Fate/Advent Hero   作:絹ごし

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第27話『虚数の入り口』

 最早、嗅ぎ慣れた病院特有の薬品の匂い。最早、顔見知りになった看護婦たちに軽く会釈をしながら、桜は階段を登って病室へと向かう。

 やがて、桜はとある病室の名札に兄の名前を見つける。奇しくも、そこは鶴野が使っていた部屋と同じ病室だった。

 

「………………………」

 

 だが、桜は扉の取っ手に手を伸ばそうともせず、目を伏せて立ち尽くすのみ。

 気まずさ、後悔、罪悪感、不安。陰気な感情が大挙して押し寄せ、病室に入る事を躊躇わせた。

 既に見舞いに行くという連絡は入れてある。何時迄も足踏みなどしていられない。

 桜は息を整え、ゆっくりと扉に手を掛ける。そうして、一切の音も立てずに扉の開閉を終え、入室を果たした。

 視線を巡らせるまでもなく、真司の姿は真っ先に目に付いた。ベッドの上に座り込み、扉側に背を向け窓の縁に頬杖を突いている。

 

「すっげぇ暇だなぁ………。桜ちゃん、早く来ないかなぁ………」

 

 退屈の二文字がありありと貼り付けられた背中。今すぐにでも不貞寝してしまいそうな勢いだ。

 真司は、ここから見える入り口の周囲を遠望し、桜の姿を暇潰しがてらに探しているらしい。目当ての桜は、すぐ背後に来ているのだと知らずに。

 

「ふあぁ……。もしかしたら、もう後ろに居たり———うおおっ!?」

 

 何分かの間、窓の外を眺め続け、外の景色に飽きた真司は気怠げに欠伸を吐き出す。

 そして、なんの気もなしに振り返り、ようやく桜の存在に気づいた。呟いた言葉が現実となった衝撃に、真司の両肩が跳ねる。

 

「………っ。ちょ、ちょっと、桜ちゃん。来てたんなら少しは気配とか音とか出しなよ。忍者かっての」

 

「………」

 

 人差し指と中指を揃えて立てたジェスチャーを右手で示し、真司は桜を明るく迎えてくれる。

 しかし、桜は見逃さなかった。左側の肩が震えた瞬間、真司の顔に僅かな強張りが生じた事を。

 真司に向けた視線は、左肩から左腕にかけて移ってゆく。その左腕は白い三角巾で固定されていた。布の端から覗く硬質なギプスが、酷く痛々しい。

 

「なーに、いつまでもそんなとこで突っ立ってんのさ。早くこっち来て座りなって。いやぁ、ずっと暇で暇で仕方なかったんだよー」

 

「………………」

 

 桜から向けられた沈鬱な視線を跳ね除けるかのように、真司は快活に笑って手招きをしてくる。

 手招きに促されて椅子に座るものの、桜は所在無げに俯いたまま、何も言葉を発する事が出来ない。

 そんな桜に相反するかのごとく、真司は今までの入院生活を話の種にして、何気無い出来事を語ってゆく。

 桜へ向けた声色には、微かな気遣いこそ有っても、後悔や非難の色は何処にも有らず。普段通りそのものだった。

 

「それで、傑作だったのがさ…その女の人、只の貧血を不治の病か何かと勘違いしてて———」

 

「———兄さんは、どうしてあんな事があったのに、そんなに平気なんですか」

 

 心の内側を圧迫する罪悪感に耐え切れない。膨らんだ風船の口を解き放つかのように、疑問の言葉が吹き出した。

 明るい話題を遮ってまで、あの出来事を蒸し返す必要があったのか。だとしても、桜は聞かずにはいられなかった。

 

「私が、あんなに遅くに出掛けなかったら、あんなに暗い道を通らなかったら、しっかりと逃げてたら。兄さんがそんな怪我する事なんて無かったのに」

 

 真司の左腕を砕かんばかりに、強く打ち据えた鈍い音の残響が、桜にあの瞬間を思い出させる。

 しかし、真司はそこで倒れなかった。剰え、激痛に怯むことも無く、即座に反撃へと意識を切り替えて行く。

 それは、凄まじく的確な動きだった。少なくとも、臓硯に操られたあの男など、歯牙にも掛けぬ程度には。

 

