【ラブライブ μ's物語 Vol.5】アナザー サンシャイン!! ~Aqours~   作:スターダイヤモンド

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ファーストライブ

 

 

曜は激しく後悔した。

なぜ、気付いてあげられなかったのだろう…と。

 

梨子も激しく後悔した。

なぜ、伝えてあげなかったのだろう…と。

 

このあと、どう彼女と向き合えばよいのか…すぐには考え付かなかった…。

 

 

 

 

 

新歓こと新入生歓迎発表会の当日となった。

 

「おはヨーソーロー!!」

 

「おはよう!」

 

「おはようございます!」

 

学校へと向かうバス。

先に乗っていた千歌と梨子に、曜が合流した。

 

「千歌ちゃん、ちゃんと寝られた?」

 

「バッチリ!…とは言わないけど…」

 

「えぇ!大丈夫?」

 

「うん!あぁ、いよいよだな…って思ったら、なかなか寝付けなくて…。でも、知らないうちに眠っちゃったみたいで…美渡姉ぇに『バカ千歌、遅刻するよ!』って叩き起こされた」

 

「その声、私の部屋にも聴こえたよ」

 

「あははは…目に浮かぶ」

 

曜はそう言って笑った。

 

 

 

『美渡(みと)姉ぇ』とは、高海三姉妹の次女。

千歌のすぐ上の姉だ。

 

「あんな、起こし方しなくてもいいのに」

と千歌はプウッと頬を膨らませる。

 

「でも、優しいお姉ちゃんじゃない…ちゃんと起こしてくれるんだから。私は美渡お姉さん、好きだけどな。サッパリしてて」

 

「え~曜ちゃんは、お姉ちゃんがいないから、そういうこと言うんだよ!お姉ちゃんなんて、志満姉ぇひとりいれば充分」

 

『志満(しま)姉ぇ』とは、高海三姉妹の長女。

なにかと忙しく家を空ける母に代わり、実質、家業の旅館を切り盛りしている『若女将』である。

性格は至っておっとりしており、曜は彼女が怒っているところなど見たことがないが、千歌が畏(おそ)れる次女が…彼女に「美渡!」と言われるだけで萎縮することがある…というのだから、キレたら怖い…というタイプなのだろう。

だが、千歌にはメチャメチャ甘いらしい。

 

「私も姉妹がいないから、お姉ちゃんって憧れるなぁ」

 

「梨子ちゃんも?美渡姉ぇなら、今すぐ熨斗(のし)を付けてプレゼントするよ」

 

「ふふふ…」

と苦笑する梨子。

 

 

 

「朝まで練習してたらどうしようかな?…ってちょっと心配してたけど…でも、ちゃんと眠れたならよかった」

 

「うん…あのね、μ'sのリーダーはライブ前日に雨の中、走りこみして…当日熱が出ちゃって…頑張ってステージには上がったんだけど、パフォーマンス終了後倒れちゃった…ってことがあったんだって。だから…」

 

「偉い、偉い!」

と曜は千歌の頭を撫でた。

 

 

 

彼女の情報源はネットである。

実はμ'sの公式なサイトというものは存在していないが、彼女たちのファン…あるいは関係者(?)と思われる者がアップしたホームページは複数存在している。

 

その中で、一番信頼性が高いと言われているのが『μ's伝説』というサイトである。

μ'sが解散した直後から存在しており…その後、更新された様子は一度もないが…その情報は質、量とも一番充実している。

新規に立ち上がったサイトは、少なからず彼女たちの近況…下手したらプライバシーの侵害…と訴えられても仕方のない情報等も載っていたりする…が、μ's伝説はそのようなことは一切なく、あくまで彼女たちの在学中…μ'sとして活動した1年間のみのエピソードが記されている。

エピソードに尾ひれ背びれが付き、それがネタ化・都市伝説化している他サイトに比べると、その内容は現実的かつ詳細で…かなり近い筋の関係者…もしくは本人たちが語ったものを纏めたのではないか…とも言われているのだ。

 

千歌が語った今のエピソードも、そこに記載されていた。

μ'sは…穂乃果の一時離脱が切っ掛けで、ラブライブのエントリーを取りやめ、解散の危機を迎えた…ことも記されていた。

 

 

 

「あ~ドキドキする~」

 

発表は午後からだ。

しかし、千歌は朝礼が終わってから午前中の授業が終わるまで、ずっとそう言っていた。

昼食もほとんど口にしなかったようだった。

 

「大丈夫?」

 

曜はさすがに心配になって声を掛ける。

 

「う、うん!なんて言えばいいんだろう?武者震いっていうのかな?でも、緊張じゃなくて…ワクワクするっていうのかな。そっち方のドキドキ」

 

「うん。だったらいいけど…」

 

その様子に、曜はホッと胸を撫で下ろした。

 

 

 

「なんだか、私の方が緊張してきちゃったかも…」

 

そう言ったのは梨子だった。

 

経験上…これまで何回、ステージで演奏したかわからないが…ピアノの発表会で緊張しなかったことなど皆無であった。

 

