夜の静寂を微かに揺らす砂利の音。その音の主は頻りに背後の屋敷を気にしながら、外庭を横切って蔵を目指す。
晩冬の外気温によって冷やされた鉄の扉に手を掛け、音を極力立てずに蔵の中へと入った。
この蔵の室内には電気が通っていない。この扉、或いは窓から差し込む月光が照明代わりだ。
背を預けるような姿勢で扉を閉めた後に、窓も同様に閉めてゆく。
「………………」
光源が遮断された事に加えて壺や段ボール、和箪笥などの様々な障害物が並ぶ室内。そんな悪路を慣れた足取りで進む。
そして、片隅に隠されたブルーシートの包みを拾い上げた。それを持ったまま手前側まで戻り、石の床の上に広げてゆく。
包みから露わになった横長の木箱。その側に胡座をかいて、深呼吸と共に蓋を開けた。
「一応、まだ消えてないな」
干将、莫耶。寄り添うように収められた白と黒の得物を見つめると、そのような名前が士郎の頭に浮かび上がった。
箱の中から白い刀身を持つ干将を取り出し、目を細めながら何度も裏返して観察する。
一見、アーチャーが用いた双剣と瓜二つ。だというのに、根本的な何かが欠けているように思えた。黒い刀身の莫耶も同様に。
「なんで、あんな奴の真似なんかしてるんだか……」
非常に気に入らない。人を守る為に戦っている龍騎を貶したあの男が。あんな男の得物を真似しようと懸命に鍛錬している己が。
嫌悪的な衝動のままに、両手に握った双剣の柄を手放す。すると、士郎の意を汲んだ双剣は床に落下する事なく消滅した。
「———あっ……っ!」
乱雑な手つきで頭を掻いて唸る。数多くの失敗作の中でも、あの干将と莫耶は今までで一番の出来具合だった。
有事の際の備えとして残しておいたというのに、士郎は一時の気の迷いで文字通り手放してしまった。数少ない戦う手段を。
「戦う手段、か」
自嘲気味な声を漏らしながら、延々と頭を悩ませている出来事を思い返す。
士郎は自身のサーヴァントに、信じ難い事実を立て続けに突き付けられた。
あの恐ろしい巌の狂戦士、バーサーカーのマスターであるイリヤという少女は切嗣の実の娘なのかもしれないと。
その切嗣は前回の聖杯戦争のマスターであり、セイバーは彼の元サーヴァントだったのだと。
———早く呼び出さないと死んじゃうよ、お兄ちゃん。
いつかの日の暗い夜道。すれ違いざまに告げられた物騒な物言いと、徐に遠退いて行く小さな背中。
同じ人間に拾われ、見捨てられた士郎とイリヤにとって、あの十秒にも満たぬ邂逅はどれだけの因果を帯びていたのか。
「俺は、あの子とは義理の兄妹って事になるんだよな」
義理の兄妹という言葉。その言葉の響きはとある兄妹を想起させた。今年で十年になる程の長い付き合いとなる間桐の兄妹を。
「………………」
彼らの間にも血の繋がりは無い。妹の桜は他所の家から引き取られて来た養子なのだと、士郎は数年ほど前から知っている。
同時に、学校に居た人間を巻き込んでまで戦いを仕掛けて来たライダーのマスターである事も。
その事実は同盟相手である凛の口から告げられたものだ。桜は凛と同様に魔術師なのだと、下手をすれば凛と同格の魔術師なのだと。
———先輩、その手の痣、なんですか。
いつかの日の弓道場。士郎の左手の甲に浮かぶ痣を見た桜は、愕然とした表情のまま手にした和弓を床に取り落とした。
今にして思えば、彼女はこの痣が令呪である事に気づいていたのではないか。士郎は左手を上げて掌を裏返す。
刻まれた赤い契約の証は一画の欠損もなく、未だ完全な紋章を維持した状態だった。
「戦う手段を手に入れたとして、俺は…………」
尊敬する養父の忘れ形見と憧憬する友人の義妹に、あの陰陽の双剣を振り下ろす事は出来るのか。
思考の最中で形を成した詰問を、士郎は頭の中から追い出す為に勢い良くかぶりを振る。
しかし、脳が勢いのままに揺さぶられ、それに連なるように首筋が攣りかけただけだった。
「…………はぁ」
