忠犬ハチ公 ハチマン   作:八橋夏目

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2話

 さっぱり言ってることが理解できない会議も終わり、近場のトキワシティへと向かった。

 

「ハヤマ先輩たちも旅に出ちゃったし、暇だなー」

 

 一度、オーキドのじーさんのところに顔を出すのもありかなーと考えていると、ふと亜麻色の髪が靡いた。

 別に知り合いとかそういうわけじゃない、と思う。

 だが、何故か目が引き寄せられてしまった。

 

「………トキワに来てもポケモンがいないから何もできないってのに…………」

 

 その女の子はぶつくさと文句を言いながら遠く離れていく。

 

「………ほんとに彼はどこへ行ったしまったのかしら」

「すまぬ………、我が目を離した隙に」

 

 …………こいつらもトキワに寄ったのか。

 

「…………家に、帰っているとも思えないけれど……………」

「…………そもそも家を知らぬ」

「そうね、取り敢えず私は東を探すわ」

「相分かった。西は任された」

「では、一週間後クチバの港で」

「うむ」

 

 どうやら二人で俺を探しているらしい。

 昨日はザイモクザが一日付き纏ってきていたが、トイレを行くフリをして逃げた。そして今日、目深い帽子を被りマントを羽織ってセキエイのポケモン協会に顔を出したというわけだ。

 あいつらには悪いが、今俺が討伐部隊に加わっていることがロケット団に知られるわけにはいかない。恐らくロケット団内ではすでにマークされているはずだ。そんな奴が普通にいたら、警戒して尻尾を出すとは思えない。つーか巻いて逃げるまであるね。

 取り敢えず、ユキノシタはフォレトスに、ザイモクザはレアコイルに乗って飛んで行った。これで俺は自由の身になったのだ。

 

「きゃあっ?!」

「お前ら! それ以上近づけばこいつの命はねぇぞ!」

「………な、なななんぐっ?!」

「しゃべるなっ!」

「んんっ!」

「その子を離せ、ロケット団!」

 

 ほら来た。

 早速過ぎてすげぇ笑える。

 今日は一体何が目的なんだよ。そもそもこの前のスクール襲撃だって目的がさっぱり入ってこない。赤髪の女は行方が分からないし、今日も今日とて別のロケット団が騒ぎを起こす。

 これはサカキへのアピールなのだろうか。

 オレたちはここにいる。アンタの帰りを待っている。

 そんな感じなのかもしれない。

 

「ポケモン協会です! 皆さん離れて下さい!」

 

 あれは……………。

 

「轆轤回し………」

 

 あいつらもトキワに降りたのか。

 ふっ、丁度いい。あいつらの実力とやらを見せてもらおうじゃないか。

 

「カポエラー、トリプルキック!」

「エアームド、ドリルくちばし!」

 

 頭の一本角と尻尾を活かした特有の技、トリプルキック。

 にどげりやダブルアタックといった二撃技、みだれづきのような連続で出し続ける技は多数存在するが、三撃技というのはこの技くらいだろう。それも覚えるのはカポエラーのみ。後はメタモンやドーブルといったコピーができる奴らだけ。

 だが、そんな特有の技もエアームドという鋼を備えたひこうタイプにはそれほどダメージになっていない。逆に技を出し終わった直後を狙われているまである。

 

「「「ズバット!」」」

「「「ゴルバット!」」」

 

 あ、反撃が来る。

 

「「「「「「ちょうおんぱ!」」」」」」

 

 敵は六人。

 六人それぞれがズバットないしゴルバットを連れている。

 チームタマナワの他の奴らもラッタ、ドードリオ、マグマッグを出していたが、全てちょうおんぱにより混乱状態に陥ってしまった。

 

「戻れ、カポエラー! ゴローニャ、ころがる!」

 

 轆轤回しはカポエラーを引っ込めるとゴローニャを出し、そのままズバットたちへと突っ込んでいった。

 だが、無理だ。相手は飛んでいる。ゴローニャでは届かない。

 

「使えねぇ………」

 

 どうせやるなら地面にクレーターを作ってから転がれよ。それだと届く可能性もあるし、空中で岩でも飛ばしてやれば、たちまちズバットたちの動きを封じられるっていうのに。

 

「仲間も仲間だな。チームとか言いながら個人プレーじゃねぇか」

 

 連携も何もあったもんじゃない。

 リーダーが轆轤回しとするならば、一人くらいはそのサポートに回ったっていいだろうに。

 これでは余計にロケット団を刺激しただけである。

 

「邪魔だ、どけ」

 

 仕事を増やすな。

 何もできないなら何もするな。

 

