黄金の運命【完結】 作:アイリス
ここが、夢の中か。
赤く染まった空、積み重なる骨の大地、うずたかい屍の山、腐臭漂う血の川。
そこはまさしくこの世ならざる地獄だった。
見れば、遠くで少女がうずくまっている。
その周りには、無数の怪異、無数の悪鬼、無数の怨霊。それは、かつて頼光さんが打ち倒して来たものだった。
怨嗟の言葉を吐き、聞くもおぞましい声を上げ、少女を責め立てる怪異ども。
それに何を言うでもなく、ただ涙を流し、うずくまる少女。
夢の中は精神と魂が物を言う。
晴明曰く、夢の中で肉の体は意味がない。夢の中で形を作るのは精神であり、夢の中で力を振るうのは魂なのだと言う。
ならば、あの涙を流す少女は。
長い黒髪の、未熟ながらも清らかな美しさを放つ少女は。
頼光さんの、精神だと言うのか。
あの少女が戦っていたのだ。
無数の怪異と、無数の悪鬼と、無数の怨霊と。
それは、それほど辛く尊いことか。
自らの手を見る。俺の体は、現実のものと同じだった。自他共に認める逞しい肉体は、夢の中でも現実と変わらず動いてくれる。それどころか、現実よりも体が軽くさえ思う。
いつものまさかりもいつの間にか手に握っていた。
これなら問題はない。
体が白熱する。雷が全身を纏い、それどころか体そのものが雷になったよう。
体を深く沈め、ためを作る。心の臓の鼓動に合わせて生じる力が渦巻き、蓄積される。限界を超えて溜まった力を解放すべく、一歩踏み出す。
「吹き飛べ」
瞬間、大地が割れた。骨の大地が砕かれ、骨の破片が宙を舞い、それすらやがて雷に焼かれ灰と変わる。
その力の反作用を利用して、空中へとおどり出る。天へと掲げる雷を纏ったまさかり。炸裂する雷電は一点へと集中し、まさかりを黄金に輝かせる。
「必殺」
雷電が輝く。現実世界で同じことをすれば、自らの体すら燃え殻になるであろうほどに雷を迸らせた。
魂が白熱しているのがわかる。
俺の魂の鼓動に合わせ、無限の力が生産される。
それを全てまさかりに注ぎ込み、そして頼光さんの周りにまとわりつく怪異たちに叩きつけた。
黄金衝撃。
炸裂する絶対の破壊。それは頼光さんに傷一つつけることなく、怪異全てを焼き尽くした。
雷光が触れる側から消し飛んで行く怪異たち。炸裂する無限の力が瘴気を祓い、頼光さんの周りが正常な空間へと戻る。
「助けに来たぜ、大将」
着地して、頼光さんの方を振り向いた。
幼い姿の頼光さんは、俺を見て流す涙を止めた。
「金時……?」
「ああ、そうだ」
答えて、再び前を向く。
「待ってろ。こんな悪夢」
俺が吹き飛ばしてやる。
魂を激発させる。この世界での力の使い方はよくわかった。
要するに、意地の張り合いだ。
俺の魂と相手の魂のぶつかり合い。自分の意地を通した方の勝ち。
なら、俺が負けるはずがない。
全身が雷となる。いまの俺は人型に凝縮された落雷だ。
赤龍から受け継いだ雷を、十二分以上に発揮できる。
渦巻く螺旋の雷。その全てを極限まで圧縮する。煌々と輝く俺の体は、今や破壊の化身だった。
「行くぜ!」
そして、解放。
解き放たれた俺自身は、轟雷となって世界を焼き尽くす。
悪夢の全てを焼き尽くし、この場にはいない、こんなくそったれた呪詛をかけた相手にまで雷を届かせる。
血の川が蒸発する。限界を超えた熱に耐えきれず、腐臭漂うそれは一瞬にして気化し、気体となったそれすらも消滅した。
屍の山が消し飛んだ。極大の雷撃は大破壊となって顕現し、うずたかく積み上がる屍を火葬した。
骨の大地が塵となる。焼き滅ぼされ、灰となり、それすらも消え去って行く。
赤い空が切り裂かれた。刃となった雷が、空を裂いて青空を取り戻す。
そして、この悪夢を送り込んだ糸を伝い、黒幕へもわずかながら雷が届いた。
