Fate/Advent Hero   作:絹ごし

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第18話「執行猶予」

 

「あ〜、えっと、すみません。うちに何か御用ですか?」

 

 戦々恐々といった足取りで、真司は金髪の男性に近づき、声を掛ける。すると、細められた紅い瞳が向けられた。

 固唾を飲んで返事を待つが、返って来ない。言葉自体は聞こえている様子だというのに。

 やはり、日本語が通じないようだ。クラスメイト全員に満場一致で聞くに耐えないと太鼓判を押された英語が火を噴く時なのか。

 真司が頭の中で拙い英文を組み立てていると、男性が唐突に口を開いた。

 

「———ほう。よくないものに魅入られているな、お前」

 

「…………よくないもの?」

 

 日本語、喋れたのか。そんな疑問はさておき、妙に心当たりがある言葉を投げかけられた。

 真司は男性の言葉を反芻しながら、彼の背後を見やる。道の突き当たりのカーブミラーに、ドラグレッダーの顔が映り込んでいた。確かにあれはよくないものだ。

 

「くくっ、羽虫の如き愚昧ばかりかと思えば、存外、面白いものが紛れ込んでいるものだ」

 

「は、はあ………」

 

 しかし、彼には鏡の向こうのドラグレッダーが見えていない筈だ。何を言いたいのかは全く理解できなかった。

 一頻り笑い、真司を観察した後に、男性はこちらへ歩み寄って来た。

 身体を強張らせて、その動向を窺う。だが、何をするわけでも無く、男性は真司の真横を通り過ぎていった。

 

「あの娘を人間たらしめる唯一の楔が、貴様だったというわけか。それも時間の問題なのだろうが………」

 

「娘? 娘って誰———っ」

 

 すれ違う刹那、視界の端に映る男性の横顔に、真司は底冷えするほどに残虐な何かを見た。

 何故かはわからない。だが、彼をこのまま行かせてはならない気がした。言いようの無い不安が背筋を伝う。

 無意識に右手がポケットのカードデッキへ伸びていく。真司の指先がカードデッキに触れた瞬間、男性は唐突に立ち止まった。

 

「選択の時は近い。貴様が最後に選び取るものが何なのか。……足掻く猶予は与えてやろう。せいぜい励めよ、イレギュラー」

 

「———あんたっ」

 

 そんな、意味深長な言葉を残して、何も無かったかのように歩みを再開させる。

 その言葉を受けた真司は身を翻して、思わず男性に声を掛けようとした。

 だが、喉から出かかった言葉を、咄嗟に口を噤む事で抑える。藪をつつく真似はしたくなかった。

 ただ、何もせずに遠くなっていく背中を見送る。

 

「……なんだってんだよ、あの人」

 

 彼が完全にこの場から去ったのを確認した真司は、溜め息と共に小さな呟きを漏らした。

 今更になって、不安を感じた理由が分かった。あの全てを見透かすような紅い瞳だ。

 間桐慎二としての外見だけではない。城戸真司としての内面をあの瞳に見抜かれ、品定めでもされたような気がしたのだ。

 

「はあっ、はあっ…」

 

「……あれ、桜ちゃん?」

 

 どれほどの間、呆然としていたのか。彼が去っていった道を眺めていると、その道の奥から桜が駆け寄って来た。

 急いで走ったのか、膝に手を当てて、激しく肩を上下させながら呼吸を整えている。流れ出る汗の所為で額に張り付いた前髪が鬱陶しそうだ。

 一体全体どうしたのだ。そう桜に声を掛けようとした瞬間、蛇じみた瞬発力で肩を掴まれた。

 そして、鬼気迫る表情で、桜は真司に顔を寄せて来る。こちらを見据える目の光が揺れていることが、動揺を示していた。

 

「うおっ!? いきなり何———」

 

「———兄さんっ! あの人になにかされませんでしたかっ!?」

 

 驚きの声を上げて、真司は詰め寄る桜を引き離そうとするが、意外と肩を掴む力が強い。

 仕方がないので、桜が落ち着くのを待つために、真司は優しく肩を掴み返した。

 そして、なるべくゆっくりと聞こえやすい口調で言葉を紡ぐ。

 

「大丈夫、大丈夫だから。なんにもないって。…取り敢えず、顔にすんげー息当たってるから離れてくれない?」

 

「…あっ、ご、ごめんなさい!」

 

 実際、桜との距離は、鼻と鼻が触れ合いそうになるほど近い。そのことを指摘すると、桜は先ほどと同じ瞬発力で顔を引き離した。一応、平静さを取り戻したらしい。

 

