救われなかった少年   作:(TADA)

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注意事項:塩見周子のキャラ微改変、全体的にシリアス寄り

上記の二つが大丈夫という方だけお読みください


実在する大会名などが出てきますが、全てフィクションです。


前編

周子が346プロダクションにあるアイドル達の交流室に入ると、テレビで夏の甲子園の決勝戦が行われていた。テレビの前に陣取っているのが野球好きの姫川友紀がいることから、彼女が音頭をとって観戦しているのだろう。彼女の出身校が野球の名門で甲子園の常連、そしてエースが10年の1人の逸材と言われれば、彼女は他のアイドルを押しのけてテレビを占有するだろう。仕事が入って甲子園球場に行けなくなってプロデューサーに文句を言っていたのは、346プロ所属のアイドル全員が知るところだ。

 「周子、どうかした?」

 「うん? いや、大人気やと思ってなぁ」

同じグループで活動する速水奏に声をかけられて周子はいつもの調子を取り戻す。奏も甲子園のことを言っていることに気づいたのか、友紀に目を向ける。

 「テレビでも引っ張りだこだものね。昨日も一人で投げきったのでしょう?」

 「……そうみたいやね」

周子は複雑な気分になりながら、奏の言葉に返す。周子は気分を変えるように友紀に近づいていく。友紀も周子に気づいたのか、片手をあげてきた。

 「ヤッホー、周子ちゃんじゃん? どうかした?」

 「いやぁ、友紀ちゃん一押しの天才ピッチャーはどないなっとるかと思ってな」

 「あ〜、今日は投げてないねぇ。流石に前日に15回を完投して、連投はさせないよ。他にもいいピッチャーはいるしねぇ」

 「明訓の方のピッチャーは誰なん?」

 「明訓は変えてないねぇ。古豪とは言え、今はうちの打者を抑えられるのはエースしかいないっぽいねぇ」

どこか誇らしげに語る友紀に、周子は複雑な気分になる。

天才ピッチャーと呼ばれる少年と同じように投げているにも関わらず、誰の印象にも残らない明訓のピッチャー。友紀の母校のピッチャーは球速が150kmを超えていて、大きく落ちるフォークを決め球に三振をとるピッチャーだ。明訓のピッチャーは球速はそこまで速くはないが、多彩な変化球と繊細なコントロールで打たせてアウトにするピッチャーだ。そのため野球としての派手さは友紀の母校のピッチャーの方が上だ。そしてルックスもいい。だからこそテレビでも大きく取り上げられるのだろう。

 (それでもあんたは投げるんやなぁ……)

明訓の攻撃が0に終わり、マウンドに向かう少年を見て周子は心の中で呟く。

明訓のピッチャーである彼は周子の幼馴染だった。実家が近所で、年も近かったこともあり彼とはよく遊んでいた。彼が野球を始めたばかりの時は近所の公園で一緒にキャッチボールをしたこともある。

彼は母子家庭だった。大人達の噂では彼の父親は浮気をして蒸発したと言っていた。子供はそういう相手がいればからかったり、虐めにあったりする。彼もその例に漏れずに虐められた。学年が違った周子は知らなかったが、酷い虐めだったと聞く。

それでも彼は笑っていた。母親に心配をかけたくないと笑っていた。

周子が中学生になり、彼が小学校6年生になった時に彼の所属する少年野球チームが高円宮賜杯全日本学童軟式野球大会に出場し、見事に優勝した。

周子は彼のその時の笑顔が忘れなれない。

普段の仮面のような笑顔じゃない。心からの笑顔だった。彼が実家に帰った時に周子は真っ先に会いに行った。そして彼の言っていた言葉が脳裏から離れない。

 『俺はプロになって、お金いっぱい稼いでお母ちゃんに恩返しすんねん!』

子供だったら誰もが夢見るプロスポーツ選手という夢。彼はそれを叶えて苦労させている母親に恩返しをしたいと言っていた。その時に周子は何て返したのかは覚えていない。ただ、その時の彼の笑顔が記憶に残っている。

彼に有名中学校から野球推薦が来た。それが友紀の母校だった学校だ。

結果的に彼はそこに進学できなかった。

簡単な理由だ。彼の家の経済事情がそこに進学できなかっただけ。彼の母親が彼に泣いて謝っている姿を周子は今でも覚えている。

それでも彼は笑顔を崩さなかった。母親の心労を少しでも減らそうと笑顔だった。

 『野球はどこでもできるよ』

それがまだ小学生だった彼が必死になった笑顔で言った言葉だった。

彼は結局地元の公立中学に進学した。周子の後輩になったのだ。入学式の時に『これからよろしくな周子先輩』と態とらしく周子のことを先輩呼びした。

彼はもちろん野球部に入部した。運動部特有の上下関係はあったようだが、小学生時代のような虐めはなくなっていたようで、周子はどこか安心した。そして彼は中学2年の時にエースとなって全国大会に出場した。結果は初戦敗退。彼に勝ったのは彼に推薦を出していた学校だった。

それでも彼はめげなかった。素直に相手の学校を尊重し、相手のピッチャーを称賛していた。

周子が卒業し、彼が3年の時にも全国へと出場した。

結果は3回戦敗退。相手はまたも彼に推薦を出していた学校だった。その時から野球界の新星として注目され始めていたのが10年に1人の天才ピッチャーだ。

彼の努力も、彼の活躍も、全てが『天才』という光に掻き消された。

それでも神様は彼を見捨てなかったのだろう。彼は神奈川県の野球の古豪である明訓高校から野球推薦をもらうことができた。寮に入ることになるので、彼は京都から去ることになった。

