空を灰色の雲が覆い、大きな雨粒が森の草木を濡らす。そんな悪天候の中を数人の少女達が雨具も傘も使わず、周囲を警戒しながら駆け足で移動をし続ける。
彼女達はウエストゼネティックスに所属するパンドラである。
ウエストゼネティックスの周辺に位置するこの森で一年生と二年生の合同遠征訓練が行われていた。
この合同訓練では未熟な一年生やまだ戦闘に慣れていない二年生に戦闘経験を積ませる事を目的としている。
AからHまでの8つのグループに分けられた彼女達に課せられるのは、森の至る所に配置されているノヴァを模して作られたダミーの破壊。
合同訓練は数日の間続けられ、終了の時が来るまでに他のグループよりも多くのノヴァのダミーを破壊したグループが勝利という訳である。
また、様々なアクシデントに備えてこの合同訓練には三年生の上位メンバーがグループごとに数名か配置されている。
彼女達はグループの作戦や戦闘には一切干渉はしないが、常に上級生達に鋭い目で監視されている下級生達にとっては大きなプレッシャーとなっているのであった。
雨の中を移動していたパンドラ達の動きが急に止まる。先頭を切っていた隊長らしきパンドラが指差した先には他のグループのパンドラ達が周囲を偵察していた。
この訓練において、一番に避けなければならない事は他グループとの衝突。
戦闘をしている間に目標としていたダミーが別のグループに奪われてしまう上、仲間の誰かが怪我を負ったり戦闘不能の状態になってしまうような事になれば後々に苦戦してしまう可能性が高くなるからだ。
故に極力、他のグループとの戦闘を回避してダミーを破壊する事がこの訓練では肝心な事なのである。
雨の中を移動していたパンドラ達もまた、互いに頷くと他グループとの戦闘を避けるために迂回を始める。
その様子を崖の上から遠巻きから少年と少女が眺めていた。
ゼネティックスで使われている訓練用の服を来た少年は傘を差しながら、退屈そうに欠伸をする。
「やれやれ……雨が激しくなってきやがったな。風も強くなってきてるし、大丈夫かねぇ彼女達………こんな雨の中で訓練なんかしてさ」
同じくゼネティックスの制服を来た少女は少年の言葉を聞き、無言で少年の横に移動する。
「彼女達なら問題ないと思われますよ。だって彼女達は……パンドラなのですから」
少女は迂回しながら移動するパンドラ達を見つめながら静かに、しかし強い口調で言葉を放った。
少年はそんな少女の姿を横目で見て、少し驚いたような表情をした後、フッと笑みを浮かべる。
「そうか……ならいいさ。
それよりも……俺達が気にしないといけないのは、そのパンドラ達に対してテロ行為をしようとしているレジスタンスについてだな」
少年は金色の髪をクシャクシャとかきながら視線を上へと向ける。
この二人、ゼネティックスが使用している服を着ているが、訓練をしている生徒ではない。
彼らは帝愛に所属する者達。帝愛が支配しているシュバリエに対して度々、攻撃を仕掛けてくるレジスタンス達を支援している組織を調べるように会長によって送りこまれたのである。
「本当ならネームレスも来る予定だったんだがな。別の任務が入ったんてんで、俺達二人だけでやる事になってる。
しかし……どうも俺はこの服はあまり好きになれねーなぁ。
俺個人としては、いつもの黒いスーツの方が良かったんだけど……」
金髪の少年は片腕をくるくると回し、不満そうに軽く舌打ちをする。
そんな少年とは対照的に少女の方は彼の姿を見つめながらクスッと笑みを浮かべた。
「そうですか?いつもの隊長の黒服姿も良いですけど、私は隊長のその姿も似合っていると思いますよ」
「え~、そうかぁ……?俺は似合わないと思うんだけどな……ま、お前がそう言うのなら良しとしますかね」
金髪の少年は自分を少女の言葉に対してまんざらでもない様子で口元を緩ませる。
「隊長……来ますかねレジスタンスの連中。訓練を始めてから一回も姿を現して来ませんけど………」
