婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜番外編 作:大岡 ひじき
それでも駄目なようなら削除します。
本編の流れでは繋がらないパラレル伊達エンド後の『天より高く』時空。ちょいエロ。
天より堕つる
頭の中がボーッと霞んで、何も考えられなかった。
目の前に、愛しい男の顔が微笑んでいて。
いつもの通り、頬の傷跡に指先を這わせて、触れるだけのキスをした。
それから首筋、胸板、腹筋へ、着ているものの前を開けながら、ゆっくり念入りに唇を這わせていく。
一旦顔を離し、彼の左手首の、私の背にあるのと同じ印にも唇を当ててから、再び先程のルートに戻り、ようやくその先にあるモノに、優しく指先を触れた。
「疲れてるのね……可哀想。」
男の身体が一瞬硬直したのを、私はその部分への刺激によるものだと思っていた。
けど、いつもの半分程度しかないどころか、その下の部分も何だかいつもより小粒に見える。
それでも指先で毛を逆だてるように優しく撫でながら、それに焦らすように舌を這わせた。
しょっぱい味を存分に味わってから、ようやく先端に唇をかぶせる。
なるべく隙間を空けないように、更に歯を立てぬように、舌を密着させて小さく動かすと、ぬるぬるした感触が口の中に広がる。
だが、いつもならばどんなに疲れていてもこの辺りで元気を取り戻す筈のそれが、今日に限ってその瞬間は一向に訪れなかった。
「もういい、服を脱いで上に…」
「具合悪いなら今日はやめます?」
彼と私の声が重なる。あれ?
「…気持ちはあるのでしょうけど、身体がついてきていないのでしょう?
いつもの半分の元気もないですし、今日は…」
思いやりのつもりで言ってから、妙な違和感を覚えた。
視界がぐるりと回った後、突然目の前がはっきりした。
情けない状態のそれから目を逸らし、顔を上げる。
「………ッ!!?」
そこにいるのは、私の愛する男などではなかった。
どこを見ているのかもわからないような細い目を目一杯見開いたまだ若い顔が、なにかひどいショックを受けたように、震えながら私を見つめていた。
☆☆☆
伊達の様子がおかしい。
組員の中でも伊達の側近くにいつも控えている男が、私にそう告げてきたのは、伊達が男塾の同窓会に出席した後日の事だった。
私にも通知がきており、厳密には塾生ではなかった私は出席を辞退していたのだが、伊達がその同窓会に、盗聴マイクを持ち込んでいたのだと。
「衆院議員、辺見忍に頼まれた。
今日の会合の内容を知りたいと言うのでな。」
彼にその事を告げた伊達は、自分のしている事が正しい事であるとなんの疑いもなく思っている様子だったという。
辺見忍というのは、史上最年少で内閣総理大臣に就任した桃と同じくらいの急スピードで、若くして政界のニューリーダーと呼ばれる位置まで登ってきた男であり、今や桃の政敵と呼ぶべき存在の筈だ。
その男に頼まれて便宜を図るなど、本来なら考えられない事だ。
だってそれは、かつて互いの命すら預けあった桃を、裏切る行為に他ならないのだから。
しかも今朝方、鉄砲玉的な刺客を辺見のところへ送ったものの失敗し、それがどうも予め打ち合わせてわざと失敗したようだと彼は言った。
恐らくはそれにより、『剣首相』と暴力団組長伊達臣人の繋がりをマスコミに広め、彼を追い落とす作戦ではないかと。
「姐さん。
組長は正気を失ってるとしか思えません。
目を覚ましてもらうには一体どうしたら…!」
そう私に、下手すれば泣くんじゃないかくらいの表情で告げた彼に口止めをして、私はとにかく、その辺見に会いにいく事にしたのだ。
伊達臣人の内縁の妻だと堂々と名乗り、辺見忍本人と顔を合わせて、その目を見て…それ以降のことは覚えていない。
頭の中がボーッと霞んで、何も考えられないまま、私は伊達の身体に口で奉仕しており…そして。
今、目の前で、ショックを受けたように固まって、震えている男は伊達ではなかった。
衆院議員、辺見忍。
そうだ、私はこの男に事情を聞きに来た筈なのに。
いやそれよりも何よりも、私は今、何をしていた!?
