Fate/Advent Hero   作:絹ごし

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唐突な過去編終了と共に、真司の方へと描写が戻ります。龍騎要素も元どおりですね。


第28話「対立」

 仰向けになってソファに寝っ転がり、天井のシミを数えようかと視線を張り巡らせるが、特に見当たらない。清潔そのものだ。

 湧き上がった疑念を紛らわせる手段が他に考えつかず、真司は溜め息を吐き出す。

 

「なんでこっちが心配されるんだっつーの……」

 

 異界と化した大橋の上で骸骨軍団を撃退した後に、すぐさま真司は変身を解除して桜を迎えに戻った。

 だが、桜は命の危険に瀕したにもかかわらず、第一にこちらの無事を確認してきたのだ。恐怖で泣いたのだろう。目元を泣き腫らしたままで。

 真司にも隠し事がある手前、下手に問い詰める事もできずに有耶無耶な状態で家に帰ってきた。

 

「………………」

 

 ズボンのポケットからカードデッキを取り出し、龍を象ったエンブレムを見つめる。

 助けた間際には出来なかったが、桜に正体を明かすべきなのかを思い詰める。

 ほんの少しの葛藤を経て、真司はかぶりを振った。きっと、止められるに違いない。出来る保証も無い己の愚行を。

 

「……そもそも、それ以前の話かもな」

 

 自分の正体は龍騎ではあるが、断じて間桐慎二ではない。本当の姿と呼べるものを定義するのなら、それは前者だろう。

 随分と笑えない冗談だった。堅牢な仮面を被った騎士が、本来の自分を証明する唯一の姿である事実が。

 

「うーん、やめやめ。意味ない意味ない。……それより、早く風呂に入って温まりたいなぁ。桜ちゃん、まだ上がんないのかなぁ」

 

 再度かぶりを振って、真司は暗い思考を追い出した。このまま続けていては、今後に支障をきたす。

 我が物顔で暖房の前に陣取ってはいるものの、真司の身体は熱い風呂を求めていた。それほどまでに、晩冬の通り雨は堪えた。

 桜を気遣って一番風呂を譲ったが、かれこれ入浴してから一時間は経過している。随分と長風呂を満喫中のようだった。

 

「うぅ………流石に催促しに行ってやろう」

 

 伸びをしてソファから起き上がり、真司は暖かなリビングを後にする。忙しない早歩きで寒い廊下を渡り、浴室へと続く脱衣所の扉の前に辿り着いた。

 

「桜ちゃーんっ、早く風呂空けてくれなーいっ? 俺もう凍えそうなんだけどーっ!」

 

 小刻みに。尚且つ、向こう側に響くように。手の甲で扉を叩いて呼び掛ける。驚かせてやろうという魂胆も若干含まれたノックであった。

 しかし、めぼしい反応が返ってこない。まさか、心地よさのあまり風呂の中で寝ているのか。一先ず起こさなければ、のぼせてしまう可能性がある。

 念のためにもう一度、真司は扉を叩いて桜の応答を待つが、人の動く気配すらしない。

 

「……仕方ない、悪いけど入るよーっ!」

 

 大きな声をかけながら、真司は勢いよく扉を開いた。しかし、その動作とは裏腹に、伏し目で脱衣所に入室をする。家族とはいえ、年頃の義妹への配慮は怠らない。

 案の定と言うべきか、時すでに遅しと言うべきか。床から視線を辿っていくと桜の裸足のつま先が目に入った。

 

「あっちゃあ……。桜ちゃん、大丈夫———」

 

 シャツ一枚という格好から察するに、着替える途中で貧血を起こしてしまったのだろう。真司は床に倒れた桜へと歩み寄り、肩を揺さぶろうと手を伸ばす。

 だが、桜の体に触れた瞬間。手の平が異様な熱を感じ取った。追い討ちをかけるように、苦しげな吐息が耳朶を打つ。

 

「———ちょ、ちょっと桜ちゃん。しっかりしてっ!」

 

 狼狽えぬように平静を心掛け、真司は桜を抱え起こす。語気を強めて耳元で声を上げると、桜はようやく反応を示した。

 緩慢とした動作で瞼を開き、朧げな瞳で焦点を向けてくる。赤く染まったその相貌は、明らかに熱によって浮かされていた。

 

「兄さん……? 今、入られたら、困りますよ。……私、着替えてる最中なのに」

 

「いやいや、有り得ないって。どこからどう見たって倒れてたじゃん。今だって、……かなり熱出てるみたいだし」

 

