エリザベスが地下地獄で生活している間、シュバリエの総司令部がおかれているアメリカのグランドキャニオンでは、とある事件が起こっていた。
総司令部に招集されたパンドラ達が、次々と何者かに襲撃されたのである。
これまでに襲撃されたパンドラの数は20名を超え、
その内の数名かが、リカバリールームでの治療を必要とするほどの深手を負わされていた。
襲撃されたパンドラは皆、身体に火傷を負っており、交戦したパンドラの話では、
襲撃者は手から赤黒い炎を出して攻撃をしてきたという。
その襲撃者が現れた時期とエリザベス・メイブリーがいなくなった時期がほとんど同じたったため、
シュバリエは襲撃者がエリザベスの消失事件に関係している可能性が高いと周囲に発表し、襲撃者の行方を追っていたのであった。
「エリザベス先輩………一体どこに行ってしまったのか…」
一人の男が疲れた様子で廊下を歩きながらぼやく。
エリザベスのリミッターとして彼女のサポートをしてきたアンドレである。
アンドレはエリザベスがいなくなった日から、寝る間も惜しんで彼女の目撃情報を探したり、
何か手掛かりはないか彼女のいた部屋を捜索したりしていたが、結局は無駄足に終わってしまい、何の成果もないままエリザベスのいない日々を過ごしていた。
「やはりエリザベス先輩は………最近現れた襲撃者に何かされたのか………クッ!私はなんて無力なんだ!自分が情けない!」
アンドレは苛立った様子で壁を叩く。八つ当たりしても何も変わらないのは分かっている。
それでも今のアンドレはこの苛立ちを少しでも発散しないと、やっていられない状況なのだ。
「どうしたのアンドレ君…?」
苛立ちを隠せないアンドレの前に緑髪の少女が、心配そうな表情をして姿を現した。
彼女の名前はキャシー=ロックハート、イーストゼネティックスに所属する3年生である。
キャシーはイーストの神速の異名を持ち、全てのゼネティックスの3年生中、最強の5人の中の一人に数えられるほどの実力者だ。
キャシーもエリザベスや他のパンドラ同様、シュバリエの招集を受けてこのグランドキャニオンへと来ていたのだった。
「これはキャシー先輩…見苦しい所をお見せしてしまって申し訳ありません…」
キャシーの姿を見たアンドレは壁を殴った手を隠し、大きく頭を下げる。
そんなアンドレに対してキャシーは焦ったように首を横に振った。
「ううん!アンドレ君が謝る必要なんかないよ?………やっぱりエリザベスさんの事で怒っていたの?」
「………はい。先輩がいなくなって早一ヶ月、どんなに探してもエリザベス先輩どころか、彼女を見つける手掛かりすら掴めない……。
そんな無力な自分にどうしようもなく腹が立ってくるんです……!」
アンドレは両手を力強く握り締めながら、顔をしかめる。
「気持ちは分かるよアンドレ君………あなたが寝ずにずっとエリザベスを探していた事も知ってる。
……私も出来る限り手伝うから自分を責めないで?きっとエリザベスさんなら大丈夫だから」
「キャシー先輩………」
「だってエリザベスさんはアンドレ君のパートナーなんでしょう?
だったら………彼女を信じてあげなくちゃ……ね?」
キャシーはアンドレの右手にそっと自分の手を添えてニコリと微笑む。
優しく言葉をかけられ、冷静さを取り戻したアンドレの顔から強張りが解けていった。
「ありがとうございますキャシー先輩。そうですね……エリザベス先輩ならきっと………。
ところでキャシー先輩はどうしてここに?リミッターは何処にいるんですか?」
アンドレに問い掛けられたキャシーの笑顔が消える。
「ここ最近、この総司令部で多くのパンドラが襲撃を受けたのはアンドレ君も知っているよね?」
「ええ、エリザベス先輩がいなくなった事に関係しているとシュバリエが発表しておりましたが…」
「その襲撃者はパンドラとリミッターがいる時には攻撃を仕掛けてはこない、
パンドラ一人だけになった時に襲撃してくるらしいの…………」
「まさか………キャシー先輩は囮に!?」
驚愕するアンドレの言葉にキャシーは無言でコクリと頷いた。
「…それが私に与えられた命令だから…私以外に囮役を任されたパンドラもいるわ」
「そんな…!シュバリエは一体何を考えて!?
