Fate/Advent Hero   作:絹ごし

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第19話『鉄鎖』

 風を切り裂き、迫る白刃の光。龍騎は身を捩って投擲を躱し、前方を睨む。だが、眼帯の女性の姿は搔き消えていた。

 鎖が手繰られる音、落ち葉が割れる乾いた音が背後から発せられる。首筋が燻るような感覚に身を委ね、素早く伏せる。

 直後、鋭い横薙ぎの蹴りが頭上を通過した。そして、息をつく間も無く振り下ろされる短剣の追撃。

 伏せた体勢のまま両脚に力を込め、横っ跳びに回避。すかさず距離を取り、龍騎は体勢を立て直す。

 

「……余計な手心は、必要無いようですね」

 

 ぼそり、と呟かれた言葉と共に、桃色の長い髪が揺らめいた。手にした青龍刀を中段に構え、攻撃に備える。

 右方から迫る短剣。迎撃の一刀によって火花が飛び散り、鬱蒼とした夜闇を一瞬だけ照らした。

 疾い。そう思う間も無く、視界の端に映り込む鎖。龍騎は即座に身を翻し、短剣を受け止めた。

 小刻みに震え、拮抗する刃。だが、その拮抗は直ぐに終わりを迎える。相手がなんの惜しげも無く身を引いたからだ。

 

「くっそ! やっぱりそういう事かよ!」

 

 悪態をつきながら、龍騎は感覚を研ぎ澄ませて気配を探る。彼女はこれまで戦ってきたサーヴァントとは違い、自分と真正面からの白兵戦を行うつもりは無いらしい。

 だからこそ、遮蔽物が多いこの雑木林を戦いの場に選んだのだろう。自らの敏捷性を遺憾なく発揮する為に。

 木の幹を足場に用い、四方八方から迫り来る絶え間ない乱撃。受け止め、逸らし、弾き返すように、一振りの青龍刀で捌き続ける。

 だが、龍騎は己を刺し穿たんと煌めく短剣にばかり気を取られていた。

 

「ぐ———っ!」

 

 相手の踏み込みに合わせ、青龍刀を上段に振り上げた。開いた胴を、鞭のようにしなる鎖が捉える。

 胸部の装甲を貫くような衝撃が体を強く打ち据え、たたらを踏ませた。間髪いれずに繰り出された蹴撃を、後方転回で躱しきり、距離を取る。

 このままでは不味い。一旦この場から離れ、仕切り直すべきだ。そう思い、後退りをしていく。だが、それは叶わなかった。

 

「無駄です。逃げ場など、もうどこにも有りはしない」

 

 その宣告を受け、龍騎は視線を改めて眼前の女性へと向ける。虚空を掴む右手が、微かに動いた瞬間。

 木々の間を縫うように、所狭しと鎖が張り巡らされ、龍騎の周囲を何重にも取り囲んだ。

 

「…………っ!」

 

 知らず識らず、冷たい汗がこめかみから滲み出た。汗が頬を伝うと同時に、落ち葉を踏みしめる音が耳朶を打つ。

 

「ご心配なく。先程述べた言葉通り、貴方の命は奪いません。……ただ、少しばかり味見はさせていただきますが」

 

 捉えた獲物を前に、女性は舌なめずりをする。自らの勝利を確信しているのだろう。

 ゆっくりと、こちらへにじり寄って来た。明らかな油断。手札を切る局面は、今をおいて他には無い。

 

「…なに勘違いしてんだよ。まだ俺は負けてないってのっ!」

 

「———!」

 

 流れるような動作で、龍騎はデッキからカードを引き抜き、バイザーに挿し込む。その瞬間、投擲された短剣が空気を唸らせ龍騎へと迫った。

 だが、もう遅い。体を捻って短剣の切っ先を寸前で回避し、バイザーを上へとスライドさせる。

 

【ADVENT】

 

 機械音声。そして、断続的に響く轟音。その轟音を生む衝撃が、聳え立つ木々を薙ぎ倒していく。それと共に張り巡らされた鎖が綻んだ。

 月の光を遮る程に鬱然とした木々は、もはや見る影も無い。幹の根元が辛うじて名残を残す拓けた場所に、ドラグレッダーが舞い降りた。

 

「お、おお……、サンキュー、ドラグレッダー。………取り敢えず、これで形成逆転だけど、どうすんだよ」

 

 言葉を発するまでもなく、こちらの意図を汲みとった相棒に、やや驚きながらも感謝を述べて、青龍刀を相手に構える。

 こちらに不利な形勢は覆せたと言っていいだろう。後は、あの女性が次になにを仕掛けてくるかだ。

 