「……兄さんだったら、きっと全国でも、最後まで勝ち残れた筈なのに」

 

 桜の呟きに、身内贔屓といったものは微塵も含まれていない。純粋な確信だ。

 だが、剣道の腕を磨き続けた努力は、その努力が報われる絶好の機会は、泡のように弾け飛んだ。全ては、桜の所為で。

 

「……私の所為で」

 

 いっそのこと、口汚く罵ってくれた方が楽だというのに。そんな思いとは裏腹に、真司は頬を掻いて閉口したまま何も言いはしない。

 暫しの沈黙の後に、ようやく口を開いたかと思えば、真司はそこから息を吸い始め、鼻から深い溜息を吐いた。

 

「やっぱ駄目だな。なーんにもいい言葉思いつかないや。………よっこらしょっと」

 

 諦観の言葉を皮切りに、真司は掛け声と共に起き上がってから寝台の上に胡座をかく。

 そして、左肩をなるべく動かさぬように、右手を支えにして慎重に桜の方へ身体を向けた。

 

「俺は別にさ、大会とか優勝とかにはあんまり興味無かったりするんだよね。元々は、感覚鈍らせないためっていうか、……ああいう時のために剣道始めたんだよ」

 

 藤ねえに滅茶苦茶勧められたっていうのもあるけど。真司は苦笑して話を続ける。動機としては、非常に納得の出来るものだった。

 

「そりゃあ、全国の強い人たちとも試合はしたかったけど。やっぱり、桜ちゃん助ける事には代えられないって」

 

「………っ」

 

 やや眉尻を下げながらも、真司は屈託のない意志を桜へと突き翳す。その真っ直ぐな瞳は、眼底が沁みる程に眩しかった。

 直視し続ける事が出来ずに、桜は顔を逸らして瞼を閉じる。その想いを嬉しいと思ってしまう自分が、どうしようもなく無様だった。

 

「あーもうっ、桜ちゃん! いつまでもそんな辛気臭い顔すんなって!」

 

「———わわっ!?」

 

 もう我慢ならぬ。そんな意味を込めた声を上げて、真司は桜の頭に手のひらを勢い良く置いた。

 真司の突飛な行動と、思いのほか硬い手の感触に、桜は不意を打たれる。そして、一切の身じろぎも許されずに、頭を雑然とした手つきで搔き撫でられた。

 

「桜ちゃんは、ほんっとに自尊心無さすぎだよ! 自覚してる? 最近の桜ちゃんはメキメキ料理上達してるからさ、自前の料理じゃ満足出来なくなってきてるんだよ俺!」

 

 掃除や洗濯に至っては、俺よりも手際が良くなってるし。年長者としての危機感とかあったりするんだからな。

 撫でる手も止める事なく、真司は息継ぎ無しでまくし立ててゆく。桜という存在の有り難みを。それも、変化球無しの直球勝負で。

 最早、褒め殺しとも呼ぶべき真司のそれは、血色が悪かった桜の頬を容易に染め上げた。

 

「はぁっ……はぁっ……わかった? それに、我慢強いのも、桜ちゃんの良いところだとは思うけど、もっと自分に正直になった方が良いって。……急に暑くなってきたぁ」

 

 そう言って、真司は息切れしながらも、ようやく撫でる手を止める。続けて、桜とは別の意味で真っ赤になった顔を、窓から吹き込む涼風で鎮め始めた。

 

「………………」

 

 真司が背を向けて涼んでいる間に、桜も複雑怪奇に乱され、鳥の巣のようになった髪を手櫛で整える。同時に、熱を帯びた頬も冷めてゆく。

 

「ふうっ、毎日沢山頑張ってる筈なのに、考え無しに受け身になったら幸せが逃げちゃうんじゃない? ……それじゃあ俺も困るよ」

 

 風を浴びたまま、真司は間を置いて話を繋げる。その声色は桜を小馬鹿にしている様子だ。

 考え無しなどではない。我慢し続けなければ、耐えられない事が多過ぎるのだ。たとえ、我慢と不幸が固く結びついていても。

 

「…………どうして、私だけじゃなくって兄さんが困るんですか?」

 

