連綿と続く線路の上を、鉄の車輪が廻って進む。心音のように規則的な振動が、閑散とした車内を揺らす。たった一人の乗客を乗せて、たった一両の電車は鈍行していた。
ゆっくりと流れて行く街並み。空一面を覆う、分厚い曇天。それらを全て反射する巨大な鏡のような水面。車窓の向こう側に広がる景色を、桜は虚ろな瞳で眺める。
「………………」
不可思議な点は共通しているものの、ここはミラーワールドではない。きっと、数ある虚数空間の一つなのだろう。そうでなければ、この体は既に消滅している。
桜は自らの魔術属性を思い返し、辛うじて憶測を立てる。己の影の向こう側に、このような世界が存在していたなどという予測までは出来なかったが。
「……真司さん」
あの、真っ暗な深淵にて。すれ違いざまに垣間見た、赫怒を湛える赤き双眸。膨大な熱量を揺らめかせて迸る、霊魂めいた青白い烈火。
あの、閉じて塞がれた世界にて。真司が何を覚悟したのか。それを思うと悲しかった。あんなものを見せてしまった自分が、恨めしかった。
「………………」
灼けつくような苦痛を強いてきた、心の臓に巣食う汚泥の呪い。そんなものは、この世界に来た時点で影も形もない。
自他諸共に破滅をもたらす、悪意に満ちた破壊衝動からの解放。そんなものと引き換えに失ったのは、掛け替えのないものだった。
「私が、私がもっとあれを使いこなせてたら」
私が、あの時にあの人に勝てていたら。ありもしない仮定を、もうあり得ない未来を想像し、桜は自己嫌悪に浸る。
左手を開いて裏返す。右手でそれに爪を立てた。指の隙間から覗く甲には、何も刻まれておらず。桜は戦う資格すら失っていた。
後悔の念を抑えきれず、強く突き立てた爪で皮膚を深く抉る。しかし、令呪の代わりに滲み出てくるのは赤い血だけ。
「───っ」
それが、手の甲を伝って床に滴り落ちた瞬間。桜の自罰を咎めるように、電車が大きく揺れた。咄嗟にポールに捕まって、振動をやり過ごす。
それは、刻一刻と過ぎ去る時間における、初めての起伏だった。そして、代り映えのしない空間に変化をもたらす予兆だった。
一面に敷き詰められた雲の天蓋。空を塞ぐ高密度の層が光を透過し始めた。やがて、雲間から太陽の如き黄金が姿を現す。
「あれ、は…………」
仄暗い光景を塗り潰すような圧倒的光源に、桜は見た。何十万人分にも及ぶ、莫大な生命力の結晶を。
その結晶が粉々に砕け散った瞬間、桜は悟った。彼は、あの黄金のサーヴァントを殺したのだと。
光の残滓が落下し、水面がそれを受け止めた。サーヴァントの魂を吸収し、光の反射率が上昇する。
更に明瞭な輪郭を映し始める鏡面。それとは対照的に、桜の視界はぼやけ始める。
「真司、さん」
彼の綺麗な手を、自分の手で汚してしまった。もう、後戻りの出来ない所まで押し出してしまった。
瞼きつく閉じて、溢れる涙を堪えようとする。だが、際限なく氾濫する感情を留めることは困難だった。
「ごめんなさい……ごめんなさい、ごめんなさい」
高架線の上を、一両だけの電車が走る。延々と続く線路に沿って、鉄の車輪は回り続ける。桜は悲しみに歪んだ顔を両手で覆い隠し、上ずった声で謝罪を繰り返す。
己の代わりに、酷烈な道へと進んで行ってしまった大事な人へ向けて。己の代わりに、怪物の役を買って出た仮面の騎士へ向けて。
嗚咽が漂う車内。その電光掲示板に光が灯る。横に流れるアナウンスには、こう記されていた。
火の粉の弾ける音が、夜の静寂を断続的に揺らす。青白い炎が揺らめいて、亀裂だらけのアスファルトを照り付ける。
戦いは終わり、立ち塞がる者は跡形も無く灰燼に帰した。燃え盛る道の延長線上に、死闘を制した者が佇んでいた。
「──────」
大きく息を吸う。熱された空気が肺の中を漂う。大きく息を吐く。熱された呼気が外気に混ざる。
深呼吸。ただそれだけの動作で、こみあげようとする疲労感を一切合切に断ち切った。