「…………吸え」

 

 ロケット団の背後から黒い穴が開き、次々と吸い込んでいく。人質となっている亜麻色髪の少女ともども。

 俺、今超イラついてんな。ロケット団に対しても、この役立たずどもに対しても。

 

「ご苦労さん」

 

 だが、穴からは少女のみ排出され、俺はそれを受け止めた。ぐっすりと眠っている少女はムニャムニャと寝言を言っている。これなら人質になったことも夢の話で済むかもしれない。

 あえて寝かせることで、記憶を曖昧にしてやる方が本人にとってもいいだろう。スクールの時と同じだ。

 

「初のお姫様抱っこが見知らぬ女の子ってか」

 

 手にしな垂れる亜麻色の髪はさらさらしている。

 ふと、彼女の首にペンダントがぶら下がっているのに気付いた。中は透けており、綺麗な丸い石が入っている。

 

「妙な能力だな」

「ッ!?」

 

 この声………ッ。

 さすがジムリーダー。騒ぎを聞きつけやってきたか。だが、もう終わったぞ。

 

「騒ぎを聞きつけて来てみれば、痕跡一つ残っていない。お前………、何者だ………!」

「…………………」

 

 つくづく声が似ていると思う。

 自分に問い詰められているような気分だ。

 

「リザードン」

 

 これはヤバいな。完全に危険視されている。

 

「………………チッ」

 

 別にグリーンにこの少女を渡しても問題はない。

 オーキドのじーさんの孫であり、初代図鑑所有者にしてトキワジムのジムリーダー。信頼を置ける相手ではある。

 だが、個人的に言えば気に入らない。

 

「………出てこい、リザードン」

 

 亜麻色の髪の少女をお姫様抱っこしてるおかけで、ボールを取り出せないが、黒いオーラが全てやってくれた。

 

「………お前もリザードンを連れているのか。ならば遠慮はしない。リザードン、だいもんじ」

 

 『大』の文字の炎がこちらに押し寄せてくる。こっちには少女がいることを忘れたわけではあるまい。俺がどうにかして防ぐと見越してのことだろう。

 仕方ない、乗ってやるよ。

 

「ドラゴンクロー」

 

 竜の爪で炎を切り裂き、一気に詰め寄った。

 

「かみなりパンチ」

 

 懐から電気を纏った拳を掬い上げ、顎にクリーンヒットさせる。

 

「ほのおタイプの技以外にも精通しているのか。だが、こっちの炎はどうだ?」

 

 あん?

 こっちの炎って何だよ。

 

「リザードン、ブラストバーン!」

 

 グリーンの指示に従い、リザードンが地面を叩きつけると地面から炎の柱が次々と立ち昇った。

 知らない技だ。

 躱そうにも動きようがなかった。

 

「いくらほのおタイプといえど、究極技の前では為す術もない」

 

 確かにこれはヤバい。

 究極技というだけのことはある。

 だが、まだ倒れちゃいない。

 

「………っ!? あれを、耐える………のか………!」

 

 煙を上げているが確かにリザードンは立っている。

 これならいけるだろう。

 

「リザードン、腹の中の炎を全てエネルギーに変えろ。エネルギーは全て腕に流せ。………………そのまま地面に叩きつけろ、ブラストバーン!」

 

 技の出し方はとてもシンプルである。

 一目でどういう出し方をするのかは理解できた。

 だが、それだと究極技と称される謂れがない。

 物は試し。使ってみるのが一番いいだろ。

 

「なっ………ブラストバーンだと!? キワメさんから究極技の指導を受けていたのか?!」

 

 おーおー、驚いてる驚いてる。

 こいつのこんな顔を見れるのは貴重なことだろう。

 

「………いや、見様見真似か。威力が全く足りてない」

 

 デスヨネー。

 やっぱ究極技っていうだけのことはあるわ。

 技としては形になっても威力がまるで違う。そのキワメさんとかいう人のところに行かないと完成しないのかもなー。

 

「そこまでじゃ」

 

 なっ?!

 う、動かねえ………。

 こいつ、何かしたのか?

 いや、そうじゃない。今ポツリと老人の声が聞こえた気がする。

 

「フーディン…………なのか………?」

 

 はっ?