 

 

…自分のことじゃないのに…

 

 

 

正体不明の不安が梨子を襲う。

 

 

 

…ううん、大丈夫!あんなに練習したんだから…

 

 

 

「頑張ってね!」

 

彼女は千歌の手をギュッと握り締める。

 

「うん、まかせておいて!!…さぁ、曜ちゃん、いくよ!」

 

「ヨーソーロー!!」

 

2人は元気一杯に教室を飛び出していった…。

 

 

 

発表の場は体育館だ。

そこには新入生の12人と在校生、教職員…それにこの春の卒業生含むOGが十数人…全部で100人ほどがステージに視線を注いでいる。

 

 

 

そして…

 

 

 

各部活、有志のプレゼンは終わり、いよいよ千歌たちの番となった。

 

「…さて次の組で本日最後になります。発表してくれるのは、有志としての参加で…2年生の高海さんと渡辺さんです。ジャンルはえっと…スクールアイドル?…ユニット名はCANDY。結成僅か2週間だそうですが…果たしてどんなパフォーマンスを見せてくれるのか!?…では、お願いします」

司会者に紹介されると、ステージの上手(かみて)から千歌、下手(しもて)から曜が現れた。

 

 

 

わ~という歓声と共に、同級生が2人の名前を呼んだ。

軽く手を振って、それに応える曜。

 

 

 

一方の千歌は…

 

 

 

…あれ、千歌ちゃん!?…

 

 

 

その様子を見て違和感を覚えたのは曜だった。

 

「行き過ぎだよ!こっちこっち!」

 

彼女は『バミり』と呼ばれる…ステージに貼られた、立ち位置の目安となるテープ…を通り越した。

 

「おぉ…ここだった…」

 

彼女に指摘されて、千歌は立ち止まる。

 

 

 

…千歌ちゃん?…

 

 

 

曜は彼女の顔を見た。

 

視線が定まっていない。

呼吸が粗い。

マイクを持つ手が震えている…。

 

 

 

…あっ!ちょっと待って!!タイム!!…

 

 

 

そう思ったものの…時、既に遅し。

何度も何度も聴いたピアノのイントロは、曜の気持ちとは反対に、何事もなく流れ始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれ…私…」

 

千歌は目を開けると、ゆっくりあたりを見回した。

 

見慣れない光景に、頭が混乱する。

 

 

 

…ここはどこ?…

 

…確かステージに上がって…

 

…夢?…

 

 

 

ハッとして、ガバッと上半身を起こす。

 

「えっ?えっ?あっ…」

 

 

 

ベッドの横には、曜と梨子が心配そうに彼女を見守っていた。

 

 

 

千歌は、その姿に気が付き

「あっ…」

と再び呟いた。

 

そして一瞬で状況を理解する。

 

 

 

…夢じゃ…ない…

 

 

 

千歌は、その瞬間、思考回路が止まった。

 

 

 

 

 

ステージの袖にいた時までは、普通だった。

なんともなかった。

楽しく歌って踊る自分を想い描いていた。

 

しかし、1歩足を踏み出したとたん…観客である生徒たちを見たとたん…頭が真っ白になった。

 

生まれて初めて受ける、自分だけに注がれる100人からの視線。

自分の名前を呼ぶ声。

期待感と好奇心に満ち溢れた、彼女たちの熱気。

 

千歌が培ってきた自信は、ものの数秒で重圧に押し潰された。

 

 

 

…こんなに大勢の前で…

 

…私が歌う?…

 

 

 

間違えたらどうしよう…。

笑われたらどうしよう…。

余裕など、まったくなくなった。

 

 

 

曜に立ち位置のことを指摘されて…それからあとのことは、なにも覚えていない。

正確に言えば…何回か彼女にぶつかった記憶だけが残っている。

 

そして、気付いたらここにいた。

 

 

 

 

 

「曜ちゃん!ごめん!!」

 

千歌は叫ぶように大きな声を出すと、ベッドから逃げ出そうとした。

 

 

 

「千歌ちゃん!!」

 

彼女は、それを止めようとした曜ににぶつかり転げ落ちた。

 

 

 

「だ、大丈夫?」

 

梨子はすぐさま2人に寄り添う。

 

「あいたたた…けど、セーフってとこかな?」

と曜。

 

千歌は一緒に倒れこんだ彼女に、しっかりと抱き止められていた。

 

 

 

「あらまぁ…目を覚ましたと思ったら、騒がしいこと…」

と、この部屋の主(あるじ)…少し年配の保健医…は軽く眉をひそめた。

 

 

 

保健医に勧められた水を飲み、少し落ち着いた千歌。

 

「曜ちゃん…梨子ちゃん…」

と彼女が何か言い掛けた時に、部屋をノックする音がした。

 

保健医が「どうぞ…」と返事をすると、そこに現れたのは生徒会長…黒澤ダイヤだった。

 

「先生…」

 

