「もしかして……紗夜よりも日菜の方がギター上手くないかしら?」
突如としてスタジオを凍り付かせる発現が飛び出した。
「え?友希那?いきなりどうしたの?」
今井さんが驚いた様子で湊さんに問い掛けている。
「……」
私はと言うと、あまりの出来事にただ2人の事を見つめる事しか出来ずにいる。
「いえ、前にTVでパステルパレットのライブの放送を見たのよ、その時に何となく紗夜のギターより上手だと感じたから……」
何となく?湊さんにしては随分歯切れの悪い物言いですが……。
「そうですね、確かに日菜のギターは技術も表現力も数段上……それは紛れもない事実です」
「紗夜……」
私の発言に今井さんが困った顔になる。
「でも!いつか必ず、私は私だけの音を見つけ……」
「もういいわ、紗夜?貴女とは今日でお別れよ……明日からは貴女がパステルパレットに所属しなさい?」
「え?」
湊さんが何を言っているのか分からなかった……これまで一緒にやって来た信頼を寄せるに足る人物だと、全てを委ねることが出来る人だと……心の底から尊敬できると思っていた……そんな人の口から、私の理解の遥か向こう側の言葉が飛び出したのだ。
「その代わり、明日からロゼリアのギターは……」
信じられない事だったが、私にはこのあとの展開が予想できてしまった。
「お姉ちゃん!パスパレの事宜しくね!」
私の脳の処理能力を置いてきぼりにして、話は光の速さで進んで行く……。
「み、湊さん?」
「ウ〜ン、まぁ日菜が来るなら大丈夫だよね☆」
語尾に星まで付けて、この事態を納得してしまう今井さん……。
「はいコレ!皆には絶ぇ〜っ対バレちゃダメだからね?」
日菜から手渡されたのはブルーを基調としたフワフワとした衣類であった。
「無理……そんなの無理に決まってるじゃない!!」
無意識に声が大きくなる。
「え〜もしバレたら……私……もう2度とお姉ちゃんに会えなくなるんだよ!?」
「な!何を訳の分からない事を言っているの?」
「紗夜?これはもう決まった事なの、貴女がこの話を断れば2人は永遠に離れ離れになる……それでもいいの?」
現実味が皆無なこの話題、しかし湊さんの表情は至って真剣そのもの……本当によく分からないけどこの話が事実なんだと言う事は理解出来た。
「それじゃあ紗夜……また機会があったら会いましょう」
「……あ、あの……氷川さん……学校では普段通りで……」
「紗夜……さんパスパレでも頑張って大いなる闇の力をえーとぉアレしてぇドーンとお願いします!」
宇田川さんと白金さんに見送られ、私はパステルパレットの所属事務所の前に来てしまった。
「本当に……やるしかないの?」
つい不安を口にしてしまう、未だに現実味は無く実感が湧かない。
日菜から貰ったウィッグを装着して事務所の門を叩いた。
実際には鉄製の扉である。
「あっ!日菜ちゃん!遅刻だよ〜」
ふわふわピンク担当の丸山さんが駆け寄って来た。
「……えぇーとぉ……ご!ごめんごめーん!ちょっとお姉ちゃんの所行ってて遅れちゃったー♪」
生まれて初めて甲高い声を出す……。
皆さんの反応はどうかしら?
「そ、そうなんだ……」
「ふへへ、日菜さんらしいですね?」
「遅れて現れるのは宮本武蔵みたいですね?流石です!!」
「うふふ、それじゃあ練習始めるわよ?」
4人の反応は悪くなさそうだった。
声でバレるか心配だったけど……今の所は大丈夫そうね?
そして、近々ライブがあると言うパステルパレットの練習が始まった。
「……」
譜面を見て愕然とした、expertでレベル24?ロゼリアでは考えられない程レベルの低い曲だったのだ。
でもまぁ、これなら私でも日菜と同じレベルで弾けるはず……。
…………
……
練習を始めてから2時間が経った。
「それじゃあ休憩にしよっか?」
リーダー丸山の提案で30分程の休憩をする事になった。
「ふぅ〜疲れたぁ〜日菜ちゃんは今日も絶好調だね☆イェイ」
「は?」
何がイェイなの?
