Fate/Advent Hero   作:絹ごし

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第38話『嘶き』

 ひたひた、ひたひた。泥に湿った足裏で干からびた落ち葉を踏み割り、覚束ない足取りで鬱蒼とした森を進む。

 目当ての建物は未だ遠く。起伏の激しい獣道と、先々に屹立した木々が歩みを阻んでいた。

 しかし、進んでいるのだから絶対に辿り着く。絶対に諦めない。その一心で両足を突き動かす。

 

「──────」

 

 きっと、知ったのだろう。彼に知られてしまったのだろう。十年間守り続けてきた秘密を。

 代り映えのしない、無価値な景色。どこまでも続くそれが、とめどない怒りを駆り立てる。

 代り映えのしない、それでも宝物のような日常。いつまでも守り続けると誓っていたそれが、脅かされている事に対しても。

 

「──────」

 

 無意識のうちに広がる歩幅と、見計らったかのように地面から突き出た木の根。必然的につま先が引っ掛かり、転んでしまう。

 姿勢を崩し、落ち葉混じりの湿った腐葉土へと手をつく。すると、指の隙間から何かが飛び出してきた。

 

「──────」

 

 体長十センチ以上の大きなムカデ。落ち葉の下で越冬をしていたのか、大慌てで逃げ出してゆく。

 彼をあのような醜い蟲になどさせない。握りつぶした手紙と写真を思い出しながら、緩慢と立ち上がった。

 

「───待っててくださいね、慎二さん。今、助けに行きますから」

 

 そして、桜は再び歩き出す。己の日常の象徴を奪い返すために。己の宝物を奪ったごうつくばりに、相応の報いを与えるために。

 薄雲に覆われた太陽の光が足元に影法師を生じさせる。その影は独りでに動き出し、先行くムカデを間食のような気軽さで飲み込んだ。

 

 

 

○○○

 

 

 

 外から差し込む日光を反射し、空中を漂う大量の埃の粒。半ばで折れた石柱や顔の大半が抉れた胸像、使われなくなった家財の数々。

 快適などとは口が裂けても言えぬ寒々しい物置の片隅に、真司は椅子に縛り付けられたまま監禁されていた。

 

「くっ……こんのっ……!」

 

 意識の覚醒と同時に始めた抵抗は、石畳みの床に椅子の足を虚しく打ち付けるのみ。

 唯一の進捗を挙げるならば、膝からムカデのぬいぐるみが転げ落ちた事だ。

 幾重にも巻かれた糸が、依然として寸分の隙間も開かずに拘束を続ける。

 だが、真司は決して諦めようとはしない。その原因は、時折鳴り響く地鳴りにも似た轟音にあった。

 

「いい加減、解けてきてもいいじゃないか……っ」

 

 誰かと誰かが戦っている。そもそも、こんな場所で燻っている場合ではないのだ。

 幾ら身動ぎを続けようが微塵も緩まぬ拘束。鳴り止まぬ戦闘音と変化のない景色。

 時間の感覚を曖昧にさせるほどの停滞した状況が、真司の焦燥を加速させる。

 だが、より一層に力を込めた抵抗は、現状を少しだけ進展させた。

 

「───うわわ!」

 

 悪い方向に。空回りした気合いが椅子の安定を揺るがし、重心を横に大きく傾かせる。

 手足の自由を奪われたが故に、碌な受け身もままならず。そのまま、真司は硬い床へと頭を強打した。

 こめかみを揺さぶる鈍痛に悶絶。痛みを誤魔化す動作さえも許されない。

 

「痛ってえっ……。ドラグレッダーは、何処行ったんだよ」

 

 契約者の危機に駆けつけぬとはいい度胸だ。ほんの僅かに芽生えた信頼は一方的なものだった。

 八つ当たりに近い考えとは自覚しているものの、真司は裏切られたような落胆を覚える。

 

「…………?」

 

 このまま、ほとぼりが冷めるまで待つしかないのか。そう思い始めた矢先、床に密着した真司の耳が微かな振動を捉えた。

 徐々に大きくなる振動に何者かの気配を感じ取った瞬間。一際大きな破砕音と共に、物置の扉と思しき物体が階段から転がって来る。

 このような獰猛で粗暴な侵入方法など、あの赤い龍以外にあり得ない。舌の根が乾かぬうちに、真司は文句を言おうと階段を見やった。

 

「───慎二!」

 

