フリージング黙示録   作:ヤッダーバァァァ

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第五話:利根川は不気味に笑う

「ったく、あのハーフリングのガキ……一体どこに行ったんだか…」

 

片手に缶コーヒーを持ちながら、ロックサンヌは疲れた様子で欠伸をする。

 

ロックサンヌは暇潰しにシャルルと会話でもしようと彼女の部屋に行ったのだが、

 

留守だったので仕方なく自分の部屋に戻ろうと廊下を歩いていた。

 

「アイツ………何か変な事でもしてなければ良いんだけど……」

 

コーヒーを一口飲んでロックサンヌは足を止める。

ロックサンヌは昼間、シュバリエに不信感を抱いている事を自分に暴露したシャルルの事を心配していた。

 

考え詰めた挙げ句、シャルルは何かしでかすのではないのか?そして―――エリザベス=メイブリーの様にシャルルもまた行方不明に………。

 

「考え過ぎよね………。まさかそんな事、あのチビに限って………」

 

普段から耳が痛くなるほど、シュバリエに従う事が自分達パンドラの存在意義であると自分に語っていたシャルルが、

 

まさかシュバリエに対して反旗をひるがえす様な真似はしないだろう。

 

「……さてと!あのガキの事なんか忘れてさっさと部屋に戻って寝ようっと!」

 

不安をかき消そうとするかの様に大きな一人言を放つロックサンヌ。

そして飲み終えた缶コーヒーを捨てようと踵を返した時、不思議そうな表情をしながら歩いているパンドラが目にうつった。

 

「よっ!どうしたこんな夜遅くに?何を不思議そうな顔して歩いてんだ?」

 

そのパンドラはアメリカゼネティックスに所属するロックサンヌの後輩であったため、

 

何かあったのかと思ったロックサンヌはいつものように気軽な様子で後輩に話しかけた。

 

「あっ、ロックサンヌ先輩。いえ……招集された方々の部屋の掃除を担当していた方に頼まれて鍵を取りに行っているんですが…」

 

「鍵を取りに?だったら普通に行けば良いじゃない、何を不思議に思っているの?」

 

「それがですね…その部屋はエリザベス=メイブリーさんがいた部屋でして…」

 

「エリザベス=メイブリーの…だって?」

 

エリザベスの名前を聞いたロックサンヌはピクリと反応する。

 

「ええ、エリザベスさんが行方不明になってから部屋を使う人はいないのですが、

 

いつ彼女が戻ってきても良いようにと、部屋の鍵は常時開けたままにしておくように言われまして。

 

けれど、今日は何故か鍵がかかっていたので………」

 

「そう………じゃあ私もエリザベスの部屋に行こうかしら」

 

「えっ、先輩も……ですか?」

 

「部屋に戻っても暇だしね~。それに………ちょっと気になる事もあるし」

 

ロックサンヌは空き缶を捨て、自分の後輩の肩に手を置いて笑う。

けれども内心では不安を感じていた。

 

(もしかして………ハーフリングのガキが部屋にいなかったのは…)

 

嫌な予感を感じつつも、ロックサンヌは後輩と共にエリザベスの部屋へと向かう。

 

そしてエリザベスの部屋にたどり着いたロックサンヌは、扉の前で待っていた掃除の担当者と共に部屋の中へと入った。

 

そして、掃除をしている人の迷惑にならないように、ロックサンヌは部屋の中を移動しながら怪しい所がないか視線を動かす。

 

(特におかしい所はないか………)

 

シュバリエの悪事にまつわる書類を隠していたクマのぬいぐるみは、シャルルが逃げる際に一緒に持ち出してしまっていた。

 

部屋を掃除をしている人間も日によって変わる上、この部屋以外にも多くの部屋を掃除をするため、

クマのぬいぐるみがなくなった事に気が付く事はなかったのである。

 

「あの~、そろそろ掃除が終わるんですけど……」

 

