フリージング黙示録   作:ヤッダーバァァァ

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第十三話:風越の猫娘

「池田ァ!!」

 

長野県、風越女子高校。

争い事とは無縁の平穏な学校内に、猛獣の咆哮のごとき怒号が響き渡る。それを聞いたある生徒は突然の事にびっくりして食べていたご飯を喉に詰まらせ、ある生徒は雷に打たれたかの様に体を震わせその場に固まってしまった。

 

「またアイツか…」

 

怒号を耳にした一人の女子が苦笑いを浮かべながらボソッと呟く。彼女がいう【アイツ】とは――――――――。

 

「ひいい!申し訳ありませんコーチ!」

 

風越麻雀部に所属する生徒の一人、池田華菜である。華菜は子猫の様にプルプルと身体を震わせ頭を下げ続けている。

 

「てめぇ!昨日もまた夜遅くまで部室に残ってたらしいなァ!!」

 

そして……華菜の目の前で青筋を浮かべ、地獄の閻魔すら泣いて逃げ出すほどの般若の様な恐ろしい形相で怒りの叫びをあげている女性は久保貴子。風越女子麻雀部のOBであり、今はコーチとして厳しく部員に指導している。

特に華菜に対しては個人的に可愛がっているのか、自ら進んで積極的に華菜に対して指導をしており。

 

「池田ァ!」

 

「申し訳ありません、コーチ!」

 

というやり取りが毎日なされており、部員達はそれを見る度に「またか…」と溜め息を吐くのであった。

 

「私は皆に言ったよなァ!最近、学校の周りで怪しい人物が彷徨いているらしいから今は早めに帰れって注意したよなァ!なのにキャプテンであるお前がそれを守らないってのはどういう事だコラァ!」

 

「ううう…」

 

久保コーチによる怒涛のマシンガンハウルを泣きそうな顔で耐え続ける可哀想な華菜。髪の毛の方もまるで耳を伏せた猫の様になってしまっている。

 

「あ…あの、コーチ。華菜ちゃんをあまり怒らないであげて下さい…。華菜ちゃんはキャプテンとして…」

 

怒られている華菜を見かねた同級生である、みはるんこと吉留未春が恐怖をこらえて久保コーチに声をかける。

 

「そうですよコーチ…池田先輩は福路キャプテンに後を託されてそれに応えるために頑張っているんです……」

 

未春に続いて後輩である文堂が華菜を救うべく動いた。

 

(みはるん……!文堂さん………!)

 

自分を庇おうとする二人の姿に華菜はうっすら涙を浮かべ、感謝する。一方の久保コーチはジロリと未春と文堂を睨み付け、暫く無言になっていたがやがてチッと大きく舌打ちすると。

 

「池田ァ!今回は二人に免じて許してやるが……また夜遅くまで学校に残ってたら許さねーからなァ!分かったな!?」

 

「は、はい!分かりましたコーチ!」

 

フンと鼻を鳴らし久保コーチは華菜に背を向けると、圧倒的プレッシャーを放ちつつ部室の扉へと歩みを進める。

 

「………池田、てめえは風越麻雀部を引っ張っていくキャプテンになった。お前の身に何かあったら部員の皆に迷惑をかける事になるんだからな。皆を心配させる事だけはするんじゃねーぞ」

 

久保コーチはそう言い終わるとポケットから携帯を取り出しながら部室から立ち去っていった。

張り詰めていた空気から解放され、その場にいた部員達はホッと安堵の表情を浮かべながら息を吐く。

 

「……………はぁ~…」

 

その中で一人、池田華菜は疲れた顔で溜め息を吐いたのであった。

 

 

 

その日の放課後。風越麻雀部の練習も終わり部員達が次々と帰っていく中、かつての代表であった深堀、未春、文堂、そして池田華菜の四人だけが部室に残り雀卓を囲っていた。

 

「久保コーチも酷いですよね…池田先輩もキャプテンとして凄く頑張っているのにあんなに怒らなくても…」

 

「うん…怒り過ぎだと思う」

 

「華菜ちゃん、あまり落ち込まないでね。コーチが幾ら華菜ちゃんを怒っても、華菜ちゃんが他の誰よりも頑張っているのは私達がよく知っているから」

 