「——————」

 

 しかし、構えた刃の向こうに映る女性は、茫然自失としてドラグレッダーを見上げていた。

 今更恐れをなしたなどとは思えない。だというのに、手にした短剣の向く先は、地面へと降ろされている。

 

「………わからない。貴方はあの子の味方だったのではないのですか?」

 

「………いきなりなに言ってるんだ、あんた。こいつは俺と契約してるからまだマシだけど、本当は人を食うようなおっかない奴なんだ。誰かの味方なんてするわけない」

 

「私は、貴方ではなく、そちらの龍に聞いているのです」

 

 顔を覆う眼帯越しからも窺える困惑。口から漏れるように発せられた問いは龍騎ではなく、ドラグレッダーに投げかけたものだったらしい。

 一体全体どうなっている。この龍は自分と契約する前になにをやらかしたのだ。言葉には出さないが、龍騎は内心気が気ではなかった。

 女性の問いかけに答えられる筈もなく、ドラグレッダーは低く声を唸らせ、鎌首をもたげる。

 

「…………ええ、わかりました、マスター。彼らはここで確実に捕らえましょう」

 

 暫しの膠着の間に、眼帯の女性はこの場には居ないマスターとやらの指示を受けたらしい。腕を交差させ、短剣を構えてきた。

 

「そんな事———」

 

 龍騎の言葉を遮るように投げ出された鎖。直線軌道を描いたそれは、こちらへと迫り来る。

 すかさず龍騎は迎撃の一刀を振り抜く。その瞬間、迫る鎖の先端に蛇の如き意思が宿った。

 予測した軌道から逸れた鎖が、空を切った青龍刀ごと両腕を捕縛し、自由を奪う。

 

「———!」

 

 だが、その直後、ドラグレッダーが龍騎の真横を横切った。遅れて、腐葉土を蹴散らす風圧が、激しい残響と共に流れる。

 戦いの終わりを予感した刹那。下げていた両腕が吊り上がった。龍騎の両足は地面から離れ、その体は荒荒と宙を舞う。まるで、ハンマー投げだ。

 

「うおおおおおっっっ!!??」

 

 長い桃色の髪。半ばで折れた切り株。星が瞬く綺麗な夜空。目紛しい残像を残して、世界が高速回転をする。

 龍騎の瞳は、ドラグレッダーの顔を最後に映し、全身が強かに叩きつけられた。

 

「う、うぐぐっ…」

 

 雁字搦めになった平衡感覚と、痛みに悶えそうになる身体に鞭を打ち、かぶりを振って立ち上がる。

 再び、龍騎を捕縛せんとばかりに頭上で反照する鎖。直接迎撃してはならない事は、先ほど理解した。

 膝を曲げ、後方へ大きく跳躍。ドラグレッダーの火球が眼前を横切り、迫る鎖を弾く。

 

「そっちか!」

 

 その甲高い音に紛れ込む間断のない跫音を、龍騎は聞き逃さなかった。

 着地の瞬間を狙い、振るわれる一対の短剣。迫る切っ先を素早いスウェイで躱し、隙だらけの脇に鋭い拳を捩じ込んだ。

 呼気が漏れる音が、地面に叩きつけられ、転がる音が、鮮明に耳に入る。

 振り抜いた拳の嫌な感触を搔き消すように、手首を小刻みに払い、龍騎は眼帯の女性を警戒した。

 

「なるほど。……あまり、使いたい手段ではなかったのですが、仕方がありませんね」

 

 そう言いながら、女性は伏せた体勢のまま、顔を覆う眼帯を取り外した。一連の動作に、龍騎は嫌なものを感じる。

 彼女が顔を上げた瞬間だった。眼帯の封印が解かれ、美しい相貌が露わになったのは。

 だが、彼女の相貌以上に目を奪われるものが龍騎にはあった。

 四角の瞳孔、色素の薄い虹彩を伴った異様な瞳が夜闇に妖しく光る。それは、昨夜の夢に出たものと同じだった。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 突き出された短剣を逆袈裟に切り払う。しかし、即座に繰り出された後ろ蹴りに対応することが出来なかった。

 腹部を起点に、身体中に響き渡る重い衝撃。龍騎は耐えきれずに、大きく弾き飛ばされ、勾配の強い坂を転がる。

 

「げほっ……、痛ってえ………」

 