部屋を捜索していたロックサンヌに対して、掃除の担当者が小さな声で話しかける。

 

「あっ、ごめんなさいね~!邪魔させちゃって……じゃあ私は………ん?」

 

担当者に返事をしようと後ろを振り向いたロックサンヌは、窓の鍵が外れている事に気が付く。

 

ロックサンヌは窓をガラリと開け、外を見渡した後、担当者に問い掛けた。

 

「ねぇ………部屋の窓……開けてないわよね?」

 

「えっ?はい……開けてはいませんけど…」

 

「じゃあ……誰がこの窓の鍵を外したのかしら?」

 

「さ、さぁ………?私には分かりかねます……」

 

「そう…………」

 

担当者の返事を聞いてロックサンヌは考え事をするように口に手を添える。

が、突然ロックサンヌは窓を閉めてエリザベスの部屋を飛び出した。

 

「ど、どうしたんですかロックサンヌ先輩!?」

 

後輩の言葉にも反応する事なく廊下を走り続けるロックサンヌ。

ロックサンヌはシャルルがエリザベスの部屋に行った事を確信したのである。

 

急に走り出したのは一刻も早くシャルルを見つけ出すため。

 

ロックサンヌは胸騒ぎを感じていた……シャルルの身に何か起きたのではないのかと。

 

早く探さないと取り返しのつかない事になってしまうのではないかと……。

 

食堂やトレーニングルーム、シャワー室とロックサンヌはシャルルがいそうな場所を探すが、彼女の姿は見当たらない。

 

「何処にいるんだあのガキ……!早く……早く探さないと!」

 

胸騒ぎがさっきから止まらない、それどころか段々と胸の鼓動が強くなっていく。

 

「シャルル………どうか無事でいてくれよ…!」

 

ロックサンヌは深呼吸をして額の汗を拭うと、シャルルを見付けるべく再び走り出した。

 

 

「ククク………どうしたのかねシャルル君………?それではテンペストの鳳雛の名が泣くぞ……?ん~~~~~~……?」

 

宝石を散りばめたように綺麗な星空の下、利根川は左手をポケットに入れながら笑みを浮かべる。

 

「はぁ………はぁ………!黙れっ……外道…!」

 

余裕綽々な利根川とは対照的にシャルルは至る所に傷を負いながら、右膝を地面につけた。

右頬の傷口から鮮血が流れ、ポタポタと地面へと落ちてゆく。

 

「クックックッ…!強がりはよしたまえシャルル君っ……!君とて薄々は気が付いてはいるのだろう……?

君では……ワシには勝てんという事に………!」

 

「うるさいっ…!ボクはお前みたいな悪党に負けない………いや、負けちゃいけないんだ……!」

 

シャルルは歯を食いしばりながらも右半分が破損したヘッドホンに手を添える。

 

「ボロボロになってもまだ曲が聞けるのか……よし!」

 

シャルルはキッと利根川を睨み、ヘッドホンのスイッチを入れ音楽を流すと両手を前に突き出す。

 

「ビブラート・ヘル!」

 

両手にブレードタイプのボルトウェポンを展開したシャルルは、利根川へとダッシュするのと同時に8体の分身を作り出した。

 

テュポン・テンペスト――――シャルル=ボナパルトだけが扱える、分身を作り出して敵を攻撃するテンペスト・ターンの中で最上位のスキルである。

 

優秀なパンドラでも4、5体くらいしか分身を作り出せないが、シャルルは最高10体まで作り出す事が出来るのだ。

 

「はあああああ!」

 

雄叫びをあげながらシャルルは全ての分身と共に利根川へと斬りかかる。

 

「ククク……!学習するという事を知らぬのかね……シャルル君……!」

 

利根川は含み笑いをしてポケットから手を抜くと、黒い残像を残しながら高速移動してシャルルの攻撃を回避する。

 

「ちっ…!またそれか………一体なんなんだよその黒いターンは!?」

 