後に残ったのは、ただひたすらに青い晴れた空と、みずみずしい大地のみ。
「一丁上がりってな」
呟いて、振り返れば。
胸に、小さな衝撃。
見れば、幼い頼光さんが俺に抱きついていた。
「金時! 金時!」
涙を流し、俺の名を呼ぶ幼い頼光さん。
俺はその頭を撫でながら、「もう大丈夫だ」と呟いた。
***
気がつけば、俺は頼光さんが寝ていた部屋で目覚めた。
ただし、布団に入っていた頼光さんは既におらず、俺はきっちりと布団で寝かされていた。
あれからどうなったのか。頼光さんは大丈夫なのか。
あれほど綺麗に呪詛を吹き飛ばしたのだから、きっと大丈夫だろうと思いつつ、布団を出て部屋を出る。
「大将! 頼光の大将!」
名を呼びながら、屋敷の中をめぐる。
「母はここですよ」
厨の近くで名を呼ぶと、厨の中から声が聞こえた。
「頼光の大将!」
急いで、厨の中に入る。そこでは、生気の戻った頼光さんが、飯の支度をしていた。
「大将、大丈夫なのか!?」
「ええ、もうすっかり。これも全て金時のおかげです」
そう言って笑う頼光さんは、本人の言う通り元気に見える。
「今は金時のためにご飯を作っています」
「大将、病み上がりなのにそんな……」
「大丈夫です。体の中の悪いものは全て消えた感覚がしっかりとあります」
断言する頼光さん。たしかに、もう呪詛の気配はしないし、やつれていた顔も普通に戻っていた。
寝込んでいたせいかやや痩せているように見えるが、この分ならすぐに戻るだろう。
「ありがとうございます、金時。あなたがいなければ、きっと私は死んでいたでしょう」
そう言って、頼光さんは目を閉じる。
「愛していますよ、金時」
頼光さんは静かに俺を抱き寄せた。
夢の中で見た少女の姿に、重なったような気がした。
***
「神楽岡だ」
頼光さんに、今回の呪詛の黒幕がいるであろう場所を伝える。あの悪夢を吹き飛ばすため、最後に放った雷は俺自身だ。俺自身が雷となって放たれたのであり、それが届いた先を知るのも当然と言える。
神楽岡とは京周辺にある墓地の一つだった。
「神楽岡ですか」
「ああ。そんで、敵は多分
「蜘蛛?」
そうだ。あの時、俺の雷は糸をたどって敵に届いた。糸を扱うような怪異といえば、蜘蛛だろう。
「蜘蛛じゃなくても、糸を使うようなやつだ。敵は糸を伸ばして頼光さんに呪詛をかけていた」
「なるほど、貴重な情報です」
頷く頼光さん。
「綱たちも呼びましょう。私が一度は追い込まれた相手です。全員でかかったほうがいい」
「そうだろうな。俺も、ちょっと切り札を使う準備をしとくぜ」
俺はそう言って、かつての住処である足柄山にいた熊を思い出す。
「切り札?」
「ああ、昔の縁でな。すげぇ熊公がいるんだよ。今でも、呼べばきてくれるだろうからな」
かつて相撲を取り、そして勝利し、認め合った熊だ。あいつがいれば百人力だろう。
「足柄山のですか。あそこは一種の異界ですからね。そこの熊ともなれば、頼もしいでしょう」
「おう、決して期待外れじゃあないと思うぜ」
そこで、ふと昔の記憶が刺激される。
あの時であった鬼の少女。彼女はどこで何をしているのだろうか。
京に来ると言っていたが、彼女もこの京にいるのだろうか。
もしいるのなら、少し、会いたいと思った。
***
頼光さんの体調が万全になったのを目安に、頼光の大将、渡辺綱、卜部季武、碓井貞光、俺の五人は神楽岡へと向かっていた。
なんでも、近頃あの辺りでは人が消えると言う噂がすでにあったらしい。
十中八九、頼光さんに呪詛をかけた怪異の仕業だろう。
馬を走らせ、蓮台野のあたりに差し掛かった頃、綱の兄貴が上空を指した。
「頼光さん、あれを!」
そこには、飛翔する髑髏がいた。