 意味の無い譫言を呟く桜を無視して、長い前髪を搔きあげて額に手の甲を当てたまま、真司は大まかな熱を測る。

 触れ続けていれば、忽ち低温火傷でもしてしまいそうな事しか分からない。

 

「熱……? 兄さんの方こそ、手がとっても、冷んやりしてますよ。なんだか……幽霊、みたいです」

 

 やだなぁ、兄さんが死んじゃうなんて。桜はそう言いながら、真司の首に腕を回してしがみ付いてきた。

 最早、言動からして完全に夢うつつに陥っている。兎に角、桜を部屋まで運ぶべきだろう。

 

「もういいや。取り敢えず、そのまま掴まってて。———よっこらせっと!」

 

「きゃっ……!?」

 

 互いの体勢が丁度良かった。真司は桜の身体を、掛け声と共に軽々と抱え上げる。膝の裏と脇の下を両腕でがっしりと固定する、俗に言うお姫様抱っこであった。

 我が身を揺さぶる振動に、ようやく目が覚めたのか。桜はか細い悲鳴を上げた。そして、現状を把握した途端に喚き始める。

 

「な、なななんで私抱っこされちゃってるんですか。お、おお降ろしてくださいっ!」

 

「うんうん、そのうちね。しっかし、改めてこうしてみて分かったんだけどさ、でっかくなったもんだねぇ。桜ちゃんも」

 

「〜〜〜〜っ!?」

 

 面白いくらいの混乱ぶりだった。真司は桜の必死の懇願を適当な相槌で受け流しながら、滞りの無い足取りで目的地へと邁進して行く。

 結局の所、桜の部屋に辿り着くまで、桜をベッドの上に降ろすまで、二人の騒々しい掛け合いは続いた。

 

 

 

「うーん……、やっぱり微熱のままか。大した事なさそうで良かった良かった」

 

「………………」

 

 渡された体温計の数字を見つめ、真司は安堵を覚えてしきりに頷く。迅速且つ献身的な介抱が功を奏したようだ。

 夕食にお粥も食べさせた。念の為に風邪薬も飲ませた。あとは、安静にさせて寝かし付けるだけだった。

 

「それじゃ、夜更かししないで明日までゆっくり寝るんだよ? ちゃんと寝なきゃ、治るものも治らないんだから。……おやすみー」

 

「………………」

 

 最後によく眠ることを桜に言い含めて、真司は部屋の照明を消した。先ほどから、一切の返事をしない桜を怪訝に思いながらも、ドアノブを捻って扉を開いた。

 

「……う、うん?」

 

 だが、どうにも背中にむず痒い視線を感じて、真司は居た堪れずに桜へと振り返った。

 桜は口元を布団で覆い、半分だけ顔を出したまま、真っ直ぐに真司を見据えている。寂しげに細められた紫色の瞳は、無意識に何かを訴えていた。

 

「……ちょっと待ってて」

 

 何故、直ぐに気づいてやれなかったのか。風邪をひいただけではない。桜は今日、本当に危険な目に遭ったのだ。そんな日に一人で寝るなど、心細いに決まっている。

 

「え? あ、あの……」

 

 桜が引き留める間も無く、真司は慌ただしく自分の部屋に行き、円柱状の物を押入れから持ち出した。

 そして、すぐさま桜の元へ舞い戻り、円柱状の物を見せびらかすように広げてゆく。その正体は寝袋だった。それも、冬に適した保温性の高い代物だ。

 

「桜ちゃん。今日だけさ、俺もこっちの部屋で寝ていいかな? ちゃんと寝てくれるかどうかも心配だし」

 

「……どうして、わかったんですか?」

 

 敢えて、真司は返事を返さない。得意満面な笑みを浮かべて、床に敷いた寝袋へと足から入っていく。特に止められはしなかった。

 布団を蹴飛ばす事も、ベッドから落下する事も起こりようが無い寝袋は、非常に快適だ。桜よりも先に寝入ってしまいそうになる程度には。

 

「……兄さん、ありがとう」

 

 感謝の言葉を皮切りに、取り留めのない会話が二人の間で交わされる。

 眠気を催す薄暗い部屋で、桜が安心して一日を締め括れるように、真司は明るい話題を話し続けた。

 やがて、桜からの相槌が途切れ途切れになっていく。それに併せて、真司は言葉数を少なくする。

 話に一区切りがついてから、桜の規則的な寝息が耳に届くまでに、然程時間はかからなかった。

 

