イーストの神速、キャシー=ロックハートが襲撃者に敗れる――――!
その報は総司令部で活動しているパンドラ達に、大きな衝撃と恐怖を与えた。
キャシーの敗北をきっかけに囮役を任されていたパンドラの多くが、
襲撃者を確認してもほとんど戦わずに逃亡するようになってしまう。
また、囮役を辞任したいというパンドラも次々と現れ、襲撃者の追跡は非常に困難な状況に陥ってしまったのであった。
もちろん襲撃者を倒そうとしたパンドラも何人かいたが、結果は全員が返り討ち。
深い火傷を負いながら、リカバリーセンターに運ばれてゆくのであった。
しかし、この悲惨な状況においてもシュバリエは襲撃者の追跡と、
パンドラを囮役にする作戦を中止する事はなかった。
それどころか新たに囮役のパンドラを増員させ、襲撃者を見事撃破したパンドラに対しては、
特別な恩賞を与えると発表したのである。
そんなシュバリエの、物で釣るようなやり方に対して不信感をつのらせているパンドラがいた。
フランスゼネティックスに所属する3年生、シャルル=ボナパルトである。
シャルルはキャシー=ロックハートと同じく、全ゼネティックス3年生、最強5人の一人であり、【テンペストの鳳雛】の異名を持つパンドラだ。
シャルルは一人、シャワーを浴びながらグランドキャニオンで起きた襲撃事件、
そして今のシュバリエのやり方について考えていた。
(…おかしい、今のシュバリエは何かがおかしい。襲撃者の狙いがパンドラだというなら、
招集したパンドラ達を一刻も早く所属していたゼネティックスに戻し、一人でも被害を減らすべきだ。
なのに…そんな当たり前の事をシュバリエはせず、むしろ逆……招集させたパンドラ達に、
囮になって襲撃者を倒すように命令を送った……恩賞を使ってまで。
どう考えたって変だよこんなの………あの時だって……)
「おっ、そこにいるのはハーフリングのガキじゃないか~!」
「ひゃん!?」
物思いにふけっていたところに、大きな声で呼ばれたシャルルはビクッと身体を震わせ、後ろを振り向く。
「アハハハ~。どうしたらハーフリングのガキ?そんな可愛い声を出して……」
「ロックサンヌ=エリプトンか………びっくりさせるなよゾンビ女!」
「ゴメンゴメン、シャワーでスッキリしようとしたら、ちっこい先客さんがいたんで……」
ロックサンヌと呼ばれた少女はシャルルの隣に行き、シャワーのハンドルをひねる。
「ん~!やっぱり疲れている時のシャワーは最高よね~!」
気持ち良さそうにシャワーを浴びながら背伸びをするロックサンヌ。
ロックサンヌ=エリプトンはアメリカゼネティックスに所属する3年生で、不死身の異名を持ち、
彼女もキャシー、シャルルと同様に全ゼネティックス3年、最強の5人の一人に数えられている。
「……………」
鼻歌を歌いながらシャワーを浴びるロックサンヌの胸をシャルルは横目で見る。
そして今度は自分の胸を見つめた後に、チッと不快そうに小さく舌打ちをした。
シャルルは年の割には小柄な体格をしており、彼女自身も少なからず気にしてはいる。
また、自分の体と対照的にナイスボディーなロックサンヌにその事でからかわれる事が多く、
同じ学年であるロックサンヌにガキ呼ばわりされる事が、
シャルルにとって非常に不愉快な事であった。
「ん、どーかしたかハーフリングのガキ?」
「ガキ言うな!ゾンビ女!いい加減その呼び方はやめろよ!」
シャルルは機嫌が悪そうに声を荒げてロックサンヌの顔をジロリと睨む。が、苛つきがおさまったのかシャルルはシャワーの威力を弱めると、静かにロックサンヌに声をかけた。
「………なぁ、ゾンビ女」
「なんだハーフリングのガキ?急に改まって……」
「今のシュバリエに対して…お前はどう思っているんだ?」
「どうって…」
「今のシュバリエのやり方がおかしいと
お前は思わないのかってボクは聞いているんだよ」
「……………」
今までニヤニヤと笑っていたロックサンヌだったが、
真剣な表情で問い掛けるシャルルを見て、彼女の顔から笑みが消えた。
「意外ねシャルル…アンタの口からそんな言葉が出るなんて思ってもみなかったわ。
私達パンドラはシュバリエのために戦うのが当然であって
戦いの善悪についてはシュバリエに委ねるってアンタは言っていたのに……」
「ああ、ボクは確かに言った。だけどな、いくらなんでもおかしいじゃないか!今のシュバリエはさ!
