【ラブライブ μ's物語 Vol.5】アナザー サンシャイン!! ~Aqours~ 作:スターダイヤモンド
出会い
彼女は静岡県沼津市に住む高校生である。
沼津…と言っても市街地からはだいぶ離れた内浦と呼ばれる…良く言えば風光明媚…悪く言えば、少し寂れた海岸線…そんな地域に居を構えている。
実家は地元では有名な老舗旅館で、そこの三姉妹の末っ子だ。
名前を『高海千歌』という。
千歌は…これといって特徴のない、ごくごく普通の少女だ。
ルックスは悪くないが、特別運動神経いいわけでもなく、特技もない。
学校の成績も中の下くらい。
性格は明るい方だが、だからと言ってグループで行動を供にするようなタイプではない。
飽きっぽくて、なにもかも中途半端…。
それは本人も自覚しており、幼い頃から友人には、自らを『普通怪獣』と自虐的に名乗っていた。
そして、このまま、一生、なんのハプニングもないまま、ありふれた、平凡な人生を送るんだろうな…と思っていた。
『伝説』と呼ばれる『彼女たち』の映像を見るまでは…。
千歌の運命を変えたのは、東京に出掛けた際、秋葉原の駅前にある巨大ヴィジョンで観た『μ's』の映像だった。
μ'sが解散してから、すでに数年が経過していたが、その存在はスクールアイドル界のカリスマとして、いまだ絶大な人気を誇る。
特にここは彼女たちの地元である。
A-RISEと並び称されるスターであることは間違いなかった。
ただし、現役の…一般の高校生からすれば…名前くらいは聴いたことがあるかも…という感じ。
μ'sの名前が世に知れ渡った時には解散していたのだから、それはそれで致し方ないことであった。
しかし…
その映像を観た千歌は、今までの人生観が180°変わるほどの衝撃を受けた。
流れていた映像は『START:DASH』。
μ'sのメンバー9人が、制服で歌って踊っていた。
「普通の女子高生のハズなのに、なんてキラキラして、なんて格好いいんだろう!」
まさに一瞬で心を撃ち抜かれたという感じだ。
この映像の衣装が…制服…というのがポイントだったのだろうか。
アイドルのフリフリの衣装だったら、そこまでの衝撃はなかったかもしれない。
あくまで…普通の女子高生…これが彼女の中で重要だったようだ。
そして思った。
「私もこの人たちみたいになりたい…」と。
「ねぇ、曜ちゃん!一緒にスクールアイドルを始めようよ!」
千歌はμ'sの映像を観てから執拗に親友を誘う。
「無理だよ。千歌ちゃんが新しく何かを始めたい!って気持ちになるのは凄く嬉しいけどさ、部活との両立は出来ないし…それに、なんて言っても私は音痴だから」
幼馴染みであり唯一無二の親友…は、そう言って丁重に断りを入れる。
千歌もそれが無理であることは百も承知だ。
彼女が言う『音痴』は(確かにややハスキーではあるが)謙遜の類いでそのまま真に受けるわけにはいかないが…部活との両立が出来ないことはその通りだ。
なにせ彼女…『渡辺曜』…は(水泳の)高飛び込みの選手で『前逆宙返り3回半抱え型』という技を武器に、国体選抜にもなろうかという逸材。
確かに千歌の戯言に付き合っているヒマはない。
それでも
「千歌ちゃんが本気でスクールアイドルをやるんだったら、衣装は私が作ってあげるよ!」
と彼女は言った。
曜は「趣味は筋トレ」というほど、スポーツ万能でありながら、千歌が羨むほどのスタイルの持ち主で、なおかつ裁縫も料理も上手いという人物。
千歌にとっては『親友』と呼ぶには余りに畏れ多い存在である。
曜が彼女のことをどう思っているかは定かでないが、少なくとも千歌は彼女のをことを、常に憧れの眼差しで見ていた。
その彼女が…「自分の為に衣装を作ってくれる」…そう言ってくれたことが嬉しかった。
その言葉だけで充分だった。
実現することは不可能…それはわかってる。
だが…いつの日か…という淡い期待だけを胸に…気が付いたら、自室でμ'sのマネをする…というのが、千歌の趣味、日課になっていた。
そして、やがて1年が過ぎ…千歌が完コピできるμ'sの曲は10曲以上にのぼっていた…。
「東京から来た、桜内梨子です」
4月。
2年生になった千歌と曜のクラスに転校生が来た。
すぐにクラスメイトが集まり、彼女を質問攻めにする。
そこから漏れ聴こえてきた単語に、千歌が反応した。
「えっ?音ノ木坂出身?趣味はピアノ?」
そして彼女は弾かれるように叫んだ。
「桜内さん!私の真姫さんになってください!!」
突然の訴えに、クラスメイトが驚いた表情で彼女の顔を見る。
それは親友の曜も…そして言われた本人も同じだった。
「桜内さん、私の真姫さんになってください!」
「真姫さん?」
「はい!西木野真姫さんです!」
「…どなた…ですか?」
「えっ?どなたですか…って…。μ'sの西木野真姫さんだよ?」
「…?…」
「えっ…ウソ?…知らないの?」
「…すみません…」
「μ'sは音ノ木坂のスクールアイドルで、伝説って呼ばれてる存在で…」
「そうですか…ごめんなさい…本当に知らなくて…」
「音ノ木坂から来たんだよね?」
「千歌ちゃん、いきなり失礼だよ!」
「えっ、あっ…ごめん…そうだね…」
曜に諭されて千歌は我に返った。
