黄金の運命【完結】   作:アイリス

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第二話「黄金期/1」

 

「私は姉ではなく、母としてあなたを鍛えます。故に、金時も私を姉ではなく母と思いなさい」

 

 具体的には——

 

「まず、私のことは母と呼ぶように」

「いや、いきなりそんなこと言われてもよ……」

 

 足柄山から頼光さんたちの本拠地である京の都へと連れていかれた俺は、早速頼光さんから教育を受けていた。

 

 上への説明としては、山姥退治に訪れた先で有用な人物を見つけたため、将来的に自らの配下とするために養子にした、と言うことにしているらしい。

 

 俺の立場は山姥の子ではなく、宮中に仕えていた坂田蔵人と彫物師の娘八重桐の子であり、頼光さんの養子であるとされた。

 

 名前も、金太郎から坂田金時と改めた。

 

 さて、そんなこんなで京の都にある頼光さんの屋敷につき、薄汚かった体をきれいに整えられ、まともな衣服を身に纏わされたと思えば、頼光さんの第一声がこれである。

 

 つい先日出会ったばかり。それも親の仇として出会った人を、いきなり母と呼べと言われても困る。

 

「……呼んでくれないのですか?」

 

 じんわりと目尻に涙を溜め、頼光さんが問いかける。

 心の底から悲しそうなその姿は、俺の中の罪悪感が猛烈に刺激された。

 

「お、追い追い! 追い追いそう呼ぶからよ!」

「本当ですか?」

「努力はする!」

 

 嘘ではない。母と呼ばないがために泣かれていたら大変だ。

 だが今すぐにそう呼べないのも事実。努力するとしか言いようがない。

 

「絶対ですよ?」

 

 そう念を押す頼光さん。

 おう、と返事をしつつ、約束してしまったのはまずかったかな……とも思う。

 

「さて、それではこれから母として、()として! あなたを鍛えます。あなたのためを思い、厳しくいくのでそのつもりでいるように」

「おう!」

 

 はっきりと返事をする。体は頑丈であるつもりだ。多少無茶な訓練にも耐えられるだろう。

 

「では、最初は礼儀作法からです」

「え?」

 

 礼儀作法?

 

「なりたてとはいえ、あなたは私の養子であり、将来的な配下ということになりました。上役の人間と会うことも多くなるでしょう。礼儀作法ができていなければ笑われてしまいます」

 

 厳しく行きますよ、金時。

 そう言って微笑む頼光さんの笑顔は、何故だか恐ろしく見えた。

 

***

 

 あれから約ひと月。

 礼儀作法の訓練がようやく終わり、人前に立っても恥ずかしくないと言われるようになった。

 ひと月近くかけてみっちり仕込まれた甲斐はあり、我ながら完璧とまではいえないものの、見れるようにはなったと自覚している。

 

「超大変だったぜ……」

「はっはっは。大将の訓練は厳しいからなあ」

 

 隣で笑うのは、頼光さんの直属の配下の一人、あの時刀を持っていた、髭を蓄えた大男——渡辺綱の兄貴だ。

 厳しい顔つきだが気持ちのいい男で、この一ヶ月のうちに仲良くなった。

 今では兄と慕うほどである。

 

「しかし、大将が子育てをすると聞いた時は心配したものだが、お前を見る限りでは大丈夫そうだな」

「ああ、頼光さんにはよくしてもらってる」

 

 訓練の時は厳しいが、普段はいい母親だ。良ければ褒め、悪ければ叱る。自分も忙しい身だというのに、俺の食事の面倒まで見てくれる。そして何より、俺を人として扱ってくれる。

 

 京に来てから思うことだが、やはり俺は異質だ。

 金髪碧眼という容姿の時点で、すでに忌み子扱い。頼光さんの養子という立場でなければ、すぐにでも追放されるか、あるいは切られていただろう。

 

 そんな存在を我が子のごとく扱い、愛してくれる。それのなんと有り難いことか。

 

「ちょっと頑固なところはあるけどな。……俺は今幸せだよ」

 

 俺はそう言って、鼻の下をこする。

 

 そう、これは得難い幸福だ。

 俺はかつて、自分が何者であるかわからなかった。

 獣でなく、人でなく、鬼でなく、神でなく。

 何者でもなかった。

 

 けれど、あの人が人であると言ってくれた。

 あたたかい、人であると。

 

