Fate/Advent Hero   作:絹ごし

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日曜日に間に合わなかった……。後々推敲する予定です。
サブタイトルが読めない方は、お手持ちのスマホを横持ちに。
そこからサブタイトルの文字をいい感じに拡大して、カードデッキ的なノリで鏡に向けると読めると思います。


第46話〔иoiƚulovɘЯ〕

 二段に連なった鍵盤の上を十本の指が駆け巡る。パイプオルガンが荘厳な音色を奏でる。まるで、新しい命の到来を祝うかのように。

 数羽の黒い鴉が、教会の屋根から飛び去ってゆく。まるで、これから我が身へと降りかかる危機を察知したかのように。

 そして、その直後。けたたましい金属音と共に、月を覆い隠していた雲が弾けて散った。穿たれた雲間を縫って、黒い何かが突き出た。

 

「──────」

 

 亜音速の領域に達したそれを、刺し貫かんと追い縋る三又の槍。だが、軽々と薙ぎ払われる。

 そして、振り向きざまに炎が迸り、一筋の軌跡を描く。後続の機影は反撃を見舞われたのだ。

 青白い爆炎が一瞬、夜空を彩った。炭化した細かな金属片が飛び散り、地面へと落下してゆく。

 

「くく……」

 

 しかし、機影は尚も健在。薄らいだ煙を切り裂きながら、その姿を現す。

 黄金で形作られた鋭利な機体と翠玉の主翼、その上に据え置かれた玉座。

 ヴィマーナ。それは、飛行機と呼称するにはあまりにも異質な形状だった。

 

「……先ほどまでの頑迷固陋っぷりが嘘のようではないか。一度ならず二度までも泥に飲まれれば、負の側面を受け入れざるを得ないようだな」

 

 あのまま沈まずに這い出てきた事自体は、お前自身の意思なのだろうが。

 玉座に腰掛けた王は……ギルガメッシュは、愉快気に目を細めて対面を見据えた。

 黄金の波紋が夜闇に溶け込んだ黒を照らし、朧げな輪郭を明瞭なものにする。

 

「──────」

 

 烈火龍ドラグランザー。不死鳥の翼のカードによって、更なる昇華を遂げたミラーモンスター。

 それと対を成す深淵の龍が、ヴィーマーナに向かって鎌首をもたげる。巨大な口から炎混じりの吐息を漏らす。

 その背に乗った黒い騎手は、ギルガメッシュの言葉に何の返答も反応もせず。

 龍を象った銃剣の引き金を玉座へ、相手の眉間へと目掛けて引いた。放たれた光線が軌跡を描いた。

 

「この我が目を付けた時点で、どう足掻こうが貴様の未来は定まっている。事を急くな」

 

 だが、命中には至らない。物理法則を無視した回避機動を見せつけ、ギルガメッシュは返礼と言わんばかりに宝具を射出。

 そうして、雲を越えた遥か彼方にて、超高速戦闘が再開される。ドラグランザーが前腕の刃を振るい、殺到する剣を弾き返す。騎手が再度、光線を放つ。

 角度のついた偏差射撃が、ヴィマーナの主翼を掠める。撃ち漏らした宝具の刃先が、騎手の仮面を掠める。天井無しで数を増す波紋に対し、真っ向から挑むのは無謀だった。

 

「──────」

 

 故に、騎手は退避を開始した。牽制の意を込めた射撃。そこから、敷き詰められた雲海へと一点直下する。

 我先にと殺到する背後からの宝具。それを錐揉み回転で躱し、雲の中に身を沈めた。

 濃密な霧が視界を遮る。吹き荒ぶ強風が聴音を妨げる。進めば進むほど、上下左右の方向感覚が狂う雲の海。

 第六感に従い、黒い龍を駆って迷い無く泳ぐ。そのまま、下弦を描くような軌道から上昇し、再び雲の上に出た。

 

「───ほう?」

 