エリザベス先輩みたいに行方不明になる可能性だってあるかもしれないのに!」
「仕方ないわ、シュバリエに与えられた命令を全うするのが、パンドラとしての義務だから……」
「ですが………!」
「心配しないでアンドレ君!私だって危ないと思ったらすぐに逃げるつもり。
もう………私は恭一の前からいなくなったりはしないから……絶対」
キャシーは自分の胸に手を添え、決意を秘めたような表情で話す。
キャシーはかつて第10次ノヴァクラッシュという戦いにおいて、ノヴァに捕らえられ、
ノヴァフォームに改造されてノヴァの手駒として、仲間であるはずのパンドラ達を相手に戦わされた経験がある。
後にサテライザー=エル=ブリジットによって救われ、再び己のリミッターである水瀬恭一と再会した彼女は、
自分が生きていた事に涙して、喜んでくれた恭一と別れたりはしないと決心していたのであった。
アンドレと別れたキャシーは引き続き囮として、一人で人気のいない所を歩き続ける。
『そんなの危ないですよキャシー先輩!俺は反対です!たった一人だけで襲撃者と戦うなんて!』
ふと、キャシーの脳裏に恭一の言葉がよぎる。恭一はキャシーが囮役になる事に真っ向から反対していた。
『大丈夫よ恭一。戦うって決まった訳じゃないし、このまま何も起こらない事だってあるんだから』
『でも、もし………またキャシー先輩に何かあった俺………!』
『………恭一、私は襲撃者になんか負けない。絶対にあなたの前からいなくならない。
私を…信じて、恭一』
『分かりました……先輩。俺は先輩を信じます………だけど、もし!先輩が危なくなったら……命令でも何でも無視して、先輩を助けますからね!』
自分の手を握り、自分を守るという宣言をした恭一の顔が今だ忘れられないキャシー。
自分をこんなにも愛してくれる恭一を、リミッターにして本当に良かったと笑いながら思うキャシーであった。
「そろそろ帰る時間になるかな…」
すっかり日が暮れ、暗くなり始めていた滑走路を歩くキャシーは、時計を確認しながら呟く。
――――コツン
突然、鳴り響いた足音に反応したキャシーは咄嗟に振り向くが、人の姿はない。
「誰かいるの!?」
キャシーは身構えながら、音が鳴った方向に対して問い掛ける。
――――コツン…コツン…
少しずつ足音がキャシーの方へと向かってくる。
やがて物影から一人の男がマントをたなびかせながらゆっくり現れた。
右眼と左頬に傷が刻まれ、黒髪の半分が白く脱色し、右手に白いグローブを着けた男は何も語る事なく、キャシーを見つめ続ける。
「もしかして……あなたが!?」
キャシーが声を発した瞬間、男はマントを脱ぎ捨てキャシーの方へ走り出す。
「ファルシオン!」
この男が今までパンドラ達に攻撃を仕掛けていた襲撃者と判断したキャシーは、ボルトウェポンを展開して襲撃者の方へと走り出した。
「はぁっ!」
キャシーは右腕のブレードで襲撃者に斬りかかる。
それに対して襲撃者は白いグローブをソード状に変化させるとキャシーの攻撃を受け止め、弾き返した。
「くっ…!」
キャシーは空中で受け身を取り、地面に着地して襲撃者の方に顔を向ける。
「あなたは一体何者なの!?何で私達に攻撃を仕掛けてくるの!?
エリザベスさんがいなくなった事に………あなたは何か関係しているの!?」
キャシーはファルシオンを向けながら襲撃者に次々と質問をする。
しかし、襲撃者はそれに答えるどころか一言も話す事なく、キャシーへと歩き出す。
「何か………何か答えてよぉ!」
キャシーは怒りを含めた叫び声を出しながら高く飛び上がる。
多くの仲間達を傷付け、エリザベス消失事件に関わっているかもしれないこの男をキャシーは許せなかった。
「クワトロ・フル……アクセル!」
その言葉と共にキャシーの動きが爆発的に加速する。
クワトロ・フル・アクセル――――パンドラの移動速度を上げるアクセル系の中でも、
キャシー=ロックハートにしか扱えないアクセル系最速のスキルである。
まさに神速とも言える彼女の動きに対応出来るパンドラはほとんどいない。
残像を残すほどの加速力で周囲を移動しながら襲撃者への翻弄を仕掛けるキャシー。
一方の襲撃者はその場から動く事なく、ただ黙って立ち尽くしたままである。
「はぁぁぁぁぁぁ!」
襲撃者の後ろへと移動したキャシーはそのままの速さで、両手のファルシオンを力強く振り下ろした。
「……………」
襲撃者は突如、後ろから攻撃を仕掛けてきたキャシーの方へと振り返ると
バックステップをしてキャシーのファルシオンを避ける。
そして同時に右足を大きく上げ、キャシーの腹部に蹴りを入れた。
「かはっ!」
まともに攻撃を受けたキャシーは吐血しながら、遠くへと蹴り飛ばされる。
腹部を押さえながら立ち上がったキャシーは口元の血を拭い襲撃者を睨み付けた。
「まさか私のクワトロ・フル・アクセルに反応するなんて………!