「………………」

 

 暫しの沈黙の後に、真司は全身を覆う微睡みに抗って身体を起こした。寝袋から這い出て、ゆっくりと立ち上がる。

 今夜はまだ、やるべき事が残っているのだ。つい一昨日までドラグレッダーに任せきりだった夜の巡回が。

 ライダーバトルのように、聖杯戦争においても無関係の人間が襲われる事例が生じている以上。

 戦いを止める手段を早急に探さなければならない。真司にも心当たりは一つだけ有った。

 

「ごめん、桜ちゃん。すぐ帰ってくるから」

 

 最低限度まで押し殺した声で、桜へと確認を兼ねて呼び掛ける。真司の声に対して、反応は見受けられない。

 安らかな寝顔を見つめ、真司は小さく頷く。そして、窓ガラスへとカードデッキを翳した。

 

「……置いて、かないで」

 

 小さく、か細く。消え入りそうな声で呟かれた桜の寝言に、最後まで気づかぬふりをして。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

「アーチャー、あいつの様子は見えてる?」

 

 冬木の地を一望する事ができる高台に建てられた洋館、遠坂邸。その屋根の上から、凛は自らのサーヴァント…アーチャーに尋ねる。目的の人物の出方を。

 

「……ああ、見事な食いつきようだ。余程、金品の類にがめついのか、君の使い魔が物珍しいのかは知らんが、無警戒そのものだな。龍騎とやらは」

 

「魔術に関しては門外漢、かしら。衛宮くんの話を聞く限り、相当強いって雰囲気だったけど。……本当、わけわかんない奴ね」

 

 仮面の裏に在る正体も、サーヴァントとマスターを助ける動機も分からない。そもそも、特定の陣営に属しているわけでもない。

 凛にとって、龍騎という謎の存在は下手なサーヴァントよりも難敵と呼べる存在だった。

 少なくとも、キャスターが待ち受ける柳洞寺へと出向く前に、その真意を問い詰める必要を凛は感じる。あわよくば、味方に引き込めれば重畳だ。

 

「……仕留めに掛かるか?」

 

「いいえ。一応、助けられた恩はあるから。一先ずは、どんな奴かを見極めたい。そのために、あんな場所まで誘き寄せたんだし」

 

 龍騎をあの場所で釘付けにする。だから、あそこまで連れてって。凛がそう言うと、アーチャーは真っ直ぐに番えた弓矢を解き、肯定の意を示した。

 

「……でも、ちょっとだけ待って。流石に一夜で三騎ものサーヴァントと連続で渡り合うような奴に、貴方一人じゃ不安だわ」

 

「セイバーを呼ぶ気か。仮に来たとして、彼女は義理堅い性分だろう。小僧共々、あの男に剣を向ける可能性は低い」

 

「別に、戦力としてはそこまで期待してないわ。居る事に意味があるのよ。二対一なら、迂闊にあっちから攻撃なんかしないでしょうし、逃げるのも難しいし」

 

 そう言いながら、凛は携帯を取り出して開く。それは、余程耄碌していなければ、老人でも扱える操作の簡単なシニア携帯だった。

 余談だが、第三者の協力を得ても尚、凛は携帯操作の修得に一ヶ月の時間を要した。初めて電話が出来た時の通話相手の感極まった声は、今でも耳に新しい。

 

「……凛。随分と手間取っているようだが、まだ時間はかかりそうか?」

 

「だ、黙ってなさい。今とっても集中してるんだから」

 

 慎重に、変なボタンを押さないように。凛は丁寧に人差し指を使って、電話帳へと辿り着く。

 やがて、必要最小限に抑えられた登録者の中から、士郎の名前を探し当てた。

 通話ボタンを押し、額に滲んだ汗を袖で拭って安堵する。さながら、無事に患部の手術を終えた執刀医のように。

 そこからは、通話を介して簡単に用件を伝え、士郎からの了承を得るだけだった。

 

「……うん、準備は一区切りついたわね。いいわよアーチャー、あいつの所まで連れてって」

 

 使い魔へと意識を向けた後に、凛は直ぐさまアーチャーに抱えられて洋館の屋根から飛び立つ。龍騎を逃さぬように、使い魔に施した仕掛けを起動させながら。

 暗闇に染まる事を拒むかのように、散り散りに光る街の明かり。その小さな光の群れの中で、より一層小さな、一瞬限りの閃光が人知れずに煌めいた。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

「や、やられた……くそっ」

 