「り、凛……!?」

 

 しかし、そこから姿を現した者は赤い以外に共通点の見当たらない少女だった。

 予想外の救世主の登場に喫驚し、真司は危うく言いかけた言葉を飲み込む。

 横に倒れたままの真司を一目見て何を思ったか、凛は優雅さとはかけ離れた赫怒を露わにした。

 

「っ───。あんのクソガキ、危害は加えていないって言ったくせに」

 

「い、いや、これは俺が逃げようとして勝手に倒れただけだから。あの子は関係無いって」

 

 かつてないほどの剣幕を見せる凛に狼狽え、真司は思わずイリヤの弁護をする。

 だが、彼女は溜飲を下げようとはせずに歩み寄り、幾重にも巻かれた糸に手を伸ばした。

 

「あんたを攫って人質にしたって時点で、私の中であいつは有罪よ」

 

「………………」

 

 荒々しい声色ながらも、真っ直ぐ発せられる歯に衣着せぬ物言い。それが真司を却って居た堪れぬ思いにさせた。

 攫われてなどいない。他者の手引きによるものとはいえ、不法侵入をした己の自業自得なのだから。無論、そのような事を言える筈も無いが。

 

「……ねえ、慎二。その、どこまで知ったの?」

 

 ほんの僅かな沈黙の後に、唐突且つ曖昧な質問が投げかけられた。既に凛は真司の背後へ回り込んでおり、その表情は窺い知れない。

 

「それは───」

 

 しかし、顔を見ずとも彼女の質問の意味はすぐ理解出来た。真司は慎重に言葉を選んで口に出す。

 魔術師とサーヴァントの存在。始まりの御三家が巻き起こした聖杯戦争。そして、間桐慎二という少年を取り巻く秘密を。

 

「大体全部、か。よっぽどイリヤスフィールに嫌われるか気に入られるような事したのね」

 

「………………」

 

「まったく、桜は何処ほっつき歩いてるんだか。……兄貴の一大事だってのに、私に先越されてどうするのよ」

 

 そんな愚痴めいた呟きと共に、長時間にわたる拘束からあっさりと解放される。

 だが、真司は俯いたまま立ち上がろうとしない。その原因は、たった今凛が名前を出した少女の存在にあった。

 

「なあ、凛。俺が……俺が魔術師じゃない所為で、桜ちゃんがマスターになってるってのは本当なのか?」

 

「……そうよ。私も、それを知ったのは昨日だけど」

 

 凛の肯定が純然たる事実を突きつける。上手くやれたと思った事でさえ、桜の犠牲の上に成り立っていたのだと。

 だとしても、真実を知れただけまだマシだ。真司はどうにか己の中で折り合いをつけ、顔を上げた。

 

「……あんまり、この後の事は心配しなくてもいいみたいね」

 

「うん。それと、ありがとな。わざわざ助けに来てくれて」

 

「そういうのは助かってから言いなさいよね。……自覚無いでしょうけど、あんたは桜の逆鱗みたいなものなんだから」

 

「……桜ちゃんの、逆鱗?」

 

 一体どういう意味なのか。疑問に思った単語をオウムのように聞き返す。

 無事に此処を出て、本人に聞けば分かるんじゃないかしら。凛はにべも無くそう言い、首を傾げたままの真司へと手を差し伸べた。

 確かに、脱出を優先すべきという事に変わりはない。真司は小さく頷き、その手を取って立ち上がる。

 

「——————」

 

 だが、二人は気付けなかった。窓の外から差し込む光に紛れ込んだ一粒の小さな黒点に。虎視眈々と、草葉の陰から漁夫の利を狙う卑しい者の存在に。

 

 

 

○○○

 

 

 

「うひゃあ……」

 

 広大で複雑な城内の廊下を、真司は凛の先導に従いながら歩く。その道中には、戦闘の痕跡が多数見受けられた。

 満遍なく穴だらけにされた絵画。綺麗な唐竹割りにされた彫刻や甲冑。全て、真司が元居た物置に直行だろう。

 

「なによ、その変な声は。……そっちの真っ二つのやつは私じゃないからね」

 

 胡乱げな視線を真司に投げかけつつも、凛は何故か言い訳をしている。

 敵対者の所有物とはいえ、高価な品を破壊した負い目でもあるのかもしれない。

 

「俺的には、こっちの絵画の方が金かかってそう───」

 