 同時に、ヴィマーナの背中を捉える。空中戦において圧倒的な有利な位置を、背後を取ったのだ。

 追われる者から追う者へと一転。龍の灼熱と銃剣の光線が交互に、苛烈に撃ち放たれた。

 迎撃の宝具が矢継ぎ早に発射され、互いの攻撃は相殺し合う。数の優った宝具が、炎を突き抜け迫り来る。

 だが、命中しない。その精度は大きく落ちていた。目の届かぬ背後であるが故に。

 

「──────」

 

 刃と刃の隙間に、ドラグランザーの巨体を縫い込ませるようにして蛇行する。着々と距離を詰め、ヴィーマーナに肉薄してゆく。

 そして、音の壁を破るような速度に至り、機影を直近まで捉えた瞬間。鋭利な鉤爪で玉座を切り裂かんと、ドラグランザーはその剛腕を振り上げた。

 

「十年ほど前、似たような趣向の戯れで不覚を取った事があってなぁ」

 

 相手こそあの狂犬ではないが、意趣返しだ。間近に迫った騎手に対して、ギルガメッシュは呟く。

 嘯くような言葉と共に出現した、複数の小さな波紋。そこから噴霧される発光体。

 それは、言うなれば殺傷力を兼ね備えたフレアだった。着弾と同時に、弾頭が炸裂する。爆発が龍を飲み込む。

 

【GUARD VENT】

 

 かに思われた。濁った機械音声と同時に、ドラグランザーが火炎の鎧を身に纏う。

 不定形に揺らめく鎧は、直撃を物ともせず。騎手は再度接近戦を仕掛けんと、爆煙を突き抜けた。

 目論見が外れた事に眉を顰めながらも、ギルガメッシュは背後からの追撃に対して回避を取る。

 加速に伴う負荷を無視するかの如き直角機動。そこから、反撃に転じる。しかし、射出した宝具は鎧に弾かれた。

 

「──────」

 

 この堅牢な炎が途絶える前に、あの敵を仕留めろ。騎手の殺意に呼応して、黒龍は雄叫びを上げる。

 指先の鉤爪を玉座に振り下ろさんと。腕と尾の刃で主翼を切り裂かんと。生え揃った牙で機体を噛み砕かんと。

 自らが持つ攻撃的形態を遺憾なく発揮し、ヴィマーナを撃墜へと追い詰めてゆく。

 

「ふむ……。並大抵の、それも珍品程度の宝具では歯が立たぬか」

 

 だが、ギルガメッシュの余裕は、どれだけの刃と爪牙が掠めようとも崩れない。

 正確無比な思考でヴィマーナを操縦し、冷酷無比な斬撃を巧みに躱し続ける。

 やがて、戦いの舞台は遥か天高き雲の上から、地を隆起する山の中へと変遷した。

 

「──────」

 

 冬木の街を囲む山々を縁取りながら、蒼炎と翠玉の軌跡が交錯を間断なく繰り返す。

 それでも、その攻防にも転機は訪れた。数多の宝具の中に、特異な剣が紛れ込んだのだ。

 フルンディング。装甲で弾こうが回避しようが、決して追尾を止めない。猟犬のような魔剣だった。

 

「数少ない身銭を切らせたのだ。返礼としてそれなりの品を下賜してやらねば、我の程度が知れるであろう?」

 

 担い手の無き剣戟が繰り返されるたびに、威力に伴い衝撃が増す。お前の血を啜らせろと、刀身に込められた執念が増す。

 このまま看過していては、魔剣が鎧を貫きかねない。前腕の刃で魔剣を弾き返した後に、攻撃対象を変更する判断を下した。

 

「──────」

 

 僅かな後退からの再突進。どこまでも実直な軌道を先読みし、騎手はドラグランザーを駆って高速後転する。

 振り上げられた尾の先端が、鋭く弧を描く。そして、それはサマーソルトのように魔剣を迎え撃った。

 度重なる突進による摩耗に加え、繰り出されたカウンターが致命打となり、魔剣は粉々に砕け散る。

 

「くくく……!」

 

 だが、続けざまにヴィマーナへと躍りかかる寸前。一際大きな波紋が現れた。

 あの執拗な魔剣は、騎手の意識を逸らす一時の前座に過ぎなかったのだ。

 宙返りの動作から生じた、極僅かな隙。その一瞬に杭を打つように、本命が放たれる。

 