 何でそこで驚く………おいおい、マジかよ。

 どうしてあんたがここにいるんだ。

 

「悪いが少年。儂の孫娘は返してもらうぞ。ついでに此奴ものう」

「待てっ!」

 

 動かない身体をフーディンのフルパワーバージョンに掴まれると、一瞬にして景色が変わった。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 いきなり現れたかと思えば、ここどこだよ。

 木々がうっそうと茂ってるのは分かるけど、それしかないため、場所の特定が全くできない。

 

「この前は碌に礼も言えずすまなかったのう」

「……………」

 

 ちょっとー、背後から話しかけないでくれますー? 思いっきり身構えちゃったじゃん。

 ………………これ、帽子を取るべきだろうか。お姫様抱っこしてるから無理だぞ。

 

「気づいてないとでも思ったか? お主と本気でやりあった仲じゃ。汝のもう一体のポケモンについても知っておる。まあ、あの二人はまだ知らなかったようじゃからのう。一目でお主とは気づきおらんかった。すまんの」

「…………はあ、全く何でここにいるんすかねぇ………」

 

 白を切るのも無理そうだ。

 俺は深いため息を吐いて、校長の方を向いた。

 

「儂の故郷はトキワじゃ。娘と孫が先に本家に帰っておったんじゃよ。儂は先のことで対応が忙しかったからのう。今帰りじゃ」

「はあ………、そりゃご苦労様です」

「これこれ、年上の相手には『お疲れ様』じゃぞ」

「へーへー、お疲れ様です」

「よいよい」

 

 この人、トキワ出身だったとは。

 噂に聞くトキワの変な力を持ってたりしないよな?

 

「で、こいつあんたの孫なんだろ? いい加減引き取ってくれるとありがたいんだが………。腕が疲れた」

「ほっほ、正直じゃのう。これ、ヤドキング。イロハを持ってやれ」

『ガッテン』

 

 ……………。

 なんだこいつ。

 この前、空から降ってきたくせになんか腹立つな。

 

『貸せ』

 

 念力で強引に少女を奪うと自分の手元に引き寄せた。

 

「……………この前ロケット団にやられて飛んできた『オレっちに何か言ったか………?』…………いや何も」

 

 ポケモンがしゃべってるとか、なんか喧嘩売られてるとかいろいろ言いたいことはあるが、何も口にしない方がよさそうだ。何されるか分からない。エスパータイプだし。

 

「では、ヤドキング。イロハを頼むぞ」

『オレっちに任せろ!』

 

 あいつに任せて大丈夫なのか?

 スキップしていっちまったけど危険な臭いを感じるんだが……………って、もう見えねぇし。

 

「さて、ヒキガヤハチマン。ロケット団は倒せそうかの?」

「……………何で知ってるんだよ」

 

 ちょっとー、唐突すぎない?

 実はこの人も敵でしたとかってことにはならねぇよな?

 やだよ、俺。この人とはもう二度とバトルしたくないそ。

 

「ロケット団、サカキを首領に置く犯罪組織。幹部クラスにはクチバジムのジムリーダー、マチス。ヤマブキジムのジムリーダー、ナツメ。かつてはセキチクジムの先代ジムリーダーで現ジョウト四天王のキョウもいたのう。他には一年前、ナナシマを中心に起きた図鑑所有者との争いにいた、サキ、チャクラ、オウカ。隊長クラスにアポロ、アテナ、ランス、ラムダ。中隊長にはリョウ、ケン、ハリーというのもおったか。まあ͡此奴らはマチスの部下になるがの。研究者の方ではグレンジムのジムリーダー、カツラ。それからフジという男もこっちの世界では有名じゃ。二人ともすでに脱団しているがな」

 

 はっ………?

 まだ、知らない名前がいくつもあったぞ。

 俺が知ってるのはジムリーダー幹部のみ。

 その他にも幹部クラスがいたっていうのかよ。

 ………そうか、だからサカキはマチスとナツメに従う者と称したのか。他にも幹部がいれば、あの二人がいなくなったとしても動くことはできる。今回はその形になっているというわけだ。

 それに一年前。

 ナナシマで何かあったってことくらいしか知らないが、そこにもロケット団が関わっていたっていうのか。

 さっき班分けで行先も決めたが、こりゃいよいよもって5の島も怪しくなってきたな。

 ま、それよりも……………。

 

「…………あんた、一体何者なんだ………?」

「…………かつて儂はロケット団にいたんじゃよ。イロハが生まれてようやく目が覚めたというところじゃ」

 

 元、ロケット団…………だと?

 だからそんなに詳しいってのか?

