Fate/Advent Hero   作:絹ごし

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第22話「小さな幸せ」

 

 自販機のボタンを押し、下の取り口から温かい微糖の缶コーヒーを取り出す。そして、どこか座れる場所は無いかと、真司は辺りを見回した。

 しかし、待合室の椅子は、病院に搬送された生徒や教員たちの親族で満席だった。

 仕方がないので、人の少ない自動ドア付近の壁に寄りかかる。開閉の度に入り込む隙間風が鬱陶しいが、コーヒーの温みで相殺だ。

 

「……………」

 

 コーヒーに口を付けながら、真司はじっと待つ。

 それとなく、周囲の喧噪に聞き耳を立てるが、人死にが出たという話は一切無い。

 その事実が、真司にとって唯一の救いだった。

 ライダーとの戦いの後、見計らったかのようなタイミングで、救急車が大挙して押し寄せて来た。

 同時に、サーヴァントと思しき二つの影が、屋上から飛び立つのが見えたので、凛と士郎のどちらかが助けを呼んだのだろうか。それは真司の知るところでは無いのだが。

 

「おーい、慎二。あんたも来てたんだ」

 

「………?」

 

 しばらくの間、コーヒーを舌の上で味わいながら飲んでいると、真司の耳に聞き覚えのある少女の声が届いた。

 残りの少なくなったコーヒーを一気に飲み干して、ゴミ箱に投げ入れる。そして、声の方へ視線を向けた。

 美綴綾子(みつづりあやこ)。桜の所属する弓道部の部長で、真司の元クラスメイト。

 あの猫被りな凛が殆ど素面で接しているという、数少ない人物だ。

 凛曰く、一成とは違った意味で、ライバルなのだとか。なんでも、初対面で殺伐としたとんでもない事を言われたらしい。

 

「美綴。そうだけど……あんな事があった後なのに、大丈夫なのかよ。一人で歩いたりして」

 

「この程度、平気なもんよ。普段から鍛錬は怠ってませんから———うわっとと」

 

 そう言った矢先に、美綴は歩み寄る足をもつれさせ、前のめりに体勢を崩してしまう。

 このままでは硬い床に顔面着地だ。そうなる前に、真司は身を差し出し、美綴の支えになってやった。

 やはり、本調子では無いのだろう。遠目では判別出来なかったが、こうして近くで見ると、彼女の顔色は血の巡りが堰き止められたかのように青白い。

 

「ほーら、言わんこっちゃない。親父さんかお袋さん、来てるんだろ。そこまで肩貸してやるよ」

 

「あ、ありがと…。なんか、こういう時だけは頼りになるよな、慎二って。普段はバカっぽいくせに…」

 

「……惚れてくれるなよ。いくらお前が姉御肌っていってもな、俺、年下の女の子より、年上で包容力のあるお姉さんが好みなんだ」

 

 照れ隠しをしているのか、美綴は戸惑いながらも感謝と揶揄を混ぜ込んだ言葉を述べる。

 それに対して、真司がわざとらしく作り込んだキメ顔と共に言い返すと、美綴は数回の瞬きの後に、豪快な笑い声を上げた。

 

「なはははっ、そりゃないっての。あたしまで年下扱いされてるのはよくわかんないけど、初耳ねえ。慎二があたしと同じ年上趣味なんて。通りであの遠坂にそれらしい反応も示さないわけだ」

 

 くだらない冗句を交わしながら、真司と美綴は、入り口を出て、親の車が停められているらしい駐車場へとゆっくり向かう。

 

「しっかし、不思議な事があるもんよね。いきなり生徒教員一同、みんな一斉に貧血になって倒れるんだから」

 

「………そう、だなぁ。俺も、帰る最中で救急車の行列に出くわすもんだから、何事なのかとびっくりしたよ」

 

 朗らかに笑う美綴の横顔。その表情には不安や動揺といったものは一切含まれていない。不思議である以上に、有り得ない事が起こったというのに。

 美綴だけではない。病院に訪れた誰も彼もが、あの事件に対して疑問を抱いていないのだ。

 

「おっ、ここまでで大丈夫そうだわ、あたしの愚弟が来たみたいだから。あいつには、あんまり弱み晒したくないし」

 

「あ、おいっ。大丈夫なのかよ」

 

 美綴はそう言って、唐突に真司の肩から離れた。

 そして、真司が呼び止める間も無く、進行方向に居た見るからに無愛想な少年の方へと駆けてゆく。

 