 鉛のように動きが鈍った身体。考えるまでもなく、あの魔眼がもたらしたものだ。

 証拠に、こうして彼女の視線が外れた途端、それらの重みが一瞬にして消えた。

 口から咳を吐き出し、四肢に力を込めて起き上がる。そこは溝の深い窪地だった。辺りには不法投棄されたごみが転がっている。

 しかし、龍騎が周囲を見渡せたのは、ほんの束の間。全身にのしかかるような重圧が戻ってきた。身を翻して青龍刀を構える。

 

「うおわっ!?」

 

 だが、龍騎の鈍重な動作よりも速く、鋭敏に放たれた鎖が両脚の自由を奪った。体勢を崩され、再び龍騎は地面へと仰向けに倒れる。

 

「…()()()()()()()()()()()()注意はしましたが、私の眼を解放しても尚、抵抗を許す事になるとは。…貴方にはとても驚かされた」

 

 不断の戒心を示す、確実な足取り。しかし、ほんの僅かの安堵から漏れた言葉。

 その中に、か細い打開の道を、龍騎は見出す。

 

「………!」

 

 見た者を石にする眼。龍騎はそれに覚えがあった。まだ、桜が幼い頃に自分が読み聞かせた絵本。

 その絵本に登場する怪物の逸話は、あの女性の言葉と酷似していたのだ。朧げな記憶を、必死に手繰り寄せる。

 枯葉を踏み鳴らす足音が、刻一刻と近づいてくる。足音が耳元で止まった瞬間、龍騎は賭けに出た。

 手を伸ばし、掴み取ったある物を、女性の顔へと突き出すように翳す。

 

「これで、どうだっ!!」

 

 それは割れた鏡の破片だった。鏡面が光を反射し、鏡像を生み出す。鏡に映った魔眼が、女性を視界に捉えた。

 

「く———っ!?」

 

 予想的中。至近距離で自らの魔眼を、自らの相貌を見てしまった女性は、顔を手で覆い隠し大きく怯んだ。短剣が取り落とされ、両脚を縛る鎖が弛む。

 瞬時に拘束から抜け出した龍騎は、後方へ跳躍すると同時に、デッキからカードを引き抜いた。

 

【STRANGE VENT】

 

【CLEAR VENT】

 

 機械音声が流れる。その音声が追撃の合図である事を予知した眼帯の女は…ライダーは目を閉じたまま、前方へと神経を尖らせて回避を試みる。

 しかし、ライダーの予想に反して何も起こらなかった。すぐさま、あの仮面の騎士を視界に捉えようと眼を見開くが、姿は見えない。

 

「………逃げられました、か」

 

 目を閉じて、自らの両目を再び眼帯で覆い隠す。まさか、自らの心理的な弱点を偶然看破されるとは。

 そして、その機転に応えるように、手元に散らばっていた鏡の破片。偶然の一致が呼び起こした失態だった。

 

「………はい、マスター。念の為、この場に残り校内の監視を続けるべきでしょう。………ですが、よろしいのですか? シンジの事は。………わかりました。そうであれば、私には何も言うことはありません」

 

 自らの主人の意向に頷き、ライダーはその身を粒子へと変換させ、煙のように搔き消える。やがて、夜の静謐が、事も無しに周囲を浸していった。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

「これで………よしっと」

 

 こっそりキッチンから拝借しておいた救急箱を、ベッドの下の奥底に隠し、包帯の巻き具合を確認する。

 多少窮屈だが、おそらく問題は無い。そう判断した真司は寝間着に袖を通した。

 

「痛つつ……。結局、駄目だったか」

 

 肺に籠もった息を強く吐いて、真司はベッドに座り込む。結局、あの影を全て取り除く事は出来なかった。

 カードの能力により透明化して、あの場から離れたまでは良かった。

 だが、影の場所まで辿り着いた途端、待ち受けていたのは、眼帯の女性の苛烈な妨害だった。

 こちらの姿は見えないというのに、的確に真司の居場所を探り当て、追い詰めて来たのだ。能力の制限時間もあり、真司は手を引かざるを得なかった。

 

「………まあ、眼帯してても戦えるんだから、俺が透明になっててもあんまり関係無いのかもな」

 

 昨夜の夢に出てきたものと同じ瞳を持つ眼帯の女性。無差別に狙われた対象が偶然にも自分だったのか。正体を知ったうえで、自分を狙ってきたのかは分からない。

 しかし、後者であった場合は、変身を解除したと同時に襲われる筈なので、そちらの可能性は低いと考えられるが、警戒するに越した事は無い。

 背中を倒して仰向けになり、真司は天井を見つめる。全身に染み渡る眠気に対抗するように、目頭を押さえた。

 