 真っ白に焦がされた視覚を、甲高い残響を拾い続ける聴覚を、必死に回復させようと頭を振りながら瞬きを繰り返す。

 新都方面を重点的に巡回していると、龍騎は新都の中央公園にて、鈍い光を放ちながら浮遊する宝石を見つけた。

 どうにかそれを掴み取り、調べようとした瞬間。宝石は閃光と怪音を存分に撒き散らして砕け散ったのだ。

 

「と、とにかく此処から———」

 

「———逃さないわよ」

 

 聞き覚えのある声が、感覚を取り戻し始めた龍騎の耳に届く。反射的に身を翻した。

 恩を売ったつもりは無いが、一日過ぎで仇となって返ってくるとは。己の迂闊さを呪いながら、龍騎は白みがかった視界から赤装束の主従を睨みつける。

 

「一応チャンスは伺ってたけど、こうも簡単に引っかかるなんてね。お金に困っているなら、条件付きで工面してあげようかしら?」

 

「気遣ってくれなくてもいいよ、俺の家って滅茶苦茶お金持ちだし。……そっちこそ、あんなに綺麗な宝石使い捨てちゃって大丈夫なのか?」

 

 魔術師って、随分と金食い虫なんだな。龍騎は普段の調子で軽口を言い返す。

 すると、悩みの種を掘り返されたのか、凛は綽々とした笑みの端を片側だけ歪めた。

 

「っ………。今すぐに退場させたい気分になったけど、まだやめとくわ。あんたには聞きたい事があるから」

 

 軽挙な言葉で弱点を刺激してはならない。龍騎は自戒の念を胸に、口を固く結んで凛の言葉を待つ。

 そのタイミングで、もう一騎のサーヴァントが現れた。セイバーだ。彼女の小さな肩には士郎が担がれている。男女の立場が逆転した、酷く不釣り合いな有り様だった。

 

「龍騎……」

 

 だが、龍騎を見つけた途端に目の色を変えて、セイバーの肩から降りた士郎は声を掛けてくる。

 滅私奉公を体現したかのような少年には珍しい、私情に塗れた感情が表に出ていた。

 

「衛宮くん、電話でも言ったけど、そっちの要件は後にして頂戴ね。話が進まないから。」

 

「分かってるさ……。でも、忘れるなよ。俺たちの命の恩人だって事は」

 

 凛の咎めを帯びた言葉に、士郎は要領を得ない頷きを返した。感謝してくれるのは嬉しいが、こちらの味方をしてくれる可能性は一握りにも満たないだろう。

 

「……龍騎。一先ず、一番大事な事を聞くわ。あんたの目的ってなんなの? どうして、戦いに割り込んでまで私たちを助けるの?」

 

「………………」

 

 私たち、あんたの目的次第で、もしかしたら協力出来るかもしれないわ。ほんの僅かな間を置いて、凛は龍騎へと単刀直入に問い掛けてくる。

 一切の虚偽を許さない。真摯に見据えられた碧眼が後押しをするように、龍騎の口を割らせた。

 

「……多分、それは無理だ。……俺の目的は、なんでも願いが叶うだなんて宣って、互いを殺し合わせる。そんな馬鹿げた戦いを止めるためなんだから」

 

 そんな馬鹿げた戦いの所為で、理不尽に死んでいく人たちを守るためなんだから。そこまで言い切り、龍騎は凛たちを見つめ返した。

 各々の双眸に各々の思念が宿っている。上澄みしか読み取れないが、敵対は確定したと言っても良いだろう。

 

「……成る程な。そこの小僧の言い草から予想してはいたが、場違いな偽善者か、正義の味方気取りが紛れ込んでしまったらしい。大人しく、自分と身近な人間だけを守ればいいものを」

 

「………………」

 

 先程から沈黙を保っていたアーチャーが、皮肉げな笑みを浮かべて口撃を飛ばしてきた。龍騎は努めて冷静に、彼の言葉を受け止める。

 何故かはわからないが、あまり強く言い返す気になれない。彼の背後に居る士郎が、今にもアーチャーに対して噛み付きそうな面持ちだからか。

 

「場違いなのは合ってるかもしれない。あんたらにだって、叶えたい願いとかあるのは分かるし、こんな戦いに乗ってる時点で簡単に止まれないんだろ」

 

 貴賎はあれど、その願いを踏み躙るような自分に、正義の味方など荷が勝ち過ぎだ。そんなものはライダーとの戦いで十分に再確認させられた。

 