溜め息を吐きながら形の乱れた胡座を掛け直し、士郎は暗闇の中で目を閉じる。少なくとも、このままでは己の身すらも守れないという事だけは確かだった。
あの弓兵の真似をするのは嫌だが、無力なままの現状に甘んじるのはもっと嫌だった。
「———
そうして、士郎は蔓延っていた雑念を押し退ける。来る日も来る日も、幾度と無く唱え続けた代わり映えのしない呪文を唱える。
その瞬間、大きく開かれた両手から蛍光性の光が発せられ、周囲の暗闇を塗り替えるかの如き様相で煌めいた。
全ての工程を終えた投影結果を一瞥もせずに乱雑に捨て置く。左右に散らばった双剣は、白黒合わせて十四本且つ七組。
その悉くが屋敷の台所に有る包丁よりも劣る。肉や野菜、魚すらも切断出来ない程度。刃渡りが大きいだけの鈍らだった。
士郎の身体は無力感と脱力感の赴くままに後ろへと傾き、床へと仰向けの体勢で倒れ込む。度重なる投影によって魔力と集中力は尽き掛けていた。
「はぁ……はぁっ……。くそ……っ」
焦点が外れてゆく双眸をまばたきによって引き戻し、乱れてゆく呼吸を深呼吸によって整えた。
そして、士郎は全身を浸す倦怠感から抜け出し、時間を掛けつつも起き上がる。
悪態をつきながら左右の頬を平手で同時に鞭打し、茫洋とする意識を叩き起こした。
「もう一回……」
形状だけを真似た張りぼてを成してしまう要素。それらが何なのかが分からない。
だとしても、士郎は闇雲に投影の鍛錬を続行しようとする。納得のいく得物が出来上がるまで、蔵を出るつもりは無かった。
散逸した精神を無理矢理に統一させ、投影の呪文を唱えようと喉を震わせた瞬間。
「———っ……っっ!」
全身を内側から貫かれるかの如き激痛が駆け巡り、その魔術行使を途絶させる。
奥歯を強く食いしばって痛苦に耐える。抑え込んだ悲鳴を代弁するように、士郎の体中から大量の脂汗が流れた。
限界の合図。痙攣する左半身がそれを克明に告げる。しかし、士郎に鍛錬を止める気など毛頭無い。
「これが、駄目なら……」
もっと別の武器を投影すればいいじゃないか。唐突に降って湧いた名案に従い、士郎はこれまで目にしてきた武器を脳裏に次々と浮かばせる。
ランサーの紅い槍。形状が剣では無いから想像が難しい。セイバーの不可視の剣。見えなければ投影は出来ない。
バーサーカーの巨大な斧剣。物理的にも身の丈を超えている。ライダーの鎖付きの短剣。杭に似た物を武器として使いこなせるのか。
「……あの、武器なら」
数分間の沈思黙考の末に、士郎の思考は考え得る限りの最適解へと思い至る。
ソードベント。不可思議な機械音声と共に何処からか飛来し、あの仮面の騎士が手にした青龍刀。
先端が湾曲した片刃の分厚い剣は、士郎が投影した干将と莫耶に近しい形だった。
一人の犠牲も許さぬという頑なな意思は、士郎が思い描いた理想に近しい形だった。
「
彼が携えた青龍刀と同時に、彼の在り方も模倣出来たならば。士郎は固く締めた右手の指を徐々に開き、何も無い虚空から理想を掴み取ろうとする。
「———それ以上はよせ」
だが、背後から発せられた嫌味ったらしい男の声音が、士郎の投影を引き止めた。
理想に近い者のイメージは、理想に程遠い者によって飛散した。手先は淀んだ空気を力なく掴む。
お互い顔も合わせたくない間柄だというのに、何故此処に現れた。士郎は身体を緩慢と振り返らせ、苛立ちを含んだ渋面を赤い外套の弓兵へと向けた。
「……見るに耐えんな。お前のその無様な顔と、お前の周りに散らばる不出来なガラクタは」
真似をするのなら相応の出来にしろ。アーチャーはそう言いながら士郎と似通った渋面を浮かべ、己の得物の劣化品を見やっている。
「お前の真似なんか、たった今やめたところだ……。鬱陶しいから、どっか行け」
向けられてもいない言葉を従順に聞き届けた失敗作たちは、一斉にその刀身を霧散させて何もない幻想へと還ってゆく。