 ならば俺は人であろう。人として生きよう。

 背筋を伸ばし、胸を張って。

 

 俺はそう決めて、今日を生きている。

 

***

 

「シィッ!」

 

 鋭く息を吐きながら、綱の兄貴にまさかりを振るう。

 雷光こそ宿してはいないが、己の怪力を持っての全力の一撃。

 しかしそれは殺意による一撃ではなく、信頼からの一撃だ。

 この程度で、相手が死ぬわけがない、と。

 

「まだ甘いな」

 

 案の定、綱の兄貴は余裕を持ってひらりと躱す。

 紙一重の回避は、いなすことができぬと悟ったからか。

 もしも刀でいなそうとするのならば、刀ごと砕いて見せる自信はあったのだが。

 

「お前の肉体に宿る力は、凄まじいものだ。この世界を広く見ても、お前ほど強靭な肉体を持つものはいないだろう」

 

 だからこそ。

 

「もったいない。お前は生まれ持っての感性でそのまさかりを振るっている。それは確かに正解なんだ。肉体が持つ力を十全に破壊力に転用している。しかし、十全程度ではだめだ」

 

 かかってこい。

 

 そう言って、綱の兄貴は手招きをする。

 

 まさかりをきつく握り、綱の兄貴へと駆け出す。

 

 振りかぶり、下ろす。埒外の筋力に裏打ちされた、神速の動作。俺という生物の限界である動き。それは極大の破壊力と、常識外の速度となって顕現する。

 

 そして、それを嘲笑う速度で動く相手の腕。

 

「これが」

 

 いつのまにか刀を捨てていた綱の兄貴は、素手によってまさかりをそらし、そしてその勢いのまま俺の手を掴んだ。

 あっと思う間も無く体が宙を舞う。まるで力を感じさせない投げ方。一切の力無く、ただ導かれるように投げ飛ばされる俺は、無様に地を転がった。

 

「技というものよ」

 

 綱の兄貴は言う。

 

「お前の力に技が加わり、十二分に力を発揮できるようになった時、お前は俺よりも強くなるだろう」

「本当かよ……」

 

 疑うように声を出す。

 少なくとも今、この男に勝てるありさまを想像できない。

 

「本当だとも。お前の力は俺とは比べものにならん。ならば、俺と同じ技を身につけた時、強いのはどちらかなど決まっているではないか」

 

 軽く言ってみせる綱の兄貴。

 しかしこの男がいる場所は武の頂。技術の終着点。そこにたどり着くまでにどれほどの年月がかかるだろうか。

 

「お前はまだ若い。いくらでも伸びるさ。焦りは禁物」

 

 そう言って綱の兄貴は俺を引っ張り起こした。

 

「さあ、鍛錬の続きだ」

 

***

 

 時刻は宵。

 日は落ち、夜が始まるころ。

 

「金時、初陣です」

 

 大将たる頼光さんが言う。

 いよいよ、俺は頼光さんの配下として戦いに出る。

 安倍晴明という陰陽師によれば、今日は特に多く怪異の類が出るらしい。故に、いつもは頼光さん、綱の兄貴、卜部、碓井の四人で一人ずつ持ち回りでやっている夜の京の警護も、全員が参加する。そこに、俺も加わる形だ。

 

「任務は京の守護。金時は、特に大内裏の守護です」

 

 大内裏とは、平安京の最奥。尊きお方があらせられる場所である。

 この京の中心であり、また心臓。ここが落ちれば、平安の都は崩れ落ちるだろう。

 

 ここは重要な場所ではあるが、同時に安全な場所でもある。大抵の妖魔は、ここに来るまでの間に頼光さんたちと、頼光さんたちが率いる兵たちが倒してしまうだろう。

 

「金時、何度も言いましたが、もう一度」

 

 そう言って、頼光さんは俺に忠告をする。

 

「見えるものを、そのまま信じてはなりません」

 

 良いですね。

 

 そう言って、頼光さんは俺をじっと見る。

 俺はしっかりと頷いた。

 

「では、私たちは行きます。金時、しっかりと務めを果たすのですよ」

 

 そう言って、頼光さん達は兵を率いて夜の京へと消えていった。

 

 それからしばらく。

 

 しっかりと務めを果たすのですよ、とは言われたものの。

 

「怪異の一匹もこねぇんじゃ務めの果たしようがねぇよなあ」

 

 有り体に言って、暇であった。

 気を抜いているわけではない。常に周囲に気を配り、鼠の一匹ですら見逃さぬほどには警戒している。

 