「──────」

 

 ヴァジュラ。悪しき蛇、或いは龍、ヴリトラを討滅せしインドラの金剛杵。

 それは、凄まじい速度の円錐螺旋を描きながら、ドラグランザーの胸元に至った。

 接触、衝突。そこから、眩い稲光が紫電と共に瞬く。光の後を追って、けたたましい雷鳴が響き渡る。

 邪魔な障壁を穿たんと、回転速度を増す金剛杵。致命の一撃を防がんと、密度を一点に集約する鎧。

 その拮抗の余波は騎手にまで及んだ。龍の背から投げ出され、放物線を描いて地面へと落ちて行く。

 

「──────」

 

 だが、騎手を受け止めた物は地面でも鬱蒼とした木々でもなく、鋼鉄製のコンテナだった。深くめり込んだ身体を起こし、周囲を見渡す。

 コンテナ越しに伝わる振動、徐々に移り変わる景色。そして、連綿と続く線路。落下地点は、冬木へ向かって走る貨物列車の上。

 己の置かれた状況を理解し、騎手は即座に腰のカードデッキに手を伸ばす。そして、銃剣のバイザーにカードを挿し込んだ。

 

「お前の判断や行動は確かに迅速だが……。乗り換えた代物がこうも鈍間では無意味だろうよ」

 

 その直後、頭上に生じた波紋の光が照り付けた。ギルガメッシュの宝具が、冷笑と共に降り注ぐ。

 最後尾から、先頭車両へと駆けてゆく。元居た場所をなぞるようにして、短剣の群れが突き刺さる。

 細かな明滅を繰り返し、短剣が爆ぜる。後部車両から伝播した衝撃が、棹立ちのような脱輪を引き起こす。

 足場に働く慣性を利用し、大きく跳躍。そして、騎手は予め装填していたカードを切った。

 

【ADVENT───】

 

 虚空に真っ黒な風穴が開き、金剛杵から逃れたドラグランザーがそこから現れる。

 落下地点を予測した、完璧な位置取りだ。その背に飛び乗ると同時に、騎手は更にもう一枚カードを切った。

 

【───SWORD VENT】

 

 銃剣に内蔵された刃が抜き身に変形し、炎を迸らせて赤熱する。騎手は身を翻しながら、炎で形成された刀身を背後のヴィマーナ目掛けて振るう。

 身の丈を優に超す炎の剣から繰り出された、飛ぶ斬撃。それは、ギルガメッシュの意表を突き、ヴィマーナの主翼と機体を焦がす。

 

「──────」

 

 そして、斬撃の直線上に有った送電鉄塔が根本から断ち切られ、倒壊した。鉄塔と繋がった高圧電線が引き千切れ、辺り一面に火花を撒き散らした。

 やがて、電力の供給が断たれた冬木の街は、深山から新都にかけて順繰りに暗闇へと飲まれる。夜は、殺意と殺意の応酬は、それでも尚終わらない。

 

 

 

●●●

 

 

 

 街の明かりが、大規模な停電によって消え失せた。建物の窓から漏れる明かりも、自己主張の激しい広告看板が放つ明かりも、道を照らす街灯の明かりさえも。

 突発的なブラックアウトに対して、街の往来を行き交う人々は皆一様に立ち止まる。一体何が起こったのだと、異口同音に唱える。

 全ての信号が役目を放棄した事によって、新都の円滑な交通網が麻痺した。渋滞に巻き込まれた車の運転手たちが、クラクションを押し鳴らす。

 誰も彼もが暗闇に戸惑うなか、一部の者たちは頭上に広がる満天に気付く。月に寄り添う冬の星座たち。夜空を分かつ天の川銀河。文明が放つ光に隠された星々だ。

 それは、人々の恐慌など露知らず。堂々と成り代わり、燦々と煌めく。そして、彼らの幾多もの双眸は、幾多もの黄金の流星群を、最期に捉えた。

 

 

 

●●●

 

 

 