コーチに怒られた華菜を励まそうとする3人に対し、華菜は少しだけ笑いながら口を開く。

 

「皆…ありがとうだし。私は大丈夫だし、コーチに怒られるなんてずっと前からの事だしそれに……」

 

華菜は自分が心から尊敬し愛している一人の女性の姿を脳裏に浮かべながら言い放つ。

 

「私には、キャプテンとの約束があるし!」

 

華菜の尊敬する女性………それは一年前、風越麻雀部のキャプテンとして皆を支え、導いてきた福路美穂子の事である。

福路はキャプテンであるにも関わらず、下級生がやるべきはずの仕事や雑用を「皆が出来るだけ多く牌に触れる様にしたい」という理由で自ら率先して行い、部員達の悩みや相談事も親身になって聞いてあげたり。

かつて大会でも久保コーチに自分がビンタをされたのにも関わらず、再度叩かれるのを覚悟でコーチに殴られそうになった華菜を庇ったりと実に慈愛に満ちたキャプテンであった。

 

勿論、麻雀の実力も非常に高く自身の持つ能力で部員達を優しく導き、県大会においても対戦相手を手玉に取った打ち筋を見せキャプテンとして申し分ない活躍を見せ付けた。

残念ながら風越女子は団体戦こそ、全国への切符を逃してしまったが、福路のみ個人戦での全国大会に出場する事となり彼女を慕っていた華菜を始め他の部員達もその事を喜んでいた――――のだが。

 

「まさか……あんな事になっちゃうなんて…」

 

それは、あまりに突然の事だった。

 

―――――東京・麻雀全国大会会場爆破テロ事件

 

全国大会団体戦2日目の深夜、会場となっていたビルで謎の爆発が起きビル全体の3分の2が崩壊してしまったのである。

時間が夜遅くだった事もあり大会出場者の生徒達の中からは死傷者は出なかったものの、警護に回っていた警備員やビルに残っていた大会関係者の十数名が犠牲になるという最悪の大惨事となってしまった。

その後の調査により、この爆発は人為的に起こされたものと断定され、シュバリエに反するテロリストが見せしめのために引き起こしたものだと発表された。

 

この青天の霹靂のごとき状況に日本麻雀連盟は選択を迫られる。

大会続行か?それとも大会を中止させるのか?はたまた延期するか?

そして数日間の重苦しい会議の中、麻雀連盟が出した答え、それは。

 

『真に遺憾ではあるが、出場者の安全の最優先とし今年度の全国大会は中止とする』

 

というものであった。

この発表に「今まで頑張ってきた生徒達の努力を無駄にするのか」とか「一旦、間を置いて別の場所で厳重な警戒態勢の中で改めて全国大会を行った方が良いのではないのか」という方々から批判や意見が相次いだ。

しかし出場する生徒や応援にきた生徒の中に精神的ダメージを受けた者が少なくない事、もし爆発が深夜でなく日中で起きていたら数多の生徒達の命が奪われていただろうという事。

 

そして、何より爆破テロを起こした者達が一名も捕まえられておらず再び全国大会に対するテロを起こす可能性が非常に高いという事をあげ、麻雀連盟は断固として考えを曲げる事はなかった。

こうして福路の高校生最後の夏は、理不尽極まりない形で終わりを迎えてしまったのであった。

 

『こんなの……こんなのってないし!折角キャプテンが全国まで行けたのに……幾ら何でも酷すぎる!』

 

この結末に当然、華菜は納得出来るはずがなかった。福路は皆のために頑張っていたのに、キャプテンというプレッシャーに耐えて皆を優しく導いてきたのに。

どうしてこんな事になってしまうのか。

 

『仕方ないわ華菜……死人が出ている以上、中止しないといけないと思うわ……。私も…残念だけど…今はただ……今回の事件で亡くなってしまった人達のご冥福をお祈りしましょう』

 

ボロボロと涙を流して叫ぶ華菜に対して福路の方は冷静であった。自分の高校生最後のインターハイが潰された事よりもテロに巻き込まれて死んだ人がいる事に心を痛めている様でもあった。