 『俺は甲子園に出る。だからテレビの前で見とってや』

彼は冗談めかして言っていたが、本気だっただろう。彼にとってはようやく掴めそうなチャンスだったのだ。絶対に掴んでやるという気持ちだったはずだ。

夢を追いかける彼。夢のために努力をし続ける彼。

いつからか周子は彼のことを眩しく見えていた。彼と違って熱中することがなく、ただ惰性で生きている自分。高校卒業時にも、やりたいことがなく、夢がなかった周子は大学進学を勧める教師の言葉を蹴って、フリーターになった。

たまたま実家の和菓子店を手伝っている時に346プロのプロデューサーにスカウトされてアイドルになってみたが、周子はそれでもどこか冷めていた。アイドルになって増えた『周子の友人』という連中が煩わしくなって、携帯の番号を変えて昔の知り合いを全て消した。それでも唯一残っていたのが彼の番号とアドレスだった。彼が高校に入学してから一度も連絡をとっていないが、それでも彼だけは消すことができなかった。どこかで甲子園で投げている姿で元気な姿を確認したいと思っていたのかもしれない。

それが今年になって叶えられた。

彼がいる明訓高校が久しぶりの甲子園出場を決めたのだ。

『古豪の復活か!』という見出しにはなったが、それでも世間の注目は天才ピッチャーと、天才ピッチャーのいる高校の夏の甲子園三連覇に注目が集まっていた。

それでも彼は投げ続けた。

決勝戦まで一人で投げ抜き、決勝戦の第一試合も一人で投げきった。

それでも称賛を浴びるのは天才ピッチャーのほうだ。どれだけ努力をしても、どれだけ結果を残そうとも、彼は全てが影になってしまう。

 「……そんな人生おもろいんかなぁ……」

 「ん? 周子ちゃん、何か言った?」

 「いや、なんでもないよん」

周子はいつも通りに剽軽なキャラに切り替える。ここで彼が優勝できれば、彼に注目が集まるはずだ。

 「友紀ちゃんはどっちが勝つと思うん?」

友紀は熱心な野球ファンだ。だから、自分のチームを贔屓にしても、勝敗は冷静に分析してくれるという期待だ。

 「ん〜、この回を抑えられると辛いかなぁ。うちのピッチャーも捉えられ始めてるし、ツーアウトでランナー三塁。今のバッターは明訓のピッチャーを打てているけど、次がちょっとなぁ……あぁ、やっぱり」

友紀がやられた、と言った感じでため息を吐く。そこで周子がテレビに視線を戻すと明訓のキャッチャーが立ち上がっていた。

 「やっぱり敬遠するよねぇ……そうなると次の回で不知火の出番かなぁ……」

延長13回裏。ポテンヒットでもサヨナラの状況だ。堅実な彼だったら勝負をしないだろう。少しでも抑えられる可能性の高い相手を選ぶはずだ。

冒険しなきゃ成功しない。

それは成功した人間が言える言葉だ。負け続けてきた人間はそれを選択することはできない。

3ボール。あと1球投げたら今の打者は一塁に行く。そして彼は次の打者を死ぬ気で抑えるだろう。

 「あ!!」

 「ワイルドピッチ!?」

友紀が喜ぶの声を挙げるのと同時に、周子は信じられないものを見た気持ちになった。

少なくとも周子が今まで見てきた中で彼がワイルドピッチを出したことはなかった。中学時代に球速が伸び悩みはじてから、コントロールに力を入れていたから信じられない光景だ。

喜びながら三塁ランナーを呼び寄せるバッター。必死にボールを取りに行く明訓のキャッチャー。肘を抑えてマウンドに蹲る彼。

そして三塁ランナーがホームインしたことで、天才ピッチャー擁する高校の夏の甲子園三連覇が決まった。

喜ぶ友紀に、一声かけ、友紀と一緒に大騒ぎを始めるアイドルたちを尻目に、周子はどこか空虚な気持ちで交流室から出る。

結局、彼に栄冠が輝くことはなかった。

小さい頃から応援し続けた彼の夢。今まではどこかで彼の努力が報われると思っていた。結果があれだ。結局は野球漫画の主人公みたいな少年が栄冠を手にした。

周子は廊下から見える夏の太陽を見上げる。

それは小さい頃に彼と一緒に見た太陽と変わらないはずなのに、どこか空虚だ。

 「神様ってクソやな」

周子は思わず呟いてしまった。今まで使っていた自分のキャラじゃないと思ったが、どうでも良かった。

ただ、今だけは彼のために神を呪いたかった。希望を持たせて、最後に叩き落とす。

 「あぁ、本当にクソや」

 

 

 

 

数日後、周子は夏の甲子園三連覇を決めた学校を特集した高校野球雑誌を買った。一年目からの戦歴や、対戦相手へのインタビューがあり、三連覇を決めた最後の決勝戦の相手である明訓高校へのインタビュー。それまでのインタビューでそれぞれの高校の中心選手がインタビューを受けていた。

周子は彼がどんなことを言うのか。中学生時代のように素直に相手を讃えるのか、そんな予想をしながらインタビューを見ると、彼は決勝戦の再試合の影響で肘に大きな故障を抱え、二度と野球ができないという記事を見て、再び「神様ってクソや」と呟くのだった。

 

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