婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜番外編 作:大岡 ひじき
風雲羅漢塾決戦終了後パラレル。
3話目の話とやや関連。
「
思った通り、よく似合っています。
さすがはセンクウ、デリカシーは皆無ですが、センスは抜群です。」
私がニマニマほくそ笑みながらそう言うと、目の前の、白いフワフワのオフショルダーに近いVネックのニットセーターと、スモーキーピンクのフレアスカート、フェイクファーのショートコートを身につけた、艶やかな黒髪を背と肩に垂らした背の高い女性は、少し困ったように、その黒目がちな視線を私に向けた。
「その……光。
本当に、私がこれを着なければ駄目か?」
「デートなのですから当然でしょう?」
ちなみに答える私は、いつもの制服姿のままである。
「いや、それだったら光がこれを着て、私が男の格好をする方が、ずっとそれらしく見えるというか…」
「それじゃあ意味がないでしょう?
わかっているのですか?
本番はクリスマスであって、今日は予行演習なのですよ!?
私とのデートくらいで怖気づいていて、あの伊達を相手取る事ができるとお思いですか!?
女は度胸です仁蒋!!」
…神拳寺の仁蒋が、伊達のことを好きだと私に言ってきたのは、つい昨日の事だった。
ただ本人としては、自分は女性らしくないからと、諦める決心をする為に口にしただけで、告白をする気はなかったようだ。
駄菓子菓子!……もとい、だがしかし!
本編で分岐エンドをひとつ終わらせた私に、恋愛相談を持ちかけたのが運の尽きだ。
自分でもなに言ってるかわからないけど。
時はクリスマスシーズンである。
日本のクリスマスシーズンである。
お他所のクリスマスと違い、日本のクリスマスは、恋愛イベントなのだ!
これを利用しない手はないではないか!!
「伊達を誘ってこの日にデートをするのです。
この夜ばかりは、街はロマンチックムードに溢れて、女性はより美しく、男性はより魅力的に見えることでしょう。
そして2人の気持ちが盛り上がったところで、一気に殺るのです!!」
「甘いムードの筈なのにニュアンスが物騒!!」
力説する私につっこんでくる仁蒋の言葉に、私は割と重大な事を見落としていた事に気がついた。
「……そうなのです。
私自身、暗殺の手段として以外のデートをしたのは羅刹だけなので、正直甘いムードというものがよくわからないのでした。」
そもそも、この外出も事実上は単に女の子同士のお出かけである。
これをデートの予行演習とするには些か無理がある事に、私は気付き始めていた。
……が、その羅刹とのデートを思い返して、不意に閃く。
「そうか……では、どうすれば」
「甘いものを食べにいきましょう!」
考え込んでしまった仁蒋に、私は手を挙げて提案した。
「それでいいのか!?
甘いムードというのはそれで何とかなるものなのか!?」
「いいのです!
羅刹は、甘いものを食べてニコニコしてる女の子を見て和むと言っていましたし!」
ん?和ましちゃダメなのか?
……まあいい。とりあえず私が食べたい。
☆☆☆
「ん…
…早くもクリスマスムードに染まる街並がよく見える窓際の席で、美女がケーキのメニューを前に首を傾げた。
向かい合わせではなく隣同志で、同じメニュー表を覗き込みながら、こっそり観察した仁蒋の横顔は、普通に綺麗な女の人に見える。
「この店は、月ごとにテーマを決めたケーキが売りなのです。
今月はベリーとりんごですね。
…あ、こっちは新作。
それと、こっちは期間限定のようです。」
…私と彼女は同い年の筈なんだが、並ぶとどうしても私の子供っぽさが際立ってしまう。
い、いやこれはこの制服のせいだ。
私だってちゃんと女の格好さえすれば、あとはメイク次第で大人っぽくも妖艶にもなれる。
小柄なのはご愛敬だし、女としては全然マイナスポイントではない……筈だ。
肉の足りない部分は足せばいいだけだ……ってやかましいわ。
対して仁蒋は脱いだら違う意味で凄いというか、本来の体格は武術家らしくメッチャごついんだけど、そこはコーディネイトの妙で、隠すところと敢えて見せるところを上手いこと調整する事で、結構なナイスバディに見せている。
Vネックからチラ見えする圧倒的な谷間を形成しているのが実は半分以上筋肉だとか、見る側にとってはどうでもいい事なのだ。
ついでに言えば髪も、剃ってしまっている前頭部は後ろの髪を少し前側に垂らして分けているのだが、これがまたいい女感を醸し出している。
これらはセンクウに相談して提案された事で、彼女が今着ているのも、一例として貸し出された服なのだが、そのセンクウは自分で選んだくせに、こうして全てアドバイス通りに仕上がった仁蒋の姿に、一瞬言葉を失っていた。
「どうでしょう。
