婀嗟烬我愛瑠〜assassin girl〜番外編 作:大岡 ひじき
ちょっとだけシリアス。
硝子の少年
……真っ白い暗闇の中に、声だけが響いた。
『いきたいか?』
一瞬、どっちの意味だろうと思った。
『生きたい』ならば生、『逝きたい』ならば死、全く逆の意味になる。
どう答えようかと思案して、オレの人生じゃどちらもそう変わらないなと思い直した。
それが神の救いの声か、悪魔の誘惑の声なのか、わからぬままオレは頷いた。
☆☆☆
「三年だ。
私では、父上のようには生かせなかった。
三年の間に貴様の心が、その心臓に満ちなければ、貴様は死ぬ。」
目覚めたオレにいきなりそう語りかけてきた中年男性は、そう言って睨むような目をオレに向けた。
「理解できたか?」
そう確認されるも、そもそも何を言われているかわからない。
ふるふると首を横に振ると、男は少し嫌そうな顔をしてため息をついた。
多分40代後半、やや神経質そうな顔の額周りには、おかしな刺青がいれられているが、若い頃は結構なイケメンだったんだろうなと思わされる。
オレの好み的にはもっと男臭い方が…ってオレの好みってなんだよ。
女みたいな顔だと言われてはいてもオレにそっちの趣味はねえよ。
あくまでもこういう人になりたかったとか男としての理想的な意味で…誰に言い訳してんのか知らないけど。
「貴様は一度死に、私の秘術によって生き返った。
そこまではわかるか?」
そう言われて、自分の身に起こった事が急激に、記憶として蘇ってきた。
そうだ…首を絞められて、そこからなんとか解放されて…酸素が肺に入ってきたところで、急に胸が苦しくなって、そして…。
その感覚を思い出して、思わず自分の心臓の位置に手をやる。
あの苦しさは今も生々しく思い出せるが、現実にそこに痛みも、不自然な動悸もなかった。
「一度…死んだ?
死ぬ寸前で助かったんじゃなく、死んで生き返ったって…事?」
「そうだ。ちなみに貴様が死んで生き返らせた後、たった今目を覚ますまで、既に3ヶ月が経過している。」
あっさり肯定されたが、にわかに信じられる話ではない。
けど…心臓が徐々に止まっていくあの感覚は、夢なんかじゃなかった。
…って!そうだ、あの人は!
「オレがあの時死んだって言うんなら、一緒にいた人はどうなりました!?」
「貴様を病院へ運び、死亡を確認した後、自分の手の届く範囲の情報網を駆使して、詳細を調べ始めた。
恐らくは半年調べても大した情報は掴めまいがな。
発想は悪くないが相手の力が大き過ぎる。」
…とりあえず、オレの『死』があの人のせいになってなくて、ホッとする。
同時に、面倒に巻き込んでしまった事を、申し訳なく思った。
あの人、面倒見はいいのに人相が悪いからなぁ。
あ、オレが生きてる事、早いとこ伝えないと。
あの人の性格じゃ、オレの死に責任感じて暴走しそうだし。
「会いに行こうと思っているならば、やめた方が良い。」
「…なんでですか?」
「言ったろう、敵の力が大き過ぎると。
今はまだ、死んだ事にしておかぬと貴様を守れん。
彼奴とて同じだ。
死に目を看取ってくれた友を、命の危険にさらしたくはあるまいが?」
…確かにその通りだ。だけど。
「…そもそもなんで、オレを助けたんですか?」
「貴様を襲ったのが、身元引き受け人だった弁護士だということは覚えているか?
あの男は私の恩師が仇とする奴の、手の者だった。
私は以前からあの男に目をつけており、奴を通じてその仇に接触する機会を狙っていた。
今回のことは奴の暴走で、この件で奴は間違いなく始末されただろう。
今まで大事に育ててきた手蔓だというのに、これで全ておじゃんだ。
余計なことをしてくれた腹いせに、その最後の仕事を無駄にしてやるくらいの事はしてもよかろう。」
うん、まったく意味がわからない。
けど、とりあえずは言うべき事がある。
「…助けていただき、ありがとうございます。」
「だが先程も言った通り、完全に生き返らせる事は出来なかった。
それは、貴様の肉体が死にたがっているからだ。
今のままでは、三年の後にその心臓は、一度止まった時と同じように止まり、その後二度とは蘇生できん。」
「死にたがっている…オレが?」
一度に入ってくる情報が突飛すぎて整理が追いつかず、おうむ返しの反応しかできない。
「心臓には、読んで字の如く心が宿る。
貴様の心臓は元は他人のもので、まだ僅かに元の持ち主の心が残っていて、それが貴様の心と身体に少なからず影響を与える。
例えば…それはもとは女のもの。
国籍はアメリカ。年齢は15歳。
やや太り気味で胸が小さいのが悩み。
好きな食べ物はホットドッグで、嫌いな食べ物はグリーンピース。
交通事故により脳死する前は、初恋のクラスメイトとの交際を始めたばかりで、毎晩のようにどのタイミングで身体を許そうか考えながら自慰を…」
「ストップ!ストオォォップ!!
それたとえ気付いても
胸にダイレクトに感じる確実にオレのものじゃない羞恥に、思わず大声で叫ぶ。
ゴメンねオレの心臓の人!もう忘れたから!
あと、子供の頃は平気だったのにいつのまにか豆がなんとなく苦手になったのキミのせいだったんだね!!
