魔法少女育成計画-dogma-   作:闇と帽子と何かの旅人

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第十話『Hospital』

 慌しい病院の声、引っ切り無しの叫び声。スノーホワイトは自分の病室でルーラと二人佇んでいた。重い雰囲気の病室の沈黙に耐え切れなくなったのかルーラが口を開く。

 

 「ラピュセルがあんな事になったのはあんたのせいじゃないでしょ?」

 

 ルーラはスノーホワイトに責任は無いと言い放つ。それは正しい。事実だけを並べればラピュセルは単独行動をし、襲撃者に敗北した。ラピュセルが負けるほどの魔法少女だ、たとえその場にルーラやスノーホワイトが居たとしても倒された魔法少女の人数が増えていただけかもしれない。

 

 スノーホワイトは最善を尽くしたと、ルーラは思っていた。

 あの後帰り路についていた二人だったが、ラピュセルが戦いを始め、そして困ったという声が漏れている事にスノーホワイトが気付き、塔まで戻ろうとした。

 そこをルーラは引き止めてしまったのだ、心の中で。

 ラピュセルほどの強い魔法少女が苦戦する相手に正面から行けば返り討ちに遭うと思ったゆえの行動だった。直前にラピュセルがスノーホワイトを逃したその行動を無駄にしないようにと。

 

 それでもルーラに心配しないで大丈夫と笑顔で語りかけ、塔まで進むスノーホワイトをルーラは呆然と見ているしかできなかったのだった。

 

 もしもあの時、引き止めなければ間に合ったかもしれない。ルーラは自分にも失敗の責はあると感じ、スノーホワイトと向き合う。

 しかしスノーホワイトはルーラを責める事も無く、ただ微笑み返す無機質な人形のような笑顔。

 以前のルーラが同じ立場なら人の失敗を叱責し、我も忘れ怒鳴っていただろう。慰めようとしているのかルーラはいつになく優しげな口調だった。スノーホワイトはただ黙って飴を握り締め笑っていた。

 

 耳を塞ごうとしても声が聞こえる、岸辺颯太(ラピュセル)の母親の泣き叫ぶ声だった。息子の惨状を聞き滂沱(ぼうだ)の如く涙を流し泣いている。スノーホワイトの病室は隔離されていて、同じ病院の中とはいえ岸辺颯太(ラピュセル)のいる病室とは距離がある。

 だが母親の子を思う気持ちはスノーホワイトにとっては恐怖と戦慄に値し、我知らず息苦しくなる胸を押さえながら、ただ無心に祈る。

 

 ルーラはスノーホワイトの事も気がかりだったが、一旦病室から抜け。ラピュセルの容態を確認しに行く。医者が言うには手術は無事成功し命は取り止めたものの、意識が戻るかの保障できないとの事だった。

 

 病室へ戻り、この事をスノーホワイトに伝えようかルーラは迷う。

 だが迷っている声を聞いたスノーホワイトは、莞爾(にっこり)とまるで感情を殺したかのような作り笑いをして、ルーラに大丈夫ですよと一言口にする。

 

 ルーラにはスノーホワイトのように困った声は聞こえない。だが目の前のその悲痛な声にならない叫びはルーラにも届いていた。ルーラはただ黙ってスノーホワイトを抱きしめる。

 泣き叫ぶ赤子を抱擁する母親のように。

 

 

◇◇◇

 

 クラムベリーは戦いを終え次なる戦いが待ち遠しいとファヴに漏らす。

 

 【クラムベリーは本当に戦うのが好きぽん、ファヴは色々後始末で大変だったぽん! 少しは労って欲しいぽん】

 

 クラムベリーがラピュセルと死闘を繰り広げた鉄塔付近の被害の補修や世間への情報操作などはすべて、魔法の国もといファヴが執り行っていた。 

 

 「それが貴方の仕事です。私はただ、この試験をうまく乗り切ることしか考えてませんよ」

 

 ファヴは呆れてため息をつく。だがファヴにとっても、この先起こるであろうスノーホワイトとクラムベリーの戦いが楽しみだという気持ちもあった。

 

 「そういえば最近二人きりで居る時もマスターと呼んでくれませんね?」

 

 【ぽん? そうだったかぽん? ファヴは最近忙しかったからちょっと疲れてただけかもしれないぽん! (ファヴはいつもマスター(、、、、)の活躍を祈ってるぽん!)】

 

 無機質な表情で笑みを浮かべるファヴだったが、その声はクラムベリーには届いてはいなかった。

 

◇◇◇

 

 

