過酷極まる地下での労働も終わり、蟻の様に働いていた男達は少しでも疲れを癒すために眠りにつく。
しかし、カイジ達のいるE班の数名かは班長である大槻が主催する地下チンチロを楽しんでいた。
振られたサイコロの目に、ある者は顔を真っ赤にして勝利に舞い上がり、ある者は顔を真っ青にしながら敗北に沈む。
そんな男達の博打をカイジとエリザベスは遠巻きに眺めていた。
「今日も盛り上がってるなぁ……」
「ええ……それよりもカイジ…」
「ああ!分かってるさ」
カイジはニヤリと笑いながら手に持っていた袋を床に広げる。
袋の中に入っていたのは一口サイズの小さな饅頭……その数は9個。これは今日、カイジとエリザベスがペリカを折半して買ったものである。
「ところでシャルルはどうしたんだ?もう寝ちまったのか」
「みたいね……まぁ、シャルルも地下での労働にくたびれたのでしょう」
「まぁな……じゃあ、早速この饅頭を食するとするか……!」
カイジはゴクリと喉を鳴らし、饅頭を摘まむと口の中へと放り込んだ。
「く、くぅ~~~~!あんめぇぇぇ……!」
口の中で広がる饅頭の甘さに身体を震わせるカイジ。エリザベスもカイジに続くように饅頭を口にする。
「ああ、美味しいですわ……!やっぱり、甘い食べ物というのは身体に染み渡りますわね…!」
うっとりとした顔をしながらエリザベスは口に入れた饅頭を味わう。
小さな饅頭は一つ、また一つと二人の胃袋の中へと消えていく。
そして、袋の中に入っていた饅頭は残り一つとなった。お互いに四個ずつ食べたカイジとエリザベスは無言でその饅頭を睨み続ける。
「さっきからエリザベスは残った饅頭に手をつけないけど、それはつまり……俺に譲ってくれるって事だよな?じゃあ、遠慮なくいただいていくぜ……」
すっとぼけた口調で機先を制するかのように饅頭に手を伸ばすカイジ。しかし、そんなカイジをエリザベスは許さない。
エリザベスは獲物に襲いかかる蛇のようなスピードで、カイジの腕をガッチリと掴んだ。
「あらあら、私は饅頭を食べないだなんて一言も言っていませんよ?何を早合点しているのですか?」
カイジの腕を掴みつつ笑みを浮かべるエリザベス。しかし、その目は全く持って笑ってはおらず……むしろ逆、獲物を狙うハンターのような眼でカイジの顔を見ている。
「ぐぐぐっ……!」
「おほほほほ……カイジはレディーファーストというものをご存知ないのかしら?ここは一つ、私に饅頭を譲りあなたの男気を見せてくださいな!」
「ああ~~~~~ん……!? こんな地下でレディーファーストも何もあるかっ……!俺は……譲らねぇ……譲ねぇからな……!」
ぐぬぬと声をあげ睨み合い、お互いに全く譲ろうとする態度を見せないカイジとエリザベス。
が、やがてカイジはフッと笑うとエリザベスにある提案を持ちかける。
「よし……だったらゲームで決めようじゃねぇか……残った饅頭を食べる権利を賭けてのなっ……」
「ゲーム……?それは一体……」
首を傾げるエリザベスに、カイジはクククと含み笑いをしながらチンチロを楽しんでいる男達の方に目を向ける。
「ククク……!班長達が楽しんでいるチンチロ……親が投げる三つのサイコロの目、その合計が大か小かを当てるんだ……!」
「大か小……?」
「ああ……知らなかったか……悪い悪い!小ってのは【4から10】まで、大が【11から17】までの数だ……3と18は今回は使わない。
そして先に三回、小か大かを当てた奴が饅頭を食べるって訳だ………どうだエリザベス?」
「…………いいでしょう!そのゲーム……受けて差し上げますわ!」
「ククク……そうこねぇとな…!じゃあ、お前に先攻を譲ってやるよ……レディーファーストの精神で……!」
「あら……地下にはレディーファーストなんてものはないとか言ってませんでしたか?ま、カイジがそう言うのなら譲られましょう」
こうしてカイジVSエリザベスの、小さな饅頭を賭けた一勝負が幕を開けた。
「さて、どっちにしましょうか……」
エリザベスはペリカを張っている男達を見ながら考え続け、そして答えを出す。
「決めましたわ……私は【大】を選びます!」
エリザベスの選択したのは大!
