「教会……教会……こっちで合ってんのか?」
目的地が近い事を示す、半ばまで折り畳まれた地図。風穴を空けるかの如き眼力で見つめ、龍騎はそこに引かれた乱雑な線を辿って歩く。
しかし、ミラーワールドの法則が齎す反転は、地図にまで作用していた。
徹夜で頭に叩き込んだ教会までの道のり。そこも反転してしまっているので、冬木大橋を渡った辺りから龍騎の歩みは蛇行気味である。
「お墓か、それっぽいところまでは来れたかな」
やがて、その曲がりくねった歩みは静謐な空気を醸し出す墓地の入り口へと差し掛かった。
柵越しに見える墓石の形状や刻まれたアルファベットの名から、外人の為に作られた墓地なのだと把握する。
墓地が近いならば、教会も近い。龍騎は僅かに逸れた道筋を正す為に、回れ右をしようと右足を引く。
「くっそ、制限時間か……」
しかし、踵を返す動作の寸前。龍騎は鏡の世界から立ち退きを命じられた。地図を持つ手がゆっくりと分解され始める。
他の陣営の横槍を警戒して、彼らの手が及ばぬミラーワールドから目指したが此処までか。
「す、すみません。ちょっと失礼します……」
土の中で安らかに眠る死者を起こしてはいけない。しかし、手頃な出口も周囲に見当たらない。止むを得ず、恐々とした足取りで墓地に足を踏み入れた。
夜に立ち寄った無礼を謝罪しながら、龍騎は綺麗に磨かれた墓石の大理石の前に立つ。そして、そこに生じた鏡面へと入り込んだ。
「……し、失礼しました」
現実世界へと戻るや否や、即座に出口に使った墓石に向き直り深い一礼をする。
今後の展望に大きく関わる出来事が控えている都合上、死者の祟りは何よりも恐ろしいものだった。
キャスターが使役する竜牙兵のように、骨だけになっても怨念で襲い掛かってくるかもしれない。夜の冬木ならばあり得る。
一礼を終えて、そそくさと墓地から退散。しようとしたのだが、小気味の良い音が去り行く龍騎を引き留めた。
「や、やっちまったか———」
逃げ出さずに必死に謝れば、寛大な心で許してくれるかもしれない。
龍騎は平謝りの心構えに入りながら、起こしてしまった死者に対して振り返る。
「———って、ま、呪い師さんの骨軍団の奴じゃないか。な、なんでこんなとこに」
だが、音の発生源に佇んでいたのはキャスターの従順なしもべの竜牙兵だった。
しかも、龍騎の前に立つ竜牙兵は人型ですらない。コストパフォーマンスを重視した仔犬型の骨である。
それはそれとして、骨だけになって多少ましだが、犬は恐ろしい。龍騎は身震いをして身構えた。
仔犬の骨は龍騎方を向くと同時に、歯と歯を打ち鳴らし合って合図のらしきものを示す。
「………………?」
一体全体何が起こるのか。黙ったまま事の顛末を見守っていると、蝶の形をした細かな光が頭上に集まってきた。
そして、その蝶の群は瞬きの間にキャスターへと姿を変え、龍騎の側に降り立ってくる。
相変わらず目元はフードで見えないが、何故だか口元だけは喜悦を表すように弧を描いていた。
「余程気合が入っていたのね、龍騎。まだ本来の時間まで一時間はあるわよ? ……ついでに、本来の道も間違えていたみたいだけれど」
方向音痴なのかしら。キャスターは開口一番に、こちらの図星を的確に突いて揶揄ってきた。
共闘成立の握手を交わしてから、彼女はこのような態度なのだ。昨夜の雑な扱いを思い出し、龍騎は咄嗟に反論を述べる。
「ぐぬっ……! あっちの世界は左右が反転してて、道が分かりづらいんだよ」
「あら、方向音痴である事は否定しないの?」
「ぬぐぐっ……! ま、呪い師さんだって、早く来るの見越してたんじゃないのか。俺がこっちに出てきて直ぐに、こいつがやって———ちょ、マジで来るなって!」
呼ばれたと勘違いしたのか、最後まで反論を言い切る前に仔犬の骨が足元まで擦り寄ってきた。
蹴り飛ばすわけにもいかず、龍騎はたたらを踏んで後退る。あちらが骨だけになろうが、こちらが変身していようが、やはり駄目なものは駄目だった。
「うふふふふ……」
思わぬ弱点発見。キャスターの微笑みが更に深くなる。無論、脅威的で嗜虐的なものに。
結局、詳しい段取り等の話に持ち込めたのは、奮闘空しく数の増えた竜牙兵に揉みくちゃにされた後であった。