少女は少し心配そうな口調で金髪の少年に問い掛ける。少年はフフンと鼻を鳴らしながら笑みを浮かべ、傘をクルクルと回す。
「心配するな、来るさ…レジスタンスの連中は。恐らく今夜あたりだろう……奴らが行動を起こすのは。
予報によると明日の早朝にかけて雨が激しくなり、雷まで鳴るそうだ。訓練の終了日はもう近い、今夜がレジスタンスにとって……攻撃を仕掛けるのには一番良い条件って訳だ」
金髪の少年は腕に付けていた時計を確認した後、少女の肩をポンと叩いた。
「夜になるまで、まだ時間はある。とりあえず何処か雨の当たらない場所で待つ事にしようぜ。
それに………何だか眠くなってきたしな」
「分かりました、隊長。それでは参りましょうか」
命令を受けた少女はコクリと頷きながら傘を閉じる。そして金髪の少年と共にその場から風のように立ち去っていった。
それから数時間が経ち、森は闇に覆われ雨はますます激しくなっていく。
訓練していたパンドラ達はテントを張り、睡眠をとる者や食事をする者、明日に備えて作戦を練る者など各自、行動をしていた。
「はぁ~~~!もうびしょびしょになってしまったでありますよぉ!」
一人のパンドラが走るようにテントの中に入り、そそくさと雨具を脱ぎ捨ててゆく。
彼女の名前はラナ=リンチェン。チベットから己のリミッターを探しに、はるばる日本のウエストゼネティックスまでやって来た留学生である。
「お疲れ様、ラナ。この雨の中での警備は大変だったよね?」
大きく背伸びをするラナに対して青髪で中性的な顔つきの少年が労いの言葉をかける。
彼の名前はアオイ=カズヤ。ウエストゼネティックスに所属する一年生であり、英雄と呼ばれるパンドラ、アオイ=カズハの弟でもある。
「全くでありますよ!ずっと雨に打たれたおかげで私の身体も凍えてしまったであります!
ですから……この冷えた身体をカズヤ君に温めて欲しいのであります………」
カズヤを自分が探していたリミッターだと見定めているラナは、甘えたような声を出しながらカズヤへと摩り寄っていく。
普段からラナはカズヤに対して積極的にアプローチをしており、服を脱いで誘惑したりカズヤが食事する時も常に隣に座ろうとしたり、今回の訓練でもカズヤが寝ているテントにも忍び込もうと企んでいた。
結局、その計画は監視役をしている三年生やラナと同じ二年生であるサテライザー=エル=ブリジットによって阻止されてしまったが。
「ちょ、ちょっとラナ!寒いのはわかるけど、何も僕の所に来なくても……!」
「まぁまぁ、カズヤ君!これはスキンシップ、スキンシップでありますよぉ~!」
抱き付いてこようとするラナを両手で防ぎながらカズヤはテントの入り口の正面、明かりがついているテントの方へと視線を送る。
「ところでサテライザーさんは何処にいるでありますか?さっきから姿が見えないでありますけど………」
「ん、ああ……サテラ先輩ならあっちのテントの方で作戦会議に参加しているよ。……多分、あまり話を聞いてないと思うけど」
カズヤは苦笑いしながらもさっき自分が見ていたテントを指差す。
それにつられるようにテントを見つめていたラナであったが、いきなりニヤリと悪どい笑みを見せる。
「ようするに……今はサテライザーさんに邪魔される事はないという訳でありますね~?」
目付きを獲物を見つけたようなライオンの如く変貌させ、ラナは両手をワキワキと動かしながらペロリと舌なめずりをする。
彼女の姿を見て危険を察知したカズヤは、慌てた様子で後退りを開始する。
「な……何を考えているのかなラナさん?早まっちゃいけません!そんな事をしたら………」
「問答無用でありま~~~す!」
カズヤの制止もむなしく、ラナはカズヤへと飛び掛かる。
「うわぁ~~~!」
己自身の情けない声と共にカズヤの瞳に写るは、一匹の獣。
カズヤを食らわんが如く襲いかかる………獣の、跳躍っ……!