エリザベスの宣言に呼応するかのようにチンチロの方もまた、勝負を始めようとしていた。
出た目を確認するためカイジとエリザベスは立ち上がり、遠目から茶碗を眺める。
「ん~~~……!出ろっ!」
親を受けた石和がサイコロを振る。
三つのサイコロは音を立てながら茶碗の中をしばらく回り、そして止まる。サイコロの目は<1・1・5>。
結果はエリザベスの予想を外し【小】!
「くっ………!まさか私の読みが外れるなんて……!」
己の予想が外れ、悔しそうに唇を噛み締めるエリザベスとは対照的にカイジは余裕に満ちた顔で鼻を鳴らす。
「ククク……!どうやら饅頭は俺に食べて欲しいみたいだな……!さて、次は俺が予想する番か……」
カイジは先ほどのエリザベスと同じくペリカを張っている男達を眺めた後、答えを出した。
「決めたぜ、俺は………お前とは逆…【小】に張るっ……!引き寄せてやるっ……ここで流れを一気に……!」
小を選択したカイジはニヤリと不敵な笑みを浮かべつつエリザベスを見る。そして始まる、饅頭を賭けた勝負、その二回戦が。
「そりゃあ!」
二回目の親番である石和の手からサイコロが放たれる。
「うっ……!」
茶碗の中のサイコロを見てカイジは小さく声をあげる。出た目は<5・5・6>で結果は【大】。カイジ、外れる!己の読み……予想が!
「おっしゃあ!」
「……よし!」
良い目が出た事に対し石和が喜びの声をあげる。それと同じくエリザベスもぐっと手を握り、カイジの予想が外れた事を喜ぶ。
「クスクス……流れを引き寄せる事が出来なくて残念でしたわねカイジ~?」
「ちっ…それはお前も同じじゃねぇかエリザベス……!勝負はこれから……これからだっ……!」
「ホホホホ……それはどうでしょうか~?さて…私の番ですね………私の予想は、ズバリ【大】ですわ!」
エリザベス、再び【大】を選択!そしてチンチロの親は石和から班長、大槻へと変わる。
「ん~~~~………!」
サイコロを握り締め、念を込めるかのような仕草を見せる大槻。その姿をエリザベスとカイジは固唾を飲んで見守る。
「かぁっ!」
気合いを入れた一声と共に大槻はサイコロを振る。そして茶碗の上で出た目は―――<4・5・6>、ここでまさかの倍付け!
エリザベスの予想、見事に的中!
「やった……当てました……!これで私が一歩リードしましたわよ!」
「ぐっ……!」
予想を的中させた事で盛り上がるエリザベスを忌々しそうに横目で見るカイジ。
そして先手を取られたカイジの番。カイジはエリザベスとは逆の【小】を選択。
(ここで俺も当てる事が出来りゃあ、問題ねぇ……!来いよ……来てくれよ……俺に勝利を見せてくれっ……サイコロ大明神っ……!)
無人島で頭上を飛ぶサイコロのマークが貼ってある飛行船に助けを求める自分の姿をイメージしながら、カイジは自分の予想が当たる事を祈る。
「かぁっ!」
そして大槻の二投目、先程の一声と共にサイコロは放たれた。カイジは目を見開き、サイコロの目を確認する。
「がっ……!」
「クックックッ……これはこれは、悪いな皆の衆!」
サイコロの目は<5・5・5>のゾロ目、カイジの祈りを嘲笑うかのように出た目は【大】!
カイジ、あろう事か再び外してしまった!ここでの失敗はカイジにとって痛恨のミス!
サイコロ飛行船は無人島で助けを求めるカイジに救いのロープを出す事なく飛び去ってしまった。
「なんだよ……!何でそこで外れる……?外れちまう……!?」
「フフフ、残念でしたわねカイジ。どうやら勝負の流れは私の方に来ているようですね……さぁ、次は私の番です!」
悔しそうに歯軋りをするカイジをニヤニヤと笑いながらエリザベスは【小】を選択した。
大槻の次に親を受けた沼川は舌なめずりをしながらサイコロを弄っている。
(外れろ………外れてくれ…エリザベスじゃなくて俺を選んでくれっ……!饅頭よっ……!)