「あー、寝るのが嫌だとか幼稚園児の頃以来、…でもないか」

 

 寝てしまって、再びあの夢に囚われるのも嫌だが、明日になるのも少しだけ嫌だ。事態を先延ばしにしたことで、状況が悪化するかもしれないのだから。

 今からでも学校へ戻って、あの女性を倒すべきなのではないか。そんな考えが脳裏をよぎるが、かぶりを振って却下した。

 

「……………」

 

 そもそも、倒すべき相手が居るのかすら判断出来ない。

 

「……寝るか。ドラグレッダー、昨日みたいになんかあったら、起こしてくれよ」

 

 寸刻の葛藤の末に、真司は寝ることに決める。窓ガラスに向かって声を掛けると、鏡面越しに唸り声が返ってきた。

 四面楚歌に近しい現状に、唯一の救いがあるとすれば、ドラグレッダーがやけに自分に協力的な事だ。

 振り返ってみれば、ドラグレッダーに助けられた場面はかなり多い。

 どうにも以前と比べても、餌を求めるだけの本能とは違う、明確な意思のようなものを感じる瞬間が何度もあった。

 

「阿呆らしい……」

 

 しかし、それは自分の考え過ぎであると断じて、ゆっくりと瞼を閉じる。一度寝てしまえば、忘れてしまうような荒唐無稽な話だ。

 疲れた体に引き寄せられるかのように、眠りを拒んでいた意識は、いとも容易く沈んでいった。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

「ふぅ〜、ご馳走さまでした」

 

 翌日、真っ赤な視界に目を灼かれる事も無く、頭を貫くような耳鳴りに目を覚まさせられる事も無く、真司は平穏無事な朝を迎えた。

 桜の作る朝食に舌鼓をうった後に、まったりと熱いお茶を飲みながら新聞紙を読み進める。こちらも、特に目を引く記事は無く、平和なものだ。

 

「…兄さん、行ってきます」

 

「うん、朝練頑張ってねー」

 

 支度を済ませ、玄関へ向かう桜を見届けた真司はリモコンに手を伸ばし、テレビの電源を点けようとする。

 だが、その指は背後からの視線で止まった。身を委ねていた背もたれから一旦離れて振り返る。

 

「どうした、なんか忘れ物? …っていうか、なんで人差し指なんか立ててるのさ。突き指でもした?」

 

「———い、いえっ、なんでもないですっ! い、行ってきます!」

 

 なぜか、開いたままの扉の向こうに桜が立っていた。足元には学生鞄が置かれている。

 唐突に振り返った真司に慌てたのか、桜は咄嗟に左手の人差し指を隠すように握って、扉を閉めてしまった。

 慌ただしい足音に続くように、玄関を開く音が聞こえる。今度こそ家を出たらしい。

 

「変なのー」

 

 桜の様子を怪訝に思い、首を傾げつつも、真司は肘をついてテレビの電源を点けた。

 情報番組の出演者たちの他愛の無い掛け合いと、時折、お茶を啜る音が、無音だったリビングに流れていく。

 

「うーん、ちょっと早い時間だけど、家出るか」

 

 暫しの間、食後の余韻を堪能した真司は、湯呑みに入ったお茶を飲み干し、台所の流しに置いておく。そして、テレビの電源を消した。

 あまり派手な行動は起こせないが、少しでも早くあの影の状態を確認をしに行きたい。

 そそくさと上着に袖を通し、鞄を持って玄関へと向かう。

 

「行ってきまーす。………って、うおおっ」

 

 つま先で床を叩いて、外履きの靴をしっかりと履き、玄関の扉を閉めて鍵をかける。

 その際に発せられた音に、突如反応したドラグレッダーが、塒を解いて起き上がる様子が、反射する窓ガラスから見えた。

 どうやら、今日は学校にも付いてくるつもりらしい。思わず、後退りをして窓から離れる。

 

「………あんまり変な騒ぎとか起こすなよ?」

 

 だが、その追従を止める事に意味は無い。

 小言を漏らしながらも、真司は門を出て学校へと早歩きで向かう。

 鏡やガラスを通りがかる度に、白昼堂々と視界に映り込む赤い龍の姿は、酷く非日常的だった。

 




fateの二次創作では、あまり見かけないライダーさん…もといメドゥーサさん対策の最適解、その名も鏡を翳す。
実際に魔眼対策になるのかは想像を及ばせる事しかできませんが。

感想、アドバイス、お待ちしております。

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