられない難儀な性分なのだろう。一緒に悩んでいても、このままでは平行線だった。

 

「うーん。……あっそうだ! セイバーちゃん、ちょっと手出して」

 

 名案を思いついた真司は、鞄の中をまさぐって、ある物をセイバーに手渡す。セイバーは物珍しそうな手つきで、それを受け取った。

 

「シンジ、これは?」

 

「俺の携帯だけど。ええっと、使い方わからないんだったら簡単に教えるよ」

 

 真司が手渡した物、それは携帯だった。この携帯は、最新機種への買い換えに伴い、来月にでも解約する予定だったものだ。

 契約期間がまだ残っていたので、非常用といった意味合いで鞄の中に入れていたが、少しの間くらい、セイバーに貸しても問題はないと真司は判断した。

 丁度よく、連絡先も必要最低限しか残していないのも理由の一つだ。

 

「い、いえ、それには及びませんが、なぜこれを私に?」

 

 困惑のままに質問をしてきたことを切っ掛けに、真司はとある折衷案を提示する。

 沢山の人が居る学校の中にまで、物騒な事が起こるとは思えないが、連絡手段を用意しておけば、一先ず安心できるだろうと。

 

「なるほど…」

 

 真司の提案に納得がいったのか、セイバーは頷いて携帯を見つめる。

 サーヴァントの身体能力ならば、衛宮邸から学校までの距離などあっという間だということも、セイバーは先程の追跡から理解したのだろう。

 真司自身は、その事を知らないように装っているが。

 

「……やっべ、もうこんな時間か。セイバーちゃん、俺、遅刻しそうだからもう行くね。一応、士郎にも携帯貸したこと言っとくから」

 

 腕時計を見ると、なかなかに際どい時間になっている。セイバーとの交渉は成立ということで、早々に話を切り上げ、真司は慌ただしく校門へと走った。

 ぺこりと頭を下げて感謝をしているセイバーに後ろ手で返事をしながら。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 やはりと言うべきか、クラスメイトたちは通学路に現れた謎の金髪美少女外国人の話題で盛り上がっていた。それは、昼休みになった現在も続いている。

 セイバーが学校にまで来てしまった原因である件の士郎は、表面上平静を装っていたが、内心は気が気じゃないだろう。

 動揺を悟られたくないからか、昼休みが始まった途端、早々にどこかへ行ってしまった。

 

「……………」

 

 だが、それらの些事よりも、真司には気にかかる事があった。じっとしていられずに、弁当を掻き込んだ後に席を立ち、校内を当てもなく彷徨うように教室を出る。

 今朝、校門をくぐった瞬間だった。得体の知れない、それでいて、初対面では無いような、矛盾した感覚。そんな違和感を覚えたのは。

 

「……大体、この辺りか?」

 

 ポケットの中にあるカードデッキを握りしめ、感覚を研ぎ澄まし、校内を巡回する。なるべく、怪訝に思われないように寄り道を交えながら。

 その結果、真司は違和感の強い場所が室内や外を問わずに何箇所も存在することを突き止めた。

 最後に、屋上からこの敷地を一望しようと階段を上り、その先にある扉を開ける。

 

「———寒っ!」

 

 真司が扉を開けると同時に、強い風が吹き荒んだ。顔を腕で覆いながら、強風に煽られた扉を閉める。

 そして、風が収まった後に真司は屋上を見回した。普段通りの事ではあるが、やはり誰も居なかった。

 凛はよくこの場所を昼食時に利用しているのだが、今日は風が強いので、流石にやめておいたのだろうか。

 特に気にも留めずに、視線を校庭に移す。一見、これといった異常は見受けられない。

 

「やっぱり見えない。……でも、在るのは間違いないんだよな」

 

 違和感の正体が見えないことには、どのような対策を講じれば良いのかも分からない。

 すっかり手持ち無沙汰になった真司はフェンスに肘をついて、ぼんやりと空を眺める。

 晴れているようにも、曇っているようにも見える、どっちつかずな空模様だ。

 少しの間そうしていると、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。

 取り敢えず、分からないということが分かったのだと、無理矢理にでも前向きに考えて、真司は教室へ戻ることにした。

 もっと詳しく調べるのならば、人が居ない夜に学校へ行くのも方法の一つだ。

 勢い良く食べた昼食が消化されないうちに、校内を動き回ったからか、やけに腹が痛い。

 胃腸を労うように、手のひらで腹を反時計回りに撫でながら、真司は階段を降りた。

 

 

 

「………行ったか。慎二、一体何の用事で屋上に来たんだか」

 

 扉の開閉音が聞こえると同時に、士郎は隠れていたボイラーからゆっくりと手を添えて顔を出す。

 突如として現れた侵入者が立ち去ったことを確認し、額の冷や汗を袖で拭いた。そして、このようにコソコソと隠れる羽目になった一因を見やる。

 

「なあ、遠坂。もう出てきていいと思うぞ」

 

 先ほどから士郎はこの屋上にて、凛に文句混じりの説教を食らっていたのだ。凛は自分が平然と学校に来たことが気に食わなかったらしい。

 一応、セイバーとの相互連絡は徹底していると反論してみると、案外すんなり納得されたが。我が友人の咄嗟の気遣いには、本当に頭が下がる思いだ。

 

