夜が朝に近付きつつある深夜にリアリィは目を覚まし、リアリィの隣で微笑んでいるスノーホワイトを連れ、二人は調理場にある貯水タンクへと歩き出す。
「あれー? だれかいるよー」
深夜の調理場に居る人影にリアリィは駆け寄り、ソレについていくようにスノーホワイトも足早に調理場へ辿り付く。
「お、嬢ちゃんたちも喉が渇いたのか? コレ飲んで寝ろよ」
そう言いながら、水の入った容器をスノーホワイト達に渡すハードボイルドは、少しばつの悪そうな様子で、スノーホワイトに助けを求める心の声を発する。
「リアリィさん、ワタシの水を持って先に部屋に戻ってもらえますか」
リアリィはスノーホワイトからのお願いに一人で戻るのは寂しいと、少し渋る感じだったが、それを察したスノーホワイトがファヴと一緒にと、付け加えた途端に快諾し、元気よくリアリィの端末から現れたファヴと一緒に部屋に戻ってゆく。
「助かったぜ嬢ちゃん、リアリィの嬢ちゃん相手だと上手く誤魔化せなくてな! まあそれを言うのなら、スノーホワイトの嬢ちゃんにも隠し事はできねえな」
明日の会談の準備かと、スノーホワイトは尋ねる。
「まあな、客人が来るんだ、ちゃんと
含みのある言葉だったが、スノーホワイトにはすべて筒抜けで――
「ハードボイルドさん」
スノーホワイトが心配の言葉を口に出そうとした時、ハードボイルドは人差し指を自らの口元へ近付け、スノーホワイトに分かるように、大丈夫だと。心配は要らないと。そして感謝の気持ちを伝える。
束の間の静寂。それを破ったのはファヴの
【スノーホワイト。リアリィが待ってるぽん】
ファヴに促されスノーホワイトは足早に部屋へと戻る。再び一人になるハードボイルド。
「もどかしいもんだな……
◇
明くる朝、会談の少し前にスノーホワイトとリアリィは予定通り、町へ一緒に買い物に行く事になった。
町とアジトを行き来するのに車を使うので、ハードボイルドは自分以外で運転の出来る者を探すのだが、MGSの魔法少女達は皆運転など出来ないし、スノーホワイトも無論、無免許で運転など不可能だったので、ファヴにどうしようかと相談していると、ファヴは頼もしく任せて欲しいと発言するのだったが――
【この車、自動運転機能も付いてないのかぽん?】
ファヴの辛辣な言葉に、車の持ち主であるハードボイルドは少し不機嫌そうに悪たれをつく。
「当て付けみたいに言ってるが、昨日お前も乗ってただろ! 妖精はナビでもしてれば良いんだよ」
仲良く楽しげに張り合う、ファヴとハードボイルドの間を割るように、おずおずと一人の魔法少女が手を上げる。
「日本車なら運転できると思います」
全身を布で覆っていて、ファヴとハードボイルドは二人して一瞬誰かと訝しむが、声の主がメディカだと気づき、合点がいったようだ。
【そういえばメディカは、元々ボランティアの人だったぽん】
町へ出る準備をして遅れたと言いながらも、メディカは車の運転ぐらいなら、どうという事はないと胸を張る。
そしてスノーホワイトとリアリィに布を渡し、一緒に運転席に乗り込む。
めでたく運転手も決まり、いよいよ出発と息巻くリアリィ。
「おねえちゃんたちに、おみやげかってくるね!」
リアリィの言葉は違法改造された車の騒音に負けないぐらい元気があった。
◇
スノーホワイト達が町へ行った後、アジトの中で会談に臨んでいたジェーンは、緊張した面持ちという様子で、気を紛らわすかのようにハードボイルドに話しかける。
「それで、いつ頃魔法の国の使者がやってくるんだ?」
ハードボイルドの方は緊張など何処吹く風かのように、他のMGSのメンバーと会談が終わったらどこかに行くかと、遊ぶ約束をしている。
無視されたと思ったジェーンが、ハードボイルドに怒鳴るように返事を促すと、ハードボイルドは頭のヒジャブを掻きながらジェーンの方へと振り向き、いたって落ち着き払っている様子で。
――そろそろ着くんじゃねえか? それよりも。
「そんなに緊張すんなよ。会談なんてもんはドシっと構えてりゃいいんだ。そしたら楽しめるぜ?」
緊張をしているジェーンを気遣うようであり。国と国の会談という重要な局面を、さも楽しい事であるかのように語る。
「お前の考え方が気楽そうで羨ましいよ」
少し緊張の糸が解れたのか、はたまたハードボイルドに呆れてしまったのか、ジェーンは笑い出す。
――リーダー! 政府軍のヘリです!