青い火を撒き散らしながら宙を舞う髑髏。
「付いて行きましょう。向こう側が道案内してくれると言うのなら手間が省けると言うもの」
頼光さんの判断に全員が頷き、俺たちは髑髏について進んで行った。
進んでいくと、どんどんと神楽岡の方へと近づいていく。
「やはり金時の言う通りだな」
綱の兄貴が言う。やはり今回の決戦の地は神楽岡であるらしい。
しばらく馬を走らせ、夕刻に差し掛かった頃、俺たちは神楽岡にある、一軒の屋敷の前にたどり着いた。
元は立派だったのだろうが、ずいぶんな荒れ果てようだった。
門には蔓草がはびこり、鳥の巣ができている。庭は草木が生い茂り、元の様子を想像すらできない。
建物はかろうじて崩れていないが、朽ち果てているとしか形容しようがない。
「これは……」
「いかがなさいますか頼光殿」
季武と貞光が言う。
これは明らかな罠だ。屋敷からは瘴気が立ち上っているし、中は間違いなく異界と化しているだろう。
見た目はただのぼろ屋敷だが、中までそうとは限らない。
「罠ならば食い破るまで。行きますよ」
頼光さんの言葉に、それでこそと頷く。
罠風情で足踏みしていて、京の守護は務まらない。
俺たちは全員で、屋敷の中へと入って行った。
***
中は広い。見た目のぼろからは想像できぬほど。
おそらく、晴明の屋敷と同じように境界がずれているのだろう。
玄関を上がり、左右に襖のある広い廊下を歩いていく。ところが、いつまでたっても廊下の果てにつかない。
だんだんと、廊下がねじれていく。それは奇妙な感覚だった。廊下をまっすぐと進んでいるのに、いつの間にか天井を歩いているような、そんな奇妙なねじれだった。
そして、それでも廊下を歩いていると、前方で左にある襖が開いた。
そこからは老婆が現れた。
老婆は恭しくお辞儀をすると、口を開いた。
「ようこそおいでくだ——」
「消えなさい」
それを、頼光さんが一閃する。きらめく刀。
ぽーんと面白いように老婆の首が飛び、そして切れた首から血の代わりに小さな蜘蛛が無数にこぼれだした。それらは頼光さんへと襲いかかり、雷によってその全てが焼き払われた。
「敵の誘いに乗れば何か見えて来るかと思いましたが、無意味ですね。この屋敷を破壊し尽くせば何か見つかるでしょうか」
そう言って、刀を構える頼光さん。
「かくれんぼの必勝法を知っていますか? かくれんぼに勝つならば——隠れられそうな場所を全て焼き払えばいいのです」
無茶苦茶な理論だが、要は隠れている奴をあぶり出すと言うことだ。
俺たちは武器を構え、屋敷を破壊し尽くすべく攻撃を始めようとする。
「くっははは! 貴様らに小細工は効かぬか! ならばこちらも応えよう! 者共、行け!」
どこかからかおぞましい声が響くと、襖が一斉に開き、数十数百の怪異たちが溢れ出す。
鱗粉を撒き散らす巨大な蛾。大顎を持った大百足。人を丸呑みにできそうな大蛇。首だけの山犬。浮かぶ青い火を纏った髑髏。蛇の尾を持つ大鴉。魚の如き特徴を持った人型。奇妙に蠢く肉塊。奇怪な声で笑う尋常ならざる巨顔の尼。
それら無数の怪異が一斉に襲いかかってくる。
「なかなかご機嫌な展開になってきたな!」
叫んで、雷電を迸らせる。屋敷の暗闇を照らし、瘴気を祓う黄金の光。
踏み込んで、まさかりを横薙ぎに振るう。
飛びかかってきた怪異たちが真っ二つに切り裂かれ、血と臓物がぶちまけられる。
綱の兄貴や季武、貞光も各々の武器を振るい、怪異たちを退けて行く。
綱の兄貴の刀がほぼ同時に十度振るわれ、十に別れた剣閃が十の怪異を左右に分かつ。
季武の弓が破魔の矢を放ち、怪異の群れへと瘴気を祓う矢の雨を降らせる。
貞光の槍が横一文字に振るわれ、怪異をまとめて叩き切り、吹き飛ばす。