 微かに燻る反骨心の趣くままに、桜はようやく疑問混じりの拙い相槌を返す。すると、真司は窓から身を翻して顔を向けた。

 

「どうしてって、そりゃあ決まってるじゃん。俺が、桜ちゃんには幸せで居て欲しいって思ってるんだから」

 

「——————」

 

 真司の返答に、桜は今度こそ面食らった。さながら、真っ黒に塗られたキャンバスの帆布を、力任せに引き剥がされたかのように。

 幸せで居て欲しい。そんな、ありふれた願いが、冷たく凝り固まった心を溶かしてゆく。後ろめたさによって張り詰めた緊張の糸を切り離してゆく。

 

「………………」

 

 感極まった何かが、熱を伴って桜の目頭を滲ませた。そこから込み上げるものを溢すまいと、桜は目を固く閉じて顔を俯かせる。

 

「………うん? どうしたのさ。また俯いて」

 

 口を噤んで小刻みに震える桜を怪訝に思ったのか、真司は寝台から足を下ろして桜の肩に手を触れる。

 その時点で、桜は涙を堪え切れなくなった。堰を切ったように、真司の右手を握り返して嗚咽を漏らす。

 

「にいっ……さんっ……っっ」

 

「うおぉっ、本当にどうし………まあいっか。よーしよし、思う存分に泣いちゃえ泣いちゃえ」

 

 唐突に泣き出した桜に困惑したものの、憚る人目など無いのだと思い直した真司は、直ぐに桜を抱き寄せて背中を摩り始めた。

 激しく泣き噦りながら、桜は真司の首元に両手を回す。その温もりは、確かな願いを桜に抱かせた。

 ずっと、この人と一緒に生きて居たい。この人と一緒に幸せになりたい。そんな、ありふれた願いを。

 

 

 

 二度、季節が巡り、秋を超えて冬に至っても、己の全てを賭けた戦いを目前にしても。その願いは微塵も薄れる事無く。寧ろ、濃く深い物になっていった。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 蟲たちの体液によって描かれた魔法陣を桜は見つめる。既に酸化を終えて赤黒くなった液体は、人間の血のようにも見えた。

 魔法陣を挟んだ対角線上には、臓硯が用意した青銅の柄鏡が据え置かれている。あの柄鏡は、エトルリアという紀元前に存在した国家の出土品らしい。

 本来、大規模な美術館にでも展示されるべき筈のそれは、審美眼など無い桜にも歴史の荘厳さを感じさせた。

 

「……………っ」

 

 いつまでも見入られ続けては、何も始まらない。柄鏡は英霊を喚び召す為の触媒に過ぎないのだから。

 息を整えた後に、桜は頭の中で詠唱を何度も繰り返す。噛まぬように、間違えぬように。

 やがて、桜は魔術回路の励起と共に、知らず識らずの内に固く結んでいた口を解いた。

 

「———素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 桜は瞑目し、電源を入れる。全身に張り巡らされる神経を、魔力を伝わらせる為だけの回路に切り換える。

 

閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)閉じよ(みたせ)。繰り返すつどに五度。ただ、満たされる刻を破却する」

 

 内なる魔力と外なる魔力が共鳴し、密閉された蟲蔵の中で所狭しと荒れ狂う。桜の声音が、向こう側へと届けられたかの如く。

 

「———告げる。汝の身は我が元に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うならば応えよ」

 

 言葉を紡ぐ度、迸る魔力は臨界点へと近づいて行く。意志を突き詰めるように、自身を抛つように、桜は己の魔力を詠唱と同時に解き放ち続ける。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者。汝三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ。天秤の守り手よ———っ!」

 

 詠唱を言い終えた瞬間、眩い閃光が閉じた瞼を透過して桜の網膜に射し込む。その感覚に、確かな手応えを覚えた。

 だが、弛緩した両脚が身体を支える事を拒絶し、桜は膝から床へとへたり込む。

 そして、明滅する視界を仰向かせ、周囲と己の魔力とを引き換えに顕われた存在を見据えた。

 

「サーヴァント、ライダー。召喚に応じ参上しました。貴女が、私のマスターでしょうか?」

 