しかし、当のアーチャーは一歩たりとも動こうとしなかった。鉛色の鋭い双眸を巡らせたまま黙り込んでいる。
両者の間からは沈黙が弦のように張り詰められ、密閉した仄暗い蔵の中に深々と漂う。
「……何を模倣しようとしているかは知らん。だが、お前は絶対にその本物の担い手には成れやしない」
「っ……」
やがて、アーチャーは沈黙の弦を断ち切り、士郎へと宣告する。所詮、偽物は偽物でしかないのだと。
妙に実感の込められた言葉が奥歯を軋ませる。図星であるが故に、幾ら絞り出しても反論を紡げない。
その代替として、士郎はこの場から退去するように再言しようとした。
「二度も、言わせるな。とっとと———」
「———そもそも、お前の投影は構造に理が無い。何かを模倣する以前の問題だ」
だが、アーチャーは士郎の発言の上から言葉を覆い被せる。刺々しい声音の端々には、何らかの意図が含まれていた。
先ず、この男はどのような目的を持って此処に来たのだ。邪魔をしに来ただけとは考え辛い。気を抜けば罵りそうになる舌を口で塞ぎ、アーチャーを見据える。
「話を聞く気になったか。思っていたよりも早かったな」
「とっとと、要件言え……」
「なに、私怨を優先出来る状況ではなくなったのだ。であれば、猫の手でも借りたいと思うのは道理だろう」
下限に振り切った心証など知ったことか。そんな様子でアーチャーは話を進める。この下限の意味は数字的な限界を示す言葉だと思うので、使い方が合っていないように思われます。ただ、私の読解力が無さにより、文章の内容が理解出来ていない。または、漢字の意味を私自身が間違えている。このような間違いを私自身がおかしていた場合、誠に申し訳ございません。拙い文章で申し訳ない。楽しく読ませて頂いております。
未だ正体不明の仮面の騎士。サーヴァントの天敵である黒い影。柳洞寺から姿を消したアサシンとキャスター。
不可解が重なる現状に足手まといが居ては全員に危険が及ぶ。そう言い、溜め息と共に一拍の間を置いた。
「……遺憾だ。本当に遺憾だが、戦力は多いに越したことはない」
苦渋と躊躇を際限なく示す顔色と声色。それらを突きつけながら、アーチャーは目的を告げる。
お前を今よりもっとマシな魔術使いにしてやると。不出来なお前の不出来な投影に、理を与えてやると。
正義の味方は何処に居るのかな。テレビ画面の中で繰り広げられる勧善懲悪の物語をぼんやりと眺めながら、幼い少年は思う。
多くの人々を苦しめる悪党。そんな連中を片っ端から懲らしめる強い奴。強い奴は、決まって最後に悪党へと言い放つのだ。
正義は必ず勝つのだと。彼に助けられた人々は、彼を皆一様に正義の味方と呼び讃えていた。
少年にも、正義の味方と心から思える存在は居る。しかし、当の本人はそう呼ばれる事を拒んでいた。
主題歌と共に流れるスタッフロールを眺める。言外であるものの、その彼から説かれた教えを思い返す。
全てを救う正義の味方という存在は、空想のお伽話なのだと。その言葉に同調を示すように、四角い画面の中の物語は終わりを迎えた。
淡々としたコマーシャルを流すテレビの電源を切り、少年は連なった座布団の上に寝っ転がる。
納得がいかない。誰が何と言おうと、絶対に正義の味方は居るのだ。もしも居なかったとすれば、自分の命はとうの昔に終わっていたのだ。
無意識に視線で辿っていた柱の木目が天井への到達を目前にして途切れ、それと同時に廊下側から引き戸を開ける音が聞こえてくる。
鬱屈とした感情を払い除けるように少年は飛び起き、玄関へと駆けて行った。
「——————」
正義の味方は何処に居るんだろう。すっかり年季の入った仏壇を、その中に立て掛けられた養父の遺影を眺めながら少年は思う。
この街で繰り広げられた凄惨な殺し合いを通して、少年は養父の正体を知った。
正義の味方になりたい。月明かりの下で、彼がそう言い遺した理由を知った。