エリザベスの失敗を顔を汗だらけにして祈るカイジ。だが、しかし……そんなカイジの祈りを鼻で笑うかのように、沼川が投げたサイコロの目は<2・5・1>の【小】!エリザベス、連続……連続の予想的中。
「な……なにぃっ……!?」
「オホホホ~!どうやら饅頭は私に食べられて欲しいみたいですねカイジ~?さぁさぁ、もう後がございませんわよ~?」
「ぐっ…!ぐっ…!ぐっ…!」
窮地に立たされたカイジをエリザベスはすでに勝利を確信したような顔で嘲笑う。一方のカイジは小さくうめき声をあげ、自分の思いを裏切り続けるサイコロ達を恨めしそうに眺める。
もし次、カイジが外すような事になれば、勝負の流れは完全にエリザベスへと傾いてしまうであろう。
そうなってしまえば、もうカイジにチャンスはない。恐らく次のエリザベスの番で勝負は終わってしまう可能性は極めて高い。
閉ざされる、饅頭へと続く……ビクトリーロードは…!
故に外せない、外すような事はあってはならない。当てる、当てるのだ……!それこそ圧倒的不利な状況を打破する唯一の方法なのだから。
(諦めねぇっ……!この逆境を乗り越えて手に入れてやるっ……!勝利をっ……饅頭をっ……!)
カイジ、熟考する…!ここから逆転するため、大か小、どちらを選ぶのかを。
しばらく脳内で自問自答を繰り返した後、カイジは選択する。
「決めたぜ……俺は、【小】に張るっ…!」
「ようやく決めましたかカイジ。これが最後の選択になるかもしれませんけど………フフフフフ」
勝ち誇った様子で笑うエリザベス、そんな彼女に一瞥もくれずカイジはただただ沼川の持つサイコロをじっと見詰め続ける。
「良い目が来てくれよ……そりゃ!」
沼川の手から発射されるサイコロ、カイジは刮目しながら祈り続ける……予想的中を。
回る、回る、回る、まるで輪舞の如くサイコロは茶碗の中で回り続ける。そして止まる、その目は――――<1・2・3> の【小】!
「あっちゃあ~!」
「ククク……!ついてないの沼川っ……!」
最悪の目が出た事に頭を抱えて悔しがる沼川を大槻が笑う。その二人の姿を見ながらカイジもまた、予想が当たった事をグッと手を握り喜んでいた。
「ようやく当たりましたか……しかし、分かっているのかしらカイジ?次、私が当ててしまえばその的中も無駄なものになるのですよ?」
「へへ………そいつはまだ分からねぇぜエリザベス……!今の的中が……勝負の流れを一気に変えたかもしれないぜ……?」
「戯れ言を……カイジが何を言おうと、すでに結果は見えていますよ…!つまり……次の一投で私の勝ちという事が……!」
「どうかな……勝負ってのは最後の最後まで分からないものさ………だからこそ、おもしれぇ……ククククク……!」
「………フン」
今の的中で何かを確信したかのように不敵な笑みを浮かべるカイジを、エリザベスは馬鹿馬鹿しいといった様子で鼻を鳴らす。
そう、まだ二回も当てなければならないカイジと違いエリザベスは後一回、的中させるだけで勝利なのだ。だがしかし………。
―――もし、この番で外したら?
そんな考えがエリザベスの脳裏をよぎった。しかし、彼女は雑念を振り払うように首を大きく横に振りサイコロを見据える。
(カイジのブラフに惑わされてはダメ………!私はただ、的中させる事だけを考えればいい……!饅頭への道……扉はもう目の前にあるのだから……!)
甘い饅頭を得るためエリザベスは思考を始め、そして答えを導き出す。エリザベスが選んだのは【小】!サイコロは茶碗の中に入れられ、隣の男へと手渡されるが男は親をスルーしさらに隣にいる男へと渡す。
しかし、その男も親をスルーし茶碗は再び隣へと移る。中々サイコロが投げられない事にエリザベスは『早く投げなさい!』と叫びたくなるも、どうにか堪えつつ行方を見守り続ける。
やがて、ヒゲを生やした男が親を受ける事となりようやくサイコロが振られる事となった。
「頼むでぇ……!井草八幡……!ワシに力を……!」
男は眉間にシワを寄せ、手の中でサイコロを揺すりながら祈り続ける。エリザベスもまた、自分の予想が的中するように神に祈っていた。
「きぇぇぇぇぇい!」
甲高い雄叫びと共に男は茶碗に向けてサイコロを投げた。ぐるぐる回り続けるサイコロ、カイジとエリザベスは顔を強張らせそれを眺め続ける。
―――ちんちろり~ん
サイコロが回転を終える。そして出た目は―――なんと、<2・2・2>のゾロ目!エリザベスの予想的中!