「大丈夫です。倒れた原因は過呼吸だけど…それ自体はもう落ち着いてるから。ただ、まだ少し混乱してるかな。まぁ、それももう少し休めば問題ないでしょう」

 

「そうですか…かしこまりまた。とにかく、何事もなくて良かったですわ…」

 

「あとはこっちにまかせて」

 

「恐れ入ります…」

 

「貴女も大変ね」

 

「生徒会長として、それは当然の職務ですから…それでは、高海さん!」

 

 

 

「は、はい…」

 

 

 

「お大事に」

 

 

 

「…あ…ありがとうございます…」

 

千歌はベッドに腰を掛けた状態で、頭を下げた。

それと同時に涙が落ちる。

「ほら、見たことか!」…そう言われた気がした。

 

 

 

「千歌…ちゃん?…」

 

堰を切ったように…とは、このことを言うのだろう。

一度、流れ始めたそれは、留まることを知らない。

どんなに堪えても、涙がこぼれ落ちてくる。

 

悔しい。

恥ずかしい。

情けない。

 

その落涙には、全部が入り交じってた。

 

 

 

「曜ちゃん…梨子ちゃん…ごめん…今日は先に帰って…」

 

「千歌ちゃん?…」

 

「もう、終わったんだ。もう、いいんだよ…私に付き合わなくても…。一緒にやろう!…って、お願いして…梨子ちゃんにも手伝ってもらって…なのに、こんな無様な結果だなんて…バカみたい…」

 

「なに言ってるの?あれくらいで落ち込まないの!」

 

「う、うん!初めてなんだもん!そういうことだってあるよね?」

 

「そう、そう!」

 

項垂(うなだ)れている千歌に、曜と梨子が明るく話し掛ける。

 

「生徒会長の言う通りだった。私にはμ'sが見た景色は見えなかった…見る資格もなかった…」

 

「…」

 

「でも、それでわかったんだ。改めてμ'sの凄さが。私は勝手に…普通の女子高生が…って思ってたけど…違ったんだ。あの人たちは、選ばれた9人なんだって…。そんな当たり前のことを今まで気が付かなかったんて…やっぱり私はバカ千歌だよね…」

 

「そんなことないよ…」

 

「そんなことあるよ!」

 

「千歌ちゃん!」

 

「曜ちゃん、梨子ちゃん…今日まで付き合ってくれて、ありがとう。結果はあんなだったけど…やりたいことをやらせてもらったし…満足してるよ。本当に練習してる時は楽しかった」

 

 

 

「…それでいいの?…」

 

 

 

「えっ?」

 

 

 

「千歌ちゃんはあれで満足してるの?」

 

 

 

「いいんだ…もう…。自分の実力もわかったし。何をやっても、曜ちゃんには敵わない!ってことも…」

 

「…本当に終わりにしちゃうの?…」

 

「うん!だから、曜ちゃんは部活に専念して…。そして『スクールアイドルごっこ』はこれでおしまい。CANDYもこれで解散…」

 

 

 

バシッ!!

 

 

 

曜の右手が唸り、その掌が、千歌の左頬を捉える。

その瞬間、彼女の身体は左から右に弾かれように吹っ飛んだ。

梨子も保険医も、それを止めることが出来なかった。

あっという間の出来事だった。

 

 

 

「千歌ちゃんが、そういう娘だとは思ってなかった…最低だよ…千歌ちゃんは…千歌ちゃんは最低だよ!」

 

曜の目には、涙が浮かんでいた。

 

 

 

「…最低か…そうだね…これからは普通怪獣じゃなくて、最低怪獣を名乗らなきゃね…」

 

 

 

「千歌…ちゃん…」

 

 

 

「だから…今日は先に帰って…」

 

 

 

「…」

 

 

 

「帰ってよ!お願いだから…今日は…先に帰って…」

 

 

 

「梨子ちゃん、行くよ!」

 

「えっ?曜ちゃん?」

 

「いいから、いくよ!」

 

「あっ!えっ?」

 

曜は千歌の言葉を聴くと、戸惑う梨子の腕を強引に引っ張り、部屋を出ていった。

 

 

 

「よかったの?一緒に帰らなくて…」

 

2人が去ったあと、保険医はお茶を差し出しながら、千歌に訊いた。

 

「…正直…わからないです…でも、今は…」

 

「そう…。過呼吸になったのは精神的なことで…病気じゃないから、お薬とかは出せないけど…もう少し休んでいく?」

 

「すみません…あと少しだけ、お願いしてもいいですか…」

 

「それじゃあ、あと1時間だけね。私はそこに座っているから、具合が悪くなったりしたら、呼んでね」

 

「はい…すみません…」

 

 

 

 

 

その後、千歌は…保険医から連絡を受けて迎えに来た姉の美渡…の車に乗って帰宅した。

普段の姉なら、嫌味のひとつやふたつは言うのだろうが、この日はただただ無言で運転していた。

千歌にとっては、それが逆に辛かったのだっただが…。

 

 

 

 

 

~つづく~

 

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