 やがて、星が降る。コンクリートや建造物が、列をなしていた車や立ち止まっていた人々が、宝具の絨毯爆撃によって皆平等に飛散する。

 死屍累々。騎手は一変した惨憺たる光景を一瞬見やり、ドラグランザーは悲鳴犇めく大通りを横切ってゆく。その後を、無数の剣槍が追い立てた。

 

「──────」

 

 ドラグランザーを駆り、丁字路を曲がる。対象を逃した宝具の群れは、突き当りのビルを何棟も粉砕した。

 所々に焦げ跡を刻んだヴィマーナは主人の思考を寸分狂わず読み取り、最短距離で屈曲する。

 だが、相手を射程に収める事は叶わず。ドラグランザーは影も形も残さずに忽然と姿を消す。

 鏡。雲の上にも山の中にも存在しない物体が、この市街地には、場所を選ばずありふれていた。

 

「……ふうむ、非の打ち所がない最適解だ。……しかし、そちらに有利な戦場が此処だったとはいえ、巻き込む命が些か多すぎたのではないか?」

 

 最終的に、我も有象無象どもを篩にかけるつもりだったが。己の蛮行を棚に上げ、ギルガメッシュは嘲笑する。

 誰一人として死なせないのだと宣い、実際に足掻いてきた者の変貌に、極上の愉悦を見出す。

 見届けたかった。どれだけの犠牲を重ねても、強いても、決して褪せぬ漆黒の意思。それが潰える瞬間を。

 

「──────」

 

 これから殺す敵の思惑など、知らぬ存ぜぬ。騎手はミラーワールドの中で機を窺い、仕掛ける。

 ギルガメッシュの死角となるヴィマーナの真下。道端に乗り捨てられた車のフロントガラスから。

 そして、舟腹目掛けて一気に突貫するが、その不意打ちは寸前で躱された。

 

「やはり、素直に尾を巻いて逃げはせぬよなぁ……!」

 

 奇襲が失敗するや否や、ドラグランザーが瞬時に身体を反転させて火炎を吐いた。その熱塊を、ギルガメッシュは波紋から取り出した盾で反射する。

 すかさずビルの窓ガラスへと飛び込み、手の届かぬ鏡の中へ。矛先を反転させられた攻撃は当たらず、空の彼方へと飛んで行った。

 上下左右、縦横無尽。鏡の世界と現実世界を絶え間なく行き来し、ヴィマーナに肉弾戦を仕掛け続けた。強靭な爪牙と刃を捌ききれず、機体は傷を刻まれてゆく。

 

「──────」

 

 新都の高層ビル群が、非常口として騎手の退避と攻勢を補助する。高層を支える鉄骨が即席の盾としての役目を全うし、その身を捧げて倒壊する。

 十年の歳月をかけて復興した街が、秒を読む程の呆気なさで破壊され、十年前の厄災を再現するかのように瓦礫と屍が連なってゆく。

 

「くくく……ははは……! どうした。徒に時を費やしていては、我よりも先に街が滅びるぞ?」

 

 しかし、戦況は依然として均衡を保ったまま、どちらに対しても傾かなかった。

 騎手が圧倒的な地の利を得ても、ギルガメッシュが夥しい数の命を奪っても。

 このまま千日手を繰り返せば、追い詰められるのは前者だ。故に、騎手は新たな手段を取る。

 

「ほう?」

 

 騎手の意を汲んだドラグランザーは、ヴィマーナではなく明後日の方向へと火球を飛ばした。

 その方向には、辛うじて形を残していたビルの窓ガラス。そこを斜角から通り抜け、鏡の世界へ。

 そして、消えていった火球は対面のビルガラスに吸い込まれ、現実世界に再度射出された。

 火球の直線状には、ヴィマーナ。反射する盾から着想を得た奇襲は、膠着した盤面を覆す一手となり得る。

 

「おっと……賢しいやり口ではあるが───」

 

 ギルガメッシュは最低限の操縦で、背後から迫る火球を危なげなく回避。だが、騎手は彼の予想を上回った。

 ドラグランザーの尾を横薙ぎに振るわせ、躱された火球を蹴鞠のように弾き飛ばしたのだ。

 蹴り返された熱塊がヴィマーナの玉座に着弾。この戦いに於ける初めての有効打が直撃した。

 