 しかし、だからこそ何も来ないというこの状況が暇で仕方なかった。

 

 ちらり、と周囲を見る。

 

 俺の配下、ということになっている兵どもも、そんな感じだ。

 警戒を緩めているわけではないが、さりとて暇だという気配を隠せているわけではない。

 

 そんなところに、俺が番をする朱雀門の前、九丈(二十七メートル)ほど先に、ポツリと人影が浮かんだ。

 

「なんだ?」

 

 それは子供の姿をしていた。

 幼い少女の姿をしていたそれは、ゆっくりとこちらに近づいて来る。

 

「おい、お前、こんな夜中に何しに——」

 

 それに、無防備に近づいていく兵の一人。

 

「おい! だめだ! 近づくな!」

 

 ()()()()()()()()()()()()|。

 それは、怪異退治の鉄則である。

 

「え?」

 

 俺は駆け出した。

 ぼんやりと、まるで警戒が薄れてしまった兵は、少女へと向かう足を止める。

 

 俺はそれに即座に追いつき、その兵を後方に放り投げた。

 

 瞬間、少女の気配が変わる。

 

「なんだ、気づいていたのか」

 

 それは地の底から響くような声だった。おぞましい化け物の声だった。

 

 少女の肉体はボコボコと膨れ上がり、醜く奇怪に変化する。肉が腐るような匂いが立ち込め、ついに少女の体は破裂した。

 

 そして、少女の中から現れ出る大怪異。

 

 百の足は怖気が走るように蠢き、いくつもの節に別れた長い体は硬い甲殻に覆われている。もたげた鎌首の先につく全てを噛み砕く大顎は、威嚇するように開閉を繰り返している。

 

 それは、あまりにも巨大な百足だった。

 

 鎌首をもたげたその姿は、塔と見紛うほど。地を這うその姿は川を埋めるほど。

 

 まさしく怪異。まさしく妖魔。まさしく魔性。

 

「こいつはまた、とんでもねぇもんが来やがったな」

 

 言いながら、手で兵達を下がらせる。これほどの相手に、雑兵は無意味だ。

 彼らが弱いという意味では決してない。目の前の敵が強すぎるのである。

 

「一人でいいのか? 人の子よ」

「へっ、てめぇなんざ大人数でよってかかってするほどの相手じゃねぇさ。オレ一人で十分!」

 

 挑発をかましながら、まさかりを構える。

 全身から黄金の雷光が迸り、肉体を活性化させて行く。

 

「よう言うた。ではかかってこい。食ろうてやるわ」

 

 不愉快な笑い声をあげながら、大百足がいう。

 俺はそれに答えるように、百足に飛びかかった。

 

***

 

「オラァ!!」

 

 気合の入った雄叫びとともに、まさかりを振るう。しかしそれは甲殻に弾かれ、傷を与えることはなかった。

 

「それなら!」

 

 叩きつけるのではなく、斬り砕くように。大百足の外骨格の隙間を狙い撃って、一撃を入れる。

 

 見事甲殻と甲殻の隙間に突き立ったまさかりは、大百足の肉をえぐり、体液を噴きださせた。

 

「ぐぅううう!!」

 

 苦悶の叫び声をあげる大百足。だが、これで終わりではない。

 

「こいつで、どうだッ!!」

 

 傷口に深々と突き立ったまさかりから、雷光を流し込む。炸裂する雷。迸る黄金の閃光が、大百足を焼いて行く。

 血肉が焼けこげる匂いとともに、大百足の悲鳴が聞こえて来た。

 

 暴れ狂う大百足。地面に体を叩きつけ、大百足に張り付く俺を剥がそうとする。

 

 俺は地面に叩きつけられるよりも先にまさかりを引っこ抜き、大百足から離れた。

 

「くっ、侮ったわ。小粒かと思えば龍の子か!」

 

 叫んで、大百足は大きく息を吸い込んだ。

 そして次の瞬間、呪詛の吐息が撒き散らされる。

 

「うおおおおおッ!!」

 

 人に死を与える極大の呪詛。闇色の霧として可視化するほどに凝縮された冥府への導き。おおよそ全ての生命体にとっての毒を解き放った大百足は、得意げに笑う。

 

 体を蝕む百足の呪詛。背筋が寒くなり、体の芯が冷えていく。

 

 だが——

 