正座をして蝋燭に灯された火へと線香を供え、りんを二度鳴らし合掌する。先ほどの問い掛けを黙祷に含ませながら。
しかし、死者は黙したまま何も語らない。甲高い音の響きが完全に止むと同時に、揃えた両手と正座を解いて蝋燭の火を搔き消した。
少年は徐に立ち上がり仏壇を後にする。そして、空き部屋を通り縁側へと歩みを進めた。
開かれたままの襖の向こう側。雲の少ない晴れ渡った夜空からは、あの日と同じ満ち足りた月が見える。
この月の下で誓った夢は、未だ果てしない。だが、時を経て少しだけ視野は広がった。少年は満月から視線を逸らし、風に流れ行く雲の群れを見据える。
あの雲が流れ着いた先。その空の下には正義の味方になった者は居るのだろうか。 やがて、そんな疑問は少年に一つの指針をもたらした。
自分は生まれ育ったこの街から飛び出し、世界を旅するべきだ。それは、正義の味方になる為の、正義の味方を探す為の指針だった。
「———、———」
正義の味方は何処に居るんだ。無骨なコンクリート橋を渡る武装集団を、鬱蒼とした草葉の陰で睨みつけながら青年は思う。
だが、青年の疑問に返答したのは聞き飽きたジープのエンジン音と、上流から流れて来る水の音だけだった。
集団がある地点に差し掛かった瞬間。思考を断ち切るように引き絞っていた三本の矢を同時に放つ。
弓を離れた矢先は寸分も狂わぬ軌道で橋を支える三本の柱へと突き刺さり、小さな亀裂を生じさせる。そして、数秒も経たぬ間に亀裂は致命的なものとなった。
定常的なエンジン音が今際の叫びに変わる。平坦なせせらぎが大小様々な水音に変わる。
瓦礫が、車両が、人影が。倒壊と同時に川の中へと崩れて落ち、コンクリート橋と運命を共にした。
しかし、青年は弓の構えを解かずに第二射を番え、夕日を反射する水面を見据える。やがて、息を継ぐ音が青年の耳朶を打った。
たった一つだけ。運良く沈みゆく車から脱出が出来たのか、即座に装備を捨てる判断が出来たのか。死に損ないが空気を求め、必死にもがいていた。
だが、この流れが行き着く先は巨大な滝だ。あのまま放っていても溺死する運命は万が一にも避けられない。
介錯の意を込め、青年は水飛沫の中心へと矢を放つ。死に損ないは脳天を射抜かれ、茜色の水面を更に赤く染めながら今度こそ沈んでいった。
武装集団の進路に位置していたあの小さな町は、これで戦場とならずに済んだ。深く溜息を吐き、青年は多くの命を救えた事に安堵する。
命を守る為に、命を助ける為に。そんな御旗を掲げ、初めてこの手で殺めた命の数々には目を逸らしたまま。
半ばで途切れた橋を見やり、青年は平穏の訪れを人々に伝えるべく道を真っ直ぐ突き進む。
かくして、青年は正義の味方と呼ばれる事となる。だが、青年が正義の味方と呼べる者は、未だ青年の前に現れなかった。
「———ウ、———ロウ」
俺の正義は何処に有る。赤褐色の雲間に点在し、空回りし続ける巨大な歯車を見上げながら、男は思う。
俺の味方は何処に居る。草木を代替するように辺り一面に広がる剣の荒野を。その剣に突き刺さった夥しい量の亡者を見下ろしながら、男は思う。
正義の味方など、何処にも居なかった。居ない者になど、なれる筈が無かった。それでも、あの日の誓いを反故にはさせられない。
沸き出ようとする慟哭を堪え、男は歯を食いしばる。鮮血が滴る両手の剣を固く握り締める。最早、後戻りは出来なかった。
「———シロウ!」
青天の霹靂。そんな何かと思えるほどの甲高い声が、士郎の意識を一気に引き戻した。
やがて、緩やかに焦点を合わせてゆく双眸は、眩い逆光を背に浴びた少女の相貌を捉える。
それでも尚、最悪の寝覚めだった。士郎は頭蓋の奥を駆け巡るあの男の記憶と痛苦に苛まれながらも、どうにか起き上がる。
「無理に起こしてすみません、シロウ。……しかし、その、酷く魘されていましたから」
苦悶に歪む表情から苛立ちだけを感じ取ったのか、セイバーは頭を下げて謝罪をしてくる。