襲撃者の件の事も、エリザベス=メイブリーの失踪事件の事も!
……………あの事件の時だって!」
「シャルル……」
シャルルの言う『あの事件』――――それはエリザベスがシュバリエに疑念を抱くきっかけとなった出来事でもある。突如、一人のパンドラがノヴァフォームとなり、総司令部内にいた人達を攻撃し始めたのである。
この事態を鎮静化させるべく、三人のパンドラがシュバリエから命令を受け、ノヴァフォームと交戦した。
その時のメンバーがシャルル、ロックサンヌ、そしてエリザベスであった。
しかし、ノヴァフォームとなったパンドラの戦闘能力は非常に高く、3年生最強5人のシャルルとロックサンヌ、
それに次ぐ実力を持つエリザベスの三人でさえも苦戦を強いられてしまう。
それでも、どうにかノヴァフォームの撃破に成功する事が出来た。
だが、ノヴァフォームとなったパンドラが息を引き取る寸前にこんな言葉を残したのだ。
『気ヲ………ツケロ………!シュバ………リエ……ニ………!奴ラハ………コノ世界ノ……全テヲ………ハカイ……スル………アク………!』
その言葉を聞いたシャルルは己の耳を疑った。何故なら、ノヴァフォームとなったパンドラは自分の先輩にあたる人物であり、
シャルルに対してシュバリエにおける、パンドラの存在意義を教えてくれた人だったからだ。
彼女はシュバリエに所属している事を誇りに思っていると生前、シャルルに語っていた。
シュバリエに心から忠誠を誓っていたそんな先輩が、シュバリエに気を付けろと言ってきたのである。
なんで先輩がそんな事を言ったのか分からなかったシャルルであったが、
ノヴァフォームと交戦した次の日、シュバリエはシャルルの心を大きく動かす発表をしたのである。
今回の事件はシャルルの先輩にあたるパンドラが、シュバリエに対して反逆を起こすべく、
【聖痕】と呼ばれる、人がパンドラとなるためには必要不可欠な細胞組織を
保管していた部屋から多くの聖痕を盗み出そうとしたが、
警備にあたっていたパンドラに発見されてしまい、やけを起こした彼女は持ち出した全ての聖痕を、
自分の身体に埋め込んでしまったがために聖痕が暴走を起こし、
彼女はノヴァフォームとなってしまったと、シュバリエは発表したのだ。
それは先輩のシュバリエに対する思いを知っていたシャルルにとって、あり得ない発表であった。
さらに共に戦い、先輩の遺言を聞いていたエリザベス=メイブリーの失踪、
パンドラを次々と攻撃する襲撃者に対してのシュバリエの対応に、シャルルの不信感はさらに高まっていったのであった。
「ボクは思うんだ…襲撃者の登場に合わせてエリザベス=メイブリーが失踪したんじゃなくて、エリザベス=メイブリーの失踪に合わせて襲撃者が現れたんじゃないかって。
ひょっとして…エリザベスは何か…シュバリエに関してとんでもない秘密を知ってしまったから……口封じをされてしまったんじゃないかって。
そして………もしかしたら今度はボク達も……!」
「もういいわシャルル…ここまでにしよう」
今までシャルルの話を黙って聞いていたロックサンヌは、シャワーを止めて小さく溜め息を吐く。
「シャルルの言いたい事は分からないでもないけど、それはあくまでシャルルの推測でしょう?