そして真打たる頼光さんが、その刀に紫電を集中させる。白熱する刀は、この世の全ての光を集めたかのように輝く。渦巻く超級の破壊が一点に蓄えられ、収束した。
そして、放たれる激雷。
拡散した紫電は轟音を響かせながら俺たちをすり抜けて怪異を焼き尽くす。それはまさに神の鉄槌。圧縮された雷の解放は、極大の大破壊を生み、全てを跡形もなく消しとばす。
怪異はその全てが蒸発し、姿を消した。あれだけ多くいた怪異が一瞬にして消し飛ばされるとは。
一匹一匹は初陣の時の大百足のような超級の怪異ではないとはいえ、それでもそれなりの強さを持った怪異たちだ。さすがは頼光さんと言ったところだろう。
怪異が消え去り、一瞬空気が弛緩する。
その瞬間——
「大将! 後ろだ!」
頼光さんの後ろに、一人の女が立つ。
それは、気持ちが悪いほど美しい女だった。
この世の全ての美を詰め込んだかのような、いびつな輝かしさ。美しいものだけを集めて作られたかのようなその姿は、だからこそ吐き気がする。
その女は右手を振りかぶり、頼光さんへと貫手を放った。
「——ッ!」
俺の声にかろうじて反応して、転がるようにその場から離れる頼光さん。
空を切る貫手。
いや、その手にはわずかに血液が付着していた。
頼光さんの方を見れば、肩を抑えている。どうやら、肩の肉を持っていかれたようだ。
「くくく、心の臓をもらうつもりであったが……。またも邪魔してくれたな、龍の子よ」
「てめぇが黒幕か」
言って、まさかりを構える。
黄金の雷を滾らせ、黒幕たる女を睨みつける。
「そうだ。坂田金時。私はお前に会うときを待っていたぞ……。ほら見ろ。この手も、こんなに焼けてしまって……。この傷はお前の血肉を喰らうことでしか癒されんぞ」
そう言って、衣に隠されていた左腕を見せつける女。
女の左腕は、焼け焦げてぼろぼろになっていた。
「へっ、ざまぁねぇな。
挑発を一つ。まさかりに黄金の光を宿し、突撃する。
「ふん、せっかちなことだ。死に急ぐこともあるまいに」
女はそう言うと、牙をむき出しにして迎え撃つ。
袈裟斬りの軌道でまさかりを振り下ろす。
踏み出した下半身から爆発する力を上半身へと移し、全身の筋肉で荒れ狂う力を一点に集中させる。骨が軋む音が聞こえるが、それを聞いてなお臆さず力を込める。
腕が赤く染まる。晴明曰く、俺の腕には赤龍の尺骨が宿っている。それを意識し、神の力たる雷——神鳴りを引き出す。
たとえ何かで防がれようと、それごと両断するつもりで叩き斬る——!
対する女は腰を深く落とし、体を弓のように引き絞った。
全身の筋肉で螺旋を描き、ねじり、貫通力を増した拳を繰り出す女。それはさながら昇り竜のごとき拳。
激突するまさかりと拳。
そして、強烈な轟音が鳴り響いた。
お互いに、驚きに目を見開く。
俺のまさかりは、女が繰り出した拳の半ばあたりまでを縦に食い込むように切り裂き、そこで止まっていた。
「私の神鉄より硬き体を裂くか……!」
全身全霊で繰り出したはずの一撃を防がれ、俺の方も驚愕する。
これほどまでに硬い相手に出会ったのは生まれて初めてだ。
女は白い血を噴き出させながらまさかりから腕を引き抜き、俺から距離をとった。
「両腕ともお前に潰されるとはな。坂田金時、よもやそこまでとは——」
そこに、三本の矢が飛来する。季武の援護だ。
「チィッ!」
それを火傷している方の手で叩き落とした女は、跳躍しさらに距離をとった。
「坂田金時! 貴様は私が殺す! 追ってくるがいい!」
叫びながら、姿を消した女。
後には、導くように点々と白い血の跡が落ちていた。
「逃げられたか」
俺は言って、頼光さんの方に駆け寄る。
「大丈夫か? 大将」