 

『それは……そうですけど…』

 

『華菜……今まで本当にありがとう。私をここまで慕ってくれて……私のために泣いてくれて…あなたは本当に優しい子よ』

 

 

『そんな事ありません!私の方がキャプテンに助けられてきました!私だけじゃない、みはるんだって!深堀さんだって!文堂さんだって!他の部員達みんなも!』

 

『華菜……!…私の夏はもう終わってしまったけど、皆の戦いはまだ続いている…。この先、辛い事や苦しい事があるかもしれないけど…華菜達なら乗り越えられるって信じているわ。私は側にいられないけど…ずっと見守っているからね』

 

『任せて下さいキャプテン!来年は全員で全国に行ってみせます!華菜ちゃんの活躍に期待して欲しいし!』

 

『うふふ……頼もしい限りね。頑張ってね……華菜…』

 

『はい!』

 

この時の福路の優しい微笑みはいまだ華菜の脳裏に焼き付いている。

その後、福路は多くのプロ雀士を生み出している麻雀大学へと進学した。なお、この大学には福路と親密な関係である清澄高校麻雀部の元部長・竹井久も共に進学したとか。

 

そして風越麻雀部では新たなキャプテンとして県大会において大将を任されていた池田華菜が選ばれた。部員の中には池田華菜がキャプテンとなる事を不服として華菜に麻雀で勝負を挑んだ者もいたが、華菜はことごとく圧倒的な大差で打ち破ってその者達を黙らせ、キャプテンとして選ばれるに相応しい実力を見せ付けたのであった。

 

『華菜ちゃん、キャプテン就任おめでとう!困った事があったら何でも相談して。私も華菜ちゃんのためなら出来る限り力になるから』

 

『私も力になる……』

 

『池田先輩がキャプテンか……私も次の県大会に向けて頑張ります!』

 

『池田キャプテン…!池田キャプテン…!池田キャプテン…!池田キャプテン…!池田キャプテン…!池田キャプテン…!』

 

『みはるん…!深堀さん…!文堂さん…!皆…!ありがとうだし…私、精一杯頑張るし!』

 

仲間達からの優しい言葉にこの時の華菜は感極まって泣いてしまったという。

 

『池田ァ!てめえが風越のキャプテンになったからには今まで以上に厳しく指導していくからなァ!この前の県大会みたいな弱気な姿を見せたらタダじゃおかねーぞ!分かったか!』

 

『は、はいい!分かりましたコーチぃ!』

 

約一名の熱烈歓迎に別の涙を流したみたいだが…。

こうして、池田華菜をキャプテンにした風越女子麻雀部は再び名門校の誇りを取り戻すべく次のインターハイに向けて再出発したのであった。

 

 

 

「ヤバイヤバイ!また遅くなっちゃったしー!にゃー!」

 

日が暮れ暗くなった夜道を一匹の猫…ではなく、華菜が全力疾走する。未春達が帰った後も華菜は一人、部室に残りパソコンでネット麻雀をしたり元キャプテンの福路を見習って部室の掃除をしていた。

華菜の帰りが遅くなっていた理由はまさしくそれであり、これは仲の良い吉留未春以外は知らない事であった。

未春は最初、この事を久保コーチに伝えようとしていたが。

 

『コーチには絶対に教えないで欲しいし!どーせまた華菜ちゃんがこっぴどく怒られるだけだし!』

 

と華菜は口止めしたのであった。

 

(早く家に帰らないと妹達も心配するし!…ううう、明日またコーチに怒鳴られるんだろうなぁ~)

 

走りながら悪鬼の様な顔で「池田ァ!」と吠える久保コーチをイメージしてしまいテンションがダウンする華菜。

その直後。

 

――――キィィィィン…

 

「いた…………!」

 

突如、不愉快な耳鳴りと共に頭の痛みが華菜を襲う。まるで頭の中をかき回される様な激痛に華菜はその場にうずくまってしまった。

 

キャプテンとして頑張り過ぎてしまったせいで自分は何か病気になってしまったのか。このまま自分が倒れる事になったら誰が風越を引っ張っていくのか。

 

