【ラブライブ μ's物語 Vol.5】アナザー サンシャイン!! ~Aqours~   作:スターダイヤモンド

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マイノリティ

 

 

 

 

「えっ?私が怒られるの?」

 

 

 

元μ'sの園田海未が事故に巻き込まれたことに関して、ダイヤは激しい怒りを感じているようだ

その気持ちが、千歌へとぶつけられた。

 

 

 

「お、お姉ちゃん、高海先輩は悪くないよ!」

 

「わかってますわ!高海さんに怒鳴っているのではありません…」

 

「いや、今のはどう見ても、千歌ちゃんに向かってだよね…」

 

「う、うん」

 

曜の呟きに梨子が頷く。

 

 

 

だが、千歌はダイヤが怒鳴った意味を、なんとなく悟った。

 

「私も気持ちはわかります。海未さんは事故に巻き込まれただけ…それなのに『何故、そこに居たんだ』とか『お前がいなかったら、高野選手が巻き込まれることはなかった』とか…心無い言葉が溢れていて…」

 

「マルも見たズラ。あまりに汚い文字が並んでいて…悲しくなったズラよ」

 

「『死ねば良かったのに』…なんて言葉もあった…」

 

善子がボソッと呟く。

 

 

 

 

事故の概要はこうだ。

 

加害者は16歳の少年…当然、無免許運転である。

信号無視の末、対向車と衝突して、そのはずみで歩道に乗り上げ、街路樹に激突。

運転していた少年は、足を骨折したものの命に別状はなかったが…車に同乗していた少女は…全身を強く打ち、死亡した。

 

 

 

一方、その事故に巻き込まれたのは、信号待ちをしていた男性と女性。

 

それがサッカーのオリンピック代表候補『高野梨里』…と…元μ'sの『園田海未』だった。

 

目撃者の話によれば、男性が女性を庇ったように見えたという。

 

 

 

ニュースなどの情報によれば、高野は意識不明の重体。

脊髄に損傷が見られるという。

 

これでは仮に意識が戻ったとしても、1ヶ月後に控えたオリンピックの出場は絶望的であった。

 

彼は予選で結果を残し、五輪での活躍がもっとも期待されたひとりである。

しかし、この、死線をさまよう状況に…日本中、いや彼を知る世界中の人々…から同情が集まった。

 

 

 

ところが…だ。

 

 

 

人の不幸は蜜の味。

こういう状況を喜ぶ者がいるのが、悲しい現実。

ネット上には、すぐにアンチ高野が湧き出した。

 

『訃報』

 

そんな見出しのスレが乱立した。

『悲報』ではなく『訃報』だ。

悪ふざけにも程がある。

しかし、当人たちは必ずしもそうは思っていないのだろう。

 

 

 

それは彼の活躍を羨む者なのか?

あるいは、彼に何らかの私怨を持つ者なのか?

それとも…純粋に社会常識が通じない…極めて稀少な人種なのか…。

 

 

 

「なに、大事な時期に、事故に巻き込まれてるんだよ!」

「女助けてる場合かよ。自分の身を守れよ!」

「高野の五輪終わった。これが本当の『ご臨終』」

「五輪どころか、サッカー人生も終わり」

「女もイチャついてる場合かよ!」

「たいした実力もないくせに、調子に乗ってるから、バチが当たったんだよ」

 

とても彼が被害者だとは思えない文字が並ぶ。

 

 

 

そして極めつけが…善子がさっき「見た」と口にした、あまりに卑劣極まりない文言…

 

 

 

『どうせなら、死ねば良かったのに』

 

 

 

中には「サッカー選手がサッカーできないなら、それは生き地獄。本人も死んだ方がマシだと思うんじゃないか」なんてもっともらしいことを言う者もいたが、それは他人が決めることじゃない。

 

だが、彼らにそんな言葉は通じない。

 

 

 

この事故の余波は、名前を晒された海未にも及んだ。

 

彼女は高野に助けられたばかりに、まず彼のファンから『疫病神』などと罵倒された。

さらには一緒にいたことで『高野の彼女か?』などとも噂された。

 

なにひとつ確証はない。

 

だが『恋は盲目』と言うが、熱狂的なファン…いや信者と呼ばれるような者たちにとっては、その情報の真偽に関わらず、そう思わされたことだけで怒りの感情が吹き出してしまう。

 

μ'sの中でも、ストイックで清廉としたイメージの強い海未が『男と一緒にいた』ということのインパクトは、彼らにとって想像以上の破壊力をもたらした。

 

「海未ちゃんに男?」

「裏切られた!」

「高野許すまじ」

「ふたりとも死ね!」

 

興奮は収まらない。

 

 

 

そこに、ここぞとばかりに『アンチ海未』が便乗して、彼女を口汚く罵った。

 