「軍用ヘリだと?」
アジトの外の様子をうかがっていたMGSのメンバーからの報告に、ハードボイルドが先ほどとはうって変わって、警戒した様子で問い返す。
ジェーンはハードボイルドにお前こそ落ち着けと言い、先日も軍用ヘリがここへ来た事を告げる。そして簡単に追い払えたという事実も添えて。
「また来た所で追い払えばいい、
会談の妨害をされてたまるかという気持ちと、通常の兵器では魔法少女に傷を付けることは困難であり、幾度かの襲撃を退けている自信があるのか、勢いが増し、士気は皆高い。
更にジェーンが号令をかけ、MGSの魔法少女達は臨戦態勢に入る。
「えらくタイミングの
ハードボイルドは会談の日にやって来た、政府軍という来訪者に危機感を覚え、急いでメンバー達を制止しようとするのだが、士気の上がった少女達の声に掻き消されてしまう。
軍用ヘリからの機銃掃射がアジトの外で待ち構えていたMGSのメンバーへ降り注ぐ、気にも留めず魔法少女達は魔法で反撃にでようとし始めたのだが。
――様子が違った。
無慈悲なる旋律を奏でるかのように、銃の掃射音と
一瞬の出来事であり、機銃による銃弾の雨に晒された少女達は何が起こったのかを気付かぬまま息絶える。
その光景を目の当たりにしたジェーンは怒り、アジトから打って出て仲間の敵を取ろうといわんばかりだったが、ジェーンの目の前にハードボイルドが立ち塞がる。
「どけっ! 仲間がやられたんだ、あいつらを叩き落さなければ気がすまない!」
「落ち着け! 今の状況が分かってんのか? 恐らくあれは、普通の軍用ヘリじゃねえ、あんなのに立ち向かっても的になるだけだ」
最早アジトには、ジェーンとハードボイルドしか残っておらず、外に出ていたMGSのメンバーは皆
――あいつら建物には攻撃してこないのか?
ハードボイルドは疑問を口に出す、殲滅を目的にした作戦ならば、建物ごと破壊すれば良いはずだ。
「ちょうど良い。篭城して予定通り使者と会談といこうじゃねえか」
隣で憎しみに駆られているジェーンを宥めるように言葉を紡ぐ。ハードボイルド自身、そう言ったものの、頼みの綱である
「ひとまずは大丈夫か……この広間で今後の身の振り方考えねえとな」
「どうして私を止めた!」
ジェーンは当て所も無い感情をぶつけるかのようにハードボイルドへ怒鳴る。
「なんだ? 死にたかったのか?」
「違う! このままじゃ、あいつらが……」
――
ジェーンの言い放った言葉には、ハードボイルドが知らない、魔法少女になれなかった仲間を思う気持ちが滲み込む。
再び入り口の方へ向かおうとするジェーンを、必死の形相で引き止めようとするハードボイルド。
「ジェーン。お前が何を考えてるのかは知らねえし聞く気もねえ。だが、こんな! こんな命を捨てるような、馬鹿な真似をさすわけにはいかねえんだよ!」
先ほどからのハードボイルドの
「なあハードボイルド。この
そんな事はしていないと、ハードボイルドは反論しようとするが――
「私を捕まえれば
ジェーンは、自身が指名手配されている事実を鑑みる。魔法少女の指名手配犯は基本、生け捕りでないといけない。それは魔法少女という特性ゆえ、死んでしまうと本人確認が不可能なためである。
切り捨てるように呟き、どけと、一言だけ口にし魔法を放つ。
切れ味の鋭い何かがハードボイルドの顔を掠め、僅かに当たった頬から赤い雫が滴り落ちる。
「邪魔をすると言うのなら、お前ごと消し飛ばすまでだ」
対峙するジェーンの瞳は冷徹で、いつかの動画で垣間見た、魔法少女の首を切り裂いた時の
望まぬ戦いにハードボイルドは防戦一方の展開で、殺意のこもった見えない刃を受けるハードボイルドは、致命傷を避けるのが精一杯であり、次第に劣勢に追い込まれてゆく。
元よりハードボイルド自身、敵に触れて攻撃する魔法のため、近付かなくとも相手に致命傷を負わせる事のできる、ジェーンの魔法との相性は最悪で、戦闘中にもかかわらず、最初から勝ち目など無いなと苦笑する。
ハードボイルドは一か八か調理場へと逃げ込む。
「どうした? さっきまでの威勢はどこへいった!」