「が………ダメだ!」
その言葉と共に、宙に浮いていたラナの身体が地面へと叩き落とされる。
ラナはきゃんと小さな悲鳴をあげながら倒れ込んだ。
「全く………他の者達が疲れを我慢して警備や作戦会議をしているのに、襲い込みをしようなど大した身分だなラナ=リンチェン?」
床に這いつくばっているラナの前に赤い長髪の女が右手を握りしめたまま静かに言い放つ。
彼女の横には明らかに不機嫌そうな表情をしている、金髪に眼鏡をかけた少女―――サテライザー=エル=ブリジットも同伴していた。
「サ…サテラ先輩!それにイングリッド先輩も!?」
カズヤにイングリッドと呼ばれた少女は眉をひそめながら、ふぅっと溜め息を吐いてラナの首ねっこを掴む。
「何をするでありますかイングリッド先輩!私は猫じゃないでありますよぉ~!」
「たわけ者め、そんな所で寝ていたら他の者の邪魔になるから私がこうして起こしてやっているのだろうが?
こんなアホみたいな事をしているお前達を監視している私の立場にもなれ」
イングリッドは厳しい表情をしたままラナの身体を起こしてやるとゆっくりと手を放した。
一方のカズヤは接触禁止の女王と恐れられているサテライザーに対して言い訳、もとい必死に弁明をしていた。
「これは違うんですサテラ先輩!その僕はラナに止めてって言ったんだけど……」
「私はカズヤが誘惑に乗る人ではないと分かってはいるけど………それならそれで、なんでその場から逃げ出そうとしなかったのかしら?」
「で、ですから………!」
「あ~~~もう!サテライザーさんは本当にお邪魔虫さんでありますなぁ!空気が読めない人は嫌われちゃうでありますよぉ~~~?」
「五月蝿い!カズヤは私のパートナーだぞ?それを誘惑して横取りしようなんて!」
「いつもそう言ってますけど、正式なパートナーではありませんよねサテライザーさん?つまり、カズヤ君が私のパートナーになる可能性も十分にあるって事でありますな~?」
「な………!そんな事ない、カズヤは絶対に私のパートナーになるんだから!絶対にカズヤを譲るものですか!」
「僕が言うのもなんだけど、二人共落ち着いてよ~~!」
互いに譲らないサテライザーとラナ、どうにか双方を落ち着かせようとするも、おろおろするだけで役に立たないカズヤ。
はた目から見ればまっこと下らない口論に、ついにイングリッドの怒りが爆発した。
「いい加減にしろお前ら!貴様ら、何処まで馬鹿なのだ!今は訓練の最中なんだぞ!悪ふざけも大概にしておけ!」
激しく降り続ける雨の音に負けないくらいのイングリッドの怒鳴り声に、休んでいた生徒達が次々と心配そうに他のテントから顔を出す。
またあの接触禁止の女王だよ、イングリッド先輩も相変わらず恐ろしいな、と彼らは小声で話しながら事の成り行きを見守っていた。
「す……すいませんでしたイングリッド先輩。訓練の最中にも関わらず、騒いでしまって……反省します」
大激怒したイングリッドにカズヤは申し訳なさそうな顔で謝罪をする。サテライザーは謝りはしなかったもののカズヤにつられるように無言になった。
しかし、騒ぎを起こした張本人であるラナは反省するどころかイングリッドに反論をしてしまう。
「そ…そんな大きな声で怒る事はないではありませんかイングリッド先輩!