幾つか頼んで半分こにしませんか?」
「いい考えだな。では選択は光に任せよう。」
…あとは口調がもっと女性らしくなれば完璧なんだが。
今のままだと、美人っていうよりむしろイケメンぽい。方向性が間違っている。
………けど、今はそんな事よりも。
「わかりました。
ではガトーフレーズのクリスマスバージョンにブルーベリーソースのベイクドチーズケーキ、こちらの期間限定からは黄金のりんごシブーストと3種のベリータルト、それと定番から丹波栗のモンブランと、新作のショコラ・グランマルニエを、それぞれひとつずつ頼んで、半分こにいたしましょう!」
「そんなに!?」
「……決められなかったのです。」
「納得した。」
一瞬は驚いた仁蒋だったが、次には『私は結構食べる方だから安心してくれ。食べきれないようならば、任せるがいい』と優しく微笑んで言った。
やっぱりちょっとイケメンぽい。
「光は、良い店を知っているのだな。」
ケーキとそれぞれの飲み物の注文を済ませて、改めて店内を見渡しながら仁蒋が呟く。
窓から見える街と同様、クリスマステイストの装飾はいつも来る時より華やかで、見ているとなんだか気持ちが浮き立つ気がする。
…私にもこんな感性が残っていたのか。
「女子大生のお友達に教えていただきました。
ちなみにその方とはクリスマスに、一緒にホテルのデザートビュッフェに行く約束をしています。」
「でざーと…びっふぇ?」
「簡単に言えば、スイーツの食べ放題です。
100分1800円(税込)で各種スイーツだけでなくカナッペやキッシュ、ケークサレ等の軽食もあるそうで、プラス、ドリンクバー代300円(税込)で、アルコール以外のドリンクも飲み放題となります。」
「いいな、それ。私も混ぜてくれないか。」
「あなたはその日に伊達とデートする為に、今、私とここにいるのでしょう!
目的を見失ってはいけません!!」
「そ、そうだった…!!」
指摘されて頬を染める仁蒋は、ごく普通の年齢相応の恋する乙女だ。
…もしかしてクリスマスに頼らなくても、この至近距離でこの顔見せられたら、大抵の男は落ちるんじゃないの?…などと思った瞬間、
「…ちょっと、何それ?
あんた、本命がいるのに、わたしの光くんとデートしてるっていうの!?」
聞き覚えのある声がかかって、私たちはそちらを振り返った。
「へっ?……あ、こんにちは蓉子さん。」
私のスイーツ友達である女子大生の蓉子さんが、腰に手を当てて立っており、挨拶をすると彼女はヒールをかつかつと鳴らして、こちらに早足で歩み寄ってきた。
そして、どすんと音を立ててテーブルに両手をつく。
「酷いわ光くん。わたしが教えたお店に、他の女と一緒に来るなんて。」
彼女はどうやら怒っているらしい。
この店は情報誌などでも話題になっているようだし、誰と行ってもおかしくない気がするのだが、やはり失礼だったのだろうか。
とりあえず謝っておこう。
「…そうでした。配慮が足りず申し訳ありません。
お誘いするか、せめてひとこと断ってからにすべきでしたね。
けど、ここでお会いできて良かったです。」
「えっ……?」
私が言うと、蓉子さんは驚いたような表情で目を瞠った。
蓉子さんも仁蒋も私の、数少ない同性の友達なのだ。
どうせだからこの機会に、この2人にも仲良くなってもらおう。
「仁蒋、紹介します。
彼女が、先ほど言ったお友達の蓉子さんです。
彼女は美味しいスイーツの情報をいっぱい教えてくださる、とても良い方なのです。」
「そうか。ヨーコ殿。私は仁蒋と申す。
光の友達ならば、どうか私とも親しくしていただけると嬉しい。
この後予定がなければ、貴女も一緒にいかがだろうか?」
仁蒋はそう言って一旦席を立つと、彼女の一番近くにある椅子を引いて、それを手で示した。
流されるように蓉子さんがそこに座ると同時に、ちょうどいい位置に調整する。
「えっ!?なにこのおっぱいのついたイケメン!」
やはり一般的な女子の目線から見てもそうか。
仁蒋はもう、美女の中のイケメン枠に固定する事にする。
・・・
「……というわけで、わたしの推しは断然ツルヒカなのよ。
だからデートの相手が剣くんなら、わたしだって笑って見守っていたわ。」
「…まるで無毛の頭部を形容するような表現はやめてください。」
結局ひとり増えたテーブルで更に追加されたケーキを一口ずつつつきながら、女3人でお茶を楽しんでいるうち、蓉子さんの話の方向性が、若干おかしな事になってきていた。
というか……、
「蓉子さん、発想が腐ってます…。」
「
貴腐ブドウが極上のワインを生むように、高貴なる腐敗は妙なる芸術作品を生み出すのよ!」
「そんな芸術は生み出さなくていいから、心の膿を出して下さい!!」
「あら、シェイクスピアだって原文を紐解けば下ネタの応酬だと、光くんがわたしに教えてくれたんじゃなかったかしら?