「…まあそれはともかく、その女の心が生きていると同様、貴様の心の一部は死んだことになる。
同時に貴様は何か、生きていることに対する罪悪感のようなものを、常に抱えて生きているな。」
「……!?」
…言い当てられて、どきりとする。
オレが生きている事で、人生を歪められた人がいる。
少なくともオレが居なければ、あの子は普通に両親に愛されて幸せに暮らしている筈だった。
今が幸せだと思うたびに、その事が重くのしかかってきて。
だから、この国に帰ってきた。
あの子を探して、幸せかどうか確かめる為に。
「それらが複合し、異なる心の和合を妨げているゆえ、本来ならば免疫力さえ抑えれば正常に働く筈の健康な心臓が、咄嗟の酷使に対応しきれず誤作動を起こし…その結果、貴様は死んだ。
私の秘術により蘇生した今は、ほぼ無理矢理その誤作動を抑えている状態だが、それは保って三年。
その期間の間に、その罪悪感を取り除き、貴様とその心臓が真の和合を果たさなければ、今度こそ貴様は死ぬというわけだ。」
…まあ要するに、生き返らせはしたけど三年しか保たないよーって事か。
了解しましたー。
「いや、期限付きでも有難いですよ。
元々、いつ死ぬか判らない気持ちで生きてたんで。」
むしろ死ぬ時期が判ってるのなら、そこまでは大丈夫だって事だから、これまでより少し無茶ができる。
誤作動を抑えてくれてるってことは、あの苦しい思いを当分しなくて済むって事だろうし。
「まあ待て。
私が言いたいのはその三年、その先の未来を得る為に使わないかという事だ。
三年の間に貴様の中の、死への望みを消し去る事ができれば…その心臓と肉体が完全に和合し、その先も生きる事ができる。
その為に貴様は貴様の、真の望みを果たさねばならない。
…貴様の、一番の望みはなんだ?」
オレの…望み?そんな事は決まっている。
「…妹に、会いたい。それだけです。」
「違うな。それだけではない筈だ。
貴様の罪悪感は、その妹に対してのものの筈。」
…この男は、恐らく全部知っているのだろう。
これは質問ではなく確認なのだ。
「…オレを助ける為に、妹は金持ちの家に売られた。
あの子は最後まで、オレと離れたくないと言ってくれたのに、その望みが、オレの命と両立し得ないと知って、その運命を受け入れた。
…幸せになっていてくれれば、それでいい。
けど、どうしてもそう思えなかった。
そして、手がかりを見つけたと思ったところで、こんな事になって、確信が深まった。
…オレは、妹に幸せになってほしい。
もう一度会える事より強い望みがあるとすれば、それの他には…ない。」
オレ達の家は、オレの病気のおかげで貧しかった。
金持ちに引き取られた妹は、普通に考えればラッキーだった筈だ。
なのに、どうしてもそれを信じて、安心する事ができなかった。
幸せになっている事が、確認できればそれでいい。
けど、もし幸せじゃなかったら?
そう考えるに足る、理由があった。
黒と白。邪と聖。殺す手と癒す手。
どちらにも傾き得るあの子の力の価値は、本来オレなんかの命の対価となるべきものじゃなかった。
「では、貴様が考える妹の幸せとは、なんだ?」
「…多分だけど、大好きな人に、『おかえりなさい』って言える事。
そしてその人が『ただいま』って言ってくれる事。
それはオレ達肉親が、あの子から奪ってしまったものだから。」
オレは妹の手を離してしまった。
両親はもう二度と、彼女に『ただいま』と言うことができない。
「そうか。だが貴様の妹は、そんな当たり前の幸せすら手の届かない深淵に落ちている。
…
その幸せを妹に取り戻す手は、貴様のものでなくとも構わぬか?」
男にそう問われた時、何故だかあの人の姿が心に浮かんだ。
彼なら、或いはその深淵からあの大きな手で、妹を容易く引き上げるのではないか。
「……構いません。」
「ならば、その為の力を得る為、私の手を取れ。
貴様の血は『橘』の直系。
『氣』を操る
そう、それがオレ達の一族の秘密。
人を救い、また殺し得る秘術を、代々伝えてきた血統。
確かにそれは本来なら、オレが受け継ぐ筈だったものだ。だが。
「…父は、オレには才はないと。
だから妹に、一族の秘術を伝えたのですから。」
「それは、貴様の体がそれに耐え得るものではなかったからだろう。
今は私の術により、一番の弱点は克服できている。
…妹の幸せを見届ける為、それを与え得る男たちを、陰ながら救うのだ。
それがひいては、貴様自身を救うのだから。
さあ、橘 薫は死んだ。
今ここにいるのは私の息子、
…………………。
「…言っていいですか。」
「なんだ。」
「…そのまんまですよね?」
「そうだな。」
…この日からオレは彼の息子となり、氣を操り人に生気を吹き込む
こうしてオレの父となった、ちょっとネーミングセンスに難のあるこの男の名は
☆☆☆
「
義理の祖父となった人が高らかに宣言するのを、白装束と覆面の下で聞き流す。
と、オレ達白装束組の中でも期待の星である、一番小さい子が首を傾げているのを見て、その仕草が幼い頃とまったく変わっていないことに、つい吹きそうになった。
なのでささやかな仕返しとばかりに、とっておきの情報を、彼女にしか聞こえない音量で耳打ちする。
「あれ、飽きたら普通に喋り出すんで気にしなくていいから。」
オレがそう言ってやると、彼女はいきなり咳き込んで、それから慌てたようにオレの後ろの陰に駆け込んだ。
王炎蓮氏は真の最新刊で入塾した王先生の息子さんです。
本職は巨大中華レストランチェーンの会長さんらしいですが、そこの料理食べたらメッチャ元気になりそう(笑