恐る恐る見下ろせば、そこには先ほどよりも更に情けない状態になった、男の………。
「いっ………いやあぁぁっ!!!!!」
私は絶叫し、その場から後ずさった。
その声である程度冷静さを取り戻したらしい辺見が立ち上がり、私に向かって手を伸ばす。
「ま、待て。貴様…!」
「いやぁ!」
考える間もなく、私はその腕に氣の針を飛ばす。
飛ばし攻撃は確実性も威力も落ちるが、私はその男にはもう、触れるのもおぞましかった。
一瞬の痛みに明らかに怯んだ辺見の手から逃れ、私は和服であるにもかかわらず、全速力でその場を後にする。
彼の方はあれ程に衣服を乱れさせたままでは、部屋の外に出ることはできなかったものか、追ってくる様子はなかった。
いい加減走って走って、どこかの路地の裏道まで入ったところで、先ほどの光景を思い出し…。
その瞬間に、嘔吐した。
…どこをどのように歩いてきたものか、気がつけば私は、男塾の門の前にいた。
通年咲き続ける桜の枝が揺れているのを見て、吸い込まれるようにその門をくぐった。
懐かしいその木の下で、はらはらと舞う花びらを見上げながら、私は懐に手を入れると、懐剣をスッと引き抜いた。
刃を首筋に当てて、ためらう事なく引いた。
…筈だった。
☆☆☆
…目が覚めたら、心配そうに私の顔を覗き込んでいる富樫と目が合った。
男塾を卒業後、私のあとを引き継いで塾長秘書となった富樫とは、今でも他の元塾生達よりも顔を合わせる機会が多い。
塾生時代からの老け顔にようやく年齢が追いついた彼は、今はそこそこモテてはいるようだが、特定の女性はまだいないらしい…と、うん、現実逃避。
その富樫の後ろに塾長の姿が見えて、私はゆっくりと上半身を起こす。首筋がなんだか痛い。
瞬間、自分が何をしようとしていたかを思い出して、反射的に首筋に指を触れたが、そこには傷のひとつも刻まれた感触はなかった。
そもそも、感じる痛みは筋肉的なものだ。
恐らくは刃が触れる前に、私は強制的に意識を落とされたのだろう。
そしてどうやらここが塾長の邸らしいところを見ると、それを為したのは塾長か。
「何があった。貴様が自害しようとするなど、生易しい事態ではあるまい。」
言われて、先程の状況を思い出す。
また吐き気がこみ上げてきたが、幸いにも…と言っていいかは知らないが、もう私の胃の中に、出てくるべきものは存在しなかった。
代わりに涙が溢れた。
おぞましさと、自分への情けなさで。
「とにかく、伊達に連絡しねえとな。」
富樫がそう言って立ち上がる。
その言葉に、考える間もなく私は反応していた。
「やめてください!
私は、もう伊達に合わせる顔がないんです!
時代が時代なら、不義を働けば重ね斬りでしょう!?
私はあの、辺見という男に穢されてしまいました。
後生ですからこのまま死なせてください!」
言いながら懐剣を探すもどこにも見つからず、そんな私の言葉に、塾長と富樫が顔を見合わせる。
「落ち着くがよい、光。
その様子からして、貴様の意志ではあるまい?