「───とにかく、追っ払ったメイド連中がいつ戻って来るかも分からないんだから気を抜かないで」

 

 適当な目星を付けていたら、露骨に話題を逸らされた。追及も憚れるので黙って追従する。

 今も外で響き続けている轟音が鳴り止めば、実質的な時間切れらしい。おそらく、セイバーとアーチャーが二人掛かりでバーサーカーを引き留めているのだろう。

 

「士郎も来てる、か……」

 

 物置を出る直前、凛から大まかな状況は説明された。彼女の他にも、士郎が助けに来てくれたらしい。

 ミイラ取りがミイラとなる危険も顧みず、彼はイリヤに対する囮を引き受けているとのことだ。

 

「………………?」

 

 暫くの間、二人が会話も交わさずに脱出の歩みを進めていると、この城のエントランスと思しき場所に差しかかる。

 ようやく外に出られる。そんな喜びも束の間。不意に先を行く凛が立ち止まり、天井を注視し始めた。

 

「どうしたんだよ、凛。もうすぐ出口、なんじゃ───」

 

 後に続く言葉は、彼女の嫌悪に満ちた視線を辿る事によって消え去る。

 元々は、指折りの豪華絢爛さを誇っていたであろう粘液まみれのシャンデリア。そこに吸着した、これまた粘液まみれの蟲。

 ヒルやミミズを何匹も混ぜ合わせたかのような巨体は、二人に本能的な怖気を振り撒いた。

 

「───気っ色悪いのよ!」

 

 そう言うや否や、凛はシャンデリアの上に向けて左手を突き付ける。そして、その指先から黒い弾丸を機銃のように乱射し始めた。

 ガラスの破片と怪物の肉片が、耳を覆いたくなる程の不協和音を奏でる。直撃を受けた怪物が諸共に爆ぜてゆく。

 天井に固定された金具が外れ、一層大きな音と共にシャンデリアが地面へと落下した。

 

「め、滅茶苦茶にやるなぁ。あの変なの、この城で飼ってた生き物なのか……?」

 

「アインツベルンに、あんなゲテモノを飼育する倒錯した趣味があるとは思いたくないわ」

 

 物言わぬ怪物に対して駄目押しの弾丸を放ち、凛は抜かりの無い死亡確認をしている。

 その場の雰囲気にそぐわぬ、巨大な蟲の怪物。それは、真司にあるサーヴァントの存在を連想させた。

 

「───悪くない勘だ。最早、この距離では無意味だがな」

 

 咄嗟に振り向いた先の、眼前に現れた髑髏の仮面。僅かな予備動作から繰り出された掌底。

 反応する猶予を一切与えられず、真司は奇襲の一撃を腹に受けた。

 

「ぐ───ぶっ……!」

 

 衝撃によって身体が宙に浮き、肺の中の空気が押し出される。そして、エントランスへ続く階段を転がり落ちてゆく。

 全身を隈なく打ち付けた痛みによって、意識が明滅する。だが、真司の手は反射的にポケットの中のカードデッキを掴み取っていた。

 

「あ、アサシンのサーヴァント───かはっ!?」

 

「何を驚く。あの山門に居た侍は、魔女の不正によって召喚されたアサシン。正当なアサシンである私に席を譲るのは道理であろう」

 

 初見の時とは打って変わった流暢な言葉を紡ぎながら、アサシンは俊敏な動きで凛の首を掴んだ。絞められる寸前の鶏のように、軽々と。

 

「っ……っっ……」

 

 彼女は自分の窮地に助けに来てくれたのだ。ならば、今度は自分が助けなければ。

 真司の思いに呼応するように、バックルが磨き上げられた床から出現し、独りでに腰へと巻かれてゆく。

 

「───何をしておる。そこの出来損ないも捕らえておけ」

 

 しかし、カードデッキを装填する直前。聞き覚えのある嗄れた老人の声が、あり得ない場所から発せられた。

 アサシンが身に纏う黒衣の下という、文字通りの隠れ蓑から。

 

「っ───!」

 

 そして、その老人が発した命令は、凛に仕留められた筈の怪物に向けられたもの。

 声を皮切りに、巨体に似合わない機敏さで脈動。粘液を帯び、歪んだ肉の津波が背後からのしかかる形で真司を飲み込んだ。

 

「……随分と念入りですな、魔術師殿。貴方のご子息といえど、所詮は只の人間でしょうに」

 