あれからわたしもちゃんと勉強して、かなり英語ができるようになったのよ。
もうカラダ目当ての最低ヤンキー男なんかに騙されないわ。
妄想すら己を磨く糧にする、今のわたしに死角はなくてよ!!」
「なんの自慢!?」
私と蓉子さんのなんだかよくわからない言い合いを隣で聞いて、仁蒋が何か考え込むような表情を浮かべる。
そしてようやく、何か納得したようなそうでもないような表情に変化すると、次にはとんでもない事を言い出した。
「ふむ……神拳寺で春蘭様のお世話をしていた侍女が何故か義蒋殿と気が合わず、言い争いをするたびに、彼が男にあれこれを無理矢理仕掛けられる物語を書いて、それを女官仲間で回し読みをしていたのだが、そんなようなものだろうか?」
「神拳寺も腐ってた!?」
数ある中国拳法その全ての源流と呼ばれ、その象徴とも言われる聖域。
そこで拳を修める男たちをその働きにより補佐する女性たちが、よもやかぐわしく発酵しているとは。
「…まあ、さすがに本人に知られるのは都合が悪かろうと思い、絶対に秘密裏に活動するように、私から厳重に注意をしたのだが…。」
「厳重注意で済ませた仁蒋優しい!!」
「その、義蒋殿は私の兄のようなものだし、本来はやめさせるべきだったのであろうが…実は私も読ませてもらって、ちょっとドキドキしていたのだ。」
「お前も腐ってたんかい!!」
そしてその神拳寺の中でも、トップに立つ拳皇の次の地位に立つ3人の師範代の一人として名を連ねるこの女が、純粋培養された貴腐菌に育てられていた事に驚きを禁じ得ない。
私の思わずのツッコミに、仁蒋はちょっと焦ったように、そして言い訳のように言葉を紡ぐ。
「い、いやだがその、光にはわからぬかもしれないが、屈強な男が自分よりも肉体的に明らかに弱い同性に、否応無く堕とされるシチュエーションというのは、なかなかに……」
…この子は割と、焦ると自分から墓穴を掘っていくタイプかもしれない。と、
「……悪くないわ。
新しい世界の扉が開かれた気分よ!!」
「開かんでいい!」
仁蒋の墓穴とも言えるその言葉に、蓉子さんがまるで周囲に花でも咲き散らかしたような表情を浮かべ、私は思い切りつっこんだ。
どうしてくれようこの腐ったミカン達。
☆☆☆
「けど、男塾の男なんかのどこがいいの?
確かに強くて逞しくて、中には顔だけはイケメンもいるけど、全然女に優しくないし……あ、光くんは別よ?」
私を『男塾の男』に分類していいのかどうか知らないが、蓉子さんはそう言って、私の肩に身体を寄せてきた。
女の子の感触は、男と違って柔らかい。
しかも、くっつくとちょっといいにおいもするし。
ちなみに仁蒋はさすがにガッチリ固い感触だが、それでも男の筋肉とは感触が違った。
少なくとも桃や赤石に拘束されてる時に比べればずっと柔らかい。
「それは…どうも?」
「いいこと、仁蒋?
男ってのは結局は、優しくなきゃ駄目なのよ!
