茅場晶彦と交渉するのは簡単だった。魔法を餌に、約束を取り付け、その約束が成されたときには魔法を研究させてもいいと話した。
そして、その約束は今日の為に用意されていた。
二〇二二年七月。ソードアート・オンラインの正式サービスが始まったこの日、約束が履行されるか、私は試す為、ゲーム内の映像を魔法で見ていた。
この日の為に有給を取って自衛隊の寮で私は映像を眺めていた。そろそろ、茅場晶彦が全プレーヤーを集めて始まりの街の広場に登場する頃だと思うと、リンゴーンという鐘のような音色と共に始まりの街の広場に全てのプレーヤーが集められた。
始まりの街広場の上空に真紅の英語の文字が羅列されたものが表示されていた。
空を埋め尽くす真紅のパターンから血のような赤黒いものがどろりと垂れ下がり、その姿を変化させる。
現れたのは全長二十メートルはあろうかという真紅のフード付きローブをまとった巨大な人だった。その衣装はGMの衣装だった。しかし、そのフードの中に広がるのは虚ろ。
中に人はおらず、GMの衣装だけが不気味な異様をもって、そこに佇んでいた。
そして、よく通る男の声が聞こえた。
『プレイヤーの諸君、私の世界へようこそ』
茅場晶彦の声だと私は直ぐに分かった。
『私の名前は茅場晶彦。今やこの世界をコントロールできる唯一の人間だ』
始まりの街はざわついた。この中に私の弟、桐ヶ谷和人がいると思うと、一緒にいられない事が歯がゆかった。
『プレイヤー諸君はすでにメインメニューからログアウトボタンが消滅していることに気づいていると思う。しかしゲームの不具合ではない。繰り返す。これは不具合ではなく、《ソードアート・オンライン》本来の仕様である』
和人は今どんな気持ちなのだろうと私は心配だった。
『諸君は今後、この城の頂きを極めるまで、ゲームから自発的にログアウトすることはできない』
ここまでは原作と同じだ。茅場、約束を忘れるなよ。
『また、外部の人間によるナーヴギアの停止あるいは解除もあり得ない。もし、それが試みられた場合……ナーヴギアの信号素子が発する高出力マイクロウェーブが、諸君の脳を破壊し、生命活動を停止させる』
その言葉に私は目を伏せた。
『ちなみに、現時点でプレイヤーの家族友人などが警告を無視してナーヴギアの強制除装を試みた例が少なからずあり、その結果、残念ながら、既に二百十三名のプレイヤーがアインクラッド及び現実世界からも永久退場している』
私は固く目を瞑り、また、画面に目を戻した。分かっていたことだが、止められなかった自分が悔しくまた、悲しかった。
『この事実をあらゆるテレビ、ラジオ、ネットが繰り返し報道しているので、諸君らにはこうしたことは起こらないと言っておこう。安心して攻略に勤しんで欲しい。しかし、十分に留意してもらいたい。このゲームはもう一つの現実と言うべき存在だと。……今後、ゲームにおいて、あらゆる蘇生手段は機能しない。ヒットポイントがゼロになった瞬間、諸君のアバターは永久に消滅し、同時に』
続く言葉を固唾を呑んで見守った。
『諸君らはナーヴギアに幽閉される』
私はやっと詰めていた息を吐いた。茅場は約束を守ってくれた。
『諸君がこのゲームから解放される条件は、たった一つ。アインクラッドを攻略し、第百層のボスを倒してゲームをクリアすること。その瞬間、全てのプレーヤーが全員安全にログアウトされることを保証しよう。しかし、クリアされず全員がゲームオーバーとなったときにはこのアインクラッドと共に諸君らは現実からも永久に退場となる』
会場はざわめいた。
茅場は続けて、プレイヤーに手鏡をプレゼントした。
至るところで光が放たれた。
すると、先ほどとは違う顔ぶれが並んでいた。これが彼らの本来の姿なのだろう。
『以上で、《ソードアート・オンライン》の正式サービスチュートリアルを終了する。プレイヤーの諸君の健闘を祈る』
私は魔法で作ったホログラムウインドウを消し去り、姿現しをして、和人の部屋に向かった。
和人はナーヴギアを被り、ベッドに横たわっていた。
「和人……」
私はベッドに腰掛け、いつまでも和人を見詰め、動けないでいた。