それでやられるほど甘くはねぇ(黄金台風)!」

 

 心の臓の鼓動に合わせ、雷鳴が轟く。体の芯から雷を放出し、自らの体ごと呪詛を焼き尽くす。

 そのままの勢いで体外に雷を放ち、黄金の光を纏う。

 

 まさかりを握り、回転。

 

 旋風が巻き起り、雷が螺旋を描く。巻き起された小規模な黄金の台風が、呪詛を散らし、焼き尽くした。

 

 闇色の霧は晴れ、再び大百足の姿があらわになる。

 

「ぬぅ……!」

 

 憎々しげに唸り声を出す大百足、俺はそれに駆け寄り、再びまさかりによる一撃を入れていく。

 

「ぬぉおおおお!!」

 

 たまらず叫びをあげ、のたうつ大百足。

 

「だが!」

 

 長い体を利用してとぐろを巻き、まさかりを振るう俺を自分の体を壁として閉じ込めた。

 

「死ねぇい!」

 

 大百足の口から、地獄の業火が放たれる。

 赤く輝く灼熱は、とぐろを巻く大百足の体を炉として蓄えられ、中にいる俺を燃やし溶かそうとする。

 

「ぐぁあああああ!!」

 

 絶叫をあげる俺。じゅうじゅうと音を立てて外皮が焼かれ、体の中まで熱が通り始める。体が焼かれていく苦しみに、脳髄が発狂しそうになる。

 

 だが、それでも。

 

「俺は、勝つ!!」

 

 炎なんぞ、熱いだけだ。

 痛みをこらえ、熱さを無視し、まさかりを構える。

 

「吹き飛べ」

 

 一歩踏み出す。

 地が震えた。地震のごとき地響きは、しかし完全なる余波。その力のほとんどは地面ではなく膝の発条に蓄えられる。激発する力の奔流。蓄えられた力は一気に爆発し、俺は跳躍した。

 

 百足の口から流れ出る炎を切り裂きながら進む。

 天に輝く黄金、すなわち雷電の輝きが全身を纏い、そしてまさかりへと集中していく。白熱するまさかりは限界を超えて発光し、全てを焼き尽くす破壊を蓄える。

 

 限界を超えて稼働する全身の筋肉。弓なりになった体。蓄積された力はまさかりへと集中する。

 鍛え上げられた肉体、研ぎ澄まされた精神、そして輝ける魂が完全に合一し、技を放つ。

 

「必殺」

 

 黄金衝撃。

 

 爆発する力。全ての力が完全に解放され、甚大な破壊がもたらされる。それは天すら裂き、海すら割り、地すら砕く一撃。

 それを受けた大百足の頭は、硬い甲殻で守られていたにもかかわらず跡形もなく消滅し、展開した絶対的な破壊の余波は京の都を昼間のごとく照らし出した。

 

「一丁上がりってな」

 

 俺が地面に着地するのに遅れて大百足の体が地面に倒れ伏し、地響きが起きた。

 

 しかし、流石に疲れた。

 呪詛を吐くために自分の体に雷撃を流し、さらに炎で焼かれたのだ。

 全身大火傷。それに加えて呪詛の名残もある。これはかなり応えた。

 

 そして、得物も問題だ。

 まさかりは、俺の雷と力に耐えきれず、半ばから溶け落ちていた。

 特に、刃となる部分は完全に消え去っている。

 

 こりゃあもうどうしようもないな。

 

 まさかりは新調することにして、俺はほとんど柄だけになったまさかりを放り投げた。

 

 俺は再び門の番に戻ろうとして——

 

 影がかかる。

 

 振り向けば、大百足。天を衝く威容。呪詛を撒き散らしながら猛るその姿。

 

「我妻をよくも殺してくれたな」

 

 そうだ、百足は——番うのだ。

 

「旦那の登場ってか」

 

 これはちときついか?