「フフフ………喋っている暇などあるのかなシャルル君?」

 

分身に見向きもせずに、利根川はシャルルの目の前に現れてニヤっと笑う。

 

そして身体を大きく捻ると、シャルルの右脇腹に回し蹴りを放った。

 

「くっ――――!」

 

利根川の回し蹴りを腕でガードするも、威力に耐えきれずにシャルルの身体は地面へと叩きつけられる。

 

利根川はその様子を眺めながら着地すると、余裕を見せるかのようにネクタイを締め直した。

 

「う…………くぅ……!はぁ…!はぁ…!」

 

シャルルは右腕をおさえながらヨロヨロと立ち上がる。耳につけていたヘッドホンは外れ、バラバラになってしまった。

 

「ククク…!シャルル君……いい加減に強情になるのはやめたまえ……!ワシは君に……慈愛を与えてやっているというのに………」

 

「慈愛………だと?」

 

「そう、慈愛……!ワシが本気になれば……お前の様な小娘なんぞ、一瞬にして挽き肉にする事も可能なのだよ……!

 

だが、ワシはそんな事をせず……己の力を出来る限り制御し………時間を与えている……悔い改める時間をな………!

慈愛さ………これを慈愛と呼ばずしてなんだ……?」

 

利根川はタバコを取り出して口にくわえ、火を付ける。そして煙を上に向けて吹くとシャルルの方に顔を向けた。

 

「さぁ、決断の時だ…!今、悔い改め……己の愚を反省し、

心を入れ換えてシュバリエのために全てを捧げてパンドラとして戦う道を選ぶか………。

 

シュバリエに反抗して……敗北し……惨めな負け犬として破滅の道を選ぶか………。

 

これが君のラストチャンスだよ………シャルル君っ……!」

 

一切の笑みを浮かべず真剣な表情でシャルルに決断を迫る利根川。

 

それに対してシャルルはしばらくの間、無言でうつむいた後、ゆっくりと顔をあげて利根川の顔を見た。

 

「………ボクがパンドラになったのは力を持たない……弱い人達をノヴァから守るためだ。

ボクだけじゃない………今、パンドラとして生きている奴らだって大切なものを守るために戦っているんだ……!」

 

「ほう………それで?」

 

利根川は片手にタバコを持ちながらシャルルの話を聞き続ける。

 

「パンドラは………ボク達パンドラは!ノヴァの脅威から世界を守り、ノヴァによって狂ってしまった世界を……元に戻すために戦っているんだ!

 

お前達の様な……人の不幸を作り出す悪党のために戦っているんじゃない!」

 

シャルルは怒りに満ちた表情で利根川を指差し、叫ぶ。

 

「本当、自分自身の間抜けさには笑ってしまうよ……!ボクは今までこんな腐れ外道共を正義だと信じていたんだからね……!

 

こんな…人の命をなんとも思わない最低最悪の組織である………帝愛が支配するシュバリエを……!」

 

ポロポロと涙を流し、シャルルは利根川を睨み付ける。

こんな悪党達に先輩は殺されたのだと思うと、腹の底から怒りが込み上げてくる。

 

いや、先輩だけではない。今までシュバリエを正義だと信じて戦い、死んでいったパンドラ達は帝愛に騙されていたのだ。

 

それがシャルルにとって悔しくて悔しくてたまらなかった。

 

もう、これは自分だけの問題ではない。パンドラの…いや、人類に関わる話なのだ。

 

もし、このまま世界は何も知らずに回り続けていれば、帝愛によって弱者はいつまでも搾り取られ続ける。

 

帝愛は潤い続け、パンドラや何も知らぬ者達がそれを支える………そんな負の連鎖が繰り返されてゆくのだ。

 

故に。

利根川のふざけた慈愛に甘んじる事などシャルルには出来るはずがない話であった。

 

タバコを吸いながら無言でシャルルの叫びを聞き続けていた利根川だったが、

 

やがてタバコを地面に捨てるとククク…と含み笑いをした。

 

「シャルル君……どうやら君は大きな思い違いをしているみたいだな……。

我々とてノヴァを倒すために今まで色々と、尽力をしてきたのだよ……?

