【ラブライブ μ's物語 Vol.5】アナザー サンシャイン!! ~Aqours~ 作:スターダイヤモンド
フェスティバルの当日を迎えた。
沼津の駅前には、この日の為に特設ステージが作られた。
観客席にはパイプ椅子が並べられている。
その数、およそ50脚。
これを多いとみるか、少ないとみるか。
…
「最近、スクールアイドルなるものが流行ってるらしいらぁ」
「じゃあ、今度、スクールアイドル集めてフェスティバルでもやってみるか」
「おぉ、それは話題にはなるらぁ」
…
スクールアイドルがなんだか、よくわからないまま、貧しい知識と乏しい情報を頼りにおっさんたちが企画した…。
恐らくはそんな感じだろう。
多くの場合、その手のイベントは、的外れで頓珍漢な運営により…客席は閑古鳥が鳴き、司会者のカラ元気な声だけが会場を賑わせている…ということがよくある。
そんなイベントに出演させられるパフォーマーたちは、悲惨の一言に尽きる。
誰もいない、誰も見ていない場所で歌ったり、踊ったりしても虚しいだけだ。
確かに5年ほど前に較べれば、スクールアイドルの知名度は上がった。
…とはいえ、まだまだ盛り上がっているのは、ごく一部。
通りすがりの一般客が、腰を据えて彼女たちのパフォーマンスを観てくれるかどうかなど、予想がつかないことだった。
今日のイベントは、地元のチアダンスチームや日本舞踊の団体が出番を控えており、夕方から夜にかけてはバンドが何組かステージに立つ。
スクールアイドルは、その先陣を切っての出演となり、沼津近隣の高校から13チームが集まった。
そのうちの2チームが『ふぉ~りんえんじぇる』と『CANDLY』である。
事前に順番が決められ、それぞれ8番目、9番目となった。
開演は10時。
近くのビルの一室を控室として借受け、参加者はそこに押し込められた。
個別に部屋が割り当てられている訳でも、パーテーションで仕切らられている訳でもない為、持ち込んだ衣装やメイク道具でごった返す。
贅沢など言ってられない。
1年生の3人も、2年生の3人も、もちろんお互いを無視していたわけではないが、自分たちの支度で手一杯…声を掛け合う余裕などなかった。
そうこうしているうちに開演。
客席は…思いの外、人がいた。
いや…想像通り、一般客の姿はそれほどおらず、パイプ椅子は埋まっていないが…その替わり、そのエリアをぐるりと取り囲むように、出演チームと同じ高校と思われる生徒が応援に駆けつけていた。
その数2、30人程度。
ステージにメンバーが現れると「キャー」とか「ワー」とかの歓声があがり、手作りのウチワが打ち振られる。
しかし、いかんせん『身内感』が半端ではない。
会場が盛り上がっているかと言われれば、答えはノーである。
『ラブライブ』ではないので、演じる曲は未発表作品でなくても構わない。
そこで、彼女達がステージの上で披露したのは『A-LISEの新曲』が披露だった。
A-RISE。
言わずと知れたμ'sと並ぶ『スクールアイドル界のカリスマ』…。
しかし、彼女たちと違うのは、いまや『日本を代表するアーティスト』となったこと。
プロデビューして約4年余り。
日本でμ'sを知らなくても、A-RISEを知らないモノはいなかった。
それはさておき…
最初のチームの出来栄えは、可もなく不可もなく…という感じで、パフォーマンスを終えた。
これが、順位付けを必要とするコンテストであれば、そのクオリティーを求められるところだが、今日のイベントはそうではない。
精一杯やりきったかどうか…が大事なのである。
そういった意味では、観客が少ないながらも、力は出しきったのだろう。
彼女たちは満足そうに笑みを浮かべ…それを見た同窓生たちからは大きな拍手が送られた。
ところが、この学校は1チームのみの参加だったようだ。
パフォーマンスが終わると、応援部隊は、スーッといなくなってしまった。
そんなものだろう。
『スクールアイドルが大好き!という人』か、『よっぽどの暇人』でない限り、全部を通して観よう…などとは普通思わない。
自分たちの関係者以外、興味がないのは当然だった。
2チーム目、3チーム目などは、応援してくれる同窓生さえいなかったのだろう。
恐らく親族と思われる人たちのみが集まった…まばらな客席に向かってのステージとなってしまった。
しかし、5チーム目が終わった頃からだろうか…徐々に人が増え始めくる。
いつしかパイプ椅子も埋まり、7チーム目が終わったときには、かなりの人だかりが出来ていた。
そのお目当ては…『ふぉ~りんえんじぇる』。
以前ネットで披露した、およそスクールアイドルらしからぬ、風変わりな曲とダンス。
賛否両論あったが、それはちょっとした話題を呼び、一部のファンからは支持されていた。
どうやら、パイプ椅子に陣取ったのは、その連中らしい。
善子が『自身のサイト』で、この日のことを宣伝した効果もあったようだ。
津島善子。