「──────」

 

 黒煙が濛々と花開く。玉座に掛けられていた赤い布の切れ端が、風に流され飛んで行く。

 追撃。相手の生死を確認するまでも無く、一切の容赦も無く。騎手はデッキのカードをバイザーに装填する。

 しかし、カードを切ろうとした寸前。黒煙を切り裂き、斧槍が群れを成して襲い掛かってきた。

 

「───ヴィマーナの上に居ながら腰を上げざるを得なくなるとは。少々、戯れが過ぎたな」

 

 追撃を中断し、騎手は仕切り直す。半壊した建物の影に退避し、ギルガメッシュの迎撃をやり過ごす。

 敵は未だ尚健在。仕留め損ねた。ドラグランザーが吐き出す炎は、あの黄金の鎧を突破出来なかった。

 唯一露出している顔は腕で保護したのだろう。腕周りに付着した煤が、それを物語っている。

 

「……と言いたいところだが、今宵の宴を無礼講と定めたのは我だ。……然らば、一言も発さぬ貴様の悲鳴で手を打つとしようか」

 

 ギルガメッシュの声色に険が帯びる。徹底的に周囲の鏡を破壊しながら、騎手とドラグランザーの後を追う。

 未だ底の見えぬこの者に、更なる艱難辛苦を。王の思念を読み取り、宝物庫の門戸が数を増やしてゆく。

 追い込み漁の如く逃げ場を奪い、追い詰めた瞬間。ギルガメッシュは右手を振り上げた。

 そして、これまでとは比較にならぬ程の巨大な波紋が、騎手の頭上に二つ出現する。

 

「そうら、最早貴様の周囲に鏡は無いぞ。これらをどう凌ぐ?」

 

「──────」

 

 イガリマ、シュルシャガナ。千山斬り拓く翠の地平、万海灼き祓う暁の水平。個人を滅ぼすには過剰すぎる超弩級の宝具が二振り。重力に従って振り下ろされる。

 瓦礫と屍の山が斬り拓かれ、広大な火の海が更なる劫火に灼き祓われる。周囲に遍き、轟き渡るけたたましい破砕音。それは、新都が最期に上げた断末魔だった。

 

 

 

●●●

 

 

 

「……あの局面で、先ほど装填していたカードを切らなかったのは意外だったな」

 

 何の対処も為さずに姿を消した騎手について、ギルガメッシュは思案する。轟々と燃え盛る焦土を、市街地だった場所を視界に収めながら。

 この街と運命を共にしたのか。否、それは有り得ない。この身に真っ向から立ち向かってきた者の最期が、あれ程呆気ないものである筈がない。

 不服ながらも、ギルガメッシュは認め始めていた。あの黒き仮面の騎士が持つ戦闘センスは、自身の絶対的な力を覆し得る脅威になるのだと。

 

「…………ちっ、雨か」

 

 火災積雲。空へと立ち昇った煙が灰色の雲となり、街へと鎮火の雨を降らす。シュルシャガナが発した高熱は、皮肉にも空に雨雲を形成させたのだ。

 逆立っていた金髪が、雨に濡れて下ろされる。張り付いた前髪を煩わし気に掻きあげながら、ギルガメッシュは視線を巡らせる。

 

「───っ!」

 

 真後ろから発せられた殺気が背筋を刺激する。彼は慢心を緩めた。だからこそ、気付くことが出来た。

 煤と傷に塗れたヴィマーナ。その機体を覆う黄金が雨に濡れ、鏡面を作り出している事に。

 身を捩り、背後から放たれた光線を寸前で躱す。顔の真横を通過した光が、彼の右頬を僅かに焦がした。

 接近戦。息を吐く間も無く、銃剣の変形音と間断の無い足音がギルガメッシュの耳朶を打つ。

 近づかれては、こちらの勝機が希薄なものとなる。弾かれるように翻り、最短時間で宝具を射出する。

 

「──────」

 