「この先が、冬木教会……」
一直線に続く坂道を歩きながら、龍騎はその先の建造物を遠目で眺める。
来るもの拒まず。声や言葉を発せぬ門扉が、そうして招き入れるように開放されていた。
「うおおっ……」
暫しの間注視していると、背後から水球が放たれた。水球は龍騎のこめかみを通り抜けて路面に直撃し、水飛沫を上げながら形を失う。
しかし、その液体は坂から垂れ落ちる事無く固体へと変貌し、瞬く間に綺麗な鏡が出来上がった。
「ほんっと、何でもありだなぁ。呪い師さんは。取り敢えず、わざわざ入り口用意してくれてありがとう」
龍騎は敢えて振り返らず、鏡に映り反転したキャスターへと礼を言う。
対するキャスターは、興味津々と顎に手を当てて鏡に映る龍騎を観察している。魔術で創り出した鏡面であっても、この姿は反転しなかった。
「それを入り口に出来る貴方も大概だとは思うのだけど。……まあいいわ、さっさと向こう側に行きなさい。貴方はいざという時の保険なのだから」
サーヴァントの居ない教会など、自分一人で充分だ。そう言いながら、キャスターは自らの黒いローブを蝙蝠の翼のように広げて浮上してゆく。
「———ちょっと待ってくれ。仕掛ける前に、一つだけ言い忘れてた事があるんだ」
「……なによ、散々急かしていたのは貴方の方でしょう?」
だが、教会へ飛び去ろうとするキャスターを、龍騎は咄嗟に引き留めた。
怪訝を帯びた視線と少々刺々しい言葉を浴びせられるものの、命に関わる事なので怯まず言葉を続ける。
「あんたの実力を疑ってるわけじゃないけどさ。ヤバイ気配を感じたら、もう逃げるってぐらいの心構えは要ると思うんだよ」
「まるで、これから襲撃する教会が危険だという口ぶりね。その根拠は?」
「経験、だな。こんな悪趣味な競い合いを取り仕切ってるような奴が、一筋縄で済むわけない」
神崎士郎。ライダーバトルの元凶である男のように、この戦いに於ける最強のサーヴァントを付き従えている可能性がある。
もしも、あの不死鳥の騎士と同格の存在が現れたならば。龍騎は己の持つ手札全てを投げ打ち、応戦しなければならないだろう。
「……頭の片隅ぐらいには留めておくわ。矮小な相手に度を過ぎた警戒して、数少ない機を逃すのも駄目でしょうが」
「悪い、折角の所に水差しちまって。ちょっとでも不味いって思ったら呼んでくれ。俺も直ぐにそっち飛び出るから」
実感のこもった龍騎の声色を聞き取ったのか、キャスターは渋々と頷いてくれた。今度こそ黒いローブの翼をはためかせ、教会へと飛び去って行く。
「………………」
小さくなってゆくキャスターの背中を見送りながら、龍騎は門扉の先に鎮座する建物を見上げる。
夜空に向かって伸びた尖塔。宇宙の月に向かって突き出された十字架。その光景には見覚えがあった。
最早、遠い昔にも思えるあの日。消滅寸前の神崎に投げ渡されたカードデッキ。それを受け取ったあの瞬間を思い起こさせる。
「……しゃあっ!」
事の始まりが教会ならば、事の終わりも教会か。数奇な巡り合わせを感じながら、路面に生じた鏡へと龍騎は飛び込んだ。
———初めましてかしら? この狂った儀式の監督さん。
———何用だキャスター? 此処は不可侵の中立地帯。如何な英霊といえどサーヴァントが足を踏み入れて良い所では無い。
聞くだけでも胡散臭いと分かる声の主。その男が聖杯戦争を取り仕切っているのか。
仄暗い礼拝堂の窓から発せられる声に耳を傾け、龍騎は右手の青龍刀を弄びながら己の出番を待ち続ける。
———先に賞品を受け取りに来た。……と言いたい所だけど、目的が変わったのよ。私は、このくだらない茶番を終わらせに来たの。
———サーヴァントとして召喚に応じておきながら、命が惜しくなったようだな。……しかし、忘れたのか? サーヴァントが最後の一人になるまで、聖杯は顕れないという事を。
———貴方が言っているのは、
聖杯にも二つの種類が有った。衝撃の事実を平然と宣うキャスターに驚愕しながらも、話に割り込むのは駄目だと己を律して、龍騎はただただ待ち続ける。
胡散臭い声の男が、大人しくキャスターの要求を受け入れてくれるように思いながら。
———此処に聖杯など無い。
———死にたいの、貴方?