 いやだが、待て。

 イロハが生まれてというからには、あの亜麻色髪の少女が生まれてロケット団から抜けたということ。見たところ俺と同じくらいだった。つまりは十数年前の話になる。

 

「…………儂が研究していたのは既存のポケモンから伝説のポケモンに造り変えること」

「…………それで? できたのか?」

「…………無理じゃった。一番可能性のあるリザードンからファイヤー、またはホウオウに造り変えることすらできなんだ」

「………それはタイプが同じだから、って理由か?」

「うむ、その通りじゃ。翼も持ち合わせており、姿形からして可能性が断トツじゃった」

 

 なるほど、確かにあの三体は共通点が多い。目を付けるのも頷ける。

 

「だがのう、儂が脱団してからその研究を応用し、完成されてしまったのだ」

「はっ?」

「ミュウというポケモンは知っておるか?」

「………幻のポケモンとか言われてるあのミュウか?」

「うむ。五年くらい前かのう、カツラがミュウのまつ毛の遺伝子から新たなポケモンを造り出した。ポケモンそのものを変化させるのではなく、遺伝子情報から造り出したのじゃ。これには儂も参ってしまったわい」

 

 五年前、ロケット団、カツラさん、そしてミュウ。

 ここから導き出されるのはレッドやグリーンといった図鑑所有者が誕生し、ロケット団との抗争が起きた事件だろう。そこで新たなポケモンが生まれていたというわけだ。もしかするとレッドやグリーンたちもそのポケモンにあっているのかもしれないな。

 

「………そいつの名は?」

「第二のミュウ、ミュウツーじゃ」

 

 ミュウツー。

 覚えておこう。

 

「あん?」

 

 なんかミュウツーと聞いて黒い影が揺らめいた。

 黒いのは何か知ってるのかもしれない。

 

「…………奴は強いなんてもんじゃないぞ?」

「へぇ、具体的に?」

「凶悪ポケモンと称されるギャラドスの数十倍は気性が荒い」

「そりゃ、楽しみだ」

 

 ギャラドスより気性が荒いとなると、暴走したダークポケモン、あるいはそれ以上だろう。

 武者震いなのか、恐怖からなのか、なんかゾクゾク震え上がってきた。

 

「奴と戦うというのなら、2の島に住むキワメという婆さんを探すといい。お主の実力ならば、新しい技を習得できることじゃろう」

 

 2の島………。

 キワメといえば、さっきグリーンがキワメさんという人から究極技を教わったとこぼしていた。

 なるほど、新しい技というのは究極技のことか。

 

「…………校長、この前のスクール襲撃、あれ校長を狙ったものとみて間違いないっすよね」

「恐らくの」

「ま、あんたがいれば心配はねぇけど。………なんせ歳だしな。オーキドのじじいも加齢とともにポケモンバトルがつらくなってきたって話だし」

「ほっほ、儂を労わってくれるかの」

「まさか」

 

 この前のを見てまだまだ現役だと再確認したところだっての。

 歳の割に胆力ありすぎだろ。

 

「コマチを、妹を頼んます」

「汝は不思議な男じゃ。こんな黒い過去を持つじじいに妹を託すとは、正気か?」

「俺とあんたは本気でやり合った仲なんでしょう?」

「ほっほっほっ、こりゃ一本取られた。うむ、心得た。存分に暴れて来い」

「うすっ」

 

 思わぬ会合だったが、この前のこと、これからのこと、両方ともに情報を得られたのは大きい。ひとまず5の島ついでに、2の島にもいくことにしよう。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 ロケット団討伐隊結成から一週間後、三つのチームに分かれ、俺たちは一年前にロケット団が活動の拠点としていたとされる5の島に来ていた。

 特に何かあるわけでもなく、のんびりとした島である。

 こんなところをなぜ拠点にしたのか、俺にはさっぱりだが、サカキには何か考えがあったのだろう。

 

「ここが5の島………」

「随分とのんびりした島であるな。実にいい」

 

 ユキノシタとザイモクザがそれぞれ感慨深く島を見渡している。もう一人、ハンダさんが端末をいじって何かを調べているようであるが、俺はそれよりも島の奥の方から強い気配を感じていた。

 

「どうかしたのか?」

「いえ、何でもないっすよ」

 

 一人遠くを見ていた俺を不思議に思ったのか、ハンダさんが声をかけてきた。

 よくこんな全身黒ずくめの男に声をかけられたもんだ。ユキノシタもザイモクザも少し距離を取って………いることもないな。平然としてたわ。

 なに、みんなして俺が怖くないのか?