それに、これは訓練なのでありますから少しだけなら気を抜いても…」
「少しだけ………だと?」
ラナの発言にイングリッドはピクリと眉を大きく動かし、彼女を睨み付けながら呟く。周りで見ていた連中はそんなイングリッドの様子に恐怖を覚え、多くの生徒達がテントの中へと避難をした。
しかし、イングリッドは手を出す事をせずゆっくりと息を吸い目を見開いて口を開いた。
「………ラナ=リンチェン。我々、パンドラには勝利か敗北……その二つしかない。そして、敗北はパンドラにとって死を意味する。
例え、これが訓練であっても実戦と同じだと思え。常に不測の事態は起こり得る……その時に気を抜いてしまってて、取り返しのつかない事になってしまいましたでは済まされないんだぞ。
軍隊とは、シュバリエとはそういう………規律と緊張感の下で成り立っているんだ。
それを肝に命じておけ………いいな?」
そうラナに忠告したイングリッドはサテライザーの方に顔を向ける。
「お前もだ、サテライザー=エル=ブリジット。去年の様に勝手に独断行動に出た場合、私は容赦無く貴様を戒める……。
制裁の件では己の過ちに気付いて矛を収めたが、それとこれとは話は別。
私はこれからも……みだりに規律を乱す者に対しては容赦はしない。
今年の訓練を何の事件も起こす事なく穏便に終了させるためにも……協力してもらうぞ、サテライザー?」
厳しい表情でサテライザーに警告したイングリッドはカズヤ達三人の顔を改めて見渡し、静かに背を向けてテントを後にした。
騒動を見物していた残りの生徒達も一人、また一人とテントの中へと戻ってゆく。
ようやく緊張の糸がほぐれたカズヤはホッと一息をついて胸を撫で下ろした。一方、警告を受けたサテライザーは立ち去るイングリッドの後ろ姿を見届けた後、何かを考えるような表情で視線を下に落とす。
「ようやく口うるさいのがいなくなって良かったであります!全く規律規律ってあのイングリッド先輩という方は本当に堅苦しい事この上ないでありますなぁ!」
今回の騒ぎを起こした事に対して、全く反省の色を見せる事なくラナはウンザリした様子で大きく欠伸をする。
そんなラナの態度に半ば呆れながらもカズヤは、無言で下を向いているサテライザーに気が付いて彼女に声をかける。
「どうしましたサテラ先輩?何か………問題事でも?」
カズヤの質問にサテライザーはチラリとカズヤの顔を見て静かに口を開く。
「あ…いや、イングリッド先輩の様子が少し気になってだな……」
「イングリッド先輩ですか……?僕はいつもの先輩とあまり変わらないと思ってましたけど………」
「もしかしてサテライザーさん……イングリッド先輩に逆らって独断行動を起こすつもりなのでありますね!?
もしそうなら私達の事は気にせずとも大丈夫なので、どうぞ遠慮する事なく行ってらっしゃいであります!」
「ム……!私がいつ独断行動をすると言ったのよ!?カズヤを飢えたオオカミと一緒にする訳ないでしょ!」
「誰が飢えたオオカミでありますかぁ!?」
「もう二人共!さっき怒られたばっかりなんだから静かにしてよ~~~~~~~!」
再び口喧嘩を始めるサテライザーとラナを、どうにか落ち着かせようと健気に頑張る苦労人のカズヤであった。
カズヤ達がまた痴話喧嘩を起こした事など知るよしもないイングリッドは、警備にあたっているパンドラ達に労いの言葉をかけながら歩き続ける。
「秩序の守護者が随分と丸くなったものだな……イングリッド」
そんなイングリッドに褐色の肌に銀の跳ねっ毛の少女が横から話しかける。
「………何の話だクレオ?」
イングリッドはその場に立ち止まり、クレオと呼んだ少女に身体を向けながら言葉を放つ。
クレオはおもむろにイングリッドの方へと歩みを進めながら質問に答える。
「あの問題児であるサテライザー=エル=ブリジットとラナ=リンチェンの事についてだ。
鉄拳制裁の一つでもするかと思っていたのだが……まさかお前が、あんな軽い警告だけで済ませるなんてな……」
意外そうな顔をしているクレオの言葉にイングリッドは表情を変える事無くフッと軽く鼻を鳴らす。
「少しばかり騒いだからといって何も制裁を与える必要はない……そう考えただけだ。それに――――」
「………それに?」
「……あの頃と違って今のサテライザー=エル=ブリジットなら………もう問題を起こす事はないかもしれないと…私は思っている」