「日菜ちゃんならきっとMCもこなしちゃうんだろうなぁ?」
MC……ロゼリアでは湊さんが少しだけやっていましたが、私には到底無理な事、愛想良く話す事なんて出来ないわ……。
「今度のライブ!宜しく頼んだよ!!」
少々強めに肩を叩かれる。
「え?あの……丸山……彩ちゃん?それってどう言う事?」
私の問い掛けに、丸山さんは眉を八の字に曲げて首を傾げている。
「えー?今度のライブのMCは日菜ちゃんがやりたいって言ったんでしょー?も〜忘れちゃったのー?」
そんな……。
「え、えへへ、冗談だよーちゃんと覚えてるよー」
馬鹿な事……。
「日菜ちゃんの一発ギャグ、楽しみにしてるわよ!」
白鷺さんがとんでもない事を言い放つ。
「えぇ!?アイドルで一発ギャグ?」
「え?日菜ちゃん?貴女がやりたいって言うから事務所の許可を得て告知までしたんじゃないの?」
日菜……あなた……なんて馬鹿な事を……。
私は眩暈がして床にへたり込んでしまった。
その後の練習は全く覚えていなかった。
パステルパレットの皆さんは日菜の口数が少ないとか、るんって来ないの?とか言っていた様な気はしますが、私の頭には明日のライブの事しか無かった。
「日菜!!日菜!!」
私は家路に着くと早々に日菜の部屋を力強くノックした。
「なぁに?お姉ちゃん?もう夜も遅いよ?明日のライブに差し支えるよ?」
「黙りなさい!一発ギャグってどういう事?」
私の怒号に対しても日菜普段と変わらない様子で答える。
「そうだった!はい!一発ギャグはコレで宜しくね!おやすみなさ~い」
有無を言わせずに日菜は扉を閉めてしまった。
「……」
私は日菜から渡された紙切れに目をやる。
「これは!!」
その内容に、私は驚愕する事しか出来なかった。
そしてライブ当日……。
「こんな……」
今まで見たことも無いほどの人の数だった。
「うぅ、緊張するよ〜」
丸山さんは手のひらに入という字を書き続けている。
「凄いです!お客さん超満員大入りですね!!一人一殺です!!」
「ふへ!?イヴさんそれは使い方が違うと思うッス」
使い方以前の問題だと思うけど……それにしても多いですね、4階席まですし詰め状態なんて……。
日菜はいつもこんな舞台で演奏しているのね……。
「負けられない……」
そして、丸山さんのMCと共にライブが開催された。
「それじゃあ最初の曲!行っくよー!!」
「……」
演奏は問題ないわね、私だってアイドルとして通用するのよ!
問題は……。
曲は進み最後の曲が終わった。
「はい、日菜ちゃん!頑張ってね!」
とうとうやって来てしまった。
「……」
覚悟を決めるのよ紗夜!今の私は明るく元気な天才少女日菜なのよ!!
覚悟を決めて大きめな深呼吸をする。
「みんなー!!今日は私達パステルパレットのライブに来てくれて、ありがとねー!!皆の声援がすっごく響いて!私最高にるんって来ちゃったよー!!」
「「「「「うおぉぉー日菜ちゃーーーんぎゅいーん!!!!」」」」」
マイク越しの私の声を掻き消すようなファンの声……。
これなら大丈夫!私はやり通せる!!
「今日は皆に見てもらいたい、いっ、一発ギャグをやるから!最後まで見て言ってねー!!」
私がマイクを丸山さんに手渡すと、舞台袖からスタッフの方が現れて準備をする。
小さな机の上には超絶山盛りポテトフライ……。
まさか私の大好物の早食いを披露する事になるなんて……一発ギャグと言えるのかは疑問だけど、日菜……貴女らしいわ
私が机の前に立つと、スポットライトが私を照らす。
会場が固唾を飲んで私を見守っているのがわかる。
「……」
私は食べた、食べて食べて食べまくった。
いい塩梅の塩加減に食欲は高まり、食べるスピードも自然と速くなって行く。
会場には私の咀嚼音だけが響く異様なムードとなっていた。
そして、1kgにも及ぶポテトの山も最後の1本となった。
最後の1本が一番美味しいことを私は知っている。
「はむっ……」
想像通り、最後の1本は何物にも変えがたい……。
「ご馳走様でした」
「「「「「「うおぉぉー!!!」」」」」」
私が軽くお辞儀をした刹那、ファンの歓喜の叫び声が会場を埋め尽くした!!
私は言い知れぬ達成感から安堵のため息と共に、ウィッグを無意識に外してしまった。
「はっ!?」
しまったと思ったその時、私の想像だにせぬ事態が起こった。
「「「「「うおぉぉーおぉぉ!紗夜お姉ちゃーーーん!!!」」」」」
「へ?」
「やったね!紗夜ちゃん!」
「ふへへ、日菜さんのモノマネ、似てましたよ?」
「まぁ、声は流石にバレバレだったけどね?」
「紗夜さん!ブシドーです!!」
パステルパレットのメンバーからよく分からない賛辞をうけたが、イマイチよく分からない……。
「お姉ちゃん!!!」
舞台袖から何故か満面の笑みを浮かべた日菜が看板を持って現れた。
「日菜……あなた……」
その看板にはどこかで見たようなデカデカとした文字でこう書かれていた。
ドッキリ大成功!!
私の意識はそこで途絶えた……。
「お姉ちゃーーん」
それから1週間後、件の番組が放送された。
「全く、湊さんも湊さんです!何故一言も教えてくれなかったのですか?」
「日菜に頼まれて仕方なく……」
「まぁまぁ、ドッキリのネタバレとかしないでしょ?普通?」
「そうですよー、それに出演料だって結構出たんですよね?」
私は放映の許可を出した、お金目当てでは無かったが、新たな機材の購入資金が出たのは嬉しい限りではある。
あの放送がきっかけで姉妹でテレビ出演の話も来ている。
もちろん私は受けるつもり、日菜の笑顔とポテトを守るために……。
〜完〜
最後まで気付かない人がいただろうか?