「お主の協力を得て、漸くあの忌々しい龍を撒けたのじゃ。何の因果かは知らぬが、慎二めに呼び寄せられては敵わぬ」

 

 成程、では早急にこの場から離れなければ。老人の返答に納得を示し、アサシンは絞首する手先に力を込めてゆく。それに伴って、凛の四肢は力を失ってゆく。

 

「慎、二……っっ……」

 

「ぬかったな、遠坂の娘よ。……お主の父が捨てた妹と同様に、お主も儂の蟲たちの苗床にしてやるわい。さぞかし───」

 

【───ADVENT】

 

 老人の勝利宣言に覆い被さる機械音声。怪物の肉の下で不鮮明にくぐもった音色は、この場所に更なる乱入者を呼び寄せた。

 数秒と掛からずに、赤い龍がエントランスの天井を突き破って姿を現す。

 耳を劈く雄叫びと共に吐き出された熱塊が、蟲の怪物の表皮に着弾した。

 

「ちぃっ……。タイミングが悪すぎる……!」

 

 自身の主人が最も忌避する天敵を、目的の人物が怪物ごと火達磨となった光景を目の当たりにし、アサシンは舌打ちをしながらも即座に撤退を選択する。

 項垂れたままの凛を脇に抱え、廊下へと疾走。ムカデの如き敏捷性は、瞬く間に追っ手との距離を突き離す。

 角を曲がって突き当たりのバルコニーから飛び降り、森に身を隠せば逃げおおせる。

 だが、アサシンは逃走経路を弾き出す最中、たった一つだけ失念をしていた。

 

「なーに物のついでに火事場泥棒してんだ、髑髏仮面!」

 

「ギっ……!?」

 

 あの龍を召喚した張本人の存在を。通路の角で待ち構えていた龍騎の、火の粉を帯びた右拳がアサシンの腹を捉える。

 一切の加減も無しに繰り出した一撃。薄い窓ガラスは殴り飛ばされたアサシンを受け止めきれず、粉々に粉砕された。

 

「…………」

 

 外へと真っ逆さまに落ちていった暗殺者を、その後を容赦無く追いかけて行くドラグレッダーを見下ろす。

 間桐臓硯。たしかに、彼のしわがれた声がアサシンの蓑の中から聞こえたのだ。蟲を使った仕掛けなのだろうか。

 間桐という家が魔術師の一族である事を改めて痛感し、沈鬱な面持ちを仮面の下に浮かべて俯いた。

 

「げほ、けほ……っ」

 

 すると、長い拘束から解放された凛の咳が背後から聞こえてきた。

 今は、自分の感傷を優先すべきではない。龍騎は彼女の背中を摩ってやろうと手を伸ばす。

 

「な、なあ、大丈夫か。取り敢えず、過呼吸にならないように───」

 

「───龍騎……っ!」

 

 だが、伸ばした手は拒絶の意を示すように払い除けられる。そして、凛は左手を龍騎の仮面の前に突き翳した。

 何故、窮地を脱したというのに、更なる窮地が立ち塞がるのか。両手を真っ直ぐに挙げて、龍騎はどうにか凛を宥めようとする。

 

「ちょっ、いきなりどうした!?」

 

「なんで、なんで私だけ助けたのよ! まだあそこには、あいつが……私の友達が居たのに!」

 

 あんたが呼んだ龍の所為で。彼女の鬼気迫る問い掛けと吊り上がった双眸に、龍騎は一瞬だけ固まった。

 その吃驚に時間の無駄を見出したか、責める対象が違うのだと自制したか。凛は踵を返してエントランスへと駆けて行く。

 

「そ、そうか……!」

 

 今の今まで、誰にも正体を明かせなかった弊害がここに来て馬脚を現した。龍騎は得心と同時に動き出し、彼女を追いかける。

 あちらの視点から見れば、自分はあの怪物の下敷きになったまま燃やされたように見えたのだろう。

 呆然と立ち尽くす凛に追い付き、元居た場所に辿り着く。その時点で、龍騎の推察は決定的なものとなった。

 

「あ、ああ……。こんなのって……」

 

 エントランスの階下に撒き散らされた黒炭。ドラグレッダーが吐き出した火炎は、燃え広がる間も無く怪物を焼き殺していた。

 やがて、炎の名残を示す煙が天井の大穴へと立ち昇る光景を前に、凛は力なく膝をつく。

 