 騎手はその身に少なく無い傷を負いながらも、生き延びていた。ビルの谷間を滑空する最中、拾い上げた鏡の破片を利用したのだ。

 一秒、瞬間、刹那。それらを等間隔で切り刻む。回避、迎撃、疾駆。切り刻んだそれらを動作に割り当て、彼我の距離を最短で詰める。

 そして、ヴィマーナの甲板にて。騎手はギルガメッシュへの肉薄を果たす。二度と訪れぬ好機を逃す筈も無く、脳天へ刃を振り下ろした。

 

「ちいいぃぃ……っっ!!」

 

 その一刀を、ギルガメッシュは咄嗟に手繰り寄せた剣でどうにか防ぐ。だが、至近距離における戦闘は、騎手の独壇場だった。

 刃と刃の拮抗を自ら解き、鎧に守られていない顔や関節部を徹底して狙う。絶え間ない剣戟を繰り返し、着々と追い詰めてゆく。

 そして、次々と繰り出される連撃に堪えきれず、遂にギルガメッシュの体勢が崩れた。逃げられぬように鎧の縁を掴み取り、喉笛を刺し貫かんと銃剣を振り上げる。

 

「──────」

 

 数多の駆け引きを乗り越え、騎手が目前にした王手。しかし、それは紙一重で凌がれた。

 ギルガメッシュは己の思考をヴィマーナの操縦に割いた。機体を斜めに傾け、刃を逸らしてみせたのだ。

 瞬時に体勢を立て直され、腹を蹴り飛ばされる。たたらを踏んで退くと、再び距離が開いてしまった。

 

【SHOOT VENT】

 

 それでも尚、騎手の攻勢は終わらない。寧ろ、これが本命であると言わんばかりにカードを切り、空に待機していたドラグランザーに呼び掛けた。

 跳躍し、引き金を引く。それと同時に、後方から青白い光が瞬いた。そして、龍の口を砲門とした灼熱光線が撃ち放たれる。制止していたヴィマーナに直撃する。

 

「──────」

 

 撃墜。しかし、空中戦を制した余韻に浸る素振りも見せず。騎手はドラグランザーの背に乗り、急転直下する。

 そこから、その仮面の下の双眸は、飛散した人型の落下物を一心に捉える。把握していたのだ。倒すべき敵が、まだ死んでいない事を。

 

「───エルキドゥッ!」

 

 騎手の見立ては正しかった。だが、怒号と共にギルガメッシュが切った手札は、騎手の想定の範囲外だった。

 射出された鎖が、その身を蜘蛛の巣のように張り巡らせ、即席の足場を作り出す。

 射出された鎖が、その身を蛇のように絡みつかせ、騎手とドラグランザーを雁字搦めに拘束する。

 

「はぁ……はぁ……っ」

 

 呼吸という生物として当然の行為。誰しもに与えられたそれを、人類最古の英雄は存分に謳歌する。

 王の威光を示す黄金の鎧。それは中の肉体をも巻き込み、半ばまで焼け爛れ。本来の機能を果たしていない。

 サーヴァントとして現界して以来、唯一無二の窮地。それを救ったのは、彼の唯一無二の友だった。

 

【STRANGE VENT───】

 

「───させると思うか?」

 

 彼の声色には、既に微塵の油断もない。無理矢理にカードを切ろうとした騎手に対して、更に鎖の本数を増やす。

 エルキドゥ。そう呼ばれた鎖がギルガメッシュの意に沿って、拘束を強めて行く。

 やがて、この状況を覆し得る召喚機を、騎手は敢え無く手放してしまった。

 

「認めよう、強き命よ。お前は滑稽な道化などではなかった。我が現世に呼ばれてさえいなければ、勝ち残っていたのは間違いなくお前だったであろう」

 

 あの娘に取り憑いた運命を払い除け、この聖杯戦争を止められていたであろう。

 それは、彼なりの賛辞だった。数々の苦境を乗り越え、この身を追い詰めて見せた好敵手への。

 半壊した鎧を脱ぎ捨て、ギルガメッシュは騎手を見据える。そして、己が持つ至宝を波紋から引き抜いた。

 彼が右手で掲げたそれは、剣とは呼び難い円柱のような形状を成していた。

 三つに分かれた円形の刀身が、それぞれ別方向に回りだす。その回転が、赤き暴風を生みだす。

 