そんな事を考えながら華菜は耳鳴りと頭痛に耐え続けていたが、1分が過ぎたあたりだろうかやがて耳鳴りが消え、頭の痛みも大分和らいでいった。

 

「ふぅ……」

 

ようやく頭痛がおさまり、苦しみから解放された華菜は小さく息を吐くとスッと立ち上がって正面を向いた。

 

「に、にゃあ!?」

 

驚きの声をあげる華菜。何故ならば、目に映ったのが自分が見慣れていた帰り道ではなく……真っ白な色で統一された薄暗く広いトンネルだったからだ。

華菜は混乱した様子でキョロキョロと周囲を見渡す。前にはポッカリと道があるがその先に何があるかは全く分からず、後ろには白い壁が立ち塞がっている。

 

(一体どうなっているんだ…?私は夢でも見ているのか?)

 

あまりに非現実な展開に自問自答を繰り返す華菜であったが、このままここにいてもどうしようもないと考えた華菜は覚悟を決めトンネルの先に進む事を決める。

 

「よーし!華菜ちゃんの謎のトンネル大冒険の始まり始まりだしー!」

 

華菜は自分自身の心を勇気づけるかの様に大きな声でそう高らかに叫ぶと力強く歩き出した。

 

 

「楽しんでって言われたの~。その言葉と歩いてゆこ~」

 

元気よく歌いながら一歩一歩前に進み続ける華菜。しかしもう20分は歩いただろうが、人に出会う事も何か変わったものを見つける事もなくただ真っ白な光景が広がるのみであった。

このまま進んでも意味がないんじゃないか?とそんな考えが華菜の頭をよぎったその直後。

 

『――――これが人間のやる事…よ!』

 

突然、トンネル中に若い男の叫び声が響き渡った。いきなりの事にびっくりした華菜は「にょわ!」と小さい悲鳴をあげ猫耳を立てて屈みこむ。

 

「だ、誰だ!?誰かそこにいるのかー!」

 

返事はない。白い世界がただ広がるのみ。そしてまた。

 

『許……ねぇ!ロッ…オン………ラトス!奴の剣を…い撃つ!』

 

再び響く所々、途切れている男の怒りに満ちた声。まるで家族の仇と対峙しているかの様な声だ。しかし人の姿はどこにもない。

 

「なんなんだよー……もー…」

 

早くこんな変な場所から抜け出したい。再び華菜は歩き出す。

そしてまた。

 

『―――ぞミーくん!オイラ達………あのノ…ヴァ野郎を……ぶっ……すぞ!』

 

『――ったクロ!剛くんの……はボクが守って………せる!』

 

聞こえてくるさっきとは別の途切れ途切れの謎の声が二つ。すかさず華菜は周りを見るがやはり姿はない。段々、イライラしてきた華菜はピクピクと猫耳を立てながら大きく息を吸い。

 

「も~あったまきた!お前らなんか無視してやるからな!華菜ちゃんは早く帰って眠りたいんだし!」

 

と、大きな声で宣言するとキッと前を見据え大股で歩き出した。それから数分して。

 

『―――リン!思い…してくれ!私達……事を!共に……したあの日々を!』

 

『―――れ!言った……だ!私はお前達………知らないと!』

 

『――を覚まして下さい……先輩!私に…………としての矜持を教えて……たのはあなたですわ!』

 

今度は三つの女の声が華菜の耳に入る。だが、もう立ち止まる様な事はしない。何やら言い争いをしているみたいだが、そんな事は全く関係ない。一々、相手にしてたらキリがない。ただ前に進むのみ。

だが、しかし。

 

『―――せ!離すのだハギヨシ!あの……が衣の父君と母君を!』

 

『―――落ち着いて下さい衣様!どう…冷静になって下さい!』

 

『―――てめぇ……!このクソッタレ戦争中毒野郎!……の両親にまで手を出してやがったのかよ!』

 

「え………!」

 

今度、聞こえてきた声は華菜が立ち止まざるをえないものだった。

何故ならその声は自分が知っている者達の声―――龍門渕高校の天江衣と龍門渕のスーパー執事であるハギヨシ、そして毎日自分に怒鳴ってくるコーチ…久保貴子のものであったからだ。

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