 

それに何もせず……力を持つ者は自分達を守る義務がある、とかほざきシュバリエに【痛み】を強要する癖に……。

 

いざ自分達に【痛み】を負う番が回ってきたら……我々は弱者だ、

 

そんな痛みに耐えられる訳がないと逃げ口上に徹して、【痛み】をスルーしようとする、ふざけた大衆を守ってやってきたのだ………。

 

そんな我々を悪党呼ばわりとは……いやはや困った事よな……シャルル君っ…!」

 

やれやれといった様子で首を振り、再びタバコを吸いはじめる利根川。

この発言はシャルルの怒りを一層激しくさせるのには十分であった。

 

「何が痛みだお前……!確実に死ぬと分かっている実験にパンドラを使ったり、

借金を背負った人達を利用して電流鉄骨渡りだの、様々な狂ったゲームをさせたりするのが痛みだって言うのかよ!

 

お前達は…この世界を破滅に導く悪だ!この世界で最も忌まわしく、卑劣な存在だ!」

 

再びボルトウェポンを展開して構えを取るシャルル。

逃げるという選択肢も考えてはいたが、ダメージを負ったこの身体で利根川から逃げるのは絶対に不可能。

 

窮地を脱し、シュバリエと帝愛の悪事を世界に知らせるためにはこの男を倒すしかない……シャルルはそう判断したのである。

 

「全く……破滅に導くだの、卑劣な存在だの………ひどい言われ様よのう………。

………ククク、まぁ…よい。シャルル君が考えを改めず、あくまでも帝愛に逆らうというのなら……ワシはもう知らん。

 

慈愛など一切かけぬ………制裁だっ………!」

 

これ以上、手加減する必要はないと判断した利根川は右手をコキンと大きく鳴らす。

そして再び、黒い残像を残しながらシャルルの周囲を高速で移動し始めた。

 

「チッ……………」

 

シャルルは軽く舌打ちをするもその場から動く事をせず、ただ正面だけを見据える。

 

(コイツが使う黒いターンがどんなカラクリなのかは分からない………。

 

だけど…分身を使ってこない以上、少なくともテンペスト系のターンではない事は確かだ……。

 

 

なら、あの黒い残像に惑わされないで本体だけを斬ればいい!

だけど奴のターンはかなりのスピードだ………さっきのようにテュポン・テンペストを使ったとしても回避されてしまう可能性が高い……)

 

ボルトウェポンを構えながらシャルルは頭をフル回転させて思考を張り巡らす。

 

(………だからボクは敢えてテンペスト・ターンを使わない。奴はボクがテンペストを使ってくるのを待っているに違いないのだから。

 

ボクはただ…何もせずに待つ!奴がボクにとどめを刺すために、接近して攻撃を仕掛けてくるまで………。

 

チャンスはたった一回だけ………失敗した時は………死!)

 

シャルルは正面だけを見て深呼吸をしながら待ち続ける。

利根川が攻撃を仕掛けてくるその時を………。

 

「フフ、どうしたシャルル君?大口を叩いておいて、まさか今さら諦めた訳ではあるまいな…?

 

言っておくが……ワシは制裁を止めるつもりはないぞ!」

 

黒い残像と共に移動しながら利根川はシャルルを挑発するような言葉を放つ。

 

だが、シャルルは挑発に乗らず黙って正面だけを見続ける。

 

そして、利根川の動きが僅かではあるが、途中で変わった事にシャルルは気が付いた。

 

(仕掛けてくる……!)

