『アアアァァァァ………!』
漆黒の森の中、悲鳴とも歌声とも取れる音と共に一体の巨大な怪物が移動していた。
その怪物の正体は異次元体N.O.V.A(ノヴァ)、数十年前に突如出現し、そして現在に至るまで多くの人命を奪って来た人類の敵である。
ノヴァは現在、タイプ-Sとタイプ-Rの二種類が確認されており、特に巨体かつ戦闘能力の高いタイプSは非常に危険な存在として認識されているのである。
ノヴァによる大規模の襲来を人は【ノヴァクラッシュ】と呼び、これまでに計十回のノヴァクラッシュが発生し多くの民間人とシュバリエに属する者達を死に至らしめて来た。
そして今―――再びノヴァがウエストゼネティックスが遠征訓練を行っている森に現れ、第11次ノヴァクラッシュが始まろうとしていた。
『アアアアアァァァァ……!』
ノヴァの移動する遥か先には訓練に疲れ、身体を休めているパンドラ達のいるテントが見えていた。
それを目指すかのように、複数の触手を使い大木を薙ぎ払いながらタイプSのノヴァはゆっくりと移動を続ける。
と、闇の中から青色と紫色の二筋の光が現れ、高速でノヴァに接近してゆく。
そしてノヴァの前に移動すると光は消え、そこから金髪の少年とショートカットの少女―――マリンが姿を現した。
「……どうやら間に合ったみたいですね隊長」
マリンはノヴァを睨み付け、身構えながら金髪の少年に視線を送る。
「…ああ、相変わらず不愉快な叫びをあげやがって…腹が立ってくるぜ」
右手で頭を押さえながら金髪の少年はチッと舌打ちをすると、苛ついた口調でそう言葉を放った。
ノヴァの方もマリン達を敵だと認識したらしく、触手を増殖させユラユラと漂わせている。
「…まぁ、コイツがゼネティックスの皆さんのお休みを邪魔する前に早いとこ、ノヴァの連中を排除すんぞマリン」
「はい、分かっています隊長………う!」
突如、マリンは苦しそう頭を抱えその場にうずくまる。その隙を突くかのようにノヴァは数本の触手を勢い良くマリンへと放った。
しかし、マリンは頭を押さえながらも軽やかにステップし、ノヴァの触手を次々と避けていく。
マリンは金髪の少年の隣へと移動すると、苦しみから解放されたかのように大きく息を吐いた。
「どうしたマリン?これからノヴァとバトルだってぇのに……」
「いえ、自分でも良く分からないのですが、急に……変な光景が頭の中に入って来たんです…」
混乱したような表情でマリンは自分の目をゴシゴシと擦り続ける。
マリンの脳裏に映ったもの、それは逃げ惑うパンドラ達を背中に雨の中をただ一人、ノヴァと戦う自分の姿だった。
何度も何度もノヴァの触手に弾かれながらも、両手の剣を握り締めノヴァに挑む自分の姿・・・。
身に覚えのない光景にマリンは半ば動揺した様子で自分の胸に右手を当てる。
そんなマリンの様子に金髪の少年はやれやれといった様子で自分の頬をかいた後、彼女の額にデコピンをした。
「いっ……!?た、隊長……?」
「しっかりしろよマリン!…今は余計な事は考えるな、今はただ…ノヴァを潰す事だけに専念すりゃあいい」
「ごめんなさい隊長……そうですね、私のやるべき事は……ノヴァを倒し、パンドラ達を守る事です!」
「よーし!分かればいいんだ、分かればな………んじゃま、ちょっくらイレインバーセットをすんぞ!」
「はい、隊長!」
金髪の少年はマリンの後方へと下がると、首をコキコキと鳴らしながらゆっくりと右手をあげる。
イレインバーとは脳の最も奥の部分にある五感をコントロールする感覚器官である。
そしてパンドラの後方支援を務めるリミッターと聖痕を介し、イレインバーを共有し、パンドラとリミッターの感覚を一体化させるのがイレインバーセットである。
通常、リミッターは己の肉体にある聖痕の力を独自に発動出来ないため、フリージングを発動させるためにはイレインバーセットが必要なのである。