 落ち着きに。ともすれば、冷ややかとも取れる平坦な声が、一直線に投げ掛けられる。その声音は女性のものだった。

 

「ええ、間違いない。……早速で悪いけど、貴女は何処の誰なの」

 

 怯みそうになる意識を無理矢理に抑え付け、桜は肯首を返した。続けて、ライダーを名乗る女性に名を問いかける。

 それは、ある意味では主従の問答よりも大事な確認事項だった。

 

「………………」

 

 左手の甲に刻まれた赤き刻印を見せながら、桜は相手の反応を窺う。名乗らないのならば、令呪の行使も考慮するという意思表明だ。

 見えているのかいないのか。黒い眼帯に覆われたライダーの双眸は、ただ桜を見つめるのみだったが、意外にも返答は直ぐに戻ってきた。

 

「………私は、西の果て、形なき島に在った三姉妹が一柱———メドゥーサ」

 

「……メドゥーサ、ですか」

 

 それは、到底鵜呑みに出来る名前ではなかった。桜は思わずライダーの真名を反芻する。

 その名を想起させる判断材料など、それこそ瞳を覆い隠す眼帯のみだ。それだけではない。メドゥーサは悪名高き怪物だ。彼女を英雄と呼ぶ者など、断じて居ないだろう。

 

「どうして………」

 

 過去の英雄が召喚される筈の戦いに、英雄と相反する存在が召喚された。

 だが、桜が疑問を口にする前に、ライダーは虚空から鎖の付いた短剣を手に取った。続け様に腕を交差させ、投擲の姿勢へと入る。

 

「マスター。貴女の後ろに居る"アレ"は何ですか」

 

 臨戦一歩手前。冷たい殺意が、桜の後方に居る存在へと向けられた。弾かれるように振り返り、視線を巡らせる。

 薄暗い蟲蔵に射し込んだ真っ暗な影の空間。そこから、不愉快な粘り気混じりの水音が聞こえた。紛れもなく臓硯だ。

 

「かかかっ、そうなるのではないかと思うたが、儂の予想を裏切らんのう、桜よ。やはり真っ当な英雄などでは無く、反英雄の中でも指折りの者を喚び寄せたか」

 

 全くもってお主らしい。臓硯の吊り上がった口角は、明らかな嘲笑を示していた。

 反英雄。聞き慣れない言葉を使う臓硯の様子に、これが想定の範囲内である事を桜は理解する。そのような存在が顕われた原因が、己に有る事も。

 鎖の音と共に、ライダーの殺意が高まっていく。続けて、前傾姿勢になり両脚へと力を込めた。しかし、桜は左手でライダーを制止する。

 

「下がって、ライダー。その人には、お爺様には絶対に手を出さないで」

 

「………わかりました」

 

 歯痒い思いを口の端に滲ませながら、桜はライダーへと最初の命令を下す。数秒の間を置き、了解の言葉が返ってきた。

 おそらく、二人同時に臓硯へ攻撃を仕掛ければ、驚く程容易に仕留める事が出来るだろう。たとえ、蟲蔵の全ての蟲を敵に回しても。

 それを実行できない理由は、臓硯の手中に捕らえられた存在に有る。

 

「ほう……。儂を確実に殺せる力を得ても挑発には乗らんか。余程、己の自由よりも慎二の命が大事らしい。微笑ましいではないか」

 

「………………」

 

 何も言い返さない桜に対して、臓硯は更に喜悦を重ねる。二人の間に存在する力関係。その優位に立っているのは萎びた老人だった。

 だが、臓硯は不意に顔をしかめて、横に首を振る。どれだけ躾を施そうと試みても、一つだけ思い通りにならない事があった。

 

「しかし、何の心構えも出来ぬまま、遂にこの日が来てしまったのう。英霊の格も、依り代たる魔術師の実力も十全に備わっておるというのに、まったく嘆かわしい」

 

「……それでも、私にマスターは……。人は、殺せません。サーヴァントさえ倒してしまえば、戦いは終わるのに」

 

 マスターは確実に全員殺せ。それが、桜に課された方針だった。

 だが、出来ないのであれば、一人や二人は生かしてもいい。ただの口約束ではあったとしても、あの臓硯に譲歩をさせてなお、桜は首を縦に振らなかった。

 