「多分、桜ちゃんが言ってた人って、金髪で外国人の男の人だよね? もしかして、知り合いなの?」

 

「………いえ、ただ、さっきすれ違った時に、あの人に変なことを言われて、不安になったんです。………最近、何かと物騒ですから」

 

「そっか……」

 

 同感だ。きっと、誰に対しても、あの男性は人を食ったような言動を崩さないのだろう。寧ろ、相手の反応を愉しんでいる様子さえ窺える。

 

 ———選択の時は近い。

 

 先ほどの言葉は、念のために記憶に留めておく。だが、自分が選び取るものなど無いに等しい。一本筋だ。

 真司には、聖杯戦争を止める事。そして、その戦いの中で失われる誰かの命を守る事。それ以外に龍騎としての力を振るう理由など、存在しないのだから。

 

「まあ、そんなに気にする事ないって。それに、早く帰れたんなら丁度いいや。たまには一緒に晩御飯でも作らない?」

 

「………それもそうですね。兄さん、何を作るかは決まっているんですか?」

 

「うん、今日は久々に小籠包作ってみようかなって思ってさ。それに集中し過ぎて他が疎かになるのもなんだから手伝ってほしいんだよね」

 

「はい、わかりました」

 

 嬉々とした桜の声色に、若干沈降気味だった気分が浮き上がる。

 この笑顔に報いるためにも、今晩は存分に腕を振るおう。そう思いながら、真司は家の門を開いた。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

「おーい、桜ちゃん。お風呂空いたよー。…それと俺、今日はちょっと早く寝るからー」

 

 真司は部屋に居る桜に声を掛ける。すると、わかりました。という返事が扉越しに返ってきた。

 それを聞いた真司は、足早に部屋へと戻り、鍵をかける。そして、机の三段目の引き出しの奥に隠しておいたカードデッキを取り出した。

 時刻は夜の九時過ぎ。もうすぐ、サーヴァントやマスターが行動を起こす時間帯になる。だが、その前に真司には済ませておきたい用事があった。

 それは、校内に蔓延した違和感を突き止めることだ。そうしなければ落ち着いて授業も受けられない。何故か、放っておけない嫌な予感もするのだ。

 

「うん、さっさと行こう」

 

 行動は早ければ早いほどいい。そう思い、真司は椅子から立ち上がる。そして、龍のエンブレムを窓ガラスへと突き翳した。

 

 

 

 乾いた風が、濡れそぼった髪を優しく撫でていく。水気が無くなった事を確かめ、桜はドライヤーのスイッチを切った。

 音を立てる物など存在しない。静寂にも似た静謐が、この空間に立ち込める。洗面所の鏡に映る自分を見つめながら、桜は間桐邸の前に再び現れたあの男性の事を思い返した。

 

 ———今のうちに死んでおけよ、娘。馴染んでしまえば死ぬこともできなくなるぞ。

 

 三日前の出来事だった。部活動を終え、家へと帰る折にそんな言葉を投げかけられたのは。

 魔術師の類、それも自分の正体を知っている者。桜は即座に警戒を露わにし、応戦しようとしたが、彼は何もせずに立ち去っていった。

 そして、今日。間桐邸へと続く坂道を下っていく彼を、呆然と立ち尽くしている兄を見て、桜は気が気ではなかった。

 

「………」

 

 左手を胸に添えて、心臓が脈打つ鼓動を確認する。手のひらが感じる秒針に似た規則的な響きは、どこか遠くで鳴り響く警鐘のようにも思えた。

 また、その警鐘は鼓動を繰り返す度に近づいて来る。錯覚では無い確信が、桜にはあった。

 

「……絶対に、死んでなんか、……死んでなんか、やるもんか」

 

 分かっている。このままでは、自分自身が多くの人々の、大事な人たちの日常を、完膚なきまで喰らい尽くす怪物に成り果てることなど。

 だからこそ、そうならない為に勝ち得なければならないのだ。聖杯を、自分自身を。

 

「…少し、休もう」

 

 勝負を仕掛けるのは明日。もし仕損じれば、その分だけ聖杯は遠のく。遠のけば、そこに辿り着くまでに時間がかかる。時間がかかれば、……きっと、耐えられなくなる。

 弱気な考えを搔き消すように、桜は小さくかぶりを振った。洗面所を出て、部屋へと歩みを進める。二階の階段に足を掛けた瞬間だった。

 

「———っ」

 

 左右が反転した世界、巨大な蜘蛛。蝙蝠と仮面の騎士、折れた剣。そして、赤い龍。刹那の速度で切り替わる映像が唐突に流れ込んで来たのは。

 容赦なく流れ込むその映像を処理し切れずに、桜は階段の手すりに寄り掛かる。

 学校に張り巡らせた結界の起点に、何者かが干渉している。そんなライダーからの報告が頭の中に響いたが、それどころではなかった。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