流石に今までパンドラを襲ってきただけある………だけどまだよ!クワトロ・フル・アクセル!」
キャシーは腹部のダメージに耐えながらも再びクワトロ・フル・アクセルを仕掛ける。
「クワトロ・フル・アクセルがただ加速させるだけじゃない事を…教えてあげるわ!」
キャシーはそう言い放つと同時に複数の分身を作り出した。
この分身はクワトロ・フル・アクセルのスピードを利用したもので、
対象に対して攻撃できるテンペストターンの分身と違って、この分身は攻撃に参加出来ないが、
相手を惑わせ、混乱させるのにはうってつけである。
(腹部へのダメージが思っていたよりも大きい…!早く決着を付けないと、こちらが不利になる…)
キャシーは先程と同じように複数の分身と共に、襲撃者の周囲を移動し続けて思考を張り巡らす。
(だから…次の一撃で終わらせてみせるわ!)
そう腹を決めたキャシーはさらに分身を増やして、襲撃者の隙を狙う。と、襲撃者の身体が分身の方へと動いた。
(チャンスはここしかない!いけぇっ!)
キャシーは複数の分身と共に襲撃者へと突撃する、彼女はこの攻撃の成功を確信していた。
「………………」
キャシーが斬りかかろうとした直前、襲撃者はその場に屈み白いグローブを脱ぎ外した。
「灼鳳…………燃え上がれ、俺の炎よ!」
襲撃者はその言葉と共にグローブを外した腕を腕を振り下ろす。そして襲撃者を中心に赤黒い爆炎が巻き上がり、キャシーの分身達を包み込む。
「な―――――!?」
キャシーは襲撃者が放った爆炎に気が付き、逃げようとするも間に合わず、彼女の身体もまた、赤黒い爆炎に包まれた。
「きゃぁぁぁぁぁぁ!」
炎に包まれたキャシーの身体は爆風で遠くへと吹き飛ばされ、滑走路で待機していた輸送機に叩き付けられて地面に力無く倒れた。
「かっ………はぁ……!ああ………うう……!」
咄嗟に逃げた事により、どうにか致命傷は免れたものの、今の爆炎によって身体の至る所に火傷を負い、
特に両足の火傷は酷く戦闘はおろか自力で立ち上がる事すら出来なくなってしまった。
「なんて………威力なの………!」
キャシーは輸送機に寄り掛かりながら、ボロボロになった身体を起こす。漂う煙から襲撃者が姿を現す。襲撃者は白いグローブを装着し直すと、深手を負ったキャシーの方へとゆっくりと歩き出した。
(このままじゃ…………やら……れる!)
