Fate/Advent Hero   作:絹ごし

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第41話〔Heroic Nostalgia〕

 何処かで聞き覚えのある曲調の口笛が、暗闇の中にあった意識を覚醒させた。閉じていた瞼を開けて、桜は徐に顔を上げる。

 また、龍騎の記憶だ。彼自身の姿を見つけるまでもなく、目覚めて間もない意識は早々に確信を持つ。

 しかし、桜には意識を失うまでの、この記憶に至るまでの経緯が思い出せなかった。

 

「………………?」

 

 胸の奥から立ち込める不安を払拭するように、龍騎の姿を探そうとした瞬間。風と共に流れてきた白い花びらが、左頬に付着した。

 指先で花びらをつまみ取り、桜は初めて周囲の景色に目を向ける。

 青々とした芝生の上に連綿と立ち並ぶ木々。その木々の枝に咲いた五弁の白い花々。

 自分と同じ名を持つ花に酷似した形のそれは、比較をしてしまえば葉っぱ混じりで数も慎ましい。

 

「綺麗……」

 

 だとしても、色鮮やかに咲き誇って見る者全てに誇示していた。季節が、春の只中であるのだと。

 暫しの間、桜が眼前の光景に見惚れていると、先ほどから聞こえていた口笛の音色が近づいてくる。

 

 ───ふいぃ……。ぎりぎりまで我慢したションベンって、どうしてあんなに気持ちいいんだろ。

 

「…………っ」

 

 そして、この美しい景観を台無しにするかの如き下品な独り言が、横合いから発せられた。

 桜は若干赤面しつつ閉口し、間の抜けた声がした方向を見やる。

 つばの大きな麦わら帽子に肩紐が緩んだオーバーオール。そんな格好の少年が、桜の前に現れた。

 

「……でも、なんで普通の男の子が……?」

 

 少年は晴れやかな面持ちをして、ハンカチで手を拭きながら前を横切って行く。

 その戦いとは全く無縁な幼い通行人に対し、桜は数秒遅れの困惑をする。

 此処は、ミラーワールドではないのか。龍騎は何処に居るのだろうか。

 桜の疑問に答える者は居ない。留まる理由もないので、少年の後を追う事に決めた。

 

 ───っしゃあ、作業再開だ。

 

 やがて、手を拭き終えてポケットから入れ替わりで軍手を取り出し、両手に装着。

 そうして、気合の掛け声を上げて木の傍に設置された脚立に上り始める。

 何をするのかと思い見守っていると、少年は木の枝先に咲く花を毟り取った。何の惜しげもない手つきで。

 

「………………」

 

 本当に、この景色を台無しにするつもりだったのか。随分と手間暇のかかる悪戯だ。

 桜は咎めを帯びた視線を少年の背中に注ぐものの、当然のように届かない。

 仮に、この場所に実在する者として立っていたとしても、気づかれないと思える程の没頭ぶりだった。

 

 ───でっかくて甘くて美味しくて真っ赤なリンゴを生やすんだぞー。

 

 しかし、一房に一輪だけ残った花たちに向けて発せられた呟きが、勘違いだったのだと気付かせる。

 淡い桃色を混ぜた白いそれの正体が、まさかリンゴの花だったとは。桜の驚嘆を他所に、少年は枝の先を掴み寄せて摘み取ってゆく。

 

「………………」

 

 きっと、これから実る果実の生育を促進させる為、必要不可欠な作業なのだろう。

 次々と地面に捨てられる花の輪を眺めていると、桜は妙に感傷的な気分になった。

 やがて、不要な花を全て摘み終えた頃合いで、恰幅の良い大柄な女性が現れた。様子からして、少年の祖母と思われる。

 

 ───ばあちゃん! 

 

 祖母の姿に目敏く気づいた少年は、軽快な身のこなしで脚立から飛び降りた。

 日射を浴び続けた麦わら帽子を取っ払い、すっかり汗だくになった笑顔を晒し出す。

 

「───慎二、さん……?」

 

 そんな少年に対して、桜は自らの兄を想起した。無意識に名前を呼んでしまう程に。

 しかし、幼く腕白な顔立ちには兄と似通ったものは見当たらない。

 だというのに、どれだけ目を凝らしても瓜二つなものがあった。迎えに来てくれた祖母へと向けた笑顔の形だ。

 

 ───真司(しんじ)。こっちの用事は済んだから、農家さんの手伝いはその辺にして帰ろう。

 

 ───うん! 