この苛立ちは彼女に向けたものではない。あの男に、自分自身に向けたものだ。勘違いを正そうと、士郎は首を横に振った。
「……いや、別に怒ってないよ。寧ろ、起こしに来てくれてありがとな」
険を帯びて凝り固まった眉間を揉み、士郎は努めて朗らかな表情を作り上げる。そして、しおらしい面持ちで俯くセイバーに感謝を述べた。
「そう、ですか……」
しかし、セイバーはどこか表情を曇らせたままで士郎を見つめている。
自分が寝ている間に何か問題でもあったか。そう尋ねようとした矢先、セイバーは正座を解いて徐に立ち上がった。
「……シロウ。どんな夢を、見ていたのですか?」
「寝言、聞かれてたのか……。でも、セイバーが一々気にする話じゃないから」
子どもの頃ならば、誰にでも将来の夢として活き活きと語る事が出来た正義の味方。
だが、それを目指した者の末路を知った今。それを語る事は士郎にとって困難だった。
倦怠に浸ろうとする身体へ鞭を打って立ち上がり、セイバーの視線から逃れるように蔵を出る。
彼女も口を噤んだまま引き留めようとはせずに、士郎から距離を置いて後に続いた。
「………………」
随分と寝坊をしてしまったか。士郎は普段より上向いた太陽が放つ日光に目を細め、屋敷の方へと歩く。
「———!」
士郎の歩みが庭の半ばまで辿り着いた瞬間。その歩みを阻むように、衛宮邸に張り巡らされた結界が作動した。
悪意を持つ者の訪れを告げ、戒心を促す鈴の音が鳴り響く。
そして、その音色が鳴り止むと同時に太陽とは別の光が現れた。やがて、玄関の前に降り立った光は徐々に収束し、輪郭が露わとなる。
「あれは、イリヤの———」
「———シロウ、下がってください……」
イリヤの使い魔の鳥だ。士郎がそう言い切る前に、後方に控えていたセイバーが入れ替わるように前に出る。
しかし、使い魔は近づいてくるセイバーなど知らぬ存ぜぬといった仕草だった。
そして、士郎の存在を認識した途端。自らを構成している糸を解れさせ自壊してゆく。
「な、なんだったんだ、今の」
偵察や潜入と呼ぶにはあまりにも堂々としすぎだ。あの使い魔を操り、ここまで飛ばしてきたイリヤの意図が士郎には窺い知れない。
士郎が首を傾げていると、セイバーが使い魔だったものに歩み寄り何かを拾い上げる。それは真っ赤な封蝋が施された封筒だった。
向けられた目配せに首肯を返すと、セイバーは慎重に封を解いて中から手紙を取り出し始める。
彼女の肩越しから手紙の内容を読もうとしたが、ドイツ語で綴られたそれは士郎にとって難読なものだった。
「……セイバー、どんな内容が書かれてるんだ?」
「…………」
セイバーは口を閉ざしたまま、手紙から目を離そうとしない。読み進める毎に険しくなる横顔は、不吉な予感を士郎に抱かせた。
その予感に反応したかのように、下に向けられた封筒の口から一枚の写真が落ちてくる。
「———っ……!」
それを拾い、写し出されたものを見た時点で、士郎は手紙の内容を全て悟ってしまった。
———すぐに来ないと、お兄ちゃんの大事なお友達が、このムカデになっちゃうよ。
写真の隅に歪んだひらがなで書かれたメッセージ。首を垂れたまま、椅子に縛り付けられた親友。
彼の膝の上に置かれたムカデのぬいぐるみが、写真の向こうから無機質な瞳で士郎を真っ直ぐに射抜いていた。
士郎のテコ入れ強化回。本来ならば半分ぐらいに収めて城の描写に移るつもりでしたが、一話丸ごと使ってしまいました。
ついでに、イリヤから送られた写真とメッセージを見てしまった桜の心境を述べよ。
……それはそれとして、今現在、執筆のモチベーションが別の事に持ってかれており週刊更新が難しい状況であります。
その代わりとして来週あたり、ライダータイム龍騎を見た感想を活動報告へ上げてみようかなとか思ってます。次回の更新予定日の話も一緒に。
感想、アドバイス、お待ちしております。