すでに貞光によって軽い手当てを受けていたようで、傷には布がまかれていた。
「問題ありません。それより、早く追いましょう。金時が与えてくれた傷を直されぬうちに」
俺たち四人は頷いて、先を急いだ。
***
白い血を追いしばらく進むと、山中の洞窟に行き当たった。
『よくぞきたな。今度こそ貴様らを殺してやる!』
脳髄に直接響く、深淵から轟くような声。
「はっ、おめおめと逃げ去った臆病者がよく吠えるな」
俺が言うと、洞窟の奥から明確な怒気が伝わってくる。
『先ほどまでは貴様たちを侮っていた。だが、もはやそれもない。正真正銘、本気で以って——』
殺してやろう。
そして、化け物が現れる。
洞窟から這い出してきたのは、蜘蛛。
八本の足のうち二本は切り裂かれ、焼かれている。
全身に生えた毛は硬質で、針のよう。
口に携えた牙は鋭く、そこから毒液が滴り落ち、落ちる先の地面を溶かす。
目は爛々と赤く輝き、それは炎のよう。
そして何より、途方もなく巨大。小山のような巨躯は、
常識外の巨体を持つその蜘蛛は、長い足をおぞましく動かし、俺たちの前に姿を現した。
途方も無い怪異だった。尋常ならざる妖魔だった。
これこそ大妖怪、土蜘蛛。
俺たち全員でかかったとして、万に一つ勝ち目があるかどうか。
それほどの化け物が、目の前にいた。
「へっ、上等じゃねぇか」
しかし、俺は一歩足を踏み出した。
「大将、ここはオレにやらせてくれや」
そう言った俺を止めようとする綱の兄貴は、しかしそれをすぐさま諦めた。
滾る俺の怒気が、綱の兄貴に口を出させなかったのだ。
俺は有り体に言って激怒していた。
俺の大将を、大恩ある人を、俺を育ててくれた人を、傷つけたこのくそ野郎に。
天に手を掲げる。雷が迸り、天まで届く。
「来い、熊公! 大暴れの時間だ!」
俺が放った声は、野を超え山を越え遠く遠く、足柄山へと届く。
足柄山の奥で、その声を聞いた門が
遠き日、空から降ってきたその熊は、俺と戦い、その結果互いに認め合い、そして永遠の友情を誓い合った。
星々を旅したと語るその熊は、星を渡る船が壊れて足柄山に着地したのだと言う。
ある日船が直ったと言って、故郷へと帰って行った熊は、しかし俺にあるものを残してくれた。
それこそが、門。星と星をつなぐ門であるそれは、俺がいつか本当に熊の力を必要としたときに起動し、熊を再びここへ呼ぶのだと言う。
——なあ、それは今だろ。
俺は思い、熊を呼ぶ。
その声は時を超え、空間を超え、星界の彼方へとたどり着いた。
『よっしゃ! 金時、今行くぜ!』
星々の彼方より、門をくぐって熊がやってくる。
空を飛ぶ熊は光すら超えて飛翔し、足柄山からこの京の山へとやってきた。
『よう、兄弟! 久しぶりだな!』
そう言って、空から熊公が降りてくる。
「久しいな熊公! 早速だが、ぶっ倒さなきゃならねえ奴がいるんだ! 力を貸してくれ!」
『いいぜ兄弟! 俺たちの力を見せてやろう!』
変形合体。
熊の体に亀裂が入り、そこから音を立てて変形して行く。毛皮の中から鋼の硬質な輝きが現れ、どんどんと形が変化して行く。
そこに俺は飛び込んだ。
すると変形は俺を纏うように行われ、鋼の輝きが俺を覆って行く。
俺から迸る雷光が変形を加速させ、異次元の法則によって作り上げられたその具足は顕現した。
「『装着完了——黄金大熊具足!』」
鋭角が多用された、鋭くも重厚な大具足。
土蜘蛛と比べても見劣りせぬ巨大さに加え、鋼による圧倒的な重量。土蜘蛛と戦うに当たって、この上なくふさわしい。
『なんだそれは……。この星のものではない……星にも人にも属さぬ鋼鉄の巨人だと!?』
驚愕する土蜘蛛。驚きに目を見開いた奴は、しかし気圧されることなく戦意をたぎらせた。