 

「どうやら、島の奥がロケット団の活動拠点だったようだ。早速向かってみるか」

 

 へぇ、島の奥ね。

 まさかそこから強い気が流れ出ているわけじゃないだろうな。

 

「分かりました」

「うむ、心得た」

「………」

 

 島の奥までは徒歩で行くようだ。

 島の見物も兼ねて、なのかね。

 

「……………」

「……………」

 

 な、なんだよ、ユキノシタ。

 訝しむ目で俺を見るなよ。心臓に悪いだろ。

 

「………オーダイル、念のため出てきなさい」

「オダッ!」

 

 不意にオーダイルをボールから出してきた。

 出てきたオーダイルが俺に気づき、じっと見てくる。

 なんだろう、オーダイルには見破られているような気がする。

 だが、何事もなくユキノシタの横を歩き出した。

 何とも心臓に悪い視線だ。

 

 

 

   ✳︎   ✳︎   ✳︎

 

 

 

 ここが元拠点か。

 ただの倉庫だな。

 

「中は手分けして探そう」

「そうですね」

「……………」

 

 ん?

 

「どうかしたのかしら?」

「いや、何でもない」

 

 倉庫の入り口は破壊されたような痕跡があった。

 しかもまだ新しい。白い煙がうっすらと立ち昇っている。

 

「………ッ!?」

 

 この気配!

 島に着いた時に感じたものだ!

 ということは中に………。

 

「………全員いつでもポケモンたちを出せるようにしとけ」

 

 そういった俺をユキノシタとザイモクザが驚いたような顔つきでこちらを見て、短く了承した。

 

「うむ」

「…………分かったわ」

 

 中に入ると、これまた荒らされたような痕跡が多々ある。というか廃墟といっていいくらい人の出入りがずっとなかったことが伺えた。

 俺は一人、適当にぶらつきながらめぼしい資料などがないが探していく。倉庫の中はくらいため、念のために持ってきた懐中電灯の光が頼りだ。さすがにリザードンをここで出すわけにもいくまい。

 

「『レッドプラン』………?」

 

 ふと懐中電灯の光の指す方向に気になる単語が見えた。

 この前、サカキが言っていたような気がする。

 気になってしまっては仕方ないので、資料を手に取りパラパラとめくっていく。

 

 

『レッドプラン』

 プラン概要

 先の実験、『プロジェクトM’s』において実験体528が脱走したことを受け、同個体を捕獲するためのポケモントレーナーを育成することとした。そこで二年の時を費やした末、最強のポケモントレーナーを育成するためのプログラム(凍結状態)を応用し、広く生息するポケモンから伝説に名を残すポケモンまで、全てのポケモンを懐柔するトレーナーを育成する同プランを計画。プランの被験者はボス自らが選出。第一被験者であるヒキガヤハチマンは実験体528の進化形と同じリザードンを所持しており、トレーナーとしての能力もカントー図鑑所有者に匹敵すると判断された。なお、脱走から二年の時が経つ現在において、実験体528は発見すらされていない。しかし、いずれ凶悪なポケモンとして世に出てくる可能性が極めて高い。

 

 被験者について

 第一被験者 ヒキガヤハチマン

 年齢 十二歳

 手持ちポケモン リザードン

 出身 クチバシティ

 初邂逅 12番道路

 

 初代図鑑所有者たちを彷彿させるようなバトルセンス、それに伴う実力。またポケモンについての豊富な知識を持ち合わせており、加えて物事の吸収力の高さは同年代よりも頭一つ以上飛びぬけている。総合的に見て、トレーナーとしての実力は大人を抜いているとも考えられる。

 

 被験者のポケモンについて

 実験体528の進化形であるリザードンは炎以外も技を容易く繰り出す実力の持ち主。またトレーナーの意図を読み取る力も長けており、バトルの動きに無駄がない。第一被験者の育て方の結果が具現化しているかのようである。

 

 総合

 トレーナー、ポケモンともに高い実力を誇り、すでにカントー各地のジムバッジを三つ獲得していた。

 野生ポケモンとのバトルにおいても複数体を相手に取り、涼しい顔で全て倒してしまうほどである。

 ただし、一つ懸念することがある。被験者は時折黒いオーラを放ち、記憶が噛み合っていない時もある。何かに取り憑かれている可能性が拭えない。

 

 計画について

 当計画は当団研究員、ユキノシタハルノが過去に個人が作成していた計画を基に作成。実力のあるポケモンを使いこなせるトレーナーを育成するプログラムだったため、今回そこに注目した。

 また計画名については被験者が図鑑所有者に匹敵することから、図鑑所有者レッドより拝借。

 

 計画の進行について

 第一段階として特殊なエネルギーを秘めた球石を砕き、それを原料とする液体薬品を投薬。

 第二段階としてリザードンに急成長を促す薬を投薬。

 第三段階としてボスとバトル。

 ーーここまでの流れを数か月かけ、繰り返し行う。

 第四段階として互いの血液を投与。

 最終段階として再びボスとバトル。

 ーーその後、経過観察。

 