「よっと」

 

 カーブミラーから勢いよく飛び出し、龍騎は綺麗に三点着地をする。乾いた音がアスファルトを踏み鳴らした。

 それとなく周囲を見回すが、問題ない。学校前の通学路は無人そのものだった。

 強く意識をすると、此処からでもあの奇妙な感覚が分かった。閉められていた校門を軽々と飛び越え、校庭を駆けていく。

 

「近いのは………こっちか」

 

 自らの感覚を頼りに、龍騎は足を進める。その向き先は弓道場だ。

 土足で神聖な射場に踏み入るのは非常に憚れるが、事態が事態。仕方なく玄関にあった手拭いで、せめて足の裏を拭き、龍騎は上がり込む。

 祀られている神棚に二礼、二拍手、一礼を欠かさずに行い、室内を見渡す。思えば、此処に入るのは随分と久しぶりだった。

 昨年、中学の頃と同様に、部活動に所属するつもりが無かった桜を、見かねた自分が強引に弓道部の見学に連れて行った時以来か。ついでに見ていけと、大河に誘われたのだ。

 当時の士郎が見せた完璧な射が決め手となったのか、やけにすんなりと入部届けを出したのが印象的だった。大河が顧問だったことも後押ししたのだろう。

 

「こっちの筈なんだけど…。的の方か…?」

 

 少し昔の事を思い出しながら、龍騎は板張りの床から降りて、砂利の矢道に足を踏み入れる。

 そして、的場の横にある看的所の扉の取っ手を掴み、手を引く。建て付けが悪くなっているようで、何度か引くことによって、ようやく扉は開いた。

 

「———なんだ、これ」

 

 ズルズルと、地面を擦る音が耳朶を打つ。それが、自身の後退りが起こした音なのだと気づいたのは、足元に転がっていた小石を踵で蹴り飛ばしてからだ。

 龍騎は仮面越しに、ある一点を見据える。開かれた看的所の扉。その扉の裏に凝着されたペースト状の真っ黒な影を。

 月明かりに照らされた影は、光を浴びているというのに微塵も薄れる気配がない。まるで、差し込んだ場所を間違えているかのように。

 

「…………よ、よし」

 

 口の中に含んだ固唾を飲み込み、龍騎は影へと歩み寄って観察する。これが今朝から続く違和感の正体に違いない。どう考えても有り得ない現象なのだから。

 おそらく、この影と似たようなものが校内の各所に点在しているのだろう。

 

「これも、魔術ってやつの一つなのかな」

 

 龍騎の推論が当たっているのならば、魔術師が此処で何かを行おうとしていることになる。どちらにせよ、この得体の知れないものを看過する理由など無い。

 

「……ちょっと触ってみるか」

 

 しかし、どのような方法を用いて、この影を取り除いたものか。物は試しと言わんばかりに、龍騎は影に左手を伸ばす。

 案外、不思議なことが起こって、簡単に引き剥がすことが出来るかもしれない。随分と愚直な判断だった。

 

「………っ!? ちょっ、なんでこうなるんだよっ!」

 

 その時、本当に不思議なことが起こった。龍騎は咄嗟に驚愕の叫び声を上げる。

 影へと伸ばした手の指先は、何にも突き当らずに飲み込まれた。そして、途轍もない引力で、影はこちらの身体さえも引き込もうとしている。

 

「ド、ドラグレッダーっ! やばい、早く助けろ!」

 

 最早、自分の力だけでは抜け出すことが出来ない。流石に危機感を覚え、龍騎はドラグレッダーに助けを求めた。既に、影は自分の手首まで飲み込んでいる。

 気怠げに現れたドラグレッダー。差し出された尻尾の付け根を、龍騎は空いている方の右手で強く掴んだ。

 

 

 

「はぁ〜、助かったぁ」

 

 尻餅をついたまま、大きく息を吐く。ドラグレッダーの助けが無ければ、今頃自分はあの影の中へ取り込まれていただろう。

 向こう側には、どんな世界が広がっているか気にはなったが、戻って来れる保証もないので、間違えても飛び込まないように留意しておく。

 

「……放っておいたら危ないよな、これ」

 

 だが、迂闊に手を出す行為も危険だという事が分かっている。捨て鉢気味に、足元の小石を影に向けて投げつけたものの、敢え無く飲み込まれたのが良い例だ。

 

「直接触れるのは駄目だろ…。ドラグレッダーの炎は絶対火事になるだろうし……。いっそのこと扉ごと……そうだ!」

 