しかし、龍騎の密かな思いは、男の頑なな拒絶によって虚しく掻き消された。一転して物騒な言葉を投げ掛けるキャスターに、冷ややかな怖気を覚える。
———無理はするな。地が出ているぞ、コルキスの王女。……悪逆には、まだ成れないか?
何という命知らず。これは大変だ。このままでは男が不敬罪で処刑されてしまう。彼が何を言っているのかは知らないが、王女様の怒りを鎮めなければ。
———だが、命惜しさに戦意を失くしたサーヴァントなどに、そのようなものを求めるのも無粋か。……儀式を成就する為の生け贄となれ、キャスター。
———龍騎っ!
自らの名を呼ぶ鬼気迫った声音に、勢いよく翻された布の音に、龍騎は弾かれるようにして振り返る。
突如として虚空より現れた被膜状の鏡面。そこに映る蒼い出で立ちの槍兵。
迫り来る者の姿を認めると同時に、龍騎は床を踏み抜いて向こう側へと躍り出た。
「———っ!」
「………っ! はははっ!」
交錯する炯眼と炯眼。接触する得物と得物。対峙するランサーは一瞬だけ瞳孔を開いた後に、狂喜を示すかのように牙を剥いた。
槍の穂先を引き、青龍刀の刃を引き、再度衝突。間断なく繰り出される刺突と剣戟。
硬質な金属同士が頻りに火花を散らし、異様に高い音を頻りに奏で合う。
龍騎とランサーの周囲に並べられた長椅子が、衝突の余波によって吹き飛ばされ、木っ端微塵に粉砕されてゆく。
「…………」
一層大きな激突の後に、龍騎は大きく飛び退いて距離を取る。キャスターの無事を確認するように、彼女の側面へと。
「……俺の言った通りだったろ、呪い師さん。一筋縄で済むわけないってさ。……にしたって———」
「———ええ、因果なものね、ランサー。まさか、最初の敵が最後の敵になるだなんて」
キャスターは龍騎が紡ごうとした言葉を、偶然にも先んじて代弁した。
意外な共通点に驚きながらも、視線は躙り寄るランサーから、彼が携える紅い槍からは意識を逸らさない。
「なんだ、かなり強気じゃねぇかよキャスター。元々のマスター裏切って、無関係な山の寺を乗っ取ったかと思えば、今度は龍騎に鞍替えか?」
唆したのか、唆されたのかは知らんが、随分と尻の軽い女だな。神経をこれでもかと逆撫でする挑発を、ランサーが言い終えた瞬間。
龍騎が制止する間も無く、キャスターの掌から魔力の砲弾が乱射される。言葉代わりに胸の内の激情を体現するかの如く、何十発も。
「……監督役の立場を良いように隠れ蓑にして、マスターとして紛れ込んでいたような男。そんな奴の飼い犬風情が、何を偉そうに」
「ちょっ、呪い師さん! そっちの事情は知らないけど、やり過ぎだって! 煙で向こう側見えないじゃんか———」
これでは、相手に先手を許してしまう。そう言い切る前に、槍の切っ先が舞い上がった煙を突き抜け、キャスターへと投げ放たれる。
即座に彼女を押し退け、体勢を崩しながらも強引に槍を弾き返す。しかし、生じた一瞬の隙を縫うかのように、後続の跳び蹴りが龍騎を捉えた。
勢い良く蹴り飛ばされ、閉じたままの扉に叩きつけられ、入り口の像を粉砕しながら教会の外へと転がってゆく。
「———相変わらず良い反応だなぁ、龍騎。咄嗟に空いていた腕で防いだのか」
「ぐくっ……!」
遠慮の無い馴れ馴れしい声に、龍騎はすぐさま体勢を立て直す。迫り来る槍兵を鋭く見据える。
キャスターは眼中に無いのか。そう思うと同時に、教会の重厚な扉が閉ざされた。
遅れて、先ほど投げ出された筈の槍が独りでに窓を突き破り、ランサーの手元に戻って来る。