 

 そして、桜の呟きが間違いではない事を証明するように、祖母は少年を真司と呼んだ。

 軽々と脚立を担ぐ祖母に手を引かれ、真司は果樹園を後にする。今晩はどんな料理に挑戦しようか。祖母とそんな会話を交わしながら。

 

 ───ああいうのはアレだよ。祭りの取材行っていつの間にか神輿担いじゃってるタイプだな。

 

 何処からか聞こえてくる呆れ混じりな誰かの呟き。それは、時を経て青年となった真司の在り方を的確に言い当てていた。

 

 ───任せてください。必ず真実を突き止めて見せますから。

 

 だが、彼の周囲を取り巻く環境に、不穏な気配がシミのように点々と現れ始める。

 行方不明事件。真司はジャーナリストの卵として、東京都内で頻発しているその事件を追う者の一人だった。

 やがて、義憤に駆られた彼は独断専行で被害者の自宅を取材し、至る事となる。

 鏡、ガラス、テレビの画面まで。鏡面を生み出す要素が徹底的に排除されていた部屋へと。

 呪われた怨霊を封じる魔除けの御札の如く、新聞紙が隅々まで張り巡らされていた部屋へと。

 

 ───うわああぁぁっ!? 

 

 そこに遺された手掛かりを拾い上げたが故に、真司は目撃してしまった。

 巨大なスクリーンのような高層ビルの窓ガラスに反射された、青空を舞う赤い龍を。

 それと同時に、見初められてしまったのだ。ミラーモンスター、ドラグレッダーという名を持つ運命に。

 

 ───親、兄弟、子供。人一人消えただけで、どれだけ影響あると思ってるの。

 

 死と隣り合わせの体験を幾つか経て、真司は行方不明事件の真相を知った。居なくなる者が増える事の意味を理解した。

 

 ───あの龍と、契約して。

 

 そして、自らの意思で飛び込んだのだ。人を喰らう怪物が蔓延る鏡の向こう側の世界へ。

 誰かを助けたい、誰かを守りたい。そんな願いが、欲望が背負いきれなくなった者の一人として。仮面ライダーの一人、龍騎として。

 

 

 

●●●

 

 

 

 ライダーバトル。その戦いに関わった誰もが、建造物の下に敷かれる礎石のように犠牲となった。仮面の下に隠した願いは、何も残さずに潰えた。

 それでも、最後の一人になるまで戦いは終わらない。春を迎えて夏を過ぎ、秋を超えてもう一度冬に至っても。

 やがて、真司の揺るぎない意思は、真実という泥沼へと嵌まっていく。

 

 ───消えちゃうよ。二十回目のお誕生日が来たら、消えちゃうよ。

 

 いつかの日、夜の帳が下り始めた公園で塞ぎ込んでいた桜に、モンスターの描かれたスケッチブックを託してくれた少女。

 神崎優衣。鏡の世界で繰り広げられるライダーバトルと、彼女は密接に関わりがある存在だった。

 優衣は成年となったその日に、現実の世界から抹消されてしまう定めにある存在だった。

 

 ───優衣ちゃんが、消えるなんて……。

 

 無論、真司はそれを良しとはしなかった。ライダーバトル以外の方法で、彼女を助ける方法を模索する。

 だが、その行為が無為であるかのように時間だけが淡々と過ぎていった。

 

 

 ───ならば戦え。最後の一人になるまで。……それが優衣を救う、唯一の方法だ。

 

 神崎士郎。優衣の実の兄であり、仮面ライダー同士の戦いを引き起こした元凶。

 彼が引き起こした戦いは、消えゆく優衣を救うためだけの儀式だった。

 頑なに戦いを避ける真司に対して、神崎は冷酷に告げる。優衣を助けたければ他の仮面ライダーを全て倒せと。

 

 ───優衣ちゃんは助けたいけど、その為に他の人間を犠牲にするなんて、人を傷つけるなんて……! 