黒い仮面の騎士……リュウガは周囲の炎から寒空へと視線を移し、先刻の激戦を回想する。
ギルガメッシュ。禁忌に頼らざるを得ない程の強敵だった。だが、脅威に見合う報酬はあった。
彼が持つサーヴァント三騎分の魂だ。その規格外の容量は、リュウガの計画を大きく前進させたのだ。
「──────」
夜闇へと溶け込むように回遊する黒い龍を見上げ、リュウガは思考を巡らせる。
目的の完遂に必要なサーヴァントの魂は七つ。問題は、残りの四つを誰から奪うか。
敵の脅威度に秤を掛けて、リュウガは次に排除すべき標的を思い浮かべた。
それと同時に、ドラグランザーが超高密度の魂を消化し終え、満ち足りた曖気を漏らして鏡の中へと消えてゆく。
最早、このような場所に用はない。そのまま、踵を返して戦場跡を立ち去ろうとした。
「───シン、ジ」
だが、リュウガの足は背後から投げかけられた声によって急停止する。徐に振り返ると、少し離れた距離にライダーが居た。
切創、刺創、裂創。ありとあらゆる傷が、彼女の身体には刻まれていた。更に、露わになった素顔が示している。眼帯を生成する魔力すらない事を。
満身創痍。彼女の容態は、その一言で片づけられる。今も尚、存在を保っていられる理由は、彼女の使命感の賜物だった。
「サクラとの、契約が……繋がりが、切れました。あの子は───」
桜の安否を尋ねるために、問いかけた瞬間だった。銃剣から放たれた光線が、ライダーの足を穿ったのは。
甲高い銃声、鈍い落下音。その奇襲を躱す事も、反応する事すら出来ずに仰向けに倒れ込む。
激痛と驚愕が閉じていた目を見開かせる。そうして初めて、ライダーは黒く染まった彼を見た。
その姿から想起するのは、桜の黒い影。仮面の隙間から覗いている、鋭く吊り上がった双眸が彼女を射抜く。
「───無事だよ、あの子は。それに、もう戦わずに済むんだ。だから何も心配しなくていい」
だが、あれと似通っているのは、その身に纏った漆黒だけ。無差別に害を撒き散らす影とは対照的に、その害意には確かな指向性があったのだ。
底冷えするような、抑揚のない声で返答が発せられる。アスファルトの破片を蹴散らしながら、リュウガは倒れたままのライダーへと歩み寄って行く。
「だったら、何故……っ!」
「言っただろ、もう戦わずに済むって。だったら、あんたがこの世界に留まる理由は無いじゃないか」
あの子を助けたいっていうあんたの願いは、俺が代わりに叶えればいいんだから。そう言い、リュウガは銃剣の照準をライダーに合わせた。
引き金に指はかけていない。この場で有無を言わさず排除するのは、これまで桜を守ってくれていた彼女に対する不義理を意味する。
だからこそ、リュウガは無駄を承知の上で目指す。ライダーと桜の契約の、円満な締めくくりを。それこそが、彼なりの誠意だった。
「……まあ、あんたには教えてやる。俺の目的は、あの子を───」
リュウガは語ろうとした。どういった手順で桜を救うか、そのために必要なものが何なのかを。
納得して魂を差し出してくれるように、ライダーへ順序立てて説明をしようとする。
しかし、彼が見出した最適解を言い終えるまでも無く、続きの言葉は遮られることとなる。
「───仮に、それが叶ったとして……その後、貴方は、どうなるのですか」
「……俺の代わりなんて、あの子が望めば幾らでも用意できる」
この期に及んで、彼女は何を訝り何を案じるのか。リュウガの返答を受け、ライダーの表情が歪む。
宝石にも似た瞳が映す色は、納得には程遠い難色。小刻みに震える四肢は、抗議の意を示していた。
「だとしても、サクラの望みは、貴方が居なければ、成り立たないっ。サクラの居場所は、貴方の隣にしか……っ」
「俺は、その状況が耐え難い。……自分の居場所を、他の誰かに求めている奴の執念は固い。だけど、その執念を支えている心は、それ以上に脆いんだよ」