この光くんはね、私が他の男の為に作った、けど受け取ってもらえなくて一旦捨てた、あとで味見したら砂糖と塩を間違えて入れていた失敗作のクッキーを、せっかく作ったんだからと顔色ひとつ変えずに食べてくれるくらい優しくて懐の深い男なのよ!
女なら、こういう男を選ばなきゃいけないわ!!」
「ひょっとしたらと思ってはいましたが、やっぱりアレ失敗してたんですね!?」
随分しょっぱいというか、ぶっちゃけ塩の塊食べてるみたいだと思ってはいたんだよね!
けど食べ物を捨てるという選択肢は私にはなかったんだよ!
ちなみに塾生からは評判のよろしくない権田寮長のつくるごはん、試しに一度食べてみたことがあるが、確かに美味しくはなかったし些か斬新過ぎる気がしたものの、そこまで不味いとは感じなかった。
富樫や虎丸には『その味覚であの美味いメシが作れる事が信じられない』と言われたが、お前ら孤戮闘入ってみろとちょっとだけ思った。
閑話休題。
私たちのやり取りを見守っていた仁蒋は、ちょっと困ったような、それでいて嬉しそうな表情で微笑んで言った。
「光が男かどうかは置いておくとして…いいのだ。
伊達の良いところは、私が知っていれば。
だって、それを知ってしまえば、貴女もきっと伊達のことを好きになってしまう。」
「ないから。」
「ないですね。」
とりあえずぶった斬った言葉が、私と蓉子さんで重なった。
蓉子さんは不良アメリカ人に騙され更に桃に振られて以来、若干男性全般に不信感を抱いてるぽいし、私は伊達のことはちゃんと知っているからこそ、アイツに惚れる事はあり得ない。
……同族嫌悪、みたいな感情だとは薄々気がついている。
自分でも見たくないと思っている自分の顔、それとまったく同じ顔をした他人を、愛することはできない…だっけ。
カミュの戯曲『カリギュラ』の中でのケレアの台詞だ。いや別にどうでもいいけど。
「…けど、その考え方にも一理あるわね。
確かにわたしも、光くんが剣くんじゃなく、他の女の子とくっつくかもと思ったら面白くないもの。
残念だけど今日からは、光くんという存在の貴さを布教するのはやめる事にするわ。」
「アンタ布教してたんかい!!」
私が考えに耽りかけていた間に、なんか妙な悟り方をした蓉子さんの言葉に、ハッとしてまた反射的につっこんだ。
その私の目の前に、いちごクリームが
「まあまあ。はい光くん、あーん。」
「そんなので誤魔化され……美味しいです。」
言葉とは裏腹に反射的に開けてしまった口に入れられたケーキは、舌の上でふわりと
「楽しそうだな、私もやっていいか。
光、あーん。」
そして、それを見た仁蒋が、真似をするように、手近のオレンジリキュールのチョコレートケーキの断片を、フォークで私の口に運んでくる。
2方向から餌付けされた私は、気づけば注文した全部のケーキを、美女たちの手でひと通り味見させてもらっていた。うむ、満足だ。
…なんか、目的がどっかいった気がするけど。
更に蓉子さんにふーふーしてもらってちょうどいい温度になったお茶のおかわりで、口の中の甘さを流して一息つく、と。
「……光。何やってんだ、おまえ。」
いきなり男の声で名前を呼ばれ、振り返った先にいたのは、どこか呆れ顔をした、頬に六条の傷をもった男だった。
「………伊達!?」
私がその名を呼ぶと、仁蒋は咄嗟に顔を背け、逆に蓉子さんはしげしげと無遠慮な視線をその男に向ける。
…ちっさく『題材としては、ギリ合格ね』とか呟いたのは聞かなかったことにしよう。
なんについてなのかはあまり考えたくない。
それにしても、何故この男がここにいるのだろう。
この店は割と女性向けで、それこそデートとかでもなければ、男性一人では足を踏み入れにくい気がするのだが。
「…どうして、あなたがここに?」
「おそらくは、テメエのせいだろうぜ。
のんびり過ごしてたせっかくの日曜が台無しだ。」
「はい?」
何を言われているのかわからないが、伊達は明らかに私を見て、小さく舌打ちした。
「寮の部屋で昼寝を決め込んでたら、鬼ヒゲが飛び込んできて、『うちの塾生が女を二人侍らせて弄んでるから、これから粛清に向かう』とか言われて、引っ張って来られた。
今日、寮に残ってた塾生たちだけだが、結構な人数でこの店を、今、取り囲んでるぞ。
俺がまず偵察に出向くって言わなきゃ、入口壊して殴り込んできてるトコだ。」
「私、知らないうちに粛清対象!?