「……解せんな。何故、お前はそれを分かっていながら割り込もうとする? 止める方法など、それこそ全ての陣営をたった一人で打ち倒すぐらいだろう」

 

 その方法は、無謀である以前に本末転倒だ。しかし、龍騎は確然とした態度を崩さず、アーチャーの指摘に返答する。

 

「いいや、まだ一つだけあるだろ。戦いを止める方法。聖杯ってのが何でも願いを叶えるんだったら———」

 

 万能の聖杯を巡る戦い、聖杯戦争。聖杯。そうと呼ばれるからには、器が何処かに存在する筈だ。

 恐らく、ライダーバトルに於けるミラーモンスターのように、命を取り込む悪趣味な器が。

 

「———貴方は、その聖杯を破壊するつもりなのか?」

 

 不可視の剣が、手に取られる気配を龍騎は感じた。続けようとした言葉を先取りして、士郎の側に控えていたセイバーが歩み寄ってくる。

 細められた翡翠の瞳。その眼差しは、初めて武器を交えた夜の時よりも険を帯びていた。

 

「貴方が、何を目的として私たちを助けたのかは分かりました。人として尊ぶべき、善良な在り方をした者である事も。……ですが、その行為は絶対に認められない」

 

「意外だな。君はもう少し躊躇うものだと思っていたのだが。私のマスターの判断は、結果的に最適解だったか。これで邪魔者が確実に排除できる」

 

 セイバーに触発されるかのように、アーチャーはどこからともなく洋弓を手に取った。

 番えてこそ無いものの、腕の一本でも動かした瞬間。龍騎の身体を射抜くべく、矢が打ち放たれるだろう。

 

「勘違いをするな、アーチャー。私はまだ彼と戦うとは決めたわけではない。……リュウキ。どうか、この戦いから手を引いてください。そもそも、貴方はきっと武器を手に取るべき人間ではない筈です」

 

 剣を真っ直ぐに構えながらも、セイバーは龍騎の身を案じて忠告をしてくれる。

 僅かに揺れる切っ先は、葛藤を表しているのか。その葛藤を切り捨ててでも、遂げなければならない使命があるのか。

 

「……悪いけど、それは出来ない。使命とか理想とか仕来りとか、俺には何一つ無いけど。何が正しいかなんて、未だに全然分かんないけど。こんな戦いを止める事が、俺の叶えたかった願いなんだ」

 

 揺るぎのない意志を、龍騎は静かに表明する。自分自身の思いに、嘘はつけなかった。

 凛にしてやられた視覚も聴覚も、会話をするうちに戻ってきた。戦いへ臨む準備は整っている。

 やがて、僅かな瞑目の後に、セイバーの面持ちが切り替わった。最早、言葉は不要だと断じたのだろう。

 

「あんたも損な性分ね。黙って頷いておけば、余計な怪我もしないで済むのに。……アーチャー。随分と物騒な事言ってたけど、分かってるわね?」

 

「ああ、分かっている、なるべく殺しはしないさ。どちらにせよ、その厚ぼったい仮面は剥がさせてもらうが……」

 

 今度こそ、アーチャーは矢を射る構えに入った。凛の念押しに適当な返事をしながら、悔しげに立ち尽くす士郎を一瞬だけ見やる。

 しかし、彼は士郎に対して何を言うわけでもなく、直ぐに視線を龍騎へと戻し、洋弓の弦を強く引き絞った。

 

【SWORD VENT】

 

 冷たい夜風が、草木をとめどなく揺らした。訪れる開戦の瞬間と共に、龍騎は予めバイザーに差し込んでおいたカードを切る。

 軽快な矢の射出音。轟然とした地を蹴る跫音。それらの音が、全く同時に耳朶を打った。

 

「やれるもんなら、やってみろよっ!」

 

 先んじて飛来した矢を横殴りに弾き返し、引いた拳をそのまま開いて飛来する青龍刀を手に取る。そして、龍騎は後に続くセイバーの上段斬りを、真っ向から受け止めた。

 逃げ道となる鏡は無い。長時間、弓兵に背を晒すなど自殺行為だ。この場で迎え撃つ以外の選択肢は、龍騎には無かった。




随分と久々な真司側の描写。からの、三騎士の内のサーヴァント二騎を一人で相手取るという超ピンチ。
割と慣れているとはいえ、助けた恩を仇で返された真司に、果たして救いの手は有るのでしょうか。

感想、アドバイス、お待ちしております。

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