Fate/Advent Hero   作:絹ごし

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1.登場人物が、ほぼ真司と桜しか出てきていない。
2.原作に突入していない。
3.そもそも龍騎に変身していない。

だというのにお気に入り件数が90を突破するとは…。
やっぱりみんな真司くんが好きなんですねぇ…(感涙)

それでは、どうぞ。


第4話「薄明光」

「糞が…糞が…」

 

 悪態をついてグラスを一気に呷る。喉を焼きながら流れ込んでくるウィスキーが、心にどっぷりと浸かっている淀みを溶かしてくれるようだ。

 だが、そんな感覚も一時凌ぎのようなものだ。

 間桐慎二の父親である男性……間桐鶴野(まとうびゃくや)は、息子には酒に溺れている姿を見られたくないことから、新都の歓楽街にある行きつけの店で時間を過ごしていた。

 

「慎二も帰ってきた…。いつまで、あんなこと続けなきゃいけないんだよ…」

 

 鶴野は顔を手で覆い、自らの視界を塞ぐ。しかし、忌々しい蟲共に嬲られる少女の虚ろな瞳が、脳裏に焼き付いて離れることはなかった。

 

「俺は悪くない…。あの爺がやれって言うから仕方ないんだ………ん?」

 

 不意に鶴野のポケットの中の携帯が振動する。

 相手は…あの蟲共以上に忌々しい妖怪爺だった。出なければ後で何を言われるかわからない。

 鶴野は重い溜息をついて席を外し、携帯を取り出した。

 

「もしもし…」

 

『儂じゃ、鶴野よ…。霊地の外回りが済んだ…。今日の夜には家に着くじゃろう。桜の"鍛錬"については…わかっておるな?』

 

 カラスの首を絞めれば、こんな声が出るのだろうか。

 鶴野が生まれた時から変わらない、嗄れた声を携帯が再現した。

 

「そうかよ、…昨日、慎二が帰ってきた。あんたにはどうでもいい事だろうがな。そのことについて、一つ言いたいことがある」

 

『おったのう、そんなのも…。それがどうした?』

 

「慎二には、蟲蔵のことは絶対に教えるなよ。今のあいつには刺激が強すぎる」

 

 既に蟲の苗床にさせられた妻や弟のこと。そして現在、義理の娘がされている拷問さながらな魔術の修行の実態。

 鶴野は、唯一残った肉親とも呼べる息子に、あの地獄のような景色を見せたくはなかった。そして、自分と同じ思いなどさせたくはなかった。

 

『くかかかっ…。何を言うかと思えば、そんなことか。そのことに関して、儂が彼奴に言うことなど何もあらんよ。教えたとて、才能のない彼奴にできることなど、それこそ蟲たちの餌ぐらいか————』

 

「————おい」

 

 鶴野は電話越しにこちらを嘲笑う老人……間桐臓硯(まとうぞうけん)の言葉を遮った。

 

『おおっ必死じゃのう…鶴野、そんな怖い声を出さないでくれい。くくっ…身震いが老骨に堪えるわい。慎二に向けるその優しさを、桜にも分けてやればよいのにのう』

 

「……どの口が言いやがる」

 

 この妖怪にそんなものは存在しない。そもそも、人並みの感情など持ち合わせてはいないだろう。

 誰かの苦しみを愉悦として貪り喰らう。そうして生きながらえている妖怪、それが間桐臓硯という存在なのだから。

 

『まあ、せいぜい隠し通してみせるがよい。お主の拙い魔術でな……。どのみち、時間の問題だとは思うがの』

 

 臓硯はそう言い残し、電話を切った。強張っていた四肢が次第に緩んでいく。

 しかし、耳に蛆を詰め込まれたような余韻が鶴野を苛む。それを紛らわせるために、鶴野は再び席についてグラスに手をつけた。

 

「くたばっちまえ。化け物が……」

 

 届くことのない呪詛を言葉にして。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 夕方、鶴野が帰宅すると、水が流れる音とともにカチャ、カチャと食器が軽くぶつかり合う音が台所から聞こえてきた。

 使用人がいる時間にしては少し遅い。そう思った鶴野は台所を覗いた。

 

「おっ、桜ちゃんなかなか手際良いねぇ。将来有望なお嫁さんになれるぞ〜」

 

「あ、ありがとうございます…」

 