「イレインバーセット!」
金髪の少年とマリンはそう高らかに宣言する。と同時にマリンの足が少しよろめいた。
「大丈夫かマリンよ!」
「平気です!」
マリンは体勢を立て直し、力強く地面を踏みしめる。そして険しい表情でノヴァを確認した後、両手を広げる。
「ボルトウェポン、展開!」
その掛け声と共にマリンは青色の光を纏わせ、ノヴァへと向かう。
金髪の少年もまた指をポキポキと鳴らし、右手をあげた。
「いくぜ……フリージング!」
金髪の右手から紫色の光が放たれる。そしてその光は大きく広がっていき、ノヴァとマリンを包み込んでいった。
「へっくしょん!あーもう!どうしてテントにたどり着けないのかしら!」
激しく降り続ける雨音に負けないくらいのくしゃみをしながら、赤い髪にツインテールの少女が茂みをかき分け歩き続ける。
「ま、待って下さいよガネッサ先輩~!」
情けない声を出しながら気弱そうな少年が寒さに身体を震わせつつも、ツインテールの少女の下へと駆け付けた。
ツインテールの少女の名はガネッサ=ローランド、ローランド家の令嬢であり【束縛の天使】の異名を持つ。
ウエストゼネティックスの二年生であり、学年順位1位である事を自慢しているが、
これはサテライザー=エル=ブリジットとの一騎討ちの際、アオイ=カズヤが余計な茶々を入れたが故の結果であり、実力においてはサテライザーの方が上である。その事実を本人は頑なに否定しているが・・・・。
そして少年の名はアーサー=クリプトン、ガネッサのリミッターであり、カズヤの友人でもある。
ガネッサに対して非常に献身的で、ガネッサもまたそんなアーサーを素直になれないながらも心の底から彼の事を信頼していた。
「わたくし達がこんな目にあっているのもアーサー!あなたがトランシーバーを落としたせいですわ!」
「そ……そんなぁ~!僕は早く帰った方がいいって言ったじゃないですか~!」
「言い訳なんて見苦しいですわよアーサー!自分の非を黙って認める!どうしてそんな簡単な事が出来ませんの!?」
「ひい~!ごめんなさいガネッサせんぱーい~!」
ガネッサの猛獣の如き雄叫びにアーサーは泣く泣く謝り続ける。
・・・繰り返し言うが、ガネッサはアーサーを心の底から信頼しているのだ。
そもそも、こんな事になったのはガネッサ自身がサテライザーに対抗して、別グループの偵察に行ったからであり、いわばアーサーはその割りを食っただけの話である。
しかし、プライドの高い性格であるガネッサがそれを認めるはずもなく、アーサーに責任転嫁したのであった。
「……とにかく!早くテントに戻りますわよアーサー!あのサテライザーに嫌味を言われたくありませんもの!」
(なら、最初から偵察に行くだなんて言わなきゃ良かったのに……)
「返事がありませんわよアーサー!わたくしの話をきちんと聞きなさいな!」
「は、はいいっ!分かっていますガネッサ先輩!早くテントに戻りましょ………ん?彼処にいるのは誰だろう?」
アーサーが指差した先には二つの人影が見えている。ガネッサは目をこらしてその人影をしばらく眺めた後、アーサーの方へと顔を向けた。
「…別のグループの偵察の可能性がありますわね!あれを捕まえて色々と情報を聞き出せば、大手柄間違い無しですわ!おーほっほっほっ!」
二つの人影を敵の偵察だと早合点したガネッサは、高笑いをしながら大きく胸を張る。
「いや、ガネッサ先輩……あれは僕達を連れ戻しに来た上級生とかじゃ…」
「何をブツブツ言っておりますのアーサー!?さあ、行きますわよ!彼女達がわたくしの威光に恐れをなして逃げ出す前に!」
アーサーの言葉を全く無視しながらガネッサは意気揚々といった様子で人影に向かって歩き出す。