尻尾を巻いて逃げ出したハードボイルドを挑発するジェーン。
「おいおい、ちったぁ手加減してくれって。俺の能力じゃあ、お湯を沸かすのが精一杯だぜ?」
挑発に対する返事は、いささか弱い言葉だったが。次の瞬間ハードボイルド放った言葉どおりの魔法が炸裂する。
「湯気だと……?」
大量の水を一気に加熱した水蒸気が調理場から伝わってホールを満たす。
「視界を奪った所で、貴様は近付かなければ何も出来ないだろう。それにお前に逃げ場など無い」
言い放つとジェーンは狙いも定めず四方に不可視の刃を手当たり次第放つ。
「確かにその通りだな」
ただでさえガタのきている建物にジェーンの魔法が追い討ちをかけていて、斬撃が近くの石柱を砕き、その破片がハードボイルドに腕に当たり、その場所からは血が滲み始めた。
「そういう事か」
ハードボイルドは、突然何かに納得したようで、同時に最悪の状況だとため息混じりに悪たれをつく。
「どうやら俺の魔法じゃ、お前さんの血が上った頭は冷やせねえみたいだわ」
愚痴を言い放つと、今度は意を決したかのように、暴れるジェーンの目の前に姿を現す。
蒸気の霧の中に現れたハードボイルドだったが、ジェーンはその
突如、四方から現れるハードボイルド。ジェーンは一人ずつ刃を飛ばし蹴散らすがまたすぐに復活する。
消えては現れる幻影相手では、流石のジェーンも疲労が蓄積されて、攻撃の頻度が落ちてゆく。
頃合かとハードボイルドは霧の中から現れようとしたが、首元の近くを見えない刃が蒸気ごと切り裂く。
ジェーンの攻撃の頻度が落ちたのは、疲労のせいでもあるが、集中し相手の出方を窺っている為であった。
外したかと、冷静に分析をしながらジェーンは次に現れるであろう場所を探る。
蒸気も徐々に晴れており、徐々に視界が開けてくる。
広場の出入り口の状況を見て、ハードボイルドは愕然とした。
――ここらで潮時かね。
そう諦めるように呟き、霧の中から現れる。
ジェーンは一瞬驚き、放った刃を大きく外し、代わりにハードボイルドに文句をぶつける。
「私に化けて出てくるとは、そうとう悪趣味な奴だな」
「そうか? モデルが良いから結構様になってるだろ」
「だとしても、私を動揺させるのならリアリィにでも化けるんだったな」
先ほど大きく外れた刃が、ブーメランのように舞い戻り、ハードボイルドの腹部に命中する。
――減らず口を叩くからだ。
「ハハッ、ちげえねえな、殺し合いをしてる最中なのにな。口が滑っちまった」
ハードボイルドは、その場にそぐわない笑みを零しながら、血を吐き出す。
こっからは冗談抜きと行こうぜ――
蒸気は消え、騙まし討ちの手段も無くなった――絶対的不利。
それなのに、ハードボイルドは、いつにも増してふてぶてしい態度をとる。
致命傷を負ったはずのハードボイルドは歩みを止める事無く、ジェーンへと近付いてゆく。
信念。気迫。先ほどの蒸気と違う、何か見えないものを纏って。
止めを刺そうと目に見えぬ刃を投げつけるが、どれも息の根を止めるには至らず、ジェーンの目と鼻の先までハードボイルドは辿り付く。
ジェーンは驚愕する。なぜこんな満身創痍の体で動けるのか? 疑問に思った一瞬、張詰めていた緊張が解けてしまい、限界のきていた足元がぐらつき、体勢を崩してしまう。
ジェーンの頬にハードボイルドの手が触れる。
――しまった。
一瞬の油断。
後悔するには遅かった、ハードボイルドの魔法は一瞬で水分を蒸発させる魔法。
触れられてしまえば逃れるすべは無い。
覚悟するジェーンだったが、ほほに触れる手は想像とは違い優しい温かさで――
ハードボイルドは微笑みながら、ジェーンに頬を撫で、覆いかぶさるように倒れる。
結局最後まで理解できなかった。
ジェーンはその行動の正体を探ろうと、ハードボイルドの亡骸を押しのけ、どんな間抜け面をしているのだろうかと確認しようとする。
お前の
たった今葬り去った相手に告げるかの如く、物言わぬ亡骸に言葉を投げかけようとするのだが。
「お……とうさん?」
◇◇◇
スノーホワイト達は町で買い物を楽しむ。
「くだものたくさん!」
「お嬢ちゃんかわいいから一つおまけだよ」