 また、ボスとのバトルにおいてはスピアーに神経を刺激させ、暴走を引き起こさせることも念頭に置く。

 

 進捗経過

 ここからは実験経過を簡単にまとめていく。

 計画第一段階、二度目の邂逅時に寝ている隙に投薬。投薬による拒絶反応はなし。

 計画第二段階、リザードンに薬を投薬。こちらも拒絶反応はなし。

 計画第三段階、計画通り進行し、スピアーによる暴走の促進。炎のベールに包まれ暴走。いわタイプの技でリザードンを戦闘不能に追い込むことで対処。

 四か月、計十回に渡り、ここまでを繰り返し行った。

 その後、計画第四段階を行うも突如として暴走。これまでに見ない激しさであった。同行していたマチスと対処するも手に負えない状態であり、計画は失敗と判断。

 だが、気づけば被験者とリザードンは黒い穴の中へと吸収されており、そこには黒い謎のポケモンがいた。恐らく被験者のポケモンと思われる。

 

 補足

 当計画は初代図鑑所有者の妨害や仮面の男の事件、ボスの不在等により一時凍結されていた。

 

 余談

 被験者の第二のポケモンである謎の黒いポケモンは、シンオウ地方の言い伝えに残るダークライと判明。また後のDNA鑑定により、被験者のリザードンが実験体528であることが判明。これにより被験者を特定危険人物と断定した。

 

 

 …………………。

 これ、俺だな。

 サカキが飛空艇の中で言っていたことは本当だったようだ。

 しかも最後。

 黒い謎のポケモンというのはあいつのことだろう。黒い穴に吸収とあるため、恐らくその時点で記憶を食われたのだろう。忘れていたとしても無理はない。

 というより、もっとヤバいのはロケット団のブラックリストに載っているということだ。俺ってそんなことになってたのかよ。そりゃサカキが接触してくるわけだ。監視も兼ねて、実験のその後の経過観察も兼ねて、他にも何か思惑があるのだろう。

 他には……………資料を固めて並べすぎだろ。『プロジェクトM’s』の資料もあるじゃん。

 リザードンーーヒトカゲとの出会いもあいつが研究者に追いかけられている時だった。実際に追いかけられているところは見ていないが、走り疲れたヒトカゲが家の前に倒れていたのを覚えている。

 

 

『プロジェクトM’s』

 プロジェクト概要

 当計画は、ミュウツーの逃走、及びその生みの親であるカツラ博士の脱団を受け、ミュウツーに変わる新たな最強のポケモンを造り出すことを目的とする。

 いずれ、すでに脱団しているイッシキ博士が考案した計画、『レジェンドポケモンシフト計画』に移行させることを念頭に進めるものとする。

 

 実験結果

 ミュウツー計画の残されたデータを基に、制御不能にならない範囲で実験。しかし、一から細胞を構成させ、ミュウの遺伝子を組み込んだ、謂わばクローン体であるミュウツーと違い、既存のポケモンたちでは実験に耐えられなかった。実験開始から約三年の時を経て、ようやく実験体528が耐えきり、実験が成功した。実験は第二段階へと移行し、力の制御を行なった。こちらも問題なくクリア。

 だが予期せぬ出来事に見舞われる。

 力を制御できた実験体528が脱走したのだ。研究員たちが捜索に当たったが、発見することはできず、プロジェクトはそのまま凍結されることとなった。

 

 こっちはこれだけしか書かれていない。他の細かい情報は別の場所にあるのだろう。

 何にしてもリザードンが実験体528がリザードンであり、それまでの527体は実験で命を落としたというわけだ。

 よくもまあ、こんなゲスい計画を実行したものだな。

 それにしても、本当に校長がロケット団の研究者だったとは。敵になってなくて正直ほっとしている。

 

「………イッシュ、建国史………?」

 

 イッシュ…………?

 イッシュって何だ………?

 建国史ってあるし、国………今でいうところの地方名か?