そんな危うい状態のまま、数多の危険が犇めくなか、現状維持を良しとすればどうなる。答えはただ一つ、今までの焼き直しだ。
あの少女は、再び後戻りの出来ない道へと足を向けるだろう。たった一人のために壮絶な道へ進んだ者を、その悲惨な末路を、リュウガは知っている。
「それ、は」
故にこそ、リュウガは渇望するのだ。あの少女が、他の誰かに依存する事なく、強く笑って生きてゆける。そんな当たり前の未来を。
故にこそ、城戸真司は受け入れたのだ。己の弱さを心の内に封じ込め、望む未来への最適解を導き出す。そんな自らの鏡像を。
「あんたが魂を差し出せば、残りは三つだ。明日の夜には、この馬鹿げた茶番も終わらせられる。だからさっさと……」
終わりを受け入れろ。リュウガはそう続けようとしたが、彼の口は途中で動きを止めた。
仮面の中の双眸が、微かに見開かれる。その視線は、一筋の涙に注がれていた。
銃剣の持ち手を握り締め、ライダーへ向けた照準を維持する。間違っても、下ろしてしまわぬように。
「……確かに、貴方が言う事も一理ある。……今にして思えば、私たちは、心が脆かったんでしょう」
他の誰かに縋らなければ、生きていく甲斐を見出せない。酷烈な日々の中で摩耗し、心を失った怪物となる。そんな共通点が、桜とライダーを引き合わせたのだ。
だとしても、彼女は頷きたくは無かった。少女の記憶の中での優しい日々が、あの屈託のない笑顔が。切り捨てるべき間違いなどという事を。
「そんな目で睨みつけてくるな。引き金が重くなるだろうが」
「……っ…………っ」
拒絶的に吹き荒ぶ冬の風。視線と視線が交錯する。ライダーの魔眼が、最後の抵抗と言わんばかりに虹彩を瞬かせる。
だが、マスターとの契約を打ち切られ半死半生となった彼女の瞳には、リュウガを止めるだけの力は残されていなかった。
「俺は、絶対に止まらない。一度でも足を止めれば、あの子はもう後戻り出来なくなる」
仄かに揺らめく残り火の中で、リュウガは誓う。あの少女が、被害者から加害者に変わらぬように、聖杯戦争を潰す。その為だけに、この身を捧げると。
引き金に指を掛け、指先に神経を集中させる。彼女の潤んだ瞳から一切目を逸らさず、この手で殺す恩人から一切目を逸らさず。
「……悪いなライダーさん。あんたの魂は絶対に無駄にしない。だから、大人しく消えてくれ───」
サーヴァントの魂が、また一つ増える。止まらない理由が、また一つ増える。
その事実を受け止めながら、リュウガは銃剣の引き金に指の力を込めた。
しかし、銃口が光線を撃ち出す直前。横合いから介入し、介錯を阻む者が現れた。
「──────!」
それは、居合わせた者すべてを薙ぐような突風だった。それは、ライダーに負けず劣らずに傷だらけの赤い龍だった。
轟々と吹き荒ぶ一陣の風。視線と視線が交錯する。リュウガの目の前を横断し、勢いを保ったまま夜空目掛けて飛んでいく。
「……………………」
突風が通過した地点を見やる。だが、そこに残されたものは夥しい血溜まりのみ。
ライダーはその身柄を捕らわれ、姿を消していた。目線を空へと、みるみる小さくなる赤い点へと移す。
ドラグレッダー。あの龍が彼女を攫ってゆくまでに、仕留める猶予は存分に残されていた。
だというのに、引き金に触れた指は微塵も動かず。その原因は何処にあったのか。
「……今回だけは見逃してやるさ。俺も、あの人を撃つのは、ほんの少し嫌だった」
平坦な声が虚空へ溶けていく。誰に向けたわけでもない、自分自身へ向けた言葉だ。
ライダーを撃てなかった原因。それは、魔眼の力でもドラグレッダーの介入でもない。
己の内側に封印した筈の現身だ。それこそが、リュウガの指先を止めたのだ。
「だが、お前は俺を受け入れたんだ。……付き合ってもらうぞ。最期まで」
まだ、こちらのカードは使い切っていない。まだ戦える。己の意思を確認するように、左手を開いては閉じる。指先の強張りは解けていた。