「ありがとー!」
「リアリィさんは果物が好きなんですね」
当たり前のような会話。
少し前までのこの町ではそれも難しいものだったと、町の人々は話していた。
MGSという組織は、この地域で猛威を振るっていたテロ組織の後釜のように報道されていたが、それは少し事実と乖離していた。
実際には当該地域の治安の向上。食料や教育なども以前と比べて、町全体に行き届いており、MGS主導のもと、笑顔のあふれる町へと生まれ変わろうとしていたのだった。
束の間の休息。平和。安寧。
どれもこの会談が終われば、永いものになると信じて。
スノーホワイト達の上空からプロペラの回る音が降り注ぎ、それに気付いたリアリィはヘリコプターを指差す。
微笑ましい光景だったのだが、スノーホワイトはヘリから聞こえる声に耳を傾けてしまう。
戦闘用ヘリの乗組員が発する声は、MGSの殲滅を雄弁に物語っていた。
――急いでアジトへ戻って欲しい。
スノーホワイトはメディカに、今すぐ帰路につくよう伝える。
その言葉を吐き出す口は震えていて、切迫した状況であることは、誰の目にみても明らかであり。
「スノーホワイトさん! 何があったのですか?」
メディカもまた、スノーホワイトの唐突の行動に異変を感じていたようで、リアリィを抱え車へと急いで駆け始めた。
リアリィも急変した様子のスノーホワイトを見つめ、心配そうに声をかける。
「スノーおねえちゃん。だいじょうぶ?」
スノーホワイトは健気なリアリィの問いに。
私よりも――
「ジェーンさんたちが心配です」
言葉と共に風を切るように走り抜け、車へと乗り込み、スノーホワイトは説明を始める。
あの軍用ヘリはアジトへと向かっていると、そして戦場にするつもりだと。
運転席に座るメディカは驚きを隠せない。
にわかには信じられない話だったが、スノーホワイトの切実な頼みに疑問という考えは、容易に払拭される。
「飛ばしますから、きちんと捕まっていてくださいね」
メディカは、前方を飛ぶヘリコプターに縋るように全速力で車を走らせるが、悪路に加え、ヘリと車では速度差があり、徐々に離されていってしまう。
通常、ヘリコプターは上空を200kmの速度で進むのだが、こと軍用ヘリとなるとその速度は300kmをゆうに越える。
このままでは間に合わなくなる。メディカは焦りを見せ、何か方法はないかと考えているとファヴが助け舟を出す。
この車はとても古いが、
【そこのボタンを押すといいぽん】
メディカは意を決したように、ニトロ噴射のスイッチを押すと、怒号のような噴射音が車体後方から車内に反響する。
車内には急加速のGが掛かり、後部座席に座っている、スノーホワイトとリアリィは身を寄せ合うように耐えていた。
限定的な加速だけでは、ヘリから置いてけぼりを食らうのは回避できたが、結果的に後塵を拝してしまう。
【まずいぽん】
アジトに到着しようかという場面でファヴは、異変を感じ取っていた。
【アジトの周囲に結界がはられているぽん】
魔法の国で研究されている
【これは肉体的に作用する結界ぽん】
ファヴの説明では、肉体を通常の人間と変わらない脆いものにしてしまうという。
結界を用意し、作戦に投入するような勢力が、今回の一件に関わっている事が分かった今、ファヴはスノーホワイトに魔法の国へ連絡するよう提案するが。
ファヴの提案を首を横に振り、ただ一言告げる。
あのヘリは
不穏な空気の中、車はアジトのすぐ側へ到着する。
車の外に見えるアジトからは煙がたちこめており、周辺には凄惨な現場が取り残されていた。
依然アジト上空では数機のヘリが不気味な旋回を続けており、いつ攻撃を再開するかも分からず。
――手が出せない。
そう、頭の中ではわかっていたはずの、メディカだったが、血を流し瓦礫に挟まれて倒れている少女を目の当たりにし、考えるよりも先に車外へと飛び出し駆け寄る。
スノーホワイトは上空のヘリから視認され、このままでは攻撃される危険がある事を告げ、ファヴに対処して欲しいと頼み込む。
【しょうがないぽん】