 

利根川に気取られぬ様にゆっくりと右手のブレードを動かし、

 

いつ攻撃されても良いように神経を張り詰めさせるシャルル。

 

と………シャルルのすぐ目の前に不敵な笑みを浮かべる利根川の姿が現れる。

 

ついにやってきたチャンス、そのチャンスをシャルルが逃す訳がなかった。

 

「今だぁっ!」

 

シャルルは力強く足を踏ん張り、利根川の胴体を目掛けて、大きく右手のブレードを振り降ろす。

 

斬り付けられた利根川の胴体は真っ二つになり、宙を舞った。

 

「やった――――!」

 

驚いた表情で宙を浮く利根川の姿を見て、シャルルは笑みを浮かべながら声をあげる。

 

が………真っ二つになり、宙を浮いていた利根川の身体が黒く変色した後に消滅してしまった。

 

 

 

「ククク……!残念残念……!誠に残念至極………」

 

「なに―――!?ぐあっ!」

 

声に反応するも、シャルルはいとも容易く利根川に首を掴まれてしまった。

 

利根川はニヤリと不気味に笑いながらシャルルの身体を持ち上げる。

 

なんで?どうして?

 

シャルルは混乱する。確かに手応えはあったはずなのに、利根川は傷一つ負う事なく自分を捕らえている。

 

利根川の黒いターンはテンペスト系ではないとふんだのは間違いだったのか?

 

それとも、利根川の黒いターンは………アクセルともテンペストとも違う……特別なターンなのか?

 

しかし、こうして利根川に捕らえられてしまった以上、いくら考えた所で後の祭りであった。

 

「ククク……!ワシと読み合いで勝負しようなど、十年早いわ小娘がっ………!」

 

利根川は右手の指をポキポキと鳴らすと、腕をしならせてシャルルの腹部に力強く拳を打ち込んだ。

 

「かはっ!が……あああ!」

 

無防備な腹を殴られたシャルルは口から血を吐きながら、身体を揺らす。

 

利根川はそんなシャルルの苦しむ姿を、鼻で笑いながら拳を彼女の腹部から離した。

 

「どうしたシャルル君………?まだ一発しか殴っていないぞワシは…………。

 

堪えろよシャルル君っ……!これは君が自分で選んだ道なのだからなっ……ククククク!」

 

そう言うが早いか、利根川は再びシャルルの腹部に拳を打ち込む。

 

「げほぁ!や…やめ………!」

 

シャルルはどうにか逃げようと右手で、自分の首を掴んでいる利根川の腕を引き離そうとするが、

結局は無駄な足掻きに過ぎず、逆にその行為が利根川を煽る事になってしまった。

 

「無駄っ…!無駄っ…無駄っ…!逃げようとしても無駄っ……!

さぁさぁ……!お楽しみはこれからだぞ……フハハハハハ…!」

 

利根川は手を休めない。何度も何度もシャルルの腹に力強く拳を打ち込み、そして悪魔のように笑う。

 

「それっ!それっ!それっ!それっ!それぇっ!」

 

「かはっ!かはっ!かはっ!かはっ!かはっ!」

 

いつ終わるか分からない悪夢のような時間。シャルルは顔を歪ませ、血を吐きながら利根川が腕の動きを止めるのを待つしかなかった。

 

「ククククク………!」

 

やがて気が済んだように利根川は静かに笑いながら、拳の動きを止めてシャルルの首から手を放す。

 

シャルルの身体は壊れた人形の様に利根川の足下へと倒れた。

 

「げほ………げほげほ……く…ぅぅ……!」

 

うつ伏せの状態で苦しそうに息をしながらシャルルは利根川を見上げる。

そこにあったのは悪魔の愉悦………両手をポケットに入れながら勝ち誇った顔をした利根川の姿だった。

 

「ククク……!テンペストの鳳雛と呼ばれたパンドラも所詮、この程度か………全くもって歯ごたえがないなっ……!」

 

ニヤリと笑いながら利根川は腰を屈め、シャルルの懐からエリザベスが残したレポート紙を取り出した。

 