 

 思いながら、脇差を抜く。

 逃げ出すことなど考えもつかない。

 俺は人を護る(つわもの)になると決めたのだ。

 あの人に誇れる人間であろうと決めたのだ。

 ここでビビって逃げ出すのは、男じゃねぇ。

 

 脇差を構え、覚悟を決めて——

 

「金時! 無事ですか!」

 

 紫電とともに、武者が来る。

 

 紫の雷を迸らせ、刀を大百足へと突き刺しながらその頭へ着地した彼女は叫ぶ。

 

「——頼光の大将!」

 

 人々の希望の象徴。魔を断つ剣たる彼女が、参戦した。

 

 頭を振り、頼光さんを吹き飛ばそうとする大百足。

 頼光さんはそれより一足先に跳躍し、俺の横へと舞い降りた。

 

「あの百足たちは人に化けるのではなく、人に入り込んでこの都に入ってきたようです。そのせいで私たちも見逃してしまっていました」

 

 なるほど、だからこそあれほどの大怪異が大内裏の前までたどり着いてしまったのか。

 

「下がっていなさい金時。あれは母が倒します」

「いいや、俺もまだ戦える。手助けくらいはさせてくれや、大将」

 

 そう言って、脇差を構え、再び雷を纏い始める。

 

「……無理をしているわけではないようですね。全く、仕方のない子です。行きますよ金時」

「おう!」

 

 返事をして、駆け出す。

 紫と黄金の雷が尾を引きながら、大百足へと向かって行った。

 

***

 

 遠くに、朝日が見えた。

 日の出である。

 

「終わったか……」

 

 呟いて、その場に腰を下ろす。

 

 頼光さんと二匹目の大百足を退治した後も、あの百足ほどではないにせよ凶悪な怪異たちが現れ、連戦に次ぐ連戦だった。

 

 それでもその全てを斬り伏せ、俺は任務を全うした。

 

 日の出がくれば、人の時間。怪異たちは去り、平穏な日常がやって来る。

 兵士たちも、ようやくの日の出に安心したようで、お互いに労いの言葉をかけていた。

 

「お疲れ様です、金時」

 

 大百足を退治した後、再び街へと駆けて行った頼光さんも戻ってきた。

 俺に労いの言葉をかけ、座り込んだ俺を引っ張り起こす。

 

「初陣にしてあの大百足を一人で打ち取り、他にも多くの怪異を斬り伏せたその功績、素晴らしいものでした」

 

 頼光さんはこちらを見る。

 

「——あなたは、自慢の息子です」

 

 そう言って、俺を抱きしめた。

 

 ああ、俺はあなたに胸を張れる息子であれたか。

 その言葉に安心して、俺は笑った。

 

***

 

「金時、先日の戦働きに報いる品を渡します」

 

 百足によるやけどもすっかり治った頃、そう言って、頼光さんは俺を外に案内した。

 

「戦働きに報いる品って、褒賞ならもうもらったと思ってたが」

 

 そう、俺はもう初陣の褒賞はもらっていた。金品と位。それに刀を一振り。授与式もすでに終わっており、これ以上もらえるものなどないはずだ。

 

「それは公的なもの。これは母からの気持ちです。息子の初陣祝いを送るのです」

 

 そう言って、頼光さんは布に包まれた巨大なものを渡してきた。

 

「これは……?」

「開けてみてください」

 

 言われた通りに包んでいる布を剥ぎ、中身をあらわにする。

 

 そこにあったのは、見事なまさかりだった。

 鋭く、それでいて肉厚で重厚な一振り。大ぶりなそれは、握ってみれば手にしっかりと馴染んだ。

 軽く振ってみれば、気持ちがいいくらい俺向けの武器だと感じる。まともな人間ではわずかに持ち上げることすら不可能なその重みは、俺の怪力を持ってすれば無双の武器に早変わり。

 そして何より、それは俺の魂と馴染んでいるように思えた。

 

「金時の力と雷にも耐えられるように作らせました」

 

 言われて雷を流してみれば、まるで拒絶する気配がなく、それどころか雷が増幅される。

 俺の中に流れる雷神の血と、抜群に相性がいい。

 

「雷神にゆかりある鍛治師に作らせたものです。金時とは相性がいいはずですよ」

 

 その通りだった。驚くほど、俺のために作られている。

 

「こいつは、すげぇ……」

 

 感嘆の言葉が漏れ出す。

 こんなに上等な武器を握ったのは初めてだった。

 生みの親から渡されていたまさかりや、こちらに来てからこしらえられたまさかりも悪いものではなかったが、これと比べれば月と鼈だ。

 

「ふふ、気に入ってくれたようですね」

 

 柔らかく微笑む頼光さんに、俺は素直な感謝を示す。

 

「ああ、最高だぜ! ありがとう、大将!」

 

 刀もいいが、俺にはやっぱりまさかりがしっくりくる。

 最高の贈り物をもらっちまった。これに報いるためにも、さらに武功をあげねば。そう思いながら、俺はまさかりを握りなおした。

 