わしは今でも貴様の親と思うておる。
悪いようにはせぬから、話してみよ。」
…塾長が、一語一語いい含めるように、私に言う。
その声に、ここで仮初の親子として接し、自分の分を奪われることに文句を言いながらも同じものを食べていたかつての自分に、強制的に引き戻された。
再び溢れ出した涙を見られたくなくて、私は塾長の胸にしがみついて、号泣した。
ようやく落ち着いてから、自身の身に起きた事を、吐き気を堪えつつ塾長に告げた。
「成る程。身ひとつで辺見と接触するとは。
いざとなれば暗殺も視野に入れての行動だったのであろうが、随分と無謀な真似をしたものよ。
せめて一言、事前にわしに相談しておれば、注意も授けてやれたものを…。
まあ、今更言うても始まらぬがな。」
自身の顎を撫でながら塾長が言うには、辺見忍には不思議な能力があり、目を合わせたが最後、その心も身体も自在に操る事が出来るのだという。
「俺も、えらい目にあった。」
と、富樫が右手の人差し指をピストルのように立て、自身のこめかみに当てて、苦い顔をした。
なんとなくだが、状況は察せられる。
とにかく私はそれに、まんまとしてやられたわけだ。
悔しい。あんな若造に。
「貴様の話を聞く限り、伊達が既に辺見の影響下にある可能性が非常に高いな。
これは、心してかかる必要があろう。
…富樫。光は暫くはここで保護する。
伊達にはすぐに連絡をせぬ方がよかろう。」
塾長がそう言うと、
「そ、それなんですが塾長。」
「ん?」
何故か気まずそうに富樫が、私の方をチラチラ見ながら言う。
というかさっきから、何か言いたげな顔をしているのは気がついていたが。
「さっき、光が泣いてる間にもう、伊達のところには連絡を入れちまいまして。
そしたら電話の向こうですごい騒ぎになって…いや、電話に出たのは組員で、伊達本人じゃなかったんですが、光が切腹したって聞いた瞬間、伊達が白目むいて、泡吹いてぶっ倒れたらしくて。
…そのまんま電話が切れちまって、その後一向に繋がらなくなったんで、後のことはわかりませんが。」
え?
「ちょ、私、嫌だって言ったよね!!
なんでさっさと連絡してんの!?
いやそれよりも切腹て!!
そろそろどこからつっこんでいいのかもわからんわ!!」
とりあえずムカついたので富樫の襟首掴んで、脳が揺れるくらい振り回しといた。
「てゆーか、伊達が倒れたってどういうこと!?
とにかく帰ります!お邪魔しました!!」
なんか私の方がくらくらしてきた頭を無理矢理持ち上げて、私がその場を辞そうとすると、塾長の手が、ぽんぽんと私の頭を叩いた。
「落ち着け光。
ひょっとしたら、怪我の功名かもしれぬぞ。」
「え?」
と、廊下からドタドタという音が近づいてきて、私たちのいる部屋の襖が、バン!と音を立てて開かれた。
「光っ!!」
そこに立っていたのは、私が一番好きな…そして今は一番会いたくない男だった。
とん、と塾長に背中を押され、勢いで倒れかかった身体を、厚い胸板が受け止める。
かつては苦手だった筈の、今ではすっかり慣れて安心する温もりに、私は一瞬にして包み込まれた。
間違いない。本物だ。これこそが本物の伊達の身体だ。
「すまん、光…!
俺が、辺見の野郎なんぞに、むざむざ洗脳されたせいで…!
クソッ、あの野郎!
ひとに強制的に忠誠誓わせといて、その俺の女に手ェ出しやがるとは…!」
そう言って、私をしっかり抱きしめた伊達は、今はどうやらその『洗脳』からは解き放たれているらしい。
「うんまあ、それはともかく、どうやってそれが解けたの?」
この世で最も安全な場所に身を落ち着けて冷静になった私は、そこから彼の顔を見上げて問うた。
「…おまえが割腹自殺したって聞いた瞬間、アタマん中がスパークして、気がついたら解けてた。
……?腹、平気みたいだな。傷は?」
それで洗脳が解けるとか、おまえどんだけ私のこと好きなんだよ!