「平気平気ー。ありがとね、慎二! 早く可愛い可愛い妹を迎えに行ってやんなさーい!」

 

 美綴は最後にこちらを振り返って手を振り、弟にしがみついて行ってしまった。

 嫌々文句を垂れる弟の声と、それを搔き消す美綴の笑い声がここまで聞こえてくる。

 全く雰囲気が似ていない姉弟だ。そんな事を思いながら、真司は踵を返して急ぎ足で病院へと戻った。

 

「あっ、桜ちゃんっ!」

 

「………………」

 

 真司が入り口前の階段に足をかけた途端。自動ドアが開き、待ち人の姿が現れた。

 人目を憚らず階段を駆け上り、無事を確認するために桜の肩に手を置く。掌が微かな震えを感じ取った。

 

「だ、大丈夫? まだ具合悪いんだったら無理しないでよ? それとも、倒れた時にどこかぶつけたの?」

 

「…………私は、平気です。平気ですから、早く帰りましょう」

 

 桜はかぶりを振って、肩に添えられた真司の手をそっと下ろした。

 周囲から、真司から目を逸らし、何かに追われるように歩みを進め始める。

 俯くことによって垂れ下がった前髪の隙間には、瞭然たる狼狽。それを見て放っておけるわけが無かった。

 すかさず、真司は通り過ぎて行く腕を掴み取り、桜を引き留めようとする。

 

「そんな顔されて騙されるかっての。ちょっと電話でタクシー呼ぶから待って———」

 

「———平気ですからっ! 離してくださいっ!」

 

 強い力で振り解かれた指先。拒絶の意を示す甲高い声。

 喫驚のあまり、喉が塞がった。真司は声を発する事も出来ずに、瞼を見開いたまま、呆然と桜を見つめる。

 やがて、伏せられた桜の視線が上がっていく。そうして、桜は眼前の真司の様子に初めて気づいた。

 

「ぁ………。ご、ごめんなさいっ、私、そんなつもりじゃ…」

 

 焦燥に揺れる紫の瞳は、意図的に起こした行動ではないのだと示している。

 理由は分からないが、気が立って反射的に起こしてしまった行動なのだろう。真っ白になった意識を再起させて、真司は口を開く。

 

「………い、いやいや、こっちの方こそごめん。鬱陶しかったんだよね。だってのに、俺がしつこく余計なお節介押し付けちゃってさ。あ、あははは…、行こっか」

 

 真司は、自らの性分を自嘲するように苦笑いを浮かべる。

 事実、真司のお節介が発端になって、多くの人と諍いを起こしたのは、生前を含めても数知れない。

 後悔する頃には、何もかもが終わっているばかり。だとしても性分である故に、なかなか改められないのだ。

 伸ばしたままの手を引き戻し、真司は前を歩こうとする。

 

「………う、鬱陶しくなんかないです!」

 

 だが、桜の横を通り過ぎる途中。先程の立場をひっくり返すかのように、大きな声で呼び止められ、それでいて、控えめに袖の裾が引っ張られた。

 

「兄さんは、慎二さんは、初めて会った時から———」

 

 けたたましい救急車のサイレン音が、後に続く言葉を刮ぎ取り、搔き消す。当然、桜が何を言ったのかは聞こえなかった。

 サイレンの残響が、赤と白の車体が、病院の搬入口に消えていく。そちらから視線を外し、真司は桜の方を見やる。

 桜は、前髪の隙間から目を上下させて、真司の反応を窺っていた。加えて、唇の震えが言い直そうかと逡巡している。

 

「……うん、ちょっと……いや、相当……いや、かなーり安心したよ。桜ちゃんにまで、疎ましいとか思われてたりしたら、多分立ち直れないし」

 

 迷っているのならば、胸の内に秘めておくといい。それを言葉にこそしなかったが、桜に上手く通じたようだ。

 一歩踏み出したのは、どちらが先だったか。一切示し合わせる事もなく、真司と桜は歩き始めた。

 

 

 

「———へぇ……あのお嬢さんが、ねぇ……」

 

 帰り道の途中。桜の様子が気懸りなあまりに、真司は気がつけなかった。人々の雑踏に紛れて尚、美しき異彩を放つ女性がいた事に。

 喜悦に歪む口角と対照的に、憎々しげに吊り上がった目尻。その中の蒼い瞳が、真っ直ぐに桜を射抜いていた事に。

 

「あの坊やで、意趣返しをしてみるのも面白そうかしら…」

 