サテライザーを信頼しているかのようなイングリッドの発言にクレオは驚いた表情になる。
クレオがそうなるのも無理はない、何故ならイングリッドとサテライザーはかつて死闘を繰り広げた事があるのだから。
その戦いを知っているクレオから見れば、規律を重んじるイングリッドが規律を破りに破り続けてきたサテライザーを信用するなんてあり得ない話であった。
「これは驚いた……一体どういう風のふきまわしだイングリッド?昔のお前とはまるで別人みたいじゃないか……私には信じられないぞ」
「私自身もまさかこんな日が来るとは思ってもみなかった……これもアオイ=カズヤという少年のおかげかもしれないな」
イングリッドはサテライザーとの戦いで、カズヤがサテライザーのパートナーになると宣言した時の様子を思い浮かべながらクレオに語り続ける。
もしサテライザーが何か問題を起こしそうになっても、カズヤがいればきっと大丈夫だろうと。
そんなイングリッドの話にどうやらクレオは納得をしたらしく頭を数回撫で、穏やかな笑みを浮かべる。
「そうか……お前がそういうなら私はこれ以上、何も言うまい。それはそれとして…………」
クレオの表情が一変、深刻そうな顔つきになる。彼女が何を言わんとしているのか分かっていたイングリッドは口を開いた。
「エリザベスの事だな…」
エリザベスの失踪の報は彼女が所属しているウエストゼネティックスにも届いていた。
普段、エリザベスと行動していたイングリッド達は詳細を知ろうとシュバリエの上層部に掛け合おうとするも、現在調査中の一点張りで話を聞かせてもらえなかった。
イングリッド達はそんなシュバリエの態度と自分達の不甲斐なさに苛立ちを感じていたのだった。
「エリザベスが失踪してからもう二ヶ月が経とうとしている……なのに手掛かり一つ見付からない。
さらにフランスゼネティックス所属のシャルル=ボナパルトも行方不明になったと聞く。もしかして二人は何か事件に巻き込まれたのでは……」
「クレオ、今はエリザベスの話をするべきではない。私達には今回の遠征訓練の監視役の責務がある……今は自分の役目を全うする事を考えるべきだ」
エリザベス失踪に関しての話をしようとするクレオに対し、イングリッドはそれを遮る様に堂々と言い放つ。
「確かに私もクレオと同じようにエリザベスの事は気になってはいる。だが、それに関しては遠征訓練が終わってからでも構わないんじゃないのか?」
「しかしイングリッド!」
「………クレオ、私達がここにいるのは何のためだ?何か事件が起きた際に対処するため……そして下級生を守るために我々はここにいるんじゃないのか。
去年の様な………マリンのような悲劇を二度と繰り返さないために……そうだろう?」
イングリッドは悲しげな目付きで空を見上げる。雨は相変わらず降り続け、二人の身体を濡らしていく。
イングリッドにはマリン=マックスウェルという親友がいた。マリンは聖痕との相性が悪く、副作用に度々苦しまされる事があったがそれに屈する事なく誰よりも努力し、誰よりも秩序と規律を重んじ、そして誰よりも仲間や後輩の事を思っていた。
そんなマリンをイングリッドは尊敬し、自分が彼女の親友である事を誇りに思っていた。
だが、マリンは……一年前の遠征訓練の最中に突如、現れたノヴァから周辺に住む市民を守るために己を犠牲にして戦い―――命を落とした。
マリンの最期の瞬間を見ていたイングリッドは心に深い傷を負い、マリンが戦っていた時に後輩達が秩序を破る事なく、逃げ出さなければ彼女が無駄死にする事はなかったと思い込んでしまう。
それ以降、イングリッドは異常なまでに秩序や規律を重んじるようになり、少し規律を破っただけでも情け容赦ない制裁を加えるようになった。
しかし、サテライザーに制裁を加えるための戦いにおいて、ノヴァの襲撃時に深手を負って戦闘不能になっていた、後輩のガネッサ=ローランドによって最終的にマリンは後輩達を一人でも逃がすために戦っていた事実を聞かされる。
マリンが後輩達が無事に逃げられた事に対して、満足しながら死んでいった事に気が付いたイングリッドは戦意を喪失、マリンが無駄死にしたと思い込んでいた自分の間違いを悔やむように涙を流し続けたのであった。