神崎優衣は既に死した者であるが故に、自らの消滅を受け入れた。だが、間桐桜は彼女とは違い、まだ生きている。自らの生存を望んでいる。
リュウガが戦いに臨む理由が有るとするならば。城戸真司が自らの鏡像と一つになった理由が有るとするならば。二人の違いにこそ有るのだろう。
冬木の地を取り囲む山々。丁度、都市全体を見渡せるような中腹に、その展望台は有った。
転落防止用の柵に、命知らずなヤンキー座り。人っ子一人居ない展望台に、槍兵のサーヴァントは居た。
街灯の明かりを反射し、鈍い光を放つ紅槍。肩に掛けた得物と同様に、彼の瞳は爛々とした光を湛えている。
「──────」
ランサーの視線は、深山町の郊外に佇むリュウガを捉えて離さない。何故黒くなったのか、赤い方はどうなったのか。そのような疑問は、彼からすれば些末事だった。
これから勃発する戦いを最後まで見届け、結果を報告しろ。いけ好かないマスターからの命令で、渋々この場所を訪れた。そして、彼は目撃したのだ。
「……すげえもん、見ちまったなぁ」
黄金の英雄王と暗黒の龍騎士による、凄まじき死闘を。あの戦いの余韻から抜け出せず、ランサーは感嘆を声に出す。
黄金の波紋から、惜しみなく吐き出される宝具。それらを淡々と捌き続ける、類い稀な戦闘能力。あれは、紛れも無くこの聖杯戦争におけるベストバウトであった。
そして、極めつけは時間の巻き戻しだ。天と地を分かち、世界を切り裂く程の一閃を、世界そのものを巻き戻す事によって凌いでみせたのだ。
境界記録帯、ゴーストライナー。サーヴァントとは、時間を超越して召喚される存在だ。だからこそ、彼らの存在そのものは時間の干渉に影響を受けず、それを認識できる。
「……俺たちの性質が、勝敗を左右したって訳か」
もしも、サーヴァントがこの時代に根ざした存在だったならば。戦いの消耗さえも巻き戻り、リュウガは敗れていたかもしれない。
盤石の上での快勝なのか、薄氷の上での辛勝なのか。いずれにせよ、冬木の地に召喚されたサーヴァント達には知れ渡ってしまった。
今この瞬間に流れる時を巻き戻す。約束された勝利を、あり得た未来に変えてしまう。そんな理不尽の権化が現れたという事実を。
「横取りされる前に、仕掛けられれば最高なんだが───」
『───ランサー。あの男は……ギルガメッシュはどうなった』
極上の馳走を前にしているというのに、途轍もなく厳重な足枷が駆け出すことを許さない。
己のマスターから繋げられた念話。彼の声色に、ランサーはそのような感想を抱いた。
届きもしない舌打ちを、思わず鳴り響かせてしまう。己の得物を弄びながら、不服げに念話に答える。
『……おう、負けちまったよ。見た目やら戦い方やらもなんだが、散り様もド派手な奴だった』
一つ前の聖杯戦争にて、契約を結んだらしいサーヴァント。綺礼とギルガメッシュが共犯者だったと知ったのは、ほんの数日前のことだ。
あの唯我独尊の化身に対し、如何なる方法で協力を取り付けたのか。その隠されてきた十年越しの共闘関係も、今宵を以って終わりだが。
『そうか、あれに敗れたか』
匹敵しうると、警告はしたのだがな。ランサーのマスター……綺礼の声音が険を帯びる。
だが、念話によって告げられた訃報に対して、憤る事も取り乱す事もせず。ただ、溜息をつくのみ。
いけ好かない鉄面皮の崩壊を期待していたランサーとしては、釈然としない反応であった。
『連れが木端微塵になったってのに、淡白だねぇ……。今頃、黒龍騎のペットの胃袋に居るあいつが知ったら、どう思うのやら』
『…………何? どういうことだ』
反応を窺うように、何気なく放った煽りの冗句。それを受けた綺礼の声に困惑が混ざり始めた。
唐突な反応の変化に伴い、相手は詳細な報告を求めてくる。怪訝に思いながらも、ランサーは求めに応じた。
決着と同時に、打ち上げられた魂と思しき発光体。それを、リュウガのドラゴンが喰らったのだと。