ファヴはスノーホワイトに頼りにされて、面映がりながらも善処すると快諾するが、心の中で、策を立てるには時間が少ないとぼやく。
「ファヴ。あのヘリには
【それは朗報だぽん】
スノーホワイトによる助言に、ファヴは黒い笑顔を見せ、持てる力を使いヘリを
ファヴは、これでしばらくは攻撃されることは無いと言い、今のうちに救出に行けと促す。
――ありがとうファヴ。
【そんな事は言わなくてもわかってるぽん、いいから口より手を動かすぽん】
スノーホワイトのお礼の言葉を気恥ずかしそうに誤魔化す。
瓦礫の中から出ている上半身に寄り添い、手を握ったメディカは必死に呼びかける。
重症のようだったが、メディカの声掛けに意識を取り戻す。
「動いてはいけません。喋らなくてもスノーホワイトがあなたの意思を汲んでくれます」
痛みで朦朧とする少女にメディカはなにやら呟く。
「いたいのいたいのとんでいけ」
すると瓦礫に埋まっている少女が優しい光に包まれてゆく。
メディカの魔法。それは痛みを飛ばす魔法。
誰かの痛みを他の誰かに飛ばすことの出来る、一種の呪いの様なものだとメディカ自身は自嘲する。
「痛く……無い」
だが根本的な治療ではなく、痛みだけを飛ばしてしまう魔法では、重傷を負った少女の傷が癒えるわけではなかった。
ファヴは周辺に医療設備は無いのかとメディカに問うのだが。
返事は芳しいものではなく、それでもいいと呟き、出来る限りの事をすると決心した表情は固かった。
そしてメディカこの場に留まると告げ、スノーホワイト達にジェーンたちの事を託す。
――この子を一人で逝かせるわけにはいかない。
心は弱音を
――待ってますからと、メディカは心で伝える。
受け取った思いに後押され、スノーホワイトは振り返らずアジト内部へと歩みを進めてゆく。
アジト内部はハードボイルドの魔法で、中東らしからぬ湿った空気になっており、不快な汗のように肌に水滴が吸い付く。
うっそうとした空気の中ハードボイルドが危険な状況だとスノーホワイトはファヴとリアリィに告げ、スノーホワイト達に焦る気持ちが蔓延る。
【いったい何が起こってるぽん】
状況を説明するようファヴはスノーホワイトへ尋ねる。
スノーホワイトは戦闘が起こっていると、そしてその戦いの趨勢は決したとも。
止めなければと、まだ間に合うと心に言い聞かせながらスノーホワイトは歩みを止めない。
だが無情にもたどり着いた広間への入り口は瓦礫で塞がり、僅かな隙間しかない。
「スノーおねえちゃん。わたしならはいれるよ」
リアリィは自分が助けに行くと自ら志願し、隙間へと入ってゆく。
スノーホワイトは
「別の道を探します。ファヴも手伝ってもらえますか」
迷いを断つように意気込みファヴにお願いしようとするが――
【スノーホワイト! あぶないぽん!】
イシの砕ける音が無慈悲に轟く。
◇
「なぜこんなことを……」
ジェーンは
ハードボイルドの行動には確かに不自然な点が多かった。思い返すようにジェーンは父親との思い出に浸る。
「馬鹿な事を……」
決して仲が良かったわけではない。
反抗期特有の反発心から、飛び出すように学校へ通うようになってからは、家でもほとんど話さなくなっていたし、父親自身も、あまり家に帰らなくなっていたからだ。
学校から拉致され、誰も助けてくれない世の中に半ば諦めをつけ、魔法少女の国を作ってからも、ジェーンは助けなど要らないかのように振舞っていたが。
「助けて……もらわれなくてごめんなさい……」
命を掛けて、父が助けに来てくれていたのに、その手を払ってしまった。
ジェーンは己の愚かな行動を悔やむ。
「ジェーンおねえちゃんないてるの?」
ジェーンは聞き覚えのある声に我に返り顔を上げると、リアリィが首を傾げながら側に寄り添い、不思議そうに見つめている。
「リアリィ。町へ行ったんじゃないのか?」
「スノーおねえちゃんがね、ジェーンおねえちゃんたちがあぶないっていうから、いっしょにたすけにきたの!」
誇らしげにジェーンに微笑むリアリィの笑顔は、後ろめたい気持ちのジェーンの心に突き刺さる。
「私はな、お前に助けられるような価値のある人間じゃないんだ」