それに…こういう事はここで話す事じゃない」
「じゃあなんだ!?お前は今のシュバリエのやり方に何も疑問も感じないって言うのか!」
「そうは言ってないじゃない……ただ、ここで議論を交わしても襲撃者が捕まる訳でもないし、エリザベスが見付かる訳じゃないって事。
………私は別にいいけど、この話はあまり他の人には言わない方が良いわよ。
それじゃ、私は眠たいから自分の部屋に戻るけど、アンタもそろそろ自分の部屋に戻った方がいいんじゃない?」
ロックサンヌは欠伸をするとシャワー室の入り口へと歩き出す。
「待て!ゾンビ女!ボクの質問に……」
「あんまり深く思いつめても良い事ないぞハーフリングのおチビちゃん、少しは冷静になりなー」
駆け寄ろうとするシャルルに振り向く事もせず、
ロックサンヌはヒラヒラと手を振りながら、扉を閉めてしまった。
「………ああ、もう!なんなんだよこのモヤモヤした感じは!」
しばらく立ち尽くしていたシャルルであったが、苛ついた様子で怒鳴り声をあげ、彼女もまたシャワー室を後にした。
その日の夜、シャルルは部屋のベッドの上で何回も寝転がりながら、天井を見つめる。
が、やがてベッドから起き上がり服を着替え、耳にヘッドホンを付けると自分の部屋を出た。
「このモヤモヤした感じのままでシュバリエのために戦う事なんて………ボクには出来ない。
こうなったら自分で確かめてやる。今のシュバリエが正しいのかどうかを」
シャルルはヘッドホンに手を添えながら小さく呟く。まず、シャルルが向かったのはエリザベス=メイブリーのいた部屋であった。
(エリザベス=メイブリーが失踪したのは襲撃者の仕業なんかじゃない……きっと別の……シュバリエに関わる何かがあったんだ……
彼女の部屋に行けば分かるかもしれない……この場所に来てから起きた……全ての事件について……!)
正直、人の部屋に無断で立ち入るのは気持ちの良いものではないが、今はそんな事を気にしてはいられない。
シャルルは深呼吸を入れてエリザベスの部屋の扉を手をかけると、素早く中へと入った。
まずシャルルは部屋を見渡し、怪しい所がないか確認する。しかし、これといっておかしい所は見られない。
(やっぱりある訳ないか…人の部屋に勝手に入って…何やってんだろ、ボク…まるで泥棒じゃないか…)
ガックリと肩を落として部屋から出ようとしたシャルル。と、ベッドの脇に置いてあったクマのぬいぐるみが彼女の視界に入る。
(ふーん…エリザベスって案外、可愛い所があるんだな…)
何気なくシャルルはクマのぬいぐるみを掴み、ゆっくりと眺めベッドの脇に戻そうとした。
「ん………」
クマのぬいぐるみの背中の部分がほんの少しだけ穴が開いている事にシャルルは気が付く。
ぬいぐるみは新品同様に綺麗なのに、背中だけが破けている事を不審に感じたシャルルはその穴に親指を入れてみた。
すると、親指の先で紙みたいな感触を感じる。クマのぬいぐるみの中に何かが入っている、その事に気が付いたシャルルはぬいぐるみの穴を広げてみた。
「これは……」
クマのぬいぐるみの中には小さく折り畳んだ用紙が3、4枚入っていた。
紙を広げてみるとビッシリと文字が書かれている。
シャルルはベッドに腰掛けると、その紙の文字に目を通していった。
「なんだよ………!それ………」
シャルルは唖然とした。その紙は…シュバリエが裏で行ってきた悪行、非人道的な実験、弱者への虐げ。
そして――――シュバリエを支配する闇の組織【帝愛】の事がまとめていたレポートであった。
さらに悪事に関わったシュバリエの幹部の直筆のサインが書いてある書類のコピーも入っていた。
実は――エリザベスは自分の身に何かが起きてしまった場合を想定して、
今まで手に入れたシュバリエと帝愛の情報の一部をレポートにまとめ、クマのぬいぐるみの中に隠していたのだ。
きっとアンドレならこのクマのぬいぐるみに隠した紙に気が付いてくれる。
自分に忠を尽くしてくれるアンドレなら、自分の代わりにシュバリエの悪事を世界に広めてくれるとエリザベスは考えたのであった。
もっとも…それを見つけたのは自分のリミッターのアンドレではなく、シャルルであったのだが………。
紙を全て読み終えたシャルルはギリリと歯を噛み締め、力強く両手を握りしめた。
(そういう事だったのか………!ようやく全てを…理解したぞ…!エリザベスは襲撃者に拐われたんじゃない。
彼女はシュバリエに……帝愛の毒牙にかかったんだ!