…と同時にカルチャーショックを受けた。
一般人ならいざ知らず、音ノ木坂出身でμ'sを知らないなんてことはあるのだろうか。
なんとなく釈然としない気持ちが、頭に付きまとった。
放課後。
「あれ?曜ちゃん、部活は?」
「今日はお休み…」
「珍しいね…」
2人は家に帰る為、バスに乗った。
「うん…最近、不調でさ…踏み切るタイミングがまったくわからなくなっちゃって…飛び込み台の上に行くのが怖いんだ」
「曜ちゃんが?」
「専門用語で言うと『イップス』って言うんだ。技術的なことっていうよりは精神的なものらしいんだけどさ…『ここを気を付けなきゃ』って思えば思うほど、逆に意識しちゃって、身体がこわばっちゃう…っていう。それでコーチから、少し頭をリセットした方がいい…って」
バスは海岸線をゆっくり走る。
「曜ちゃんでも、そういうことがあるんだ…」
「『でも』って…」
「あ、ごめん、ごめん。曜ちゃんは何でも完璧にこなしちゃうから、そういうことに無縁の人だと思ってた」
「あるよ、全然…」
「…少し安心した…」
「えっ?」
「こう言ったら怒られるかもだけど…曜ちゃんには千歌とは違って、悩みなんてないんだろうなぁ…って思ってたから…」
「そんなことないよ」
「…そうだよね…」
「じゃあ、今日はここで…」
「あっ!うん、また明日!」
曜は自宅付近のバス停で降りて行った。
千歌は車内から彼女を見送ったが、心なしか曜の足取りは重く見えた。
しかし、彼女の悩みが、そこまで重症だとは、この時の千歌には知る由もなかった。
しばらくして、千歌もバスを降りた。
そのまま家に帰ろうとした矢先、彼女が何気なく見た浜辺の視線の先に、ある異変を認めた。
「あれ?あの娘…」
そこに制服姿のまま座り込んでいたのは、今日、顔を会わせたばかりの転校生だ。
「桜内さん?」
「うわぁ!び…びっくりしたぁ…あ…えっと、高海さん…」
「千歌でいいよ」
「だったら、私も梨子でいいです」
「こんなところで何してるの?」
「穏やかな海だな…って」
「えっ?」
「私ね…ずっと都内で育ったから、こういう浜辺って縁がなくて…」
「なるほど、なるほど…いいところだよ、内浦は。人も町も気候も…みんな穏やかで…」
「そんな感じ。時間の流れが違うっていうか…」
「ちょっと田舎だと思ってバカにしてるでしょ?」
「そうは言わないけど…あ、ちょっと訊いてもいい?海ってどれくらいから入れるの?」
「海水浴なら海開きの時期が決まってるから、7月だけど…ダイビングなら入れるんじゃないかな…興味あるの?」
「えっ、う…うん少し…」
「だったら、今度、いいダイビングスクールを紹介してあげるよ。私のひとつ上の幼馴染みなんだけどさ…って、初対面なのに、こんなにしゃべっちゃってゴメンね!」
「ううん、話し掛けてくれる人がいて嬉しかった。私、転校って初めてだから」
「良かった!」
「あっ!千歌さん、あのね…μ'sのことだけど…」
「ん?」
「…ごめんなさい、何でもない…気にしないで…」
「あ…うん…。まだ、ここにいる?いくら内浦が温暖だからって言っても、この時期、さすがにこれからは冷えるから…あんまり長くいると風邪ひくよ」
「そうだね…」
梨子は立ち上がって、スカートの砂を払い落とした。
そして2人は、歩き出す。
「でも、どうしてここにいたの?私は家がこの辺りだから、バス停がここなんだけど」
「私もバス停がここだから…」
「じゃあ、ご近所さんだね。どのあたり?」
「えっと…地元では有名な老舗旅館のお隣…」
「へぇ…そうなんだ」
「私も越してきたばかりで、まだ道とか詳しくないんだけど…ここを曲がって…」
「あ、近い!近い!私もこっちだよ!」
「それで、ここを曲がると…その旅館!何か目印があるっていうのは、わかり易くてありがたいかな…って…千歌さん、どうかした?」
千歌は固まっている。
そしてポツリと呟いた。
「この旅館…私の家なんだけど…」
「えぇっ!?」
「そう言えば、一昨日(おととい)お母さんが、お隣の家に引っ越して来た人がご挨拶に来たって言ってた…」
「うん、行った…」
「私はその時、家にいなかったんだけど…まさか、梨子さんだったとは!」
「びっくり!」
2人は、思わず顔を見合わせて笑った。
「それじゃあ、これからどうぞ、宜しくお願いします」
「あ、こちらこそ…」
そして数分後。
千歌は自分の部屋の窓をガラリと開け
「お~い!」
と叫んだ。
その声に気付き、対面の窓が開く。
「わっ!」
「千歌さん!」
「もしかして…って思ったけど、部屋も隣同士だったね」
「そうなんだね」
「何かわからないことがあったら、気軽に声を掛けてね!」
「うん、ありがとう!」
「それじゃあ、また明日!」
「うん、また明日!」
そう言って、彼女たちは窓を閉めた。
楽しげな様子の千歌とは対称的に、梨子の表情は若干複雑だった。
…千歌さんか…
…優しそうな人で良かった…
…でも…
…μ's…真姫さん…
…どうして彼女がその名前を?…
…やっぱり私は…それから逃れられないのかしら…
~つづく~
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