「全て処分したと思っていたが…まだ残っていたとはな。

まぁ、いい………ひとまずこれを処分するとしようかね……ん?シャルル君………?」

 

利根川はレポート紙にライターを添えてシャルルに視線を送る。

 

「やめろ………それ………は……!」

 

「ククク……!これを見つけなければ、このような無様な事にならずに済んだのにな………シャルル君…!」

 

そう言って利根川はライターの火を付ける。レポート紙はみるみるうちに、火に包まれて灰となっていった。

 

「ちく………しょう……ちくしょう……!」

 

倒れたままの状態でシャルルは右手を握り締めながら、自分の不甲斐なさと無力さに涙を流してしまう。

 

「どうしたシャルル君……?涙なんぞ流して……もっと頑張ったらどうかね?

ほれ……!早く立ち上がるが良い………ボルトウェポンを出し、テンペスト・ターンを使って……ワシを倒してみせろっ……!

お前ののたまう…世界を破滅に導く悪の組織に負けるなど…あってはならんのだろう……?ああ~~~~~~ん…?」

 

自分の胸に両手を添え、シャルルに戦う事を促す利根川。

だが、肉体的にも、精神的にも深手を負ってしまったシャルルに戦う気力など残ってはいなかった。

 

「そうか……もう戦えんのかシャルル君。なら………君を招待しようじゃないか………天国に……」

 

利根川は不敵な笑みを浮かべるとシャルルの身体を持ち上げる。

 

利根川の言う天国………それは地の底の底の底……エリザベスが堕とされた強制地下労働施設の事であった。

 

「そうだな………シャルル君には特別に15年、あそこで働いてもらおうかの…!」

 

「なにを……訳の分からない事を……言っている……!?」

 

「ククク…もう休みたまえシャルル君っ……!なーに、次に目を覚ました時に分かるさ……嫌というほどな……!」

 

不気味な笑みを浮かべながら利根川はシャルルのみぞおちに拳を打ち込んだ。

 

「かっ!あ……ううう……!」

 

利根川の一撃をくらったシャルルの視界がぐにゃりと歪み、そして真っ暗になっていく。

 

「ククク…!お休みシャルル君……目が覚めるまでの間、せいぜい良い夢をみたまえよ……!」

 

自分を嘲笑う利根川の言葉も、意識が飛びつつあるシャルルの耳には入る事はなかった。

 

―――――そして、シャルルは深い闇へ・・・・

 

 

「はぁ…!はぁ…!」

 

わずか数分後、ロックサンヌが大きく肩で息をしながら、シャルルと利根川が戦っていた場所を通り過ぎようとしていた。

 

「一体…どこに行っちゃったんだシャルル……!どうしてこんなに探しているのに見付からないのよ…!?あの……バカガキ!」

 

しばらくの間、両手を膝につけて呼吸を整えた後、ロックサンヌは再び走り出す。

 

しかしロックサンヌはすぐ近くに、シャルルが普段から愛用していたヘッドホンがバラバラに壊れた状態で、落ちている事に気が付く事は出来なかった。

 

「シャルルー!シャールールー!」

 

シャルルの名前を叫びながら走り続ける。けれども、その声は虚しく夜の闇に響き渡るだけであった。

 

 

――――強制地下労働施設。借金を背負った者が人としての一切の権利を奪われ、奴隷として帝愛の地下シェルター作りの作業をする地獄の釜の底……。

 

「今日から君はE班に所属される事になる……。

何か分からない事があったら、遠慮せずにわしや石和と沼川を頼ってくれたまえ。

では…そろそろ参ろうか」

 

E班の班長である大槻がニッコリと笑いながら長い廊下を歩き出した。

 

その大槻の後を、一人の少女が何も語る事なくうつ向いたまま、ゆっくりとついて行く。

 

その小柄な少女の首には帝愛特製のチョーカーが付けられていた―――。

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