きょとんと、するリアリィにジェーンは先ほどまでの自分を重ね合わせるように――
「そうか、わからないよな……」
言葉をこぼしながら、リアリィの頭を撫で抱きしめる。
「ねぇ、そこのおじさんはだれ? どうしてねているの?」
「あいつはハードボイルドだよ」
――きっとつかれてしまったんだろう。
ジェーンが言い終わる直前に、言葉を遮るかの如く、建物が軋み始め、瓦礫がジェーン達の付近に落下する。
ファヴがリアリィの端末から登場し、警鐘をならす。
【建物が限界を越えたぽん、倒壊寸前ぽん】
ファヴがけたたましく、ジェーンとリアリィの周囲を羽ばたく。
「リアリィ、早くアジトの外へ出るんだ」
「おねえちゃんもいっしょにいこ」
出入り口の方へ視線を移すが、頼みの通路への道は、リアリィがやっと通れるほどの隙間しかなく、ジェーンは苦虫を噛み潰したような表情になる。
「お前がここに来た道は私には使えない、リアリィお前一人で戻れ」
「おねえちゃんといっしょじゃなきゃやだ!」
愚図つくリアリィを嗜めようと、肩に手を当て眼を見据えようとする。
【二人共危ないぽん!】
二人を目掛け瓦礫が落下するが、ファヴの声で気付き、ジェーンは咄嗟にリアリィを庇う。
【大丈夫かぽん!?】
落下の影響で土煙が上がり、ファヴが二人の安否を気遣う。
「かすっただけだ。それより、
【スノーホワイトが悲しむぽん】
「だろうな、あいつは甘い人間だ。だからこそリアリィの事を頼める」
【……わかったぽん】
ジェーンは先ほどの瓦礫で足を挟まれた様子で痛みからか、表情を険しくする。
リアリィは突然の事が続き驚きのあまり目を丸くする。
「分かっただろリアリィ。この場に長居すれば危険だ。私を置いて先に行け」
「でも……おねえちゃんが!」
ジェーンの説得に応じないリアリィに、ファヴからもアジトから出るようお願いするが、リアリィは出入り口の方へ端末を投げ捨ててしまう。
「ファヴはさきにいってて!」
リアリィは涙ぐみながら身動きの取れなくなったジェーンをひっぱるように連れて行こうとする。魔法少女とはいえ結界のせいで身体能力の低下したリアリィの力ではビクともせず。
「頼むリアリィ」
ジェーンは後生だからとリアリィに言う事を聞くように懇願するが。
「たすけるってやくそくしたもん!」
先ほどよりも大きく建物が揺れる。最早倒壊するのも時間の問題。
リアリィは何が何でも助けるといった様子で、ジェーンは半ば諦めるかのように、意を決し口を動かす。
「私はな、リアリィ。お前の事がずっと嫌いだったんだ」
ジェーンを引っ張っていたリアリィの手がだらりと下がる。
「おねえちゃん? どうしてうそつくの……」
ジェーンは、やはりそうかと、苦笑しながら。
「一瞬で見破るとは、やっぱりすごいなリアリィは、私も……頑張って嘘をついたんだがな」
ジェーンの体が光ってゆく、リアリィの魔法が発動した証拠だ。
「もうじき私は居なくなる。だからリアリィ、私を置いてさっさとこの場から立ち去るんだ!」
ジェーンはわが子を谷底に落とすライオンのように、リアリィに無情なる現実を突きつける。
「おねえちゃん……なんで?」
疑問には答えずジェーンは、たった一言。
――さよならだ。
そう告げ、覚悟を決めた。
何かを守る為に生きる。この不器用な性格は、きっと父譲りなのだろうと笑いながら。
「おねえちゃん、きいて」
リアリィの口から飛びでた言葉は、ジェーンの予想外のもので――
「ジェーンおねえちゃんなんてだいきらい!」 「だいすきだよ」
初めて耳にしたリアリィからの嫌いという言葉。
「おねえちゃんのかおなんてみたくない!」 「ずっといっしょにいたいよ」
「リアリィ! 何でお前ウソなんか!」
ジェーンとリアリィの関係を知っているものならば、誰が聞いても分かるウソ。
可愛らしく愛おしい、ウソを重ねる。沢山のウソを。リアリィの体はウソを重ねるたびに輝きを増していき――
「おねえちゃんなんて! おねえちゃんなんて! いなく……」
リアリィはジェーンに
「いなくならないで……」 「いなくならないで」
リアリィの笑顔は太陽のように眩しく、光り輝き、そして――