そしてパンドラ達が襲撃されたのも、エリザベス失踪事件にシュバリエが関係していないと思わせるための隠ぺい!
シュバリエがパンドラに囮役を命じて1人にさせたのも、襲撃者に襲わせるため……言うならば生け贄だ!
そして先輩も……シュバリエに嵌められたんだ。先輩がシュバリエの狂った計画の実験台にされたのか、何か秘密を知ってしまったのか……。
理由は分からないけど、とにかく先輩はシュバリエによってノヴァフォームにされて……そしてボク達に……)
シュバリエは自分の誇りだと、満面の笑顔で話していた先輩の顔がシャルルの脳裏に浮かび上がる。
だか、そのシュバリエは……人の生き血を吸う鬼畜であった。パンドラをゴミのように扱い、弱者を痛め付ける醜悪な組織だったのだ。
「ふざけるな…!ふざけるなふざけるなふざけるな……!ふざけるなっ…!」
シャルルは怒りと悲しみが入り交じった表情でポタポタと涙を流す。
そして自分を恥じる……大きなものを守るためには多少の犠牲はやむを得ないと考え、
戦いの善悪はシュバリエが決める事で、自分が決める事ではないと割り切っていた自分を責め続ける。
「許さない………許さないぞシュバリエ…!ボクは絶対に許さない……!」
シャルルは涙を拭い、立ち上がるとレポート紙を自分の制服のポケットの中にしまう。
「あれ?何で扉が開かないんだ?」
突然、ガチャガチャと扉を開けようとする音と共に、外から男の事が聞こえてきた。
「どうかしましたか?」
「いえ、この部屋の掃除を担当している者ですけど……何か中からカギがかかっているんですよ。
こんな事は今までなかったのに…」
「それはおかしいですね…ちょっとカギを取ってきますので待っててください」
外での会話を聞いていたシャルルは焦る。もし自分が無断でエリザベスの部屋に入った事が知れればまずい事になる。
シュバリエが自分に対してどんな事をしてくるのか分からない……分からないこそ怖いのだ。
シャルルは急いで部屋の明かりを消して窓を開ける。
そして窓から外へと抜け出し、再び窓を閉めると、ジャンプして地上へと着地して素早くその場から離れた。
数分くらい走った後、シャルルは立ち止まり周囲を確認する。
辺りは静まり返っていて人の気配は感じられない。
「………ここまでくれば大丈夫だろう。よし、早く自分の部屋に戻って奴らの悪事を…………」
「我々の悪事を………どうするのかね………シャルル君……?」
「な――――!?」
後ろから男の声がした事に驚いたシャルルはその場から離れつつも、声のした方へと身体を向けた。
そこにいたのはロマンスグレーにオールバックの男――――利根川幸雄であった。
(なんだコイツ…!?さっきまで確かに人の気配はなかったはずなのにどうして………!?)
シャルルは首元に汗が流れるのを感じながら、利根川を警戒するように距離をとる。
「ククク………!
まさかエリザベス君の他にコソコソと我々を嗅ぎ回っていたネズミがいたとは………!
だが………それがシャルル=ボナパルト君だったとは……意外だな………ククククク…!」
利根川はニヤリと笑うと胸ポケットから一本のタバコを取り出し、火を付けて吸い始める。
「さて…どうなるかな……」
利根川は口から煙を吐き、タバコを地面に捨てて踏み潰しシャルルの顔を見る。
そして再びニヤリと不敵な笑みを浮かべると静かにシャルルの方へと歩き出した。