 そこでは、慎二と桜が仲睦まじく同じ台に乗って食器洗いをしていた。

 桜には慎二に自己紹介を済ませておくようにとは言っておいた。

 だが、わずか一日で慎二が桜とあそこまで打ち解けると鶴野は想像していなかった。

 互いの性格からして、慎二が桜を苛め、桜は黙ってそれを受け入れる。二人はそんな関係になると鶴野は考えていたのだ。

 

「……慎二」

 

「ちょっ!?まっ、おっおお…」

 

 思わず鶴野が慎二に声をかけると、慎二は驚いて、食器を取りこぼしそうになっていた。どうにか持ち直し、蛇口を閉めて、挨拶を返してくる。

 

「お、おかえりなさい。お父さん!」

 

 何故か緊張しているようで、しきりに視線を左右に振っていた。

 鶴野はそんな慎二に疑問を抱きながらも、慎二の背中に半身を隠している桜に自分の用件を伝えることにした。

 

「桜。臓硯が今夜帰ってくる。準備して待っていろとのお達しだ。………行くぞ」

 

「……はい。お義父様」

 

 桜の表情の色彩が、乾いた絵の具のようにひび割れ、剥がれ落ちていく。

 

「あっ、桜ちゃん…。じゃあ、俺も…」

 

 慎二は桜が心配なのか、作業を中断してついてこようとしてきた。やはり、自分がいない間に、誰かを思いやれる子に育ったのだろう。

 鶴野はそれを嬉しく思った。同時に、決してあのような地獄をこの優しい息子に見せてはならない。そんな決意が自分の中でさらに固くなるのを感じた。

 

「慎二。まだ食器洗いが終わってないだろ?まずはそれを済ませろよ」

 

「で、でも…」

 

 尚もついてこようとする慎二に、鶴野は内心困り果てた。

 鶴野が魔術の行使を念頭に入れ始めた直後に意外なことが起きた。

 

「兄さん…。私、大丈夫だから。あんまりお義父様を困らせないであげて」

 

 桜が慎二を心配させまいと、気丈に振る舞ったのだ。あれを慎二に知られたくないのは桜も同じらしい。

 

「桜ちゃんがそう言うなら…わかったよ」

 

 これ以上は平行線になる。そのことを察した慎二は渋々納得した様子で、食器洗いの作業を再開した。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 間桐邸の地下に続く隠された階段。太陽の光も、月の光も届かないこの場所は、時計の秒針が壊れたかのように、時間の感覚が希薄だった。

 蟲蔵。この場所を知る者はそう呼んでいる。鶴野はこの地下室を、何か巨大な生物の体内なのだと錯覚することがある。

 その原因は鶴野の視線の先にあった。松明の明かりが蟲蔵の底を照らしだす。

 床の石畳が見えない程に蠢く蟲たちが、寄ってたかって少女の肢体を存分に貪っていた。

 

「うっ…ゔぉえぇ…」

 

 何度見ても、慣れるものではない。

 石造りの階段の踊り場でそれを見下ろす鶴野は、胃から込み上げる吐き気に逆らわずに、えずく。

 この光景に慣れてしまえば、人として大切なものを失ってしまうような気がしたからだ。

 …だというのに、その渦中にいる少女は一切の感情を動かさずにあるがままを受け入れている。

 事情を知らぬ者が見れば、そこにあるのは人ではなく人形なのだと見紛うことだろう。

 

 最初は助けを求めて泣き叫んでいた。次は苦悶の表情を浮かべ、もがいていた。その次は僅かに身じろぎだけをしていた。……それ以降はこの有様である。

 こつ、こつ、こつ、と石段を降りる足音が、地下室に反響した。こんな場所に自ら来る者など一人しかいない。

 

「情けないのう…、鶴野よ。まだ幼い桜が耐えておるというのに、見ているだけのお主がその体たらくでは親として示しが付かんのではないか?……くかかかっ」

 

「はぁっ…はぁっ…、黙り…やがれ…。げほっげほっ」

 

 鶴野は息を荒げて、声の主を睨みつける。

 萎びたミイラのような痩躯。皺まみれの顔に落ち窪んだ瞳。

 間桐臓硯。五百年の時を生きる妖怪。鶴野にとっての恐怖の権化が、そこに居た。

 

「俺はっ、…お前らみたいな蟲とは違う…。れっきとした人間なんだよっ…!」

 

 あのような醜悪な蟲を受け入れられる者など、それこそ同じような存在しか有り得ない。自分と同じ存在を嫌悪する理由など無いのだから。

 あそこで奴らに嬲られている義理の娘も、既に蟲の仲間入りを果たしているのだろう。少なくとも、鶴野にはそのようにしか見えなかった。

 