エリザベスがサテライザーへの制裁から手を引いてからのイングリッドは規律や秩序を盲信していた自分を少しずつ改め、マリンが本当に望んでいた事を受け継こうと努力するようになった。
秩序や規律を重んじるのは相変わらずだが、以前のように規律を破ってしまった者に対して問答無用で制裁を与える事はしなくなり、寛容な判断を心掛けるようになったのである。
「………マリンが命を落としたのもこんな大雨の夜だったな」
「イングリッド………お前」
「クレオ、私は……この遠征訓練を無事に終わらせたい。でも、もし………一年前のように大きな脅威が下級生を襲う事になったら……私は彼等を守るためにこの命をかけて戦うつもりだ」
イングリッドは自分の胸に手を添えながら、決意を秘めた瞳で警備をしている後輩のパンドラ達を見つめる。
「それが……マリンが私に対して本当に伝えたかった事に繋がると……私は信じている」
話を終えたイングリッドの顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
と、イングリッドとクレオの所に一人の女子生徒が心配そうな顔をしながら駆け寄って来る。
「あ……あのイングリッド先輩にクレオ先輩…その……ガネッサさんを見掛けませんでしたか」
「いや……見てはいないけど、彼女がどうかしたのか?」
「はい、実は……」
女子生徒はオロオロしながら周囲を見渡しながら説明を始めた。
他のグループの行動を調査するため、自ら名乗り出たガネッサ=ローランドは自分のリミッターであるアーサー=クリプトンと共に意気揚々とテントを出発。
しかし、約束の時間にもなったのにも関わらず…かれこれ三時間も戻ってこないとの事。
通信用にトランシーバーを持たせたのだが、連絡が全くつかないらしい。
事の次第を黙って聞いていたイングリッドは少し考え事をする素振りを見せた後、ゆっくりと口を開いた。
「話は分かった、なら私がガネッサ=ローランドを探しに行こう」
「ちょっと待て、イングリッド!それは他の二年に行かせれば……」
イングリッドの提案を止めようとするクレオ。しかし、イングリッドは首を横に振りクレオの目を見る。
「あの時、ガネッサ=ローランドには少しばかり世話になったからな………それにマリンだったら自ら率先して探しに行っていただろう」
「イングリッド………」
「クレオはここに残って下級生の監視役を続けてくれ、私はレオと共にガネッサを探しに行く………頼んだぞ」
イングリッドはそう言って報告して来た後輩と共に自分のリミッターであるレオ=バーナードの所へと向かう。
クレオはしばらく立ち尽くした後、大きく溜め息を吐いてやれやれといった様子で笑みを浮かべながらその場を後にした。
夜が更けると共に雨はさらに激しくなり強い、風が吹き雷の轟音が森中に響き渡る。
そんな嵐の中を黒い服を纏った者達が十数人、雨の音に紛れて静かに移動をしていく。
彼等は皆、銃を構えており明らかにゼネティックスの生徒達ではない。彼等はシュバリエに対して何度も攻撃を仕掛けているレジスタンスである。
一番前を移動していたレジスタンスのリーダーらしき男が後ろを振り返り、メンバーを確認するかのように周囲を見渡す。
それに呼応するかのように彼等は幾つかのグループに分かれると、別々の方向へと向かっていった。
一方、レジスタンス達から遠く離れた崖の上には帝愛から派遣された二人―――金髪の少年とショートカットの少女がいた。
金髪の少年は座りながら目を閉じていたが、ピクリと眉を動かし目を開くとスッと立ち上がった。
「どうやら鼠共が動き出したようだぜ。んで………面倒な事に別々に移動をしてやがる」
金髪の少年は大きく背伸びをしながら少女の方へと顔を向ける。
「本当にお前一人でも大丈夫か?もしお前が望むなら俺も動くけど………」
「いえ、問題はありません。わざわざ隊長が動かずとも、たかがレジスタンス………私一人で十分ですよ」
何処か苛ついている様子で答える少女を見て、金髪の少年はちょっと驚いた様子に目を丸くした後ニヤッと笑みを浮かべた。
「そっか、お前がそう言うのなら俺は見物タイムとさせてもらうぜ。んじゃ………作戦開始だ」
「はい!帝愛の秩序を乱す者共に………制裁を!」
金髪の少年は小さく身を屈めると崖の上からジャンプをする。少女もまた、着ていた雨具を脱ぎ捨てると崖を滑り落ちていった。