 

 どうしても、どっちが正しいのか分からない。守る事と戦う事の二律背反が、ありふれた良心を痛めつける。

 真司は決断を躊躇い、動き出せずにいた。正しさという酸素を求め、闇雲にもがき続けていた。

 

 ───お前は、今までずっとそうやって迷ってきた。……それで、誰か一人でも救えたのか? 

 

 そして、淡々と事実を告げる青年の言葉が、奔走する真司を見続けてきた青年の言葉が、その怯懦を掃いて捨てようとさせる。

 正しさだけでは、誰一人救えないのだと。そう、青年は己にも言い聞かせるように言ってのけた。

 

 ───戦いの……辛さとか重さとか、そんなの自分が背負えばいい事なんだ。自分の手を汚さないで誰かを守ろうなんて……甘いんだ。

 

 同じように、真司も青年の在り方を見続けてきた。見続けてきたが故に、苦悶しながらも戦いを肯定する。

 淀みが付き纏う決意の果てに、彼は自身の甘い弱さを切り捨てた。最後の仮面ライダーとなる為に。

 剣を振るう者と振るわれる者。立ち位置が変わり、反転した正しさが牙を剥く。

 

 ───真司くん! 私、真司くんにそんな風に助けてもらっても、嬉しくないよ! 

 

 だが、真司が切り捨てたそれを、優衣は優しい強さとして捉えていた。

 それを拾い上げるように、彼女は嘆願する。とどめを刺そうと、命を奪おうと、青龍刀を振り上げた仮面の騎士の背中に向けて。

 誰かの犠牲の上に成り立つ命ならば、そんなものは必要ない。それが、優衣の選択だった。その選択を、真司は葛藤しながらも尊重した。

 

 ───優衣、お前は存在している。意識を持て! 大丈夫だ、俺が必ず助ける! 

 

 神崎邸の二階。両親に虐げられた兄妹が、かつて閉じ込められていた部屋。

 自分たちを守ってくれる存在を求め、兄妹がモンスターを描き連ねた部屋。

 存在そのものが薄らいでゆく妹を前に、兄は悲痛な声を上げて救いの手を差し伸べる。

 

 ───もういいよっ! お兄ちゃん……! 

 

 しかし、その手は振り払われた。優衣の悲壮な決意は揺らがない。

 誰もが争いあう状況を、兄が苦しんでいる状況を、これ以上は看過できなかったのだ。

 

 ───みんなが幸せに笑ってる絵を……。お兄ちゃんと、一緒に……。

 

 そして、彼女はこの世からの消滅を受け入れた。彼女が生を受けた日。タイムリミットの三日前に。

 助けようとしてくれた者たちに負い目を残さぬようにと、涙に濡れた微笑みを浮かべながら。誰もが幸せに至れる未来を祈りながら。

 

「優衣、ちゃん……」

 

 開かれた扉から差し込む斜陽。赤い光を湛えたそれが、夜の到来を告げる。

 誰もが立ち去った部屋の真ん中で、桜は優衣が最後に立っていた場所を見やった。

 

「私は、絶対に死ねない。誰かを傷つけてでも、私は生き残りたい。兄さんを、慎二さんを守りたい……」

 

 桜の呟きが、誰かの耳に入る事は無い。同じように、桜の意思を否定する者も居なかった。

 片隅にある割れた姿鏡へ視線を向けると、鏡の破片が外からの光を照り返した。反射的に目を瞑り、瞼で光を遮断する。

 次に桜が目を開けた時には、既に最期の一日が訪れていた。一月十九日。多くの人々にとって忌むべき日が。

 

 ───ヴェ、ヴ……ヴヴ……。

 

 羽化して間もない蟲の群れが、乾いた翅を駆動させて現実世界へと侵攻する。

 ビルの窓ガラスから、店のショーウィンドウから、車の車体から。

 鐘の音と共に、ありとあらゆる鏡面から世界を飛び超えて。人々が行き交う街の往来へと降り立った。

 

「………………」

 

 もしも、自分が此処に居合わせていたならば、どうしていたのだろうか。

 道路の中心で棒立ちしながら、桜は無辜の命が食い荒らされていく光景を呆然と眺める。

 臓硯に飼いならされた蟲たちとは違い、鏡を超えた蟲たちは桜に見向きもしない。

 不気味な光を帯びた赤い複眼は、闇雲に逃げ惑う人々だけを見据えていた。

 

 ───逃げて! 