彼女は自らを『堕天使ヨハネ』と称し、黒魔術の世界に嵌まるなど、厨二病を患っている節があるが、裏を返せば『自己プロデュース能力に長けている』とも言えた。
自分の『イタさ』を知り、開き直ってしまえば、怖いものなし。
だから思いきってSNSなどを利用して、今日のステージを外に向けて発信したのだ。
花丸は…善子の性格を面倒くさいと思いながらも、嫌っている訳ではない。
むしろIT音痴な彼女にとって、善子の存在はなくてはならないものであり…方向性はともかく『自分の世界観』『個』を持っていることに対しては、口にこそしないが、ある種、評価をしているのだった。
ルビィも、憧れていたスクールアイドルへの後押しをしてくれた花丸はもちろんだが『極度の人見知り』な彼女にとって、善子の強引なまでのリーダーシップは、尊敬に値するものだった。
なかば無理矢理メンバーに加わった感があるものの、今ではこのチームを引っ張っていく存在となった彼女にも、ルビィは深く感謝していた。
「すごい人ズラ…」
「ど、どうしよう…き、緊張で足が…」
「ちょ、ちょっと、呼びすぎたかしら…」
この集客数は3人の想定を越えていたようだ。
ステージ袖からチラッと外を覗いた彼女たちに、なんとも言えない熱気が伝わってきた。
その理由は…
集まったのは、彼らだけではなかったからである…。
「かなりの人数が来ましたわね」
「イエ~ス!!学校の存続が懸かっているので~す!これくらいの『学徒動員』は当然で~す」
「鞠莉さん、声が大きいです!」
「オー…まだシークレットでしたねぇ」
「それに『学徒動員』は、意味が違いますわ!」
ダイヤと鞠莉の会話から推測するに、2人は全校生徒へ応援要請を出したようだ。
だが『学校の統廃合が迫っている』ということは、まだ伏せらたままらしい。
1年生の3人は、既にネットデビューしているとはいえ、人前で披露するのは初めてだ。
ルビィたちの脳裏に『千歌の失敗』がフラッシュバックする。
「大丈夫ズラ。まず、掌に『人』って字を3回書いて、それを飲み込むズラ」
「人、人、人…」
「善子ちゃん、それ『入』に、なってるよ…」
「うっ…ルビィの癖に、生意気じゃない…」
「あと、人の頭をカボチャと思うズラ」
「マルちゃんは、冷静だね…」
「マルは『聖歌隊』で歌ってるから、多少は慣れてるズラ…」
「そうだったね…」
「失敗して当たり前!それくらいの気持ちが大切ズラ。マルたちに失うものなんてないズラよ」
「そうね…命まで取られるわけじゃないし…」
「う、うん!がんばルビィ!だね」
「あっ!出番ズラ!」
「じゃあ、いくわよ!」
「う、うん!」
「せーのっ!」
「べリアル!」
「アザゼル!」
「ヨハネ!」
「ふぉ~りんえんじぇる、降臨!!」
学校の制服に、黒のパーカー。
ネットで披露した姿と同じ。
変化があるとすれば、腕にスカーフを巻いていることだろうか。
ルビィがピンク、花丸がイエロー、善子がホワイト…と色分けされていた。
3本のスタンドマイクが立てられたステージ。
その前に、フードをすっぽり被った格好のメンバーが現れる。
その瞬間、男子の野太い声と同窓生たちの黄色い声が、会場に響いた。
彼女たは立ち位置に付くと、イントロが流れるのを待った。
どうやら、屋上で練習していた自己紹介はしないようだ。
そして曲が始まった途端、ふぁさ…とフードが脱げ、彼女たちの髪の毛が風にたなびいた…。
…
♪
私は悪魔
あなたを虜(とりこ)にする…
可愛い悪魔…
魔法のカラコンで、その眩しい瞳を見詰めたら
あなたの心はもう動けない…
ふたりの視線はやがて、ひとつの虹の架け橋…
Ah~Ah~ Devil!
I'm sweet little Devil!
Woo…可愛い悪魔…
…
これは…
かつてのスーパーアイドルの、名曲の替え歌だった。
シンプル イズ ベスト!
そう言わんとばかりに、派手なステップもフォーメーションチェンジもない。
だが、その振り付けは…彼女たちの容姿からすれば、少し大人びており『艶っぽく』感じられた。
だが、決して『エロい』という訳ではない。
絶妙なアンバランスさ。
それが下品にならなったのは、元歌の素晴らしさもあるのだろう。
前回のアッパーな激しいポップロックから一転、スローテンポのメロディアスな曲調に、会場は一瞬、驚きを隠せなかったようだったが、花丸の『聖歌隊』で培った歌唱力を生かした『ハモ』がそれを打ち消した。
魅せる!というよりは、聴かせる!というステージ。
彼女たちが狙ったのは『動』ではなく『静』。
ダンススキルが高くない…という自分達の弱点を逆手に取った作戦だった。
これはこれでインパクトが絶大だったようだ。
2コーラス目に入る頃には、通行人…特に中高年の男性が脚を止め、彼女たちの歌声に聴き入っていた。
そしてステージが終わると、この日一番の拍手と歓声が、会場中に鳴り響いたのだった…。
~つづく~
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