「……俺なんかに感けて、呪い師さんからあの神父守らなくて良いのかよ。お前のマスターなんだろ」
相当に機嫌の悪いキャスターと、相当にタチの悪い神父が一対一の状況。キャスターは神父を勢い余って殺してしまうのではないか。
扉の向こう側から漏れ出す鈍い破砕音に、龍騎は若干狼狽ながらも問い掛けた。
「あいつを俺が守るだぁ? ……はっ、命令でもされなきゃ真っ平御免だね。今あそこで死んでくれた方が、世のため人のため俺のためってもんだ」
「サーヴァントとマスターって、どいつもこいつも仲良しこよしって訳じゃなかったんだな。……つまらない雇い主ってそういう事だったのか」
士郎とセイバーの親しげな関係が知らず識らず基準となっていた為、ランサーの淡々とした返答には驚かされた。
死んでも良いとは絶対に言えないが、あの神父はある程度痛い目に遭うべきなのかもしれない。
意識を戦闘に切り替え、青龍刀の柄を強く握り締めながら、龍騎はランサーとの間合いを緩慢と詰めて行く。
「しかしよ、確かにあいつはつまらない男だが、つまらない嘘をつくような奴じゃない。……あいつに聖杯を強請るのはお門違いだぜ?」
「こっちから仕掛けた以上、そう簡単に後には引けないっての。仮に引いたとしても、お前は逃がしてくれんのか?」
「はっ…………。こちとら辛抱強く何日も待ち続けたんだ。漸く釣れた大物を、みすみす逃す訳ねえだろうが———!」
分かり切っていた返答。それと共に突き出された槍。直線的な紅の軌道を青龍刀で弾き返し、龍騎は返しの刃で反撃する。
しかし、その一刀は槍のけら首によって器用に防がれた。穂先と柄の境目に青龍刀が食い込む。
「そらよぉっと!」
「食らうかよ!」
ほんの一瞬の硬直。直後に解放される膠着。自らの得物に意識を取られかけたものの、龍騎は左側から唸りを上げて迫る槍の銅金を手甲で受け止めた。
そして、先ほどの仕返しと言わんばかりに前蹴りを繰り出した。だが、龍騎の蹠はランサーの胴を捉えず、虚空を蹴る。
「っとっと、危ねぇなぁ……。にしたって、他のサーヴァント連中と比較しても指折りのセンス持ってるぜ、お前は。経験も申し分ねえしな」
「そりゃあどうも……っ!」
他者を害する才能と経験。そんなものを褒められて、喜ぶ神経など持ち合わせていない。
苛立ち混じりの跳躍で離された間合いを詰め、龍騎は落下と共に刃を上段から振り下ろす。飛散する火花と甲高い金属音が、防御された事を示した。
「怒ってんのか? だとしたら勿体無いねえ。一つしかない命を取り合ってんだ。とことんまで楽しまなきゃ損ってもんだろう?」
「初めて会った時から思ってたけど、お前のその顔見てると嫌な奴の事を思い出すなぁ……っっ!」
青龍刀の向こう側に見える獣じみた獰猛な笑み。あの蛇の騎士は、このような表情を仮面の下で浮かべていたのだろうか。
上下の拮抗を打ち崩すように、進行を阻む槍をへし折る勢いで、龍騎は刀身に自らの力を上乗せした。
重なる重圧に耐え切れなくなった地面が、ランサーの両脚を起点に罅割れてゆく。
「っ———!」
しかし、無意識的に歯止めを掛けた力では、ランサーには至らない。容易く重心を逸らされ、切り返された。
一進一退の攻防。迫る切っ先を滑らせて受け流し、袈裟に振り下ろした刃を受け止められ、互いの得物が幾度と無く衝突し合う。
「なあ。時間稼ぎって腹積もりならやめといた方がいいぞ。幾らあの女が草の根分けて探そうが、無い物は見つけられねえ」