「己の身に置かれた状況を、理解していないお主ではなかろう。……今代の遠坂の当主ならば、あの娘であれば、誰を殺す事も躊躇うまいて」

 

「私は、あの人とは違います」

 

 実姉に対する劣等感を刺激して、臓硯は桜の精神に揺さぶりを掛けてくる。だが、劣等感よりも人殺しに対する忌避感が勝る。桜は努めて毅然とした態度を貫いた。

 

「そうか………。であれば、仕方があるまい。半端な覚悟で戦いに臨まれては、勝てるものも勝てぬ。万が一、お主に死なれては、間桐の跡取りも居なくなってしまうしのう」

 

 桜の態度を受けた臓硯は、悩ましげな溜め息をつく。そして、暫しの逡巡の後に折衷案を提示した。

 

「慎二めに、間桐の秘奥を全て明かし、代わりにマスターとして戦わせるとしよう。彼奴には魔術の才能は無いものの、戦いの才能が有る。マスターが相手ならば、もしかすれば、もしかするかもしれん」

 

「そ、そんなのっ———」

 

 ———可愛い義妹の為じゃ。喜んで承諾するじゃろうて。たとえ、道半ばで命を落とすとしてもな。

 それは、まさしく悪夢のような提案だった。桜は、目の色を変えて臓硯を見据える。

 

「かかかっ、何を狼狽える。確かに望みは薄いが、戦う前から棄権をしてしまえば、御三家の面目がたたぬではないか。………なに、十年前にも似たような事を何処かの愚か者にさせたであろう?」

 

「………ぁ」

 

 臆して何もせずに、死に行く者を見殺しにした。その意味では、既に一人殺している。後戻りなど、とっくの昔から出来ないではないか。

 今更になって認知させられた罪の意識が、桜の胸の奥を雁字搦めに締め付けた。反論の言葉は何一つ湧いて出ない。

 臓硯は矢継ぎ早に言葉を繋げる。声高に、冷静な判断能力を失った桜へと、決断を突き付けた。

 

「桜よ。慎二を戦わせたくないのならば、隠してきた秘密を暴かれたくないのならば、覚悟を決めるのだ。それさえ出来れば、お主は凡百の魔術師とは比較にもならぬ存在に成れる。……なにもかも、力づくで得られるのだぞ」

 

 乗せられている。それだけは、桜の鈍った思考でも理解できた。

 だとしても、重圧に追い詰められた心は、拒絶という選択肢を取れない。

 だが、桜が臓硯の要求を是とする事はついに無かった。

 

「——————」

 

 けたたましい雄叫びが蟲蔵の中で反響し、そこに居た者全てを釘付けにさせる。背面に置かれた柄鏡が溢れるような波紋を描いていた。

 あり得るが、物質界にないもの(・・・・・・・・・・・・・・)。鏡の世界の怪物、ミラーモンスター。

 意図せずに呼び寄せた存在が、世界と世界の境界線を突き破って現れた。

 そして、誰の反応も許さぬ速度で、大口から灼熱の火炎を放つ。その矛先には臓硯が居た。

 今際の言葉を残す事も無く。半生以上の間、桜に苦渋を強いてきた悪夢の化身が燃えたぎる烈火に焼き尽くされる。

 

「———マスターっ、ここは危険です! 掴まって!」

 

 忘我のままに、桜は目の前の光景を見続ける。すると、後ろに控えて居たライダーに抱えられて、蟲蔵の出入り口へと連れ出された。

 炸裂音が轟く度に、蟲蔵の蟲たちが炎を持続させる燃料に変換させられてゆく。仄暗かった空間が、かつてない程の輝度で煌煌と照らされる。

 今の今まで、巨大な生物の体内とまで錯覚していた地下室は、部屋の全貌が露わになった途端。ちっぽけなほら穴へと姿を変えた。




架空元素、虚数。設定の文脈通りに無理矢理な解釈をしたら、ミラーワールドとの繋がりが成立するのでは。
そんな些細なひらめきが、このクロスオーバーを書こうと思い立った一番の原因であります。

感想、アドバイス、お待ちしております。

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