 

 無論、真司はその蛮行を見過ごさない。龍騎に変身する時間さえも惜しいと言わんばかりに、生身で蟲の怪物に立ち向かってゆく。

 そして、目に入った人々を片っ端から助ける最中、彼は見つけてしまう。乗り捨てられた車の影で、息を殺して隠れている幼い少女を。

 

「ぁ───!」

 

 少女へと逸らされた意識、少女を抱えて塞がった両手。何よりも、背後から迫り来る蟲の怪物。

 どう見ても足手纏いでしかなかった。それでも、真司にとっては守るべき命だった。

 故に、真司は少女の身代わりとなる。代償として、深い傷を背中に受けて。

 

 ───逃げて……っ。早くっ! 逃げて……! 

 

 力を振り絞って怪物を撃退するが、安全な場所まで送り届ける力も使ってしまった。

 真司は必死の声音で逃げるように言い含め、少女が勇気を出して走り出した事を確認する。

 

「…………っ」

 

 後は、大人しく倒れ伏すだけ。無理に動いて傷口を広げなければ、どうにか生き長らえるかもしれない。

 否。生き長らえたからこそ、真司は龍騎として聖杯戦争に介入できたのだろう。

 痛ましい光景ながらも、桜は然程心配はしていなかった。記憶の終わりを予感し、真司を見やる。

 

「な、なんで……っ」

 

 しかし、真司は桜の予想を裏切った。決して倒れようとせず、地を這って鏡面ある車体へと進んで行く。

 取り落したカードデッキがアスファルトに落下し、喉の奥から漏れ出た血反吐が灰色を赤く上塗りする。

 それでも、真司はカードデッキを握り締め、車を支えにして立ち上がった。車体と自分の手を、止め処なく溢れる自分の血で汚しながら。

 

 ───お前が信じるものだよ。

 

 何処からか聞こえてくる真っ直ぐな誰かの言葉。それは、耐え難い激痛に歪んでいた真司の双眸に熱を灯した。言うまでも無く、命に至る熱を。

 このままじゃ本当に死んでしまう。桜は無意識に制止の言葉を呟く。しかし、その声は空気を揺らす事さえもかなわなかった。

 

 ───変、身……、……! 

 

 これまでに幾度となく紡がれた制約の言葉を唱え、真司はカードデッキをベルトに装填する。

 鏡面から放たれた層が真司の身体に重なった瞬間、放たれた眩い光が、桜の視界を焦がした。

 

 

 

●●●

 

 

 

 合わせ鏡が無限の世界を形作る。その世界の、運命の果てを映し出す。

 

 ───城戸、正直に言う。

 

 けたたましく響き渡るサイレン音。部屋全てを曝け出すように開けられた大穴。そして、机に伏したまま微動だにしない優衣。

 戦いの名残を感じさせる大学の研究室に、真司と黒づくめの青年が佇んでいた。

 

 ───俺には今まで友と呼べるような奴は居なかった。欲しいとも思わなかったしな。

 

 だが、お前は唯一の友と、言えるかもしれない。青年が途切れ途切れにそう言うと、真司は笑顔で頷いた。

 互いを友と認め合い、笑い合う。それは、凄惨な戦いの中で生まれた奇跡のような友情だった。

 

 ───だが、分かってくれ。俺は勝たなければならない。……どんなに可能性が少なくても、俺は賭けなければならないんだ。

 

 ───………………。

 

 ───戦ってくれ。俺と。

 

 初めて出来た最初の友人であると同時に、倒さなければならない最後の仮面ライダー。

 それが、青年にとっての真司だった。薄らいだ笑みを消して、青年は続行の意を示す。

 

 ───ああ、俺の望みを聞いてくれたら、考えてやるよ。

 

 ───……なんだ? 

 

 しかし、青年の意思を否定するわけでも肯定するわけでもなく、真司はどこか飄々とした態度で反応を返した。眉を顰めながらも、青年は真司に望みを問う。

 きっと、興味が湧いたのだろう。戦いを否定し続けた変わり者の仮面ライダーの欲望が何なのか。

 

 ───死ぬなよ、蓮。

 

 ───…………! 