***

 

 初陣を済ませてから随分と立つ。

 京の夜警もなんどもこなし、時には遠くへ怪異退治に出かけ、幾度となく実戦経験も積んだ。

 

 渡辺綱、卜部季武、碓井貞光と合わせ、頼光四天王とも呼ばれ始めたこの俺は、体も育ちきり、戦士として成熟したと言っていいだろう。

 

 そんな頃、突如として頼光の大将が倒れた。

 

「瘧病ですな」

 

 医者によれば、そうであると判断された。

 瘧病とは熱病で、三日から四日ごとに高熱を出すことを特徴とする病だ。

 病が特定され、薬が処方された。これで頼光さんもよくなるだろうと思った。頼光さんは病に負けるような人ではない。すぐに元気になって、また元の笑顔を見せてくれるだろうと思った。

 

 しかし、予想に反して、頼光さんはいつまでも床に伏せったままだった。

 

 頼光さんの布団の横に座り、どうすることもできずただ見つめる。

 

「大将……」

 

 熱に苦しみ、凛とした姿は見る影もなくやつれてしまった頼光さんを見る。

 考えたくはないが、頼光さんは死に近付きつつある。

 このままでは、間違いなく死んでしまうだろう。

 

 こんなことがあっていいのか。

 京の都を守護し、無数の命を救って来た彼女が、病に負けてしまうなど。

 

 こんなことがあっていいのか。

 この俺が、頼光さんの危機に何もできないなど。

 

「くっ!」

 

 歯をくいしばる。何もできない自分が情けない。

 

「金時……そこにいるのですか……」

 

 熱に苦しむ頼光さんが、俺に気づいて声を出した。

 

「ああ、大将。俺はここにいるぜ」

 

 安心させるように声を出そうとしたのにもかかわらず、声が震えてしまった。

 

「大丈夫ですよ……金時。母は……大丈夫です……」

 

 こんな時まで俺を安心させようとする頼光さん。

 それに俺は、何もしてやれない。

 

「金時、手を……」

 

 頼光さんが布団から手を出した。

 俺はそれを両手で握った。

 

 悔しくて、涙が出そうだった。

 

 何か、俺にできることはないか。

 何か——

 

 ふと、頼光さんの手から伝わる感触に、覚えのある違和感があった。

 巧妙に隠されてはいるが、それはあの大百足が放った呪詛に似ていた。

 

 これは、病ではない!

 

 それに気づいた俺は、再び意識を落とした頼光さんの手を布団の中にしまい、駆け出した。

 

 あれは呪詛だ。それも、あの大百足が放ったものより何倍も重く、狡猾な。

 病に見せかけた呪詛。それが頼光さんを蝕んでいるのだ。

 

 俺は町をかけ、とある屋敷にたどり着いた。

 

 驚く召使いたちを無視して、中に入る。

 どうせ驚いたのも全て()()だ。ここに人間は一人もいない。いるのはただ式神だけ。

 

()()! いるんだろう!」

 

 俺は叫ぶように名を呼んだ。

 この屋敷は広い。それも、見かけ以上に。術で境界をいじっているとかなんとかで、見かけの何倍も広い屋敷を、一部屋ずつ見ていくわけにはいかない。

 

「うるさいな。そんなに叫ばずとも聞こえるよ」

 

 そんな風に、俺の背後から声がかかる。

 俺が振り向くと、そこには狩衣を着た美しい青年がいた。

 俺より随分と低い、五尺四寸(百六十五センチ)ほどの背。華奢な体つきは俺とは対照的で、触れれば砕けてしまいそうな繊細さを感じる。

 眉目秀麗。涼やかな表情は、俺の大声のせいかわずかにしかめられている。

 総じて、夢にあるのか現にあるのかさえ定かではないような、神秘的な男だった。

 

 この男こそは、最強の陰陽師——安倍晴明。

 

「お前に頼みがあって来た!」

()()()()()|。そろそろ来る頃だと思っていたよ」

「あの人の、頼光さんの——」

「病は呪詛だった、だろう?」

 

 何故それを、と思ったのが顔に出たのか、晴明は説明を始めた。

 

「君も知っているだろう。かつて、僕は竜宮に招かれたことがあってね。その時に目を授かったのさ」

 

 未来を見通す目をね。

 

