1.生まれてくれて、ありがとう。
「いやー……。」
べちゃりと床に倒れ伏し、情けない声をあげる。
「騒いだなぁ……。」
周囲に散らばるクラッカーのテープ。
トランプ。オセロ。占いの本。その他諸々。
家にある、ありとあらゆるもので遊び倒した証拠が散乱していた。
「仁奈ちゃん、寝ちゃったみたい。」
いかにも誕生日らしい三角形の帽子を被り、鼻眼鏡をかけたきらりが顔を出す。
騒ぎ疲れた仁奈を、お隣であるきらりの家に運んでいたのだ。
こいつめちゃめちゃ楽しんでやがるな。
私も人のこと言えないけど。
「……そ。」
のそりと起き上がり、仁奈が寝ている部屋へと向かう。
きらりには、前もって言っておいた。
だから彼女は。私が何処に行くのかも聞かないし、付いてくることもない。
仁奈が一通り楽しんで、笑って、騒いだ後。
疲れ果てて、眠ってしまった後。
目が覚めて、少し冷静になった時。
きっと仁奈は、泣いてしまう。
「起きてる?」
こんこん、と、扉を叩く。
反応は無い。
単純に寝ているだけなのか、そうでないのか。
これが普段と同じ日だったのなら、私は素直に帰ったのだろう。
合鍵を取り出し、ドアノブに差し込む。
軽く手首をひねると、カチャリと音が鳴った。
仁奈をここに運んだ時。きらりは、鍵を持っていなかった。
「仁奈。」
真っ暗な部屋の中。
ぽつんと取り残された布団。
真ん中が、膨らんでいた。
「……楽しかったね。今日は。」
その隣に腰を下ろし、あぐらをかく。
仁奈は寝たふりを決め込むようだった。
「まあ、誕生日だからね。
楽しいし、面白いし、だから笑っているもんさ。
今日は、そういう日だよ。」
布団の上から、優しく仁奈を撫でる。
その中の塊は、少しだけ震えていた。
「でもさ。
それだけじゃなきゃいけない、なんて。
そんなわけでも無いと思うんだ。」
頭らしい部分を手ざわりで感じ。
そこにぽんぽんと触れながら。
仁奈が、責められていると思わないように。
慎重に、言葉を選ぶ。
「みんなで遊べて楽しかった。
祝ってもらえて嬉しかった。」
仁奈の震えが大きくなっていく。
私はその震えを撫で続ける。
「でも。ママが居なくて寂しかった。」
びくり、と。一際大きい反応。
……ああ。やっぱり、杞憂ではいてくれなかった。
「こんなにも楽しくて、こんなにも嬉しくて。
でも、ママが居ないのが悲しくて。
だって誕生日は、親に祝ってもらうものなのに。」
仁奈は、優しい子だ。
優しいから、隠してしまう子だ。
誕生日は楽しいものだから。
そんな日に泣くなんて、おかしいことだから。
あってはいけないことだから。
「それでいいよ。隠さなくていい。
だって、楽しかったのも本当なんでしょ?」
手のひらの下の塊が、何度も揺れる。
ここで頷いてくれるから。
やっぱり仁奈は、優しい子だ。
「だったら、いいよ。
なんでママじゃないのって。
声を上げて泣いたっていい。
我が儘を言ったって、いいんだよ。」
その身を覆った掛け布団を、ゆっくりと持ち上げる。
優しく。緩やかに。仁奈を傷付けないように。
「……ほら。おいで。」
仁奈は抵抗することなく、殻を引き剥がされた。
泣きじゃくった顔が、こちらを見ていた。
私が両手を広げると、仁奈は腕の中にそっと収まった。
「ねえ、仁奈。」
貴方を泣かせてしまった日だけれど。
それでも私は、今日を嬉しく思うんだ。
祝いたいって思うんだ。
数年前の今日。貴方が生まれた日なんだよ。
生まれてくれた日だからさ。
「生まれてくれて、ありがとう。」