 凍てついた氷水を、襟元から流し込まれた感覚。それを背筋に感じ取った真司は、即座に身を翻して背後を見やる。

 しかし、来た道を振り返ってみても、なにか異質なものが有る訳では無かった。

 精神的な疲労が引き起こした錯覚だったのだ。真司はそう結論を下す。そして、絡みつく倦怠に抗うように、目元を揉みながら立ち止まった足を動かした。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

「はい…。はい、分かりました。それじゃあ」

 

 真司は受話器から耳を離し、フックに置いて通話を切る。昔ながらのアンティークな黒電話。

 停電などの非常事態に於いても、問題無く通話できるらしい優れ物である。まさに、シンプルイズベストだ。

 どれ程の間、間桐家で使われていた代物なのかは分からないが、十年近く使い続けて愛着も湧いている。

 不調になる度に士郎を家に呼びつけているのだから。

 それはさておき、早足気味に廊下を歩いて、真司はリビングへと戻る。朝食の直前に電話が来るのだから、なんとも間が悪い。

 

「ごめんごめん、待たせちゃって。学校からの電話だったよ。今日からしばらく臨時休校だってさ……いただきます」

 

 そう言いながら、真司はそそくさと席に着き、箸を取って合掌する。そして、手始めに麩とわかめの味噌汁に箸を付けた。

 今日は赤味噌の割合を増やしたのか、合わせ味噌の風味が濃くなっており、真司好みになっていた。頬を綻ばせて、次々と箸を進めていく。

 

「そう……ですか」

 

「うん?」

 

 だが、陰りを含んだ声色に促され、真司は対面の席を見やる。

 並べられた皿の上の朝食は、その殆どが手付かずの状態だった。

 あの健啖家な桜が、食欲を無くす異常事態。

 昨日の結界に巻き込まれた所為で病気にでもなったのかと、昨晩は大慌てで熱を測りもした。

 だが、身体的な異常は特に見受けられず、こうして翌日になってしまったのだ。

 

「やっぱり、まだ食欲湧かない? でも、少しでも食べなきゃ、もっと元気出なくなっちゃうよ?」

 

「…………はい」

 

 心ここに在らず。桜は作業じみた手つきで、淡々とご飯のみを口に運ぶ。精神的な問題なのだろう。

 どうにか解決出来ないかと、真司は考え込みながら、箸を伸ばして朝食を食べ進めていく。完食するまでには、そう時間はかからなかった。

 

「ご馳走さまでした。………食べれるところまででいいから、桜ちゃんはゆっくり食べてて」

 

「…………はい」

 

 ややぎこちない合掌をして席を立つ。そうして、食器を流しに置いた後に、真司はリビングを出た。

 新聞を取りに行こうと、鈍重な足取りで玄関に向かう。結局、何一つとして良い案は考え付かなかった。

 病は気から。このまま見過ごしてしまえば、桜は本当に体調を崩してしまうかもしれない。

 

「ううー……なんか、無いかなぁ……」

 

 悩ましい声を口の端で発する。あれ程までに元気が無い桜を見るのは、恐らく初めて会った頃以来だった。

 なにか、元気付ける些細な切っ掛けは無いものか。そう思いながら郵便受けへと手を伸ばし、新聞紙を取り出す。

 その瞬間、新聞紙の間から朝刊の折込み広告という名の、天啓が滑り落ちた。

 

「…………これは、ありだな!」

 

 ざっくりと広告に目を通した後に、新聞紙ごと靴棚の上に放り投げ、リビングに舞い戻る。一転して、真司の足取りは羽の如く軽快なものであった。

 

「………………」

 

 リビングの扉を通った矢先に、その軽やかな足は五寸釘で床に釘止めされるのだが。

 桜は真司が居ない間に、朝食の皿を片付けてしまったようだ。食べ物が喉を通らない程、何かに参っているらしい。

 何をするわけでもなく、項垂れるような姿勢で机にもたれ掛かり、虚空を見つめている。声を掛けるのは憚れた。

 しばらく、一人にさせた方が桜の為になるのではないか。無難そうな抜け道が脳裏に浮かぶ。

 

「あ、あのっ桜ちゃん!」

 

「は、はいっ!?」

 

 即座に、真司はその抜け道を突貫工事で跡形も無く埋め立てた。

 勢い任せに机を叩き、桜の視線をこちらへ釘付けにさせる。そのまま、真司は前のめりに身体を傾け、桜へと顔を寄せた。

 肩を大きく震わせ、散瞳した桜の瞳には、鬼気迫る表情の自分が映っている。

 