「慎二くん、ねぇ………」

 

「…………遠坂?」

 

 凛は何かを考え込んでいるのか、頬に手を添えたまま、微動だにしない。

 やがて、思考を断ち切るように溜め息を吐くと、徐にスカートに着いた土埃を叩きながら立ち上がった。

 

「憶測で物事を考えるのは無粋ね…」

 

「何の事だよ。慎二となんかあったのか?」

 

「なんでもないわ、こっちの話だから。そんな事より、早く戻らないと授業に遅れるわよ」

 

 そう言って凛は急ぎ足で屋上の扉へと向かう。彼女が何を考えていたのかは気になる。

 しかし、話すつもりがないのならば、下手に詮索をしても余計な顰蹙を買うだけだろう。士郎も凛に続いて、屋上を後にした。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 下駄箱から外履きの靴を取り出して床に放り投げる。しっかりと靴を履き、つま先で床を叩きながら立ち上がる。

 授業中も、何かが起こるのではないかと真司は警戒をしていたが、杞憂に終わった。

 しかし、こうして日が傾いた放課後になっても尚、身の回りの違和感は依然として存在している。

 校舎全体に蔓延る得体の知れないものに後ろ髪を引かれながらも、真司は校門を出て下校しようとした。なるべく、誰にも捕まらないように。

 

「…あら、奇遇ね。慎二くん」

 

「おおぅ、またかよ」

 

 だが、校門の塀に寄り掛かっていた凛に呼び止められてしまった。急いで教室を出たというのにだ。

 奇遇などと言ってはいるが、その仕草からして凛は自分を待っていたようだ。

 こんな事なら反対側の校門から出て行くべきだった。沸き立つ悔恨の念を押し殺し、特に示し合わさずに二人は帰路につく。

 黙っているのもどうかと思い、真司は適当な話題を振るが、凛は適当な相槌を打つだけである。

 今朝とは打って変わり、その口数は少ない。

 

  「……なんか用事あったんじゃないのか? 何も無いなら、俺もう帰るぞ」

 

 そうこうしている内に、別れ道の交差点に差し掛かっていた。それでも、隣を歩く凛が話を切り出す様子は無い。

 仕方がないので、真司が急かすように話を促すと、凛は躊躇いがちに口を開き、突拍子のないことを聞いてきた。

 

「……慎二くん、今、家に臓硯さんは居るかしら?」

 

「う、うん? ………うちのお爺さんだよな?」

 

 なぜ、この場で我が家の祖父の名前が出て来るのか、さっぱりわからない。

 内心で困惑しつつも、真司は思い出した。我が祖父、臓硯は自分たちが通う高校のPTA会長であることを。一応、学校とは関係のある人物なのだ。

 だが、あの放蕩気味な老人が、今家に居る可能性は低いだろう。二週間ほど前から帰ってきているという話は聞いたが、一度も会っていないのだから。

 

「うーん。ごめん、わかんないや。あの爺ちゃん、よく外でブラブラしてるみたいだから」

 

 そもそも、十年間において真司が臓硯とまともに言葉を交わした回数は、両手の指で足りる程に少ない。

 まるで、何かに遠ざけられているかのように巡り合わせが悪いのだ。

 真司が彼について知っているのは、ミイラのような恐ろしい見た目に反して、会うたびにお小遣いをくれる、好々爺であることぐらいだ。

 

「そう、ならいいわ。……もし居たらでいいから、臓硯さんに伝えておいて。私が直接会って話をしたいって。それじゃ、また明日」

 

「おう、じゃあね」

 

 互いに軽く手を振って、真司と凛はそれぞれ別の道へ行く。何の話をしたいのかは知らないが、今の凛を臓硯に会わせてはならないような気がした。

 向こう側へと振り返る寸前、視界の端に見えた彼女の無機質な横顔が険しいものに感じたからだ。

 

 

 

「今日の晩飯は何を作ろうかなっと」

 

 坂道を登りながら、真司は脳内で今晩の献立を組み立てる。夜が来るまでに時間はたっぷりあるので、手の込んだ料理にするのも良い。

 何か、作業をしていれば眠くなるような事も無い。美味しい料理で英気も養える。きっと桜も喜んでくれる。まさに一石三鳥だ。

 

「久々に小籠包でも作って………あれっ?」

 

 坂を登りきった所で、真司は足を止めた。そして、目を細めて間桐邸の門の前に立っている人影を見つめる。

 モデルのようにスラリとした長身。遠目から見ても分かるほどの端整な顔立ち。夕日に照らされたブロンドの金髪。そんな見知らぬ風貌の外人男性がそこには居た。

 件の臓硯の知り合いだろうか。どちらにせよ、待たせてしまっているのが申し訳ない。

 ランサーやセイバーのせいで生じてしまった外国人への苦手意識を振り払い、真司は金髪の男性へ小走りで駆け寄っていった。




受難は続くよどこまでも。…真司だけに言える事ではありませんが。
感想、アドバイス、お待ちしております。

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