μ'sに限ったことではないが、同じグループを応援しながら、好きなメンバー(推しメン)が違うと、ファン同士で対立したりすることはある。

 

「アイツ、使えねぇ!」

「メンバーから外せ!」

「AよりBの方がマシ」

「バ~カ!Bの方が使えねぇ!」

「にわかは黙ってろ!」

 

それはアイドルの世界だけではなく、野球でもサッカーでも日常茶飯時。

いや、もしかしたら交代選手がいる分、スポーツの世界の方が、よっぽどこういうことはシビアかも知れない。

 

いずれにしても、ネット上では

こうして『高野ファン』『アンチ高野』『海未ファン』『アンチ海未』が『四つ巴』となり、彼らふたりに対し罵詈雑言を浴びせていたのだ。

 

もちろん、それは…ファン全体からすれば、ごく一部の者の仕業…である。

これが意見が大半ではない。

しかし『良識ある人々』は、このような不毛な争いに参加しない。

中には「この状況でそんな話をするのは不謹慎だ」と訴える者もいるが、正論を述べれば述べるほど、熱くなった連中から集中砲火を浴びる。

『出る杭は打たれる』のだ。

 

結果、多くのファンは…一部の暴走したマイノリティ同士の言い争いを、ただ傍観するしかなく…ネット上は見るに堪えない言葉で溢れかえったのである。

 

 

 

「ありえません!ありえませんわ!狂ってます!狂ってますわ!!」

 

「お姉ちゃん、落ち着いて…」

 

「人として間違ってます!」

 

「そうですよね…。私は…千歌ちゃんほどμ'sに思い入れがあるわけじゃないし…そんなに詳しわけじゃないけど…生徒会長の言う通りだと思います。そもそも、事故の被害者に対して『有名人を目撃しました』みたいな感じで、SNSやネットにアップすること自体、信じられないですし…」

 

「そう!そうなのです!桜内さん!!まずそこなのです!東京の人は、みなさん、こうなのですか?なぜこうも薄情なのでしょうか!?」

 

「東京、恐いズラ」

 

「い、いえ…東京だからどうの…って問題じゃないと思いますけど…」

 

「それになんですか!この降って湧いたように現れた『アンチ』たちは?」

 

「ですよねぇ。今、この状態で『海未さん推し』だとか『そうじゃない』とか関係ないのに…どうしてμ'sのファン同士でケンカしてるんだろう」

 

「はい、高海さん!…愚かです…愚か過ぎます…」

 

「はい…」

 

 

 

「そして、いつの間にかこの争いに、A-RISEファンが参戦してるのよね…」

 

「そうなんズラ、善子ちゃん。どうしてこんなことになったのか、もうワケがわからないズラ…」

 

「ヨハネよ!」といつもの善子ならツッコむところだが、さすがにこの雰囲気では、それを言うことを憚(はばか)れた。

 

 

 

「μ'sとA-RISE…共にスクールアイドル界をメジャーに引き上げた二組…。μ'sは解散していますが、それでもA-RISEは『彼女たちは永遠のライバル』と公言している程の存在。それなのに、なぜA-RISEのファンがμ'sファンを煽るのでしょうか…」

 

「お姉ちゃん…」

 

「私は…思わず『ファン同士、仲良くしましょう』と書き込んでしまいました。…ですが…」

 

ダイヤはそこから先の言葉を飲み込んだが、その結果がどうだったか?ということは容易に想像できた。

 

 

 

「叩かれた…ズラ?」

 

 

 

花丸の問いかけに

「はい」

と彼女は小さく頷いた。

 

 

 

「どうして、そうなるんですかね…」

 

千歌はそう問い掛けた。

 

 

 

答えはわかっている。

世の中には『自分たちとは違う考えを持っている人がいる』ということだ。

 

だが、それを受け入れることは到底できない。

 

少なくとも、ここに今いる7人は同じ気持ちだ。

 

 

 

しかし、だからと言って、それに抵抗できるだけの力は無い。

 

「自分自身が情けないですわ。あんな人たちに屈するなんて…」

とダイヤが呟く。

 

その虚無感とも言える空気が、この部屋を長い時間支配した。

 

 

 

「で、でも…海未さんは無事だったみたいだし…それだけでも『よし』としないと…」

 

「そうだよ!…サッカー選手は…それは…まぁ…残念だけど…海未さんは助かったんだし…」

 

「そうズラ!高海先輩と渡辺先輩の言う通りズラ!」

 

「うん…私たちがウジウジしてても、海未さんは喜ばないと思う」

 

「ルビィ…」

 

「私たちはきっと何もできないし、何の役にも立たないかも知れないけど…」

 

「そうですわね!少し叩かれたくらいで、私もどうかしてました。はい、これから、気持ちを切り替えますわ」

 

 

 

ダイヤの顔が微笑んだのを機に、ようやく生徒会長室の重い空気が緩和されたのだった…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 

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