「ああっ!待って下さいよガネッサ先輩!……もう、僕の話も少しは聞いて欲しいなぁ…」
自分の言葉を無視したり責任を押し付けたりするガネッサに不満を漏らしながらも、結局は彼女に従うアーサーであった。
「カイジさんの卑怯者…!鬼畜生…!クソッタレ外道…!グレードアンポンタン…!」
一方、古畑と安藤はその場に立ち止まったまま相変わらずカイジに対する怨嗟(えんさ)の言葉を吐き続けていた。
そう、二人はまだ気が付いていないのだ。自分達以外のレジスタンスのメンバーはマリンと金髪の少年に襲撃を受けて敗北した事に。
自分達のやるべき事をすっかり忘れ、この場にいないカイジへの怨みの言葉を呟き続ける古畑と安藤。
そんな二人の前にガネッサとアーサーが現れる。
「ちょっとそこのあなた達!一体そこで何をしておりますの!」
「へっ……えええ?」
ガネッサに声をかけられた古畑と安藤は豆鉄砲を食らったような顔で身体を向けた。
しばし流れる沈黙の空気、いきなり声をかけられた二人は何が起きたのか全く分からず呆然とする。
「聞こえなかったのかしら!?ここで何をしていたのかわたくしは聞いておりますのよ!」
「へ…?は、はいはいはい!」
再びガネッサに怒鳴られた事でようやく我に帰った古畑と遠藤は、慌てた様子で返事をする。
(や…ヤバいよ古畑さん!あの子…ひょっとしなくてもゼネティックスのパンドラじゃないの!?)
(だ…だよな!?もし俺達がレジスタンスだって事がバレたら……!)
(ゼネティックスに連行されて、拷問なんて事も……あわわわわ…!)
ガネッサに悟られぬようにヒソヒソと会話を始める古畑と安藤。そんな二人をガネッサは怪訝そうな目で見つめている。
アーサーもまた、ガネッサ同様古畑達の様子を眺めていたが彼等が背中に背負っているマシンガンに気がつくと、焦りながらガネッサの服を引っ張り始めた。
「ガ…ガネッサ先輩…!あの二人が背負っているもの……あれってマシンガンなんじゃ…!」
「マシンガンですって?…確かにあれはマシンガンに違いありませんわね!
あなた達、一体それを使って何をしようと考えていますの!事と次第によっては……容赦しなくてよ!」
アーサーの言葉を受けたガネッサは古畑達を睨み付けビシッと指を差すと、そう高らかに宣言する。
「ひ…ひいいっ!違うんです!違うんですよお嬢さん!俺達は無理矢理…やらされて……!」
古畑が半ベソをかきながら両手を振り、ガネッサに対して言い訳をしようとした、その時。
「危ない!」
突然、アーサーがガネッサに飛び付いた。ガネッサがきゃっと小さな悲鳴をあげながら地面に倒れた直後、一本の白い紐のような物体が勢い良くガネッサの立っていた場所に伸び、岩へと突き刺さった。
「ひ、ひいいっ…!」
突然の出来事に安藤は悲鳴をあげながら尻餅をついた。獲物を仕留められなかった紐のような物体は岩から離れ、クネクネと動きながらゆっくりと下がってゆく。
『アアアアァァァァ……!』
その直後、悲鳴のような歌声のような声が四人の耳に入ってくる。
「この声はまさか―――!」
危険を察知したガネッサは素早く身体を起こし、声のする方向に顔を向ける。
その先にいたのは、異形の怪物――――ノヴァが立っていた。タイプSよりも幾分サイズが小さいタイプRではあるが、その実力は侮れない。
「あ……あれがノヴァ!?ば…化け物じゃないかぁ!」
ノヴァの姿を初めて見た古畑はガチガチと歯を鳴らしながら、後退りをする。
「ノ…ノヴァですと…!?化け物ですと……!?」
安藤の方は完全に肝を潰したらしく、その場で腰を抜かしながら口から泡を吹いている。
「し、しっかりしろ安藤…!」
「何これ?夢?夢?夢なら覚めてぇ~~~~…!」
恐怖心を必死でこらえながらも、古畑は安藤を正気に戻そうと彼の肩を叩くが、全く意味がなく安藤は狂ったようにうわ言を続ける。