「……君が探してる奴、そっちにはもう居ないよ」

 

 この状況で何かを言っても逆上させかねない。だが、何も言わずに立ち去るのは違う。龍騎は小刻みに震える凛に声をかける。

 

「そっちって、どっちなのよ。……もう跡形も無いのに」

 

「そりゃあ……。今はちょっと教えられないけど」

 

「………………」

 

 曖昧模糊とした龍騎の物言い。それに対して怒る気概も振り返る気力も湧かないのか、凛は消沈したまま散乱した灰を見下ろしている。

 

「教えられないけど……。きっと、また会えるさ。……全部ひと段落したらね」

 

「え……?」

 

 惚けた声を背に受けながら階段を下りて行き、煙の発生源である燻った残り火を踏み消す。そうして、龍騎は天井に空いた大穴へ跳躍する。

 勢い良く床を踏み抜いた事によって生じた余波は、周囲に散らばる灰を更に散り散りにした。

 

「っ……あいつ、まさか」

 

 弾かれるように階段を段飛ばしで駆け下り、凛は頭上を見上げた。

 だが、そこには青々とした空が広がるのみ。龍騎の姿は何処にも在らず。

 使い魔に後を追跡させるべきか。逡巡しながらもポケットの中の宝石を取り出した瞬間。

 

「……頼むからさ、追っかけたり寄り道とかしないで、皆連れて真っ直ぐ帰れよ?」

 

 ひょっこり。凛の行動を予測していたかの如きタイミングで、龍騎が大穴から顔を覗かせた。

 図星に釘を刺されるという二重苦。誤魔化し切れない感情が、握った右手を突き動かす。

 

「絶対、絶対後で問い詰めてやるから、覚悟しておきなさい! この馬鹿!」

 

「危なっ!?」

 

 渾身の力で天井へと投擲した宝石。手持ちの中でも指折り価格のそれは、龍騎の顔面に直撃する寸前で回避される。

 本来の目的から逸れる形となったが、一先ずは士郎と合流だ。意表を突けた事に留飲を下げながらも、凛は城の入り口の扉に手をかけた。

 

 

 

「さ、さて、どうしたものか……うん?」

 

 龍騎は冷や汗をかきながらも今度こそ立ち去り、最も高い位置にある尖塔へと足を運ぶ。すると、すぐ傍らに何かが漂う気配を知覚した。

 

「凛の奴、抜け目ないのが恐ろしいっつーか……。突然光ったり爆発したりしないよな?」

 

 重厚な輝きを堂々と放つ凛の使い魔を小突こうとする。しかし、付かず離れずの距離に逃げ込まれ、龍騎の手は敢え無く空を切った。

 監視や追跡が目的だとしても、鏡に逃げ込めば余裕で振り切れるだろう。特に気にもせず、改めて周囲へと意識を向ける。

 

「………………」

 

 視界の端から端まで広がる落葉樹の森林。断続的に響き渡る剣戟の音と、遠方から発せられるドラグレッダーの雄叫び。

 そして、ドミノのように薙ぎ倒される木々と湧き立つ火柱。城の最も高い位置から一望する景色は、殺伐としたもので満ち溢れていた。

 

「あの子は……見当たらない、かぁ」

 

 隅々まで目を凝らして視線を巡らせど、桜の姿が見受けられない事に安堵と落胆を覚える。

 速やかに合流し、大人しく帰ってもらうという目論見は早々に頓挫だ。

 

「まずは、一番危ない奴をどうにか───」

 

 バーサーカーを中心に、現在進行形で平地化してゆく地点へ向かおうとした瞬間。

 けたたましい嘶きと翼のはためく音が、龍騎の鼓膜を激しく振動させた。

 そして、眩い光を放つ何かが、直ぐ真横を馬鹿げた速度で過ぎ去る。

 天馬。刹那の中で想起した架空の生物。それは、一直線に龍騎が目指していた戦場を目掛けて駆け抜け、一拍遅れて凄まじい規模の大爆発を齎した。




遂に目撃してしまったサーヴァントの大規模破壊宝具。一体誰の仕業なんだ。
……描写は省いていますが、令呪によるブーストが若干入っております。

あと、次回の更新は二週間後になります。余裕があれば次辺りからぼちぼちと週刊更新に戻せれば良いんですけども。

感想、アドバイス、お待ちしております。

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