 ルーラに抱きしめられていたスノーホワイトはスヤスヤと(ねむ)っているのであった。そんなスノーホワイトを見ながらルーラは驚きを繰り返している。

 先ほどまであれだけ悲しい笑みを浮かべていた人間と、どうしても思えないその眠りようの平和さ、無邪気さ……

 魔法少女の姿は人を魅了する美しいものになるとファヴから聞かされていたが、それらを凌駕するような。ほんのりと紅をさした頬、艶やかな髪、散りばめられた花の装飾に囲まれたスノーホワイトは、まるで物語にでてくるお姫様ではあるまいかと思われるくらい清らかな寝姿であった。

 たった今まで赤ん坊のように無邪気な姿で寝ていたスノーホワイトだったが段々と年頃の少女のような表情をみせたと思いきや、今度は母親のような慈しみを持った笑顔に変わる。

 そんなスノーホワイトの心の情景にルーラは呼吸(いき)をもわすれる……

 そして瞬きもせず見惚れていると、先ほどまで笑っていた目が今度はわなわなと泣きじゃくる赤子のような目に移ろい、やがて涙が流れ、その雫は頬を伝い滴り落ち、その先にある小さな唇へとたどり着く。

 涙で少し湿った唇が(かす)かに震えながら動き出し、赤子のような声にならない声で助けを呼ぶ。

 

 「ねむりん……ねむりん……わたしでは……たすけることが出来ませんでした……と……ゆるしてくだ……ゆる……ねむ……たすけ……どうか……ね……」

 

 スノーホワイトの声は震える唇を見てようやく分かるほどのか細く消えそうな泣き声だった。

 ルーラは思わずスノーホワイトを抱きしめる腕に力がこもってしまう。大切なものほど力強く握り締めてしまうのが人の心理だろうか。だが同時に壊れてしまわないかと心配になりスノーホワイトの表情を見守る。

 夜が明けて行くように、スノーホワイトは元のあどけない嬰児(あかんぼう)のような表情に戻っていく。その表情は、まるで母親を困らせないため、泣く事を我慢した赤子のように。

 どうか今だけは、その安らかなる眠りを享受して、今この時だけでも健やかに過ごして欲しいと、ルーラは思いスノーホワイトの頬撫でる。優しく、壊れてしまわないように。

 

 ルーラが夜が明けたのに気付いたのは何時だっただろうか。だが、スノーホワイトの心は、まだ月も隠れてしまうような夜を写す水面(みなも)の奥の底ように暗い。

 それはまるで母親の胎内に居る赤子と同じ気持ちなのかもしれない。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 朝の陽射しが窓から所狭しと入り込む。

 目を覚ましたスノーホワイトは傍らで眠っているルーラの頭を撫でる。ルーラは寝言でスノーホワイトへの愚痴をこぼしていた。起こしては悪いと思い、心の中でおはようと呟く。

 

 スノーホワイトは目覚めぬ幼馴染の心配をしている心が泣いているのを感じ、自分の胸もそっと撫でる。眠っている間に見た夢の情景に、ねむりんは現れなかった。

 スノーホワイトは側で眠るルーラに目を向ける。いつもは凛とし気高さの象徴のような彼女だったが、今は眠りに付いたお姫様のようだった。

 つられてもう一眠りしようかと迷っている、そんなうとうとする眠気を吹き飛ばしたのは隣室からの(まばゆ)い叫び声だった。 

 

 「音楽家はどこだ!」

 

 となりの病室に入院している茜という少女の声だった。

 彼女の声は病室の防音機能によって部屋の外に居る者には聞こえないが。唯一スノーホワイトはその声を聞き、時折落ち着かせるために飴を手渡したりしていた。

 ルーラを起こさないように立ち上がり窓伝いに隣の病室へ顔を覗かせる。

 

 茜は音楽家か? と窓の外から覗くスノーホワイトに近付くが、スノーホワイトだと分かると興味を失ったように戻ろうとする。

 そんな茜に飴を手渡そうと茜の病室に入り飴を渡す。スノーホワイトは茜の声に耳を傾ける。不破茜がこの病院へ転院してこなければ彼女(アカネ)の悲痛な叫びはきっと誰にも届かなかっただろう。

 

 「飴より音楽家をよこせ!」

  

 そうは言いつつも、スノーホワイトから飴を受け取り口に含む茜。スノーホワイトは昨日クラムベリーと対峙した時に様々な事を聞いた、というより感じ取った。魔法の国の試験の事を。

 

 「アカネさんはクラムベリーさんとお知り合いなんですね」

 

 スノーホワイトの言葉に茜は眉を(ひそ)め疑惑の眼差しを向ける。

 

 「お前も音楽家か?(クラムベリーと知り合いなのか?)」

 