キャシーは震える腕をあげてファルシオンを展開しようとするが、
大ダメージを受けた彼女にボルトウェポンを展開させる力は残っていなかった。
「………………」
襲撃者は白いグローブをドリル状へと変化させて、なおもキャシーの方へと歩き続ける。
「助けて…………助けて………恭一…!」
キャシーは涙を流しながら目を閉じ、小さな声で呟いた。
「キャシーせんぱぁぁぁぁい!」
突然、死を覚悟したキャシーの名前を叫ぶ声が滑走路で響く。
キャシーはこの声に覚えがあった―――いつも近くで聞いていた愛する人の声だったから。
ぼやけたキャシーの視界の中に恭一の姿が写る。恭一は肩で息をしながら、右手に鉄パイプを持ちキャシーの前に立ちはだかった。
「きょう…………いち…?」
「来るなら来い!これ以上キャシー先輩には………指一本だって触れさせるもんか!」
恭一は鉄パイプを両手で持ち直すと、襲撃者の方を睨み付けた。
「ダメ………!逃げて…恭一……!あなたも……殺され………!」
「嫌だ!絶対に逃げるもんか!もう………あの時みたいに先輩を助けられないなんてのは………俺はいやです!」
恭一は目に涙を浮かべながら力の限り叫ぶ。
キャシーがノヴァによって操られたあの日、自分に助けを求めたキャシーを助けられなかった自分が悔しかった。
何も出来ず、愛する人がノヴァに取り組まれるのをただ黙って見ているだけの自分が悔しかった。
「俺は……キャシー先輩を守る!どんな敵が相手でも……死ぬ事になったとしても…俺はキャシーを助けてみせる!」
「恭一………」
キャシーには命を捨ててまで自分を守る覚悟の恭一の姿を、黙って見る事しか出来なかった。
「………………」
そんな恭一の姿を襲撃者は足を止め、黙って眺め続ける。
が、やがてドリル状にした白いグローブを元に戻すとクルリと恭一とキャシーに背を向けた。
「え………?」
不思議そうに自分を見つめる恭一を尻目に、襲撃者は自分が脱ぎ捨てたマントを拾うと無言で羽織った。
そして、恭一達にチラリと視線を送ると、空高く飛び上がってそのまま姿を消していった。
「たす…かった…?」
恭一は持っていた鉄パイプを手から放す。鉄パイプはカランカランと音を立てて地面を転がっていく。
「キャシー先輩!」
恭一はキャシーの下へと駆け寄り、彼女の顔を覗きこんだ。
「恭一………」
「もう大丈夫ですよキャシー先輩!今、リカバリーセンターに連れて行きますから!だから……」
「恭一…!」
キャシーは恭一の身体を両腕で弱々しくもしっかりと抱き締める。
「キャシー先輩……?」
「ありがとう………ありがとう恭一………!」
恭一の身体を抱き締めながらキャシーは繰り返し礼を言い続ける。
自分を守ってくれた恭一にキャシーは心から感謝をしていた。
恭一もまた、キャシーの身体を労りながらも彼女の身体を抱き締め返す。
「いいんですよキャシー先輩………俺はキャシー先輩の……リミッターなんですから…!」
両目からハラハラと涙を流しながらキャシーの頭を撫でる恭一。
この一件で一人のパンドラと一人のリミッターの絆はさらに深まった事であろう。
その後、キャシーは恭一によってリカバリーセンターへと運ばれ、しばらくの間、治療に専念する事となった。
――――滑走路での戦闘から数時間後、キャシーを襲った白いグローブの男が総司令部に設置してあるタンクの上に姿を現す。
「ご苦労、ジェープライム……いや、今のお前はネームレスって名前だったな」
ネームレスと名前を呼ばれた男がチラリと視線を送った先には、
金髪の少年がポケットに手を入れながらそこに立っていた。
「今回も中々の動きだったなネームレス。どうだった…全ゼネティックス3年生で5本指に入っている、
キャシー=ロックハートとの戦いは?
他のパンドラより少しは楽しめたんじゃないか…ネームレスよ」
金髪の少年はネームレスの横に移動して、微笑を浮かべる。
ネームレスは金髪の少年に顔を向ける事なく、無表情のまま静かに答え始めた。
「………俺は誰が相手であろうと負けるつもりはない。パンドラであろうと……ノヴァであろうとな」
「ほぉ~。相変わらずの自信家だな、お前。
もっとも、こちらとしては任務を遂行してくれれば構わない話なんだが。
それじゃあ、引き続きパンドラへの襲撃は頼んだぜ。
今回の襲撃はエリザベス=メイブリーがいなくなった事を嗅ぎ回っている奴らにたいする情報撹乱。
そしてお前さんの対パンドラの戦闘データを回収する事なんだからな。
まぁ、後5、6人くらい適当に相手をしたらチャッチャッと切り上げて帰還してくれ。
俺もお前も……やるべき事はまだまだ沢山あるんでな」
金髪の少年はフフフと笑い声をあげると、タンクの上から飛び降りて姿を消していった。
タンクの上に残されたネームレスは白いグローブを付けた右腕を空高くあげる。
「待っていてくれイゾルデ……必ずお前を迎えに行くから……!」
ネームレスは右手を力強く握り締め、静かにその場を立ち去った。
一方、地下に堕ちたエリザベスは―――。
「来ました!456(シゴロ)………倍付けですわ!」
「ば……馬鹿な!なんでこんな理不尽な事が……俺の身ばかりにっ……!」
地下チンチロでせせこましくペリカを稼いでいたのであった。