 こんなところに並べてあるんだし、関係あるのかもしれない。取り敢えず、読んでみよう。

 

 

 イッシュ建国史

 古代ハルモニア王国。時のハルモニア王があるドラゴンを降した。それにより国民から絶大な信頼を寄せられ、以来国民は一丸となり、国は栄えた。間も無く国王がその生涯を終えると息子である双子の皇子が新たな王の座に就いた。前国王が降したドラゴンも双子に寄り添い、国民も新たな王の誕生ということもあり、一丸となった。しかし、後に双子の王はその意見を違えることとなった。真実を求める兄と理想を求める弟。カロスという大きな国にいずれハルモニア王国が侵略されると語る弟は、先に危険要因を排除するため、カロスへ侵攻。前国王が降したドラゴンも連れて行った。しかし、結果は惨敗。カロスより打ち上げられた光により多くの魔獣と人々が命を落とした。ドラゴンに助けられた弟の元に兄が向かうとまたしても意見が対立。今度こそ修復しきれない亀裂が二人に入り、二人の言葉にドラゴンが分裂した。その姿は白陽な真実と黒陰の理想を感じさせ、そのまま何もかもが無くなったカロスの地で二人の戦争が始まった。だが、二人はすぐに追い出されることになる。巨大な翠の魔獣に襲われたのだ。二人は戦いの場を自国へと移し、国民を巻き込んだの第二次戦争が勃発。激化した第二次戦争は多くの魔獣と人々の命を奪っていった。ドラゴンと同じく前国王の配下にいた三体の魔獣が他の魔獣たちを引き連れ、以後人々の前に魔獣が長く現れることはなかった。ようやく事の重大さに気づいた双子の王は戦争を放棄。分裂した白黒のドラゴンはそれぞれ石となり、遠くへと消えてしまい、ハルモニア王国も滅んだ。そして激戦により失われた太陽の代わりに、太陽のような炎を操る魔獣を配下に置く者が新たな王となり、国を『一種』と名付けた。

 そう、二度と国が二つに分裂しないようにと願いを込めて。

 

 

 一種の国、イッシュ地方か………………。

 中々に洒落の効いた名前じゃないか。

 

「ッ!?」

 

 またこの気配かっ!!

 今度はかなり強いぞ!

 ここに来た時よりも一層殺気を感じられるっ!

 まさか、あいつらの誰かが………………。

 

 ドドンッ!!

 

 激しい揺れとともに爆発音のようなものが聞こえた。次第に焦げ臭さが感じられ、何かがあったことが容易に分かった。

 

「チッ」

 

 ヤバい。

 これは非常にまずい事態だ。こんな強い気を放つ奴相手にあいつらが何かできるとは到底思えない。

 急がねぇと。

 

「オーダイル、ハイドロポンプ! ギャロップ、かえんぐるま! タツベイ、りゅうのいかり!」

「ポリゴン、レアコイル、エーフィ、レールガン!」

 

 爆発音のした方へ向かってみると、ユキノシタとザイモクザが誰かと交戦中だった。

 

『フン!』

 

 な、なんだ………っ!?

 ポケモン、なのか……………?

 六体からの攻撃を全て相殺するとか、とんでもないパワーだ。

 

「フォレトス、こうそくスピン! ニューラ、つじぎり!」

 

 別方向から来たユキノシタのフォレトスとニューラが次の攻撃を仕掛けていく。

 

「グレッグル、どくばり!」

 

 ハンダさんもかけつけたようだな。

 なら、俺も参戦するとしよう。

 

「ッ!? 伏せろ!」

 

 おいおい、行こうとした矢先に大技かよ。何つー技だよ。見たことねぇぞ、あんなの。

 

「リザードン、かえんほうしゃ!」

 

 頭上から落ちてくるエネルギー体を焼き払い、安全地帯を設けていく。

 

「くっ………、ペルシアン、だましうち!」

 

 技を撃ち終えた奴の背後にペルシアンが現れるも巨大なスプーンで受け止められてしまった。

 

「………何者だ」

『フンッ!』

 

 会話は無理か。

 いや話す気がないといった方が正しいな。

 

「チッ、逆に利用されてるな」

 

 ペルシアンのだましうちも逆に勢いを利用され、俺たちへの攻撃へと変わってしまった。

 

「全員ポケモンを戻せ」

「君はなにを言っているのだ………?」

「リザードン、りゅうのまい」

「………身を引けとでもいうのかしら?」

「死にたくなければな。リザードン、ドラゴンクロー!」

 

 打撃戦へと移行したのか、スプーンによる攻撃を竜の爪で受け止めた。

 にしても近い。

 近すぎて、何かに、誰かに似ているような気さえしてきた。

 

「嫌よ、オーダイル、かみくだうぷっ!?」

「大人しく帰れ、ユキノシタ」

「ッ!?」

「お主は………っ!?」

 

 俺は身につけていたマントと目深帽をユキノシタに被せた。

 この二人は薄々気づいていただろうが、驚きは隠せないらしい。

 

「ザイモクザ、テレポートで二人を安全なところへ連れてってくれ」

「ちょ、ちょっと待って! それじゃあなたは!」

「ザイモクザ」

「………死ぬでないぞ」

「死ぬかよ」

 

 ザイモクザは短く頷いてユキノシタとハンダさんを連れて、ポリゴンのテレポートで消えた。エーフィによりすでにポケモンたちはボールへ戻されていたようだ。

 

「よお、見たところお前もロケット団に関係しているみたいだな」

『フン!』

 

 いきなりはどうだんを撃ってくるとか………。

 こいつ、かくとうタイプか?