 スノーホワイトはアカネの問いに頷く。

 その一部始終を覗いていたルーラが、窓の外から困惑した顔でスノーホワイトを見ていた。

 

 「ルーラさんおはようございます。起こしちゃいましたか」

 

 ルーラの困り顔に気付いてスノーホワイトは、挨拶ついでにルーラの手を引っ張り茜の病室に連れこみ、茜にルーラを紹介し始める。

 

 「音楽家か!(お前も魔法少女の試験に参加させられているのか)」

 

 突然の茜の怒鳴り声にルーラは驚きスノーホワイトの背に隠れ、どういう状況なのか説明を乞う。スノーホワイトはアカネの言葉に頷きながらルーラに説明を加える。

 

 「この方は茜さんと言って、私達よりも先に魔法少女になったみたいですよ」

 

 先に? その言葉をルーラは不思議がる。ルーラ自身このN市では古参の魔法少女だったからだ。だが続いて紡がれるスノーホワイトの説明で、その疑問もすぐに払拭される。

 N市内とは別の場所でクラムベリーによって選ばれた魔法少女と付け加える。

 ルーラは流れ込む情報の整理に苦戦していた。

 

 「つまり私達が争っているゲームが別の場所でも開催されていて、こいつはその戦いの生き残りで私達よりも先輩の魔法少女ということかしら」

 

 ルーラはスノーホワイトから伝えられた情報を反芻し茜と呼ばれる少女を見つめる。

 

 「またやらされているのか(転院した精神病棟がある地域がまさか他の試験会場だったとは)」

 

 アカネは据わった目でスノーホワイトとルーラを見つめる。それは同類を見つけ哀れむ目だった。スノーホワイトは相変わらずの微笑みを浮かべている。そうそうと付け加えながらスノーホワイトは茜に話しかける。

  

 「今度クラムベリーさんと会うことになったんですよ、よかったら茜さんも一緒にどうですか?」 

 

 スノーホワイトの誘いに茜は目を見開かせ、まるで動物が獲物を見つけたように瞳孔を開く。

 

 「……(音楽家はどこだ)」

 

 スノーホワイトは、まだ会う場所は決めていないがファヴを通して連絡を入れると説明する。ルーラはそんな様子をみて、この子を連れて行くのと首を傾げながらスノーホワイトに尋ねた。

 スノーホワイトは笑顔で、ただ一言。

 

 「茜さんが困っているから助けないと」

 

 ルーラの質問に、そう言いながらスノーホワイトは微笑む。

 それはルーラが見たスノーホワイトと出会った時と同じ笑顔だった。

 

 「茜さん検診の時間みたいですよ」

 

 スノーホワイトは茜の病室に医者が来るというのを告げる。

 

 「あれは嫌だ。あれは……よくない」

 

 医者嫌いなのだろうか子供のように駄々をこね始める茜を見てルーラは頭が痛くなっていた。

 

 「馬鹿をみていると頭が痛くなる」 

 

 スノーホワイトはそんなルーラに、ルーラさんも一緒に入院しますか? と冗談に聞こえないような冗談を飛ばしていた。

 

 

◇◇◇

 

 【ぽん? スノーホワイト、病院で友達はできたかぽん?】

 

 スノーホワイトは一人病室で端末を開き、ファヴと親しげに会話をする

 

 【最近はどうもファヴとお話してくれる魔法少女が居なくて寂しかったぽん】

 

 ファヴは近況をスノーホワイトに愚痴る。

 

 【よくよく考えてみたらファヴは働き者なのに全然誰も労ってくれないぽん、端末開けば罵詈雑言でファヴは参っちゃったぽん】

 

 スノーホワイトはファヴに尋ねる電子妖精には病院は無いのかと。

 

 【魔法の国で端末のメンテナンスはできるぽん、あとは機械に強い魔法少女が色々やってくれたりするぽん】

 

 続けてファヴはスノーホワイトに感謝の意を示す。

 

 【スノーホワイトは優しいぽん。ファヴの体のことに気を遣ってくれるなんてうれしいぽん】

 

 ファヴはスノーホワイトの魔法を理解している。だからこそ本心で話していた。

 

 【ビジネスライクな付き合いはもう疲れたぽん、やっぱり友達と一緒に居るのがファヴにとって一番の癒しの時間ぽん】

 

 ファヴとスノーホワイトは同じ笑顔で笑っていた。二人以外誰も居ない病室の片隅で笑い声がこだまする。

 

 スノーホワイトはお願いがあるのと、ファヴに頼み事をする。

 スノーホワイトの提案にファヴは喜び、友達の願いなら叶えるのはあたりまえと。

 

 【はいぽん】

 

 偽りのない両者の関係は酷く歪に正しかった。

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