「に…逃げましょうガネッサ先輩!僕達だけじゃ、ノヴァの相手なんて出来る訳……!」
慌てた様子でアーサーはガネッサの肩を揺すりながら、この場から逃げるように促す。
だが、ガネッサは首を大きく横を振りアーサーの提案を拒絶する。
そしてノヴァに向かって身構えるとゆっくりと口を開いた。
「アーサー!わたくしだけで……あのノヴァを破壊しますわよ!イレインバーセットの準備をなさい!」
「む…無茶ですよガネッサ先輩!だって先輩…前のノヴァクラッシュの怪我からまだ完全に……!」
「黙りなさいアーサー!わたくしはやれる……やれますわ!」
己の身体を心配するアーサーに振り向く事もせず、ノヴァを睨み付け拳を握り締めながらガネッサは叫ぶ。
アーサーの言う通り、ガネッサはまだ本調子では無かった。
彼女は第10次ノヴァクラッシュでの戦いにおいて、ノヴァフォームと化したキャシー=ロックハートの攻撃からサテライザーを庇い、瀕死の重傷を負ってしまったからである。
聖痕の力によってどうにか一命はとりとめたものの、失ってしまった肉体の再生のために己の寿命を削る事となってしまった。
それから時が経ち、ガネッサは外見的な傷からは回復したものの、全体的には完全に回復しておらず、本来なら彼女はこの遠征訓練には参加出来ないはずだった。
だが遠征訓練に参加出来ない事をガネッサは不服とし、アーサーの制止を振り切ってウエストゼネティックスの教員達に自分も参加させて欲しいと何度も直訴した。
教員達も最初のうちは、ガネッサにもう少し休んだ方が良いと説得していたが、
必死に訴え続ける彼女の姿勢についに折れ、無茶をしない事と極力戦闘には参加しないという条件の下、ガネッサの遠征訓練の参加を認めたのであった。
「アーサー、何をボーッとしておりますの!早くイレインバーセットを!」
「だ…だけど!だけど!」
「……ここで逃げたら、わたくしはパンドラ失格になりますわ…それに…」
握り拳を見つめながらガネッサはあるパンドラの姿を思い浮かべる。一年前、下級生を助けるために一人でノヴァに立ち向かい、命を落とした先輩―――マリン=マックスウェルの事を。
彼女は逃げなかった、逃げずに戦い続けた。そんな彼女の姿を見ていたガネッサにとって逃げるなんて事は出来ない事であった。
「…ここでノヴァから目を放したら、別のパンドラが犠牲になるかもしれない、それだけは絶対に避けなければなりませんわ!
……ボルトウェポン展開!束縛の鎖!」
ガネッサの言葉と共に、彼女の背中から先端が尖っている四つの鎖が展開される。
ノヴァ相手に一歩も引かないガネッサの姿に、アーサーもまた己を奮い立たせ覚悟を決める。
「分かりましたガネッサ先輩!僕も全力で先輩をサポートします!」
「それでこそわたくしのリミッターですわ!なら、いきますわよ――――イレインバーセット!」
ガネッサは叫び、四つの鎖を揺らしながらノヴァへと向かって走り出す。
『アアアアァァァァ……!』
ノヴァは身体を光らせ向かってくるガネッサに対してフリージングを発動する。
「やらせるか!フリージング!」
ノヴァのフリージングに対抗するかのようにアーサーもフリージングを発動する。
フリージングとはノヴァやリミッターが持つ能力の事であり、フリージング領域入っているノヴァや人間を拘束し行動を封じる事ができる。
ノヴァは常時フリージングを展開しており、その領域の中でパンドラがノヴァと戦うためには、リミッターがフリージングを発動しノヴァのフリージングを中和しなければならないのである。
アーサーの放ったフリージングがノヴァのフリージングを中和していき、その中をガネッサが移動していく。
「マリン先輩……!どうかわたくしに力を貸してください!」
四つの鎖をノヴァに放ちながら、ガネッサはそう小さく呟いたのであった。