『……成る程、潰すためのアプローチを変えてきたということか』
器と中身の二者択一。あの仮面の騎士は、前者を破壊するのではなく、後者を横奪する事を選んだのだ。綺礼は一人で納得し、同時に思案する。
あのイレギュラーを排除するタイミングが、今この時なのか否か。この機を見逃し、他の陣営と共に奇襲を仕掛けるべきか否か。
『……奴は、どの程度消耗している』
『あ? あぁ~っ……。余波とはいえ、あの金ピカの宝具を食らったんだ。万全には程遠いだろうぜ」
彼の内心など与り知らぬものの、ランサーは綺礼の微かな躊躇を看破していた。尚且つ、他の陣営と仲良しこよしで手を組み、リュウガに戦いを挑むつもりなどなかった。
挑むのなら、たった一人で。それこそが戦士としての矜持であり、
常識的に考えれば、何処へなりとも逃げ延びて身を潜め、体力の回復に努めるべきだろう。だというのに、リュウガは更なる戦いを求めている。
『──────』
腹の底から湧き出す滾りを押し留め、駆け出そうとする衝動を踏み留めるのに精一杯だ。
死力を尽くしてなお余りある戦いが、召喚に応じた理由が。淀みのない足取りで近づいているというのだから。
誰が予想できただろうか。神代の英雄をも下す最高峰の強者が、神秘の薄れたこの時代に居たなどと。
誰が予見できただろうか。全霊を以って鎬を削るべき相手が、過去の英雄ではなく現代の只人などと。
『──────』
今はただ、相手の判断を待ち耐え忍ぶ。もっとも、このマスターが期待に沿う命令を下したことなど一度も無いのだが。
もしも、撤退させて多対一を仕掛けるつもりならば手を抜くかもしれない。一対一の死闘の為ならば利敵行為を考慮してしまうほど、ランサーは滾っていた。
『───現状を鑑みて、効率的なお前の運用方法があるとすれば。令呪の行使に他なるまい』
『…………!』
だが、数十秒間の沈黙の末。綺礼は命令権の使用に踏み切った。令呪を行使したとしても、主従の意思が合致していなければ効果は薄まる。
同様に、戦いの中で齟齬が生じるだろう。意思と命令の板挟みによる、致命的な齟齬が。それを、あの冷徹な戦士が見逃すかどうか。
『令呪を以って命じる───』
丁か半か、伸るか反るか。ランサーは運否天賦に身を委ね、博打などに縁もゆかりもないであろう聖職者の言葉を待つ。
令呪とは、サーヴァントからすれば、この身を縛る邪魔な鎖だ。マスターからすれば、裏切りを未然に防ぐためにある最後の砦だ。
『───己が持つ総てを擲ち、目下最大の敵を撃滅せよ』
だが、主従の意思が噛み合い一致した瞬間。主人の願いと従者の願いが重なった瞬間。それはある意味で、極小規模の願望器となり得るのかもしれない。
展望台から山麓目掛けて跳躍しながら、そのような考えが脳裏をよぎった。踏み切った衝撃によって歪んだ鉄柵が、射出された槍兵を見送る。
「───ははは……っ! 日和見はもうたくさんみたいだなぁ言峰ぇぇっっ!」
令呪の後押しを受け、極限まで強化されたサーヴァント。そして、放てば最後、相手の心臓を必ず刺し穿つ因果逆転の槍。
これをギルガメッシュとの戦いによって消耗した敵にぶつければ勝てると踏んだのか。どのような魂胆だろうが知ったことか。
くそったれなマスターの、史上最高の命令。それに対して哄笑を上げ、狂喜を携え。クランの猛犬は限界を超えた速度で戦場へと消えてゆく。
そうして、晩冬の夜は朝を迎える事無く。闇は更け殺し合いは連なった。これまでの停滞を取り戻すかのように、粛々と。
まあ、一年以上の更新の停滞は取り戻せそうにないんですけどね。前話で燃え尽きてたら一年も過ぎてしまいました。
HF第三章の上映も終わっていたので、ひっそりこっそり更新。次話は仕上がり次第更新するか、書き溜めるか考え中。
感想の返信もほったらかしでほんとすいません。がっつり目は通しているので許して……。