「『さあ、勝負しようぜ、土蜘蛛!』」
俺は拳を構える。雷が迸り、まばゆく輝いた。
『ふん。この私にも意地がある。貴様だけは、何としても殺す』
土蜘蛛が牙を剥く。口の端から炎が漏れ、妖しく煌めいた。
そして、俺たちは激突した。
***
巨体からは想像もできない速度の突進。気炎を上げて突っ込んでくる土蜘蛛。
俺たちは雷を撒き散らしながら、それを真正面から受け止める。
とてつもない衝撃が襲う。
土蜘蛛と組み合った俺たちは、衝撃を受け止めきれずそのまま大地を削りながら滑って行く。
両足で山肌を削りながら大きく後退させられるも、俺たちは土蜘蛛の突進を受け切った。
そして土蜘蛛を掴む手に力を入れる。心臓の鼓動に合わせ激発する雷に呼応し。歯車が猛烈に回転する。
「『うおおおおおお!!』」
土蜘蛛の巨体が浮かぶ。
俺たちは土蜘蛛を持ち上げていた。
俺から激しく雷が流れ出る。俺の猛り狂う雷が、この大具足を動かす燃料となるのだ。
歯車が回転する音とともに、関節の各所から火花が散る。それを気にすることもなく、俺たちは土蜘蛛を投げ飛ばした。
巨大な地響きとともに地面に叩きつけられる土蜘蛛。背面から叩きつけられ、裏返ったその姿は哀れだ。
『くっ、まだまだぁ!』
叫んで、土蜘蛛は毒液を吐く。それを躱している間に土蜘蛛は体勢を立て直した。
『シャァアアア!!』
叫びをあげて飛びかかる土蜘蛛。激突し、吹き飛ばされた俺たちは地面に倒れこむ。
そこに覆いかぶさる土蜘蛛。俺たちの胸部装甲に牙を突き立て、装甲をむしって行く。
鋼のねじ切れる音とともに、装甲が剥ぎ取られた。
しかし、ただやられている俺たちではない。
肘から噴出する爆炎によって加速した拳が、土蜘蛛の体に突き刺さる。
『ぐぅぁああ!!』
たまらず叫び声をあげる土蜘蛛。
俺たちは土蜘蛛を押し返しながら立ち上がる。のしかかっていた土蜘蛛の体を掴み、再び投げた。
転がるように地面に叩きつけられ、それでもその勢いを殺さずに距離を取り、体勢を立て直す土蜘蛛。
俺たちはそこに追撃を入れようとして、空を切る。
見た目に似合わぬ俊敏性で跳躍し、俺たちの一撃を交わした土蜘蛛は、めいいっぱい息を吸い込んだ。
『焼け落ちろ!』
放たれるは業火。かつての大百足のものとは比べものにならぬ灼熱。
太陽が地上に顕現したと表現するにふさわしい獄炎が、俺たちを襲った。
「『暴風螺旋拳、発動!』」
だが、その程度で負けるほど俺たちはやわじゃない。
右の腕の装甲が展開する。せり出した羽が猛烈に回転し、雷と暴風を生み出す。
「『はぁぁあああああ!!』」
暴れ狂う雷風が、土蜘蛛の放った太陽と激突した。
旋風が螺旋を描き、太陽を削り行く。
負けじと太陽も旋風を押し貫き、こちらへと迫ろうとする。
だが、勝つのは俺たちだ。
羽の回転数が増す。限界を超えて稼働する羽が、強烈な竜巻を作り出す。それは岩を砕き、山を削る暴風。無数の風の刃が太陽を散り散りに吹き飛ばし、それどころか飲み込んで、炎の竜巻となった。
『なんだと!』
土蜘蛛の驚きの声が聞こえた。
炎の竜巻はその勢いのまま土蜘蛛を襲い、土蜘蛛を飲み込んだ。
荒れ狂う炎雷の竜巻は、億万の刃となって土蜘蛛を襲う。
『がぁあああああああ!!』
苦悶の声をあげる土蜘蛛。
竜巻が通り過ぎた後には、体の節々を切り裂かれ、焼かれた土蜘蛛の姿があった。
『小癪な!』
土蜘蛛は飛び跳ね、襲いかかってくる。
土蜘蛛は俺たちの左腕に牙を突き立て、毒によって溶かす。
俺たちの左腕に噛み付いた土蜘蛛を、右の拳で殴打して引き剥がそうとするが、土蜘蛛は離れない。
『その左腕、もらうぞ!』
殴られているのにも構わず、噛み付いたまま毒の吐息を吐く土蜘蛛。流石に腕をやられてはたまらないと雷を放ち、土蜘蛛を振り払う。