 妙案を思いついた龍騎は指を弾いた後にデッキからカードを引き抜く。

 

【SWORD VENT】

 

 そして、手にした青龍刀によって扉を繋ぎ止める金具を縦に両断した。

 次に、音を立てて倒れた扉を慎重に拾い上げ、月明かりを反射している磨き抜かれた板張りの床に放り投げる。

 すると、影が纏わり付いた扉はミラーワールドへと消えていった。

 

「っしゃぁ! やっぱ冴えてるな〜、俺って」

 

 直接取り除く方法が無いのならば、別の場所に移せばいいのだ。大雑把な手段だったが、これ以上のやり方も無いだろう。

 龍騎は意気揚々と次の場所へと足を進める。しかし、その歩みは途中で止まった。ドラグレッダーが起こす耳鳴りが、警戒を促すように頭に響いたからだ。

 

「…………なあ、誰か居るのか?」

 

 雑木林に視線を向け、言葉を投げかける。返事は無い。代わりに、風にたなびく木々のざわめきが辺りに木霊する。

 出てくるつもりが無いのならば、こちらも用事を済ませよう。そう思い、龍騎は校舎へと向き直り歩みを再開し———。

 

 ———即座に身を翻させ、青龍刀を振るった。

 

 甲高い音と同時に火花が飛び散る。鎖を手繰り寄せる音に促され、龍騎は正面に青龍刀を構えた。だが、下手人は尚も姿を現さない。

 刃物の先端と思しき銀の煌めきが、雑木林へと消えていったのが見える。それが自身を誘き寄せるための罠であることは、火を見るよりも明らかだった。

 

「……………くそっ」

 

 悪態をつきながらも、龍騎は地を蹴り雑木林へと疾駆する。無視することなどは出来ない。

 あのまま、校舎へと進んだとしても更に苛烈な横槍が待ち受けている。迎撃へと赴くのは必然だった。草木を掻き分けて進み続け、やがて、拓けた場所に龍騎は出る。

 

「———っ!」

 

「……素直に来ましたか。余程、自らの実力に自信があるのか、思惑に気づかない愚か者なのか。……どちらにせよ、邪魔者であることに違いはない」

 

 そこには、地面につく程に長い桃色の髪を下ろした女性が立っていた。特に目を引くのは顔の反面を覆う眼帯だ。

 視界など封じられていないかのように、女性はこちらに真っ直ぐ顔を向けている。身に纏う気配からしても、彼女がサーヴァントだということは容易に看破できた。

 

「あんたが、この学校にあんな影を仕掛けたのかよ。一体、何が目的なんだ」

 

「……それを貴方に教える意味や義理もありません」

 

 青龍刀を構え、龍騎は女性にゆっくりと近づいていく。少しでも気を抜けば、彼女が手に持つ短剣の餌食になることだろう。

 だが、臨戦体勢をとり、歩みを進める龍騎に対し、女性は予想に反した言葉を口にした。

 

「……ですが、見たところ、貴方はサーヴァントでもマスターでも無い、完全な部外者でしょう。貴方を殺すことは私のマスターの本意ではない。……どうか、全てを見なかったことにして、立ち去ってはくれませんか」

 

「手出しさえしなかったら見逃すってのかよ。随分と良心的なんだな。あんたのマスター」

 

 街で無関係の人々を襲っている他の陣営とは大違いだ。マスターの中でも、殺しを厭う例外は士郎だけでは無かったらしい。それでも、構えた青龍刀を降ろすような真似はしないが。

 

「…………私は答えを聞いているのです」

 

 柄の先端にある鎖が、ジャラリと音を立てる。

 

「お断りだね。知ったからには、見て見ぬ振りなんか絶対にしてやるもんか」

 

 女性との会話からの推測だが、あの影はこの学校に通うマスター。つまり、士郎と凛を狙った魔術なのだろう。

 放っておけば、二人の友人の命が失われるかもしれない。頷く道理など無かった。

 

「……なるほど。ならば、やる事はただ一つです」

 

 淡々と紡がれた言葉を言い切らずに、落ち葉が舞い上がり、女性の姿が目の前から消える。

 鬱蒼とした雑木林が、夜風に揺らぎ、さざめきを奏でる。

 

「———!」

 

 木の葉に紛れるように、月明かりによって反射した刃。それが戦いの始まりの合図だった。




ついにライダーバトルが始まってしまいました。真司は無事に戦って生き残ることが出来るのか…。
同時に、これから燦然と輝き始める予定の独自設定、独自解釈のタグ。無謀な試みの中、無事に物語を成り立たせることが出来るのか…。

感想、アドバイス、お待ちしております。

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