「まあよいわ。………ふむ、どうやら"アレ"は予想以上に馴染んでおるようじゃのう……」

 

 ぐったりと項垂れている鶴野には一瞥もせずに、臓硯は顎を摩りながら桜を見下ろしている。

 臓硯の指す"アレ"とは何なのか、鶴野には理解出来なかった。理解したいとも思わなかったが。

 どうせ碌なことではない。愉悦に歪む臓硯のまなじりがそれを物語っていた。

 

「もう少し経過を見たいところじゃが…。もうよいわい」

 

 臓硯が踵を返すと、その動きに連動するように桜を陵辱していた蟲たちが、一斉に石の壁に掘られた巣穴に流れ込んでいく。まるで一匹一匹が臓硯の意思で動く細胞だ。

 いつも通り、後始末は任せたぞ。そう言い残して臓硯は蟲蔵を去った。

 

「………………」

 

 取り残された鶴野は汚物を見るような眼差しで、横たわっている桜を見下ろす。そして厚手のゴム手袋をはめた。

 決して素手で触れるような真似はしない。蟲の体液が少しでも肌に触れてしまえば、自分も蟲になってしまうような強迫観念が鶴野にはあった。

 だが、憐憫か、罪悪感か、打算か、胸の内に浸かっていた感情が、鶴野の口を滑らせた。

 

「……俺には、お前を娘として見てやることも、人として見てやる事も出来ない」

 

「……?」

 

 桜は不思議そうに鶴野の顔を見上げる。これまで、鶴野がこちらに話しかけることなど、臓硯からの伝言以外には無かったからだ。

 

「だけど、お前が慎二を…、最後の心の拠り所を失くしたくないなら、あいつには絶対に此処の事は話すなよ。……お前は分かっているかもしれないがな。……知らなけりゃ無いのと同じだ」

 

 鶴野はそう言いながら、体液に塗れた義理の娘の体をタオルで拭ってやった。

 その双眸は様々な感情に渦巻いていた。

 

 

 

 

○○○

 

 

 

「うーん………お〜〜〜っ、おお!」

 

 手慰みに鉛筆を回す。なんと13回転もした。最高記録更新である。

 だが、鉛筆とは正反対に真司の頭はそれほど回らなかった。

 何かシミを一つ残しているような感覚が拭えない。

 現在、真司は自分の生前にライダーバトルで起きた事柄を確認するため、自分の覚えている限りのことをキャンパスノートに書き記したところだった。それ自体は暇つぶしのような物なので、問題はない。ないのだが…。

 

「なんで俺は連れてってくれなかったんだろ」

 

 真司と桜は散歩から帰宅し、夕食を済ませた後に食器洗いを一緒にしていた。桜の手際は、もしかすると自分より良かったかもしれない。

 しかし、途中で桜は間桐少年の父……鶴野に連れられてどこかへ行ってしまった。

 真司も桜についていこうとしたのだが、鶴野に止められてしまい、洗い物を済ませ、シャワーを浴びた後にこうして自分の部屋で記憶の点検作業をしていたのであった。

 

「それに、さっきのって…」

 

 しかし、真司は桜と鶴野の間に妙な雰囲気を感じて、こっそりと二人の後をつけた。だが、ある起点を境に二人は忽然と消えてしまったのだ。まるであの鏡の世界(ミラーワールド)に入ったかのように。

 だが、そこにはミラーワールドの入り口。つまり光を反射するものは無かった。

 

「俺の気のせいだったのか…?」

 

 真司の乱れた思考を表現するように、キャンパスノートの内容も支離滅裂になっていく。

 やがて、ライダーバトルの記録が、龍騎とドラグレッダーの落書きになった。なかなかの出来栄えである。

 

「ふふっ、かっこよく描けてるじゃん。やっぱり元がかっこいいからだよなぁ。…あっ、そういえば、冷蔵庫に豚の挽肉とキャベツあったよな…。あとはニラさえあれば…」

 

 そこから真司の思考は逸れに逸れる。キャンパスノートは様々な紆余曲折を経て、明日の夕食の献立表に変貌した。

 真司の得意料理、餃子のレシピが、イラストを添えて特に細かく記載されている。

 

「明日はきっと桜ちゃんも喜ぶぞ〜。…それにしても、遅いなぁ…」

 

 気がつけば、部屋の時計は夜の10時を指していた。良い子はもう寝る時間である。桜が鶴野に連れられてから、既に4時間近く経っていた。

 何度か隣の部屋を確認したが、桜は戻ってきてはいなかった。

 