「お前の言葉なんかより、呪い師さんの言葉の方が信用できるっつーの。どの道、あの人が聖杯を見つけるか諦めるかするまで、俺はお前を此処で食い止める。……出来れば追い払う」
「お前らを分断したのは俺の方なんだがな……。なんつーか、律儀だねぇ」
時間の経過と同時に繰り返される仕切り直し。左右から回り込むような足取りで、龍騎は間合いを測る。
まだ余裕があるんだろう。もっと本気でかかって来いよ。忠告にも聞こえるランサーの言葉に秘められた意味を、完全に無視しながら。
「——————」
だが、颯の如き疾駆と共に眼前に繰り出された鋭い刺突が龍騎の足を止めた。
真っ直ぐな紅色の軌跡を瞬時に回避し、反撃の一刀を思い切り踏み込んで横薙ぎに振るう。
しかし、首筋を断つように放った高速の一閃は、背面への身動ぎによって寸前で躱された。
「はっ、力み過ぎじゃねえか———」
「———もう一丁っ!」
織込み済みだ。龍騎は踏み込みの勢いを殺さず、流れるような体捌きで後ろ蹴りに繋げる。
体重の乗った踵が空気を抉り取るような唸りを上げて、相手の開いた胸板を捉えた。
ランサーは地面を擦りながら後退り、生じた威力を堪え切れずにたたらを踏む。
先ずは一発、手痛い一撃を与えた。また向かって来るか、何かの間違いで降参してくれるか。龍騎は青龍刀を正眼に構え、出方を窺う。
「ぺっ……成る程な。手加減でもされてるのかと思ったんだが、上手く噛み合ってねえのか。お前の意思と、お前の戦い方は。……お楽しみは他の連中で我慢するべきかねぇ」
口の中に含んだ血反吐を吐き捨て、ランサーは胸に付着した土埃を手で払いながら顔を上げる。
その相貌に浮かぶ戦意は、微塵も衰えていない。それどころか、此方を見据える双眸は鋭さを増していた。
「何を言いたいのか知らないけど、お前が戦いを楽しむ機会なんか、俺がこれから台無しにしてやるっつーの」
「ああ、そいつはこの槍を凌いでからもう一度言ってくれや」
「…………!」
心臓の鼓動が警鐘を打ち鳴らす嫌な予感。龍騎が咄嗟にカードを引き抜いた瞬間だった。ランサーがあの必中の槍の構えに移ったのは。
紅い槍が更なる紅に覆われる。周囲の空気が薄まり、それらを詰め替えるように真紅の殺意が具現化する。
「……今度こそ此処で死ね。龍騎」
「少なくとも、聖杯見つけてぶっ壊すまでは、お断りだっ!」
【STRANGE VENT———】
賭けになるが、このカードには不思議な力が有る。絶対に掴み取ってくれる筈だ。現状を覆す最適解を。バイザーに手を掛け、再度引こうとする。
しかし、龍騎がそのカードを行使する事も、ランサーが己の槍の名を叫ぶ事も無かった。
「———ほう、ならば我が手ずから貴様を聖杯の場所まで導いてやろう。穢れた出来損ないの片割れは、貴様の好みでは無いらしいからな」
唯我独尊、傲岸不遜。そんな聞き覚えのある男の声が背後から発せられる。
だが、反応を返す間も身を翻す間も無く、龍騎は唐突に生じた黄金の波紋に足元から飲み込まれた。
前世では唐突に割り込んだ傲慢で金ピカな仮面ライダーにタイムスリップさせられ。
今世では唐突に割り込んだ傲慢で金ピカなサーヴァントにワープさせられる。
そんな龍騎の行き先は一体何処になるのでしょうか。
それと、今回のお話で書き溜めが尽きました。例のごとく期間が空きます。キリが悪い所で申し訳ない。
目標としては来月以内に更新を再開する予定でありますので、少々お時間をください。
感想、アドバイス、お待ちしております。