「……この期に及んでも口を開かぬのか。……それとも、まだ諦めていないのか?」

 

「──────」

 

「四肢の自由を奪われて尚、戦いを止めようとせぬその執念。見事と言うべきか、哀れと言うべきか。……せめてもの手向けだ。この乖離剣を、死して拝せよ」

 

 周囲の大気を巻き込み軋ませながら、暴風はその密度を増してゆく。

 そして、ギルガメッシュは己が宝具の真名を叫び、乖離剣を振り下ろした。

 

天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)───」

 

 あらゆる物質、生命の存在を許さぬ死の奔流が放たれる。射線上の空間さえも切り裂きながら、微動だにしない騎手を目掛けて飛んで行く。

 最早、どう足掻こうと避けようの無い必然の死。最早、世界と世界を遮断する程の埒外の奇跡が起こらなければ、防ぎ得ぬ究極の一閃。

 

「──────」

 

 だが、それが騎手を呑み込む寸前。ほんの一瞬を先駆けて、手落とした召喚機が地面に激突した。

 言うまでもない些事である。落下の衝撃が、ストレンジベントによって変質したカードを発動させなければ。

 

【───TIME VENT】

 

 濁った機械音声が、淡々と言葉を紡ぐ。その瞬間。鏡の割れる音と共に、世界が停止した。

 上向いた時計の針が、左回りに遡行してゆく。秒針も分針も、指し示す数字を減少させてゆく。

 しんしんと降り注いだ雨が上昇し、雨雲へと還ってゆく。空を覆う雨雲が下降し、黒煙へと還ってゆく。

 焦土と化した筈の都市群が、本来の形を取り戻す。失われた筈の命が、何事も無く蘇る。

 溶断された筈の送電鉄塔が、本来の形を取り戻す。訪れた筈の暗闇が、街明かりよって掻き消える。

 脱輪した筈の貨物列車も、弾け飛んだ筈の雲も。何もかもが一様に巻き戻された。

 

「──────」

 

 過ぎ去りし時が、今この瞬間を流れる時が、有り得たかもしれない未来となる。

 タイムベント。そのカードが起こした現象は奇跡などではない。かつての城戸真司を苦しめた禁忌だった。

 それと同時に、あの進退窮まった状況を打破する、唯一無二の最適解だった。

 そして、騎手が黒い影から這い出た瞬間を以って、時間の逆行は終わりを迎える。

 

 

 建物が疎らになった郊外。騎手とギルガメッシュの戦いが勃発した場所。先刻との違いは互いの消耗だ。

 騎手は死の奔流の余波による負傷を、ギルガメッシュは真名解放の反動を持ち越していた。

 だが、前者は止まらなかった。崩れかけた四肢に鞭を打ち、腰のカードを引き抜く。

 

「貴様、よもやそこまで───」

 

【───FINAL VENT】

 

 

【挿絵表示】

 

 

 己の弱さから目を背けたまま、弱きを助け強きを挫くなどと、誰が言えようか。

 自らに念じた言葉と共に、騎手は……仮面ライダーリュウガは、残された最後の一枚を召喚機に装填する。

 やがて、けたたましいエキゾーストノイズが閑静な郊外に響き渡った。

 その音に数拍遅れ、膨大な熱量の爆炎がギルガメッシュへと炸裂した。

 




一話丸ごと戦闘に使ったのは今回が初めてですね。かなり急いで書いたので、描写が雑になっていないか心配です。
ついでに、前々から導入したかった挿絵を入れてみました。出来栄えはそこそこイケてると思うのですが、改めて見ると構図が挿絵っぽくない気も……。
何かしらの反応がいただければ、あと一枚くらいは描く気力が湧くかもしれません。執筆との同時進行がしんどかった(小並感)

それと、書き溜めを枯らしてしまったが故に、更新がかなり遅くなって申し訳ないです。
なので、恒例の書き溜め期間を設けたいと思います。年内に更新再開したいなあと思いつつも、どうなるかは分かりませんね……。

感想、アドバイス、お待ちしております。

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