「げ、げふんっげふんっ……」

 

 がっつき過ぎだ。驚かせてどうする。気を取り直すように、真司は咳払いをした後に椅子に座る。

 対面の桜は、こちらを見開いた瞳で見つめたまま、微動だにしていない。

 

「んん……っ、桜ちゃんさ、今日は学校も部活も無いから、時間あるよね?」

 

「………大丈夫、ですけど」

 

「そりゃ良かった、じゃなくって。もし、もし、桜ちゃんが良ければなんだけどさ……」

 

 もしも、昨夜の言動が建前で、桜が本当に自分のお節介を疎ましいと思っていたのなら。続く言葉を発する口が、針で縫われているかのように開かない。

 だが、既に逃げ道は塞いだのだ。喉の奥から湧き出た不安を飲み下し、真司は意を決して本題を切り出した。

 

「……俺と一緒にさ、新都の方まで出掛けない?」

 

「…………………」

 

 声を発した直後、海の底に沈んだ貝にでもなった錯覚に真司は陥る。それほどまでに、深く重たい沈黙が間桐邸のリビングを浸した。

 等間隔の音を立てて時を刻む時計の秒針。その秒針が円を半周しても尚、桜の唇は水平に結ばれたままだ。

 

「っ…………」

 

 これ以上は堪え切れない。何か一言だけ断りを入れてリビングを後にしよう。

 長年共に暮らした家族の心の機微にさえも疎い自分が、恨めし過ぎて身悶えしそうだ。

 当然、そんな姿は見せられないので、真司は逃げるようにして席を立とうとする。しかし、それと同時のタイミングで桜が口を開いた。

 

「———兄さんは、本当に優しい人ですよね」

 

「……………うん?」

 

 予想外の言葉を受けた真司は、頭に疑問符を浮かべて桜を見やる。しかし、桜は真司から顔を隠すようにして俯き、足早にリビングを出て行ってしまった。

 少しだけ、支度のお時間いただきますね。そんな言葉を去り際に残して。

 

「オッケーってことでいいのか……なぁ?」

 

 その疑問に答える者は、少なくともこの場には居ない。

 困惑を眉間に表しつつも、真司は自分の方の支度を進める事にした。

 支度、といっても、着替えた後に財布とカードデッキを持ち出すだけの簡素なものである。

 

「取り敢えず、家の門の前で待ってるからねー」

 

 玄関で待っているのもいいが、一旦風に当たって精神統一をしておきたい。

 早々に支度を済ませ、階段の方に向かって声を掛けた後に、真司は家の外に出る。

 見上げた空模様。雲が点在して浮かんでいるものの、澄んだ青色が大半を占める、立派な冬晴れだ。

 素肌が感じ取った外の気温。心地の良い、暖かな陽気が真司を手招きをしているかのようだ。

 

「っしゃあ…、やってやるぞー」

 

 まさに、どこにも疑う余地の無い、絶好のお出掛け日和。天が真司に齎してくれたチャンスに違いない。俄然やる気が湧いてきた。

 真司は一念発起の意思を右手に込めて、小さく振り上げた直後に、後ろで玄関の扉が開く音がした。

 そのまま、真司は間桐邸の門へと歩き、よし掛かるような姿勢で手を掛ける。

 

「桜ちゃん、家の戸締まり忘れてるんじゃない?」

 

「………あっ、直ぐに閉めて来ます」

 

 念の為に聞いておいて良かった。慌てて家の方へと踵を返す桜を見守り、扉を施錠した事を確認する。

 そして、真司は改めて前へと向き直り、門の片側を開いて一足先に家の敷地の外へ出た。

 

「す、すみません、お待たせして。私ったら、そそっかしくて…」

 

「そんな事はいいからいいから。早く行こ行こ!」

 

 親鳥を追いかける雛鳥じみた足取りで、桜が忙し無く駆け寄って来た。

 急かすような手招きで、桜をこちらへ迎えた後に、真司は開いたままの門をゆっくりと閉める。

 暗い朝から心を入れ替えて外に出てしまえば、もう新しい始まりなのだ。そんな思いを胸に、真司は傍らに桜を伴って歩き始めた。




今回は、真司と桜のおっかなびっくりコミュニケーション回でありました。桜の方は特にいろんな意味で震え上がっているでしょうねえ。
………一体全体誰の所為なんでしょうか。酷い奴が居たものです(棒読み)
感想、アドバイス、お待ちしております。
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