 

「リザードン、ドラゴンクロー!」

 

 弾丸を竜の爪で弾き、一気に奴さんに飛び込んでいく。

 はどうだんは打ち落とさない限り追尾機能が働き、いつまでも追ってくる。逆にその特性を生かして、相手に攻撃するという手段にも変えられるがな。

 

『フンッ』

 

 ダメか。

 こんだけ強いと校長の話していたポケモンを彷彿させてくるな。凶悪ポケモンと称されるギャラドスの何倍もの気性の荒さを持つ………第二のミュウ………。

 

「ミュウツー………」

『ッ!?』

 

 んっ?

 動きが、止まった………?

 

「もう一度聞く。お前は何者だ」

『…………オレの名はミュウツー。どこでオレの情報を手にいれた』

 

 ッ!?

 おいおい、マジかよ。

 こいつがミュウツーなのか。

 確かにこの測りようのない強さ、話に聞くミュウツーに類似するものがあるが………。

 

「元ロケット団のじーさんからだが? というか会話ができたんだな」

『フンッ! やはりロケット団の回し者かっ!』

「ああん? なんでそうなるんだよ! リザードン、かえんほうしゃ!」

 

 いきなり電撃を放ってくるとか………。

 今のは10まんボルトか?

 

『黙れ。貴様のような人間を嫌というほど見てきた。オレを造り出し、あまつさえこの能力を使おうと、オレを支配下にしようと目論む輩をなっ!』

 

 そりゃそうだろう。

 そのために造り出されたポケモンなのだから。

 ま、言ってしまえば俺たちも同類だ。

 リザードンはミュウツーの代わり、俺はそれをコントロールするために造り替えられた。だからと言ってこいつの気持ちは全く分からない。同類なだけであって俺はこいつではないのだからな。

 

「リザードン、シャドークロー!」

『フン、貴様はこれで終わりだ!』

 

 またさっきの大技か。

 頭上からエネルギー体が次々と降り注いでくる。それをリザードンは影の爪で切り裂いていき、ミュウツーへと接近していく。

 

「それはどうだろうな。かみくだく」

『甘いっ!』

 

 リザードンの巨大な黒い牙をスプーンを挟むことで受け止め、相手右腕からエネルギー体を俺に向けて飛ばしてきた。

 はどうだん、だろうな。

 リザードンがいないし、躱したところで追いかけてくるし、仕方ない。あいつを呼び出そう。

 俺は二度地面を蹴りつけ奴を呼び出した。

 

「………ライ」

「すまん、目の前まで来てるアレ、何とかしてくんね?」

 

 そういうと黒いのは黒い穴を作り出し、はどうだんを綺麗さっぱり飲み込んだ。

 はい、終わり。

 

『貴様が何故そのポケモンを連れているっ!?』

「なに? こいつのこと知ってんの?」

「シャアッ!」

 

 おおう、リザードン。

 やる気だねぇ

 

「リザードン、シャドークロー!」

『フンッ!』

 

 そのやる気に応えて、どんどん技の指示を出していくとしよう。

 

「ローヨーヨー!」

『オレに背中を向けるとは。所詮この程度かっ!』

 

 それさっきも言ってたよな。

 あんまり使いすぎると死亡フラグになっちゃうぞ?

 

『先が読めればなんてことはない!』

 

 今度は竜巻を発生させてきた。

 あいつ一体何タイプなんだろうか。

 

「そのままトルネード!」

 

 そのまま回転させることで竜巻の影響を流していく。

 

『ぐぅっ!』

 

 お、当たったか?

 

『………お前、まさか………!?』

「シャアッ!」

 

 おい、リザードン。いつの間にミュウツーと会話してたんだよ。

 しかも何か驚いてるみたいだし。

 

『…………貴様たちがそうなった原因にオレの存在もあるということか』

 

 ミュウツーからの殺気が急になくなった。

 一体リザードンは何を話したっていうんだ?

 まあ、なんだっていいか。

 俺は俺で目的を果たすとしよう。

 

「なあ、ミュウツーさんよ。俺と契約しないか?」

『………ふっ、まるであいつのような顔をしている。………いいだろう、オレを前にして物怖じしない貴様のその性格、認めてやる。しばらく貴様に付き合ってやろう』

 




次話から本編に戻ります。

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