 

 少なくとも、これから戦う敵に向ける言葉ではなかった。紛れもなく、これから共に戦う友へ向けた言葉だった。

 真司が戦う相手は、いつだって鏡の中の怪物。だからこそ、真司は青年の……蓮の言葉を敢えて履き違えたのだ。

 大穴の向こう側の空を我が物顔で飛び交う、夥しい怪物の群れを横目で見やった蓮は得心する。

 

 ───お前もな! 

 

 二重の意味で、矛盾に満ちたやり取り。それでも、真司と蓮の意思はこの瞬間を以って合致した。

 五桁を優に超す死の集合体を見上げ、二人は大穴の前に並び立つ。そして、カードデッキを突き翳し、制約の言葉を唱えた。

 

 ──────。

 

 合わせ鏡が無限の世界を形作る。その世界の、運命の果てを映し出す。

 

 ───許せ、蓮! 

 

 託された願いから目を逸らし、戦いを否定し。核となる元凶を破壊した世界があった。

 しかし、終わる筈の戦いは、欲望を持った者たちの意思によって続行した。

 

 ──────。

 

 合わせ鏡が無限の世界を形作る。その世界の、運命の果てを映し出す。

 

 ───俺は戦う。蓮の代わりに! 

 

 託された願いを受け取り、戦いを肯定し、残る全ての仮面ライダーに立ち向かった世界があった。

 しかし、最後まで生存し得るには、己の全てを擲つしかなかった。

 

 ──────。

 

 合わせ鏡が無限の世界を形作る。その世界の、運命の果てを映し出す。

 試行が繰り返される。抵抗が繰り返される。欲望が繰り返される。悲劇が繰り返される。

 そして、数えきれないほどの鏡像を映し出した世界は、何の前触れもなく砕け散った。

 

 

 

●●●

 

 

 

 ───お前が最期に信じるものを見つけたように、俺にも信じるものはある。……ライダーの一人として。

 

 動く者が居なくなった閑静な大通りに、跫音が間断なく発せられる。

 その音の発生源である青年は、傍観者である桜の真横を通り過ぎて行った。最期の戦いへと臨む為に。

 

「………………」

 

 剥き出しとなったエンジンルームから、轟々と燃え盛る炎。車の側面を背凭れにし、事切れた亡骸。

 吹き荒ぶ冷たい風に背中を押され、桜は徐に歩き出した。そして、先程まで居た青年の動きを再現するかのように、亡骸の側にへたり込む。

 

「っ……なんだか、貴方とは、他人の気がしないです。私の兄さんと、名前が一緒だからかな」

 

 名前だけではない。彼の在り方は、自分がよく知る大事な人を生き写しにしたようだった。

 だからこそ、言葉に言い表せない喪失感が心の隅から浸透する。

 やり切れない思いの代わりとして、疑問を吐露させる。

 

「……ねえ、貴方はどうやって私のところに来たの。貴方の、信じるものってなんだったの……?」

 

 死人に口なし。それ以前の問題だ。仮に真司が生きていたとしても、桜の存在は知覚できない。

 呟かれた言葉は、聞き手にすら成れぬ彼には届かず。虚空を舞って霧散する。

 だとしても、どうしても諦めたくはなかった。このような寒空の下が、終わりの場所などと認められなかった。

 故に、桜は真司へと手を伸ばす。決して干渉できぬと理解していても。

 だが、少女を取り巻くありとあらゆる因果は、これまでの法則を覆した。

 

「──────」

 

 血塗れの手の上に、桜の手が重なった。掌が冷たい感触を感じ取った瞬間、世界と時間を超越した縁が結ばれる。

 肉体を離れ、世界から消え去る定めにあった未来の魂。肉体を離れ、傍観者として世界を来訪した過去の魂。相乗し合った魂は、運命を呼び寄せた。

 




正体バレ回……ではありますが、仮面と憑依で二重底な様相。
それはそれとして、桜と見る仮面ライダー龍騎、最終章であります。
冒頭のリンゴ農園は数少ない小説版要素。真司以外の登場人物が大体ヤベー奴と化しているので、気が向いたら是非読んでいただきたい。

感想、アドバイス、お待ちしております。



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