口内に電撃をくらい、痺れた様子の土蜘蛛。
そこへ、追撃を入れて行く。
雷を纏った拳が、土蜘蛛の体を殴打する。
肘から吹き出す青い火炎が勢いを増す手助けとなり、巨体に見合わぬ超級の速度の連続攻撃を繰り出す。
一発。二発。三発、四発。五発六発七発。
徐々に加速しながら、絶え間なく拳を突き出す。
「『オラオラオラオラオラァ!!』」
背面にある翼からも爆炎が迸り、俺たちを前方へと押し出し続ける。勢いを増した俺たちは土蜘蛛を追い込み続け、山肌に叩きつけた。
『ぐっ、ただやられるだけと思うな!』
シャァァアアアと鳴き声をあげ、口から糸を吐き出す。それに絡め取られた俺たちは、一瞬動きを止める。
『冥府へ落ちろ!』
そのまま組み付き、俺たちに齧り付く土蜘蛛。
胸部装甲が完全に剥ぎ取られ、内部機関が露出した。
そこへ毒の牙を突き立てる土蜘蛛。じゅうじゅうと鋼鉄の溶ける音が聞こえ、同調している俺たちは強い痛みを感じる。
「『お断りだ!』」
叫びとともに、魂を猛らせる。雷が全身をめぐり、そして具足へと流れて行く。
雷を全身に纏う大具足。
拘束する糸が焼き切れ、そのまま組みついている土蜘蛛すら焼いて行く。
そして俺は手で土蜘蛛の足の一本を掴み、一気に力を込めて根元から引き抜いた。
『ぐおおおおおおお!!』
足を失った痛みに呻く土蜘蛛。
俺はそのままもう一本足を掴み、引き抜いた。
ぶちぶちぶち、と繊維がちぎれる音とともに、足が引きちぎられる。
白い血が吹き出て大地を濡らした。
「『六本足になっちまったな。そのままなくなるまでちぎってやるぜ!』」
そう言ってさらに足をつかもうとするが、敵もさる者。足を失った動揺から立ち直り、すぐさま距離を取る。
『忌々しい! 忌々しいぞ坂田金時!』
そしてこちらへと突っ込んでくる土蜘蛛。死の瘴気を纏い、呪詛を吐き散らしながら流星のごとき速度で駆けてくる。その様子はさながら死の行進。具現化した殺戮概念だった。
それを、真正面から迎え撃つ。
「『地獄へ叩き返してやるよ!』」
体を深く沈め、拳を構える。関節に鍵がかかり、固定された状態で肘から爆炎が吹き出す。際限なく力が溜まり続け、その解放を今か今かと待ち構える。
黄金が輝く。雷が迸り、赤龍の尺骨から神の怒りが放たれる。それは構える拳に収束し、白熱する拳が太陽よりも煌々と輝く。
迫り来る土蜘蛛。尋常ならざる速度でこちらへと突っ込んでくるその姿は、ある種の神々しささえ感じさせた。
激突の瞬間。関節にかかる鍵が弾け飛び、拳に溜まった力が完全に解放される。
神速。それすら超えた一撃。空気の壁を突き破り、隕石の衝突すら鼻で笑う暴力が土蜘蛛の顔面へと突き刺さった。
収束した雷は解き放たれるのではなく剣となって土蜘蛛の顔面を貫き、白い血肉を焼き尽くしながら内部へと食い込んでいく。
限界を超えた稼働に具足が悲鳴をあげる。それでもなお俺たちは止まらなかった。
拳を前へ。ただ前へ。
暴れ狂う力のまま押し出す。
土蜘蛛の内部へと侵入した拳は内臓をかき混ぜ消滅させながら突き進み、土蜘蛛の腹をめちゃくちゃにして後方へと通り抜けた。
中央部がごっそりと消失した土蜘蛛。
次の瞬間、土蜘蛛の体が爆発する。
全ての力をその体に受けた土蜘蛛の体は、暴れ狂うエネルギーに耐えきれず自ら崩壊した。
爆発四散する土蜘蛛。その体は跡形もなく消し飛んだ。
「『いっちょあがりってな』」
Q:なんか金時が巨大ロボに乗ってるんだけど……。
A:型月的には史実なんや……。終章とかで語られてるのを見る限り、土蜘蛛は金時がゴールデン・ヒュージ・ベアー号という巨大ロボに乗って倒した、っていうのが型月的真実っぽいんや……。