ていうか皆さん、ここは危険だから逃げてー!」
伊達の説明に私が半泣きになると、横から女にしてはゴツいがやはり男とは違う仁蒋の手が、そっと私の肩を抱いてきた。
「落ち着け光。大丈夫だ。
元はと言えば、私の相談に付き合わせたせいなのだから、光のことは私が、必ず守る。」
ほんとにイケメンだなこの女!
「なっ!それなら私だって!!
誰であろうと私の可愛い光くんに、指一本触れさせはしないわ!!」
更に、蓉子さんが反対から手を伸ばしてきて、私を仁蒋から奪うようにして、ぎゅむと抱きしめてきた。
とても柔らかい。敢えて何がとは言わないが。
「というか剣くんは何をしているのよ!」
「桃の野郎はこの3日ほど、来月行われる風雲羅漢塾との、合同授業の事前準備であっちに出向いてるから、多分明日までは塾には帰ってこねえぞ?」
「ですねー。
本来は私が行かなければならない案件だったのですが、何故か必死に止められまして。」
だが、こんな事なら行っておけば良かったかもしれない。
そうであれば少なくとも貴重な私の女友達を、ここで危険に晒さずに済んでいた筈だ。
「とりあえず、ここは大人しく私が投降します。
この店は私にとっても大切な場所なので、ここに迷惑をかけられるのは困ります。
お二人は、何かあると大変なので、避難を…」
「その必要はありませんよ、光。」
そして私が女性二人を説得しようとしていたところに、新たな涼しげな声がそれを遮る。
その声の方向を振り返ると、亜麻色の長い髪を靡かせた美女……もとい美男子が、入口からこちらへ歩いてくるところだった。
「飛燕?それは一体どういう…」
「こちらの席が窓際だったので外から確認して、目のいい1人が『あれは光だ』と断言して、解散になったところです。
光は塾長秘書であって塾生ではありませんからね。
塾生の原則には従わなくていい筈ですし。」
やわらかな声音が安心の事実を紡ぎ始めたせいか、店内の空気が明らかに変化した。
ふと見れば蓉子さんは私を抱きしめたまま、顔を紅潮させてポーっと飛燕を見つめているし、仁蒋は何故か身を震わせている。
「というわけで伊達。戻りますよ。
ここは我々のようなむくつけき男が出入りする場所ではありません。
では、この後もどうぞごゆっくり。お嬢さん方。」
飛燕は最後のセリフは私たちだけでなく、店内でその美貌に目を奪われている全ての女性たちに向けて言うと、一礼した。
その飛燕に促されて、伊達がこちらに背を向けて、入口の方へと歩き出す。
「たく、とんだ無駄足だった……わけでもねえか。」
だがその長い足が一旦止まったかと思うと、もう一度こちらを振り返った。そして。
「…思った通り、いい女だな。仁蒋。
その服も似合ってるが、今度もっと似合うやつを、俺がプレゼントしてやるよ。
そいつを着て、クリスマスは俺とデートな。」
…瞬間、イチゴみたいに真っ赤になった仁蒋が、爆発しそうに見えた。
いやこの子の場合、それがシャレにならないんだが。
その場の全員が起動停止してしまったところで、男2人は悠々とその場から去っていき、店内に流れ続けるクリスマスソングだけが、空間を支配していた。
☆☆☆
「と、とりあえず目的は達成されたようですね。
具体的なプランなどは後日改めて本人から連絡させますので…」
「仁蒋!
男が服を女に贈るのはそれを脱がせる為よ!!
受けるのなら、そこまでの覚悟はしておかなければならないわ!」
「くっ…い、いや。これは女の闘いなのだ。
神拳寺の師範代としての己が名にかけて、この闘いは必ず制す!」
「なんか違う気がするけど、いいことにする!」
「それより光くん!
わたしは新たな題材を見つけたから、この情熱が冷めないうちに文章に起こしたいので、これで失礼するわ!!
次の貴腐人会までに、作品として仕上げなければ!」
「貴腐人会って何!?」
タイトル通り、ただのヤマもオチもないガールズトーク話にする予定だったのに。
……おかしい、どうしてこうなった。