 にわかには信じられない話だが、俺たちはそれを信じている。

 なにせ、当てるのだ。

 未来について、この男は見事に言い当ててみせる。

 

 それはさして重要ではない。重要なのは。

 

「知っててなんで——」

「黙っていたか。それは、時期を待っていたのさ」

 

 未来が見えるゆえか、この男はこちらが言う言葉の続きを口にしながら喋ることが多い。

 

「君が来ることによって、時期が揃う。源頼光にかけられた呪詛を、確実に祓える時期がね」

「どう言う意味だ?」

「要は、君から僕のところへこないことには、あの人の呪詛は解けなかったと言うことさ」

 

 もっとも。

 

ジェイルオルタナティブ(代替可能)。全ての物事には代えが効く。君がこなかったとしても、その役割は別の人間が担っただろうけどね」

 

 相変わらず、わけのわからないことばかりいう男だ。

 この男の言うことを理解しようとするのは、知り合って早々に諦めていた。

 特に最初の言葉など、どこの言葉だそれは。

 

「はるかな未来。世界中で使われるようになる言葉さ。もっともこれは、日の本の物書きが作った造語だがね」

 

 どうやら未来の言葉だったらしい。わからなくて当然である。

 

「ともかく、源頼光にかけられた呪詛を払う方法を教えよう。あの才能を失うのは僕としても惜しいからね」

 

 教える、と言うことは、俺がやるのだろうか?

 残念ながら俺には陰陽術の心得はない。頭を使うことはからきしだ。

 

「大丈夫、君のおつむにはかけらも期待していないから。期待しているのはその力の方さ。君はいつもどうり暴れてくればいい」

 

 馬鹿にされたような気がするが、今はそんなことで言い争っている場合ではない。

 

「なんでもいい! 早くその方法とやらを教えてくれ!」

「そう焦るなよ。少なくとも君が戻るまでは源頼光は死なない」

 

 その言葉に、わずかに安堵する。

 とにかく、この男が断言すれば絶対にそうなのだ。

 その予測が外れることはない。

 だからこそ俺は落ち着いて晴明の言葉を聞けるようになった。

 

「それじゃあ教えるぞ。簡単なことさ、まずは——」

 

***

 

 夜。俺は頼光さんが寝る部屋へと入って来た。

 

「大将……」

 

 今助ける。

 決意を胸に、持ってきた道具を枕元に置く。

 

 それは太鼓だった。太鼓などの音色は、魔を祓う力がある。特に、まがいなりにも雷神の子である俺が演奏すれば、それは至上の魔除けになる。

 

 雷を身に宿し、撥を持つ。

 この太鼓と撥は晴明が作った特別製であり俺の雷にも耐えられるらしい。

 

 撥を振り下ろす。

 

 ドオォォン。

 

 清らかな音が鳴り響くと共に、部屋の中を雷が駆け巡る。それに苦しむように、頼光さんの体から呪詛が立ち上った。

 

 ——お出ましか。

 

 思う。どうやら、この音は呪詛に効くらしい。

 

 ドオォォン。

 

 ドオォォン。

 

 ドオォォン。

 

 繰り返し音を響かせ、晴明から習った魔を祓う音楽を演奏して行く。

 

 ドオォォン。

 

 ドオォォン。

 

 ドオォォン。

 

 演奏の一音一音が響くたびに、頼光さんの中に巣食う呪詛が苦しみ悶えるのがわかる。

 

 ドオォォン。

 

 ドオォォン。

 

 ドオォォン。

 

 音が響く。魔を祓う音が。祓い給え、清め給え。意思を込めて太鼓を打つ。

 黄金の雷電が音と共に迸り、頼光さんにかかる呪詛を弱らせていく。

 

 が、祓うまでには至らない。

 

 しかし、それも織り込み済みだ。

 

 ドオォォン。

 

 ドオォォン。

 

 ドオォォン。

 

 音が響く。清らかなる音が。呪詛はその音に耐えかねたようで、音の根源たる俺に呪詛がまとわりついた。

 

 ——来た。

 

 待ちかねた瞬間が来た。呪詛の中に引きずり込もうとする誘いに、俺は晴明が言った通り逆らわず身を任せた。顕現した呪詛、どろりとした闇色の霧に導かれるままに、頼光さんの中へと吸い込まれる。

 

 そして俺は、頼光さんの夢の中へと入って行った。





金時くんが太鼓を鳴らして頼光さんの夢に入るのは、型月的には史実です。
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