「ふわぁああぉぉぉぁ…」

 

 眠気が、時雨空の薄日のように差し込んでは消えてゆく。

 真司は眠気に身を委ねて、思い切り足を伸ばし欠伸をした。

 桜が戻ってくるまで起きているつもりだったが、寝てしまおう、もう限界だ。真司はそう思いながら、立ち上がった。

 直後に、部屋の扉が控えめにノックされた。

 

「………兄さん」

 

 真司が扉を開けると、桜が立っていた。シャワーを浴びた直後なのかタオルを肩に羽織っている。

 部屋の明かりが紫色の髪をきらきらと艶やかに照らし出す。その髪からは水が滴っていた。

 

「あーもう、桜ちゃん。湯冷めして風邪ひいちゃうから髪の毛もちゃんと乾かしなよ。仕方ないなぁ…ほらほらこっち来て来て!」

 

「あっ…」

 

 真司は肩に羽織っているタオルを桜から引ったくり、わしゃわしゃと桜の髪を拭いてやった。

 不器用な手つきだったが、その手には思いやりが込められていた。

 桜は頬を微かに吊り上げて、真司に身を委ねる。

 

「しっかし随分と長引いてたね。ずっと何やってたの?」

 

 真司は桜の髪を乾かしながら、先程まで何をしていたのかを桜に尋ねた。

 

「………内緒です」

 

「…そう?気になるんだけどなぁ。桜ちゃんが言いたくないなら別にいいや」

 

 正直に言うと、真司は首を突っ込みたくて仕方がなかった。

 けれど、誰にだって知られたくないことの一つや二つはある。桜だって例外ではないのだろうと思い、なんとか踏み留まった。

 

「よっし、大体こんなもんでいいかな……。だあぁ〜」

 

 桜の頭を撫でて水気がなくなったことを確認した真司は、やる気のない掛け声をあげ、ベッドに向けて背面跳びをした。

 柔らかいマットレスの感触が眠気に満ちたこの身を優しく抱擁してくれる。あまりの心地よさに声が漏れた。

 

「おおぁ〜、…桜ちゃん。俺さ、もう眠たくて限界なんだよね。だから申し訳ないんだけど部屋の電気を消しといてくれない?」

 

「…はい」

 

 真司が寝る体勢に入り、桜に部屋の電気を消すように頼んだ。部屋の明かりが消え、暗闇が真司を眠りへと誘う。

 だが、桜は部屋から一歩も踏み出さなかった。

 

「どうした、桜ちゃん?俺と一緒に寝たいなら隣に来る?……ははっ、そんな訳———」

 

「———いいんですか?」

 

 真司は冗談のつもりだったが、桜は本気にしてしまったようだ。おずおずと布団に入り込んで来た。

 

「あー、桜ちゃん。あの、俺、いびきがうるさいらしくてさ。それに寝相も悪いから隣に寝たら大変だよ?ねえ、ちょっと。……聞いてねぇや」

 

 桜は真司の腕を抱きしめて狸寝入りを決め込んでいる。こうなったらテコでも動かないだろう。なんとなくそんな気がした。

 

「途中で怒って叩き起こしたりしないでよ?……おやすみ」

 

 

 

 程なくして、部屋に真司のいびきが響き渡る。先ほどの言葉は嘘ではなかったようだ。

 桜は静かな夜が、たった一人の夜が大嫌いだった。眠りに落ちて意識を失えば、次に目を覚ました時に、自分が本当の蟲になってしまうような、そんな不安が騒ぐから。

 だが今は、真司の腕から伝わる温もりが、その不安を追い払ってくれている気がして、安心できた。

 

「むぅ……。俺たちは……仮面ライダーだぁ……ぬふぅ」

 

 幸せそうな笑顔で真司はそんな寝言を呟いていた。どんな夢を見ているのだろう。

 その横顔を見ると、名前のわからない感情が込み上げてくる。

 

「兄さん…」

 

 思わず桜は、夢の中にいる真司に届くはずのない胸の内を囁いた。

 

「…兄さんが私と一緒に居てくれるなら、私は———」

 

 ———私は不幸でも、いい。

 

 偽りのない本心を囁きながら、桜も瞼を閉じる。

 久しぶりだった。明日を楽しみに思うのは。

 




早期に真司という心の支えを得た桜は、原作よりもやや精神的に強くなりそうですねぇ。
しかし、その支えを失くすと……?

感想、アドバイス、お待ちしてます。
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