「き、きたぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
ゾロ目が出た事にヒゲの男はガッツポーズをしながら雄叫びをあげる。そしてまた、エリザベスの方も……!
「き………キマシタワァァァァァァァァァァ!」
エリザベスの前で開かれた饅頭への扉、そこから洪水の如く押し寄せる大量の饅頭。その饅頭の波はエリザベスを飲み込んでゆく。
(勝った…!勝った……!勝ちましたわ……!食べられる……愛しい愛しい饅頭を……!)
饅頭ウェーブの中でぐるぐる回る自分の姿をイメージしながら、エリザベスは両手を握り締めながら勝利した事に身体を震わせる。
一方、敗北したカイジはというと……。
「ば……馬鹿な……!馬鹿な馬鹿な馬鹿な……!変わったんじゃなかったのかよ……!?勝負の流れ……ツキが……!」
視界をぐにゃりと歪ませながらガックリと膝を落としていた。カイジ、無念……!落とす……饅頭を食べる権利を……!
「ふぅ~~~~!」
勝利した事への興奮が収まったのかエリザベスは大きく息を吐き、敗者であるカイジの肩をポンと叩く。
「それでは勝負に勝った事ですし、ありがたく饅頭はいただきます……悪く思わないで下さいねカイジ」
「ああ……悔しいが仕方ねぇ……!饅頭はお前にくれてやらぁ……よく味わって食べるんだな……」
「ええ、もちろん! それでは饅頭の方を……」
「なにをしてんだよお前らー? まだ寝てなかったのか……?」
饅頭を食べようとしたエリザベスの前に目を擦りながら眠たそうにしているシャルルが現れる。
「シャルル……どうしてここに?」
「トイレに行ってた……ふわぁ」
小さく欠伸をしながらシャルルはエリザベスの問いに答える。と、シャルルは床に置いてあった『モノ』に気が付いた。
「あれ………?これって饅頭じゃん……」
「ええ、これは私がカイジとの勝負に勝った戦利品であり、今から私が美味しく……」
「んー………美味しそうだなー………」
エリザベスの言葉を全く聞いてないシャルルは饅頭をヒョイとつまみ上げ、まじまじと眺める。
「ま……待ちなさいシャルル!それは私の――――!」
「いただきま~す………はむっ…」
シャルルの蛮行を阻止しようとエリザベスは手を伸ばすも間に合わず、最後の饅頭はシャルルの口の中へと吸い込まれていった。
「シャ………!」
口をパクパクさせながら驚愕するエリザベスに構う事なくシャルルは口をモグモグと動かした後、ゴクリと饅頭を飲み込む。
「あ~まーい……」
にぱぁと愛らしい笑顔を見せながら感想を述べるシャルル。
「おやすみー」
そして再び小さな欠伸をした後、シャルルはフラフラと自分のベッドへと戻っていった。
「な……!な……!な……!」
シャルルに饅頭を横取りされたエリザベスは、視界をぐにゃりと歪ませながらその場へと崩れ落ちる。勝負の末に得た饅頭はシャルルの口に吸い込まれ、お腹の中へと消えていった。
「ど……どうして…?どうして……?勝ったのに……勝ったのに……!ああああああっ……!」
「エリザベス……」
涙目になりながらガックリと項垂れるエリザベスに、カイジはどう話し掛けたらよいのか分からず狼狽えた様子を見せる。
「ま…まぁ、運が悪かったと思って諦めようぜエリザベス……!じゃ、じゃあ俺も寝るから………お前も早く寝ろよ……!」
どうしたら良いのか分からなくなったカイジはエリザベスにそう言った後、逃げるように自分のベッドへと小走りで移動する。
「饅頭……!饅頭……!ああ……饅頭……!」
一人残されたエリザベスは食べる事の出来なかった饅頭を思いつつ、呟き続けていた。
その次の日、エリザベスはシャルルに話し掛けられてもギロリと睨み付けるだけで一言も口を聞かなかったとさ。
まっこと……食べ物の恨みは恐ろしい。