いやゴメン。それは素直に嬉しい。
ただ、塾長も富樫も見てる前で、帯を解こうとするのはやめてください。
「いや、確かに自害しようとはしたけど、割腹はしてないから!」
そう言って暴れたらやめてくれたが、その代わりじっと私の目を見つめる。
至近距離で。
精悍な顔立ちは、若い頃から殆ど変わらない。
ああうん、いい男だ。それだけは間違いなく。
…見惚れるには、少し印象がキツ過ぎるけど。
「おまえは?どうやって奴の洗脳から逃れた?
それ無しで、おまえが奴に身体開くワケねえ。
無理に穢されるくらいなら死ぬだろう。
おまえはそういう女だ。」
「いやそもそも開いてねえわ!
人聞き悪いこと言うな!」
「え?」
どうやらはてしない誤解があるようだ。
なんか脱力して、私は伊達にも、あったことをそのまんま伝えた。
「口で……だけか?」
「だけって何ですか!!
あなただと思い込まされて、自分から咥えさせられたんですよ!?
完全に穢されたじゃないですか!!
何でそれでそんな、あからさまにホッとした顔してんですか、意味わかんない!!」
…見てわかる通り、私にはもう死にたいという気持ちはとっくのとうに消え失せていた。
ついでに羞恥心も。
叫んでしまってからはたと気付く。
少し離れたところで塾長はニヤニヤ笑ってるし、富樫に至ってはこちらに向けた背中と肩が震えてる。
そこはむしろ、堂々と笑ってくれた方がダメージ少ないわ!
「まあ、その件は後で話し合うとして…それじゃ何で洗脳が解けたか、おまえ自身にもわからねえって事か。」
問われて、少し冷静になった頭で状況を思い返してみる。
何でかわからないけれど、伊達に抱きしめられてる状態でなら、思い出しても吐き気はおぼえなかった。
「どちらかというと、彼が自分から解いた感じですね。
今思えば可哀想なくらい、どう見ても役に立つ状態になかった事を考えると、十以上も年上のオバサンが相手で、萎えたんじゃないですか?
なんかショック受けた顔してたし、急に我に返って愕然としたんでしょう。」
「女が、萎えたとかサラッと言うな。」
「すいません…。」
そこまでのやりとりで、堪えていた富樫が遂に決壊し、ぶっと吹き出す声が聞こえた。
ムカつく。
「わからぬか、伊達よ。」
「は?」
ニヤニヤ笑いながら塾長に声をかけられた伊達が、私を抱いたまま塾長に向き直る。
「フフフ。光は、貴様しか知らぬという事よ。
故に、貴様を基準にしてしか男を見れぬ。」
…ちょっと何言ってるかわかりません。
「恐らくは辺見にしてみれば、充分に戦闘態勢が整った状態だったのだろうて。
それを、半分以下とか使用不可能とか判断されては、それは男としては相当に衝撃を受ける場面であろうな。
施した洗脳を維持できなくなる程度には。」
……えっ!?
麻痺してた羞恥心が唐突に戻る。
顔にじわじわ血がのぼるのがわかる。
ひょっとして私、若い男にはトラウマになるくらいの事を、自覚なしに言ってしまったって事なんだろうか。
「光、断言してやる。
俺たち塾生は風呂も一緒に入ってたからよく知ってるが、伊達と比べたら、大抵の男は全員『可哀想』だぞ。」
そして富樫にトドメを刺され、自決しなくても羞恥心で死にそうになった私は、自分を抱きしめている伊達の逞しい腕の中に、埋没する以外できることはなかった。
結局、意図せず敵の懐に飛び込んだ形となった伊達は、そのまま洗脳されているふりをし続ける事となった。
その場合私の存在は邪魔になる為、何も告げずに失踪した事にして、久しぶりに塾長の娘としての生活を堪能した。
その際、塾長が世話をしてるという若い男の子が、無自覚にセクハラしてくるのに閉口したけど。
☆☆☆
後日、桃が掲げたカジノ法案が成立し、辺見が政界を去った後日、私はようやく伊達のところに戻った。
その晩、忌まわしい辺見の記憶をもうお腹いっぱいというところまで伊達に上書きされた事は、一生二人だけの秘密にしておこうと思う。