きらりが風邪を引いた。
結構な高熱で、今日は仕事も学校も休むことになった。
というか、半ば無理矢理休ませた。
そしたら今度は、家事をしようとするものだから。
仁奈と2人がかりで布団まで押し込み、どうにか寝かしつけて。
伝染らないよう、きらりの家に仁奈を避難させ、今に至る。
「疲れてたのかな……。」
確かに風邪を引きやすい季節ではあるけれど、対策はきちんとしていたはずだった。
主に仁奈に風邪を引かせないための、予防のお手本として。
きらりよりも余程身体が弱い私がピンピンしてるくらいだ、予防法は間違ってなかったはず。
「……ず、ちゃん。」
少しの間、見守っていると。
きらりが弱々しい声で、私の名を呼ぶ。
彼女は、普段身に纏っているキグルミを。
『諸星きらり』を、放棄していた。
「ごめ……ね、すぐ……、」
仁奈を離しておいて正解だった。
キグルミを脱いだきらりに、まだ慣れていないから。
この姿を見たら、きっとまた、悲しい顔をしてしまうから。
「申し訳ないと思うなら、さっさと治す。ほら。」
上半身を起こそうとするきらりの肩を両手で抑える。
殆ど力を入れなくても、彼女は再び布団へと吸い込まれた。
……疲れて、いたんだろうな。
学校に行って。仕事をして。料理だって作って。
『諸星きらり』で居続けて。
少し前。仁奈が寝静まった夜中に。
ちょっとだけ、聞いた話。
きらりは、小さな頃から大きかった。
大きかったから、怖がられてしまった。
怖がられてしまったから、誰とも話をしなかった。
それがとても寂しくて。
寂しくて寂しくて、寂しくて。
だから、考えて。
どうしたら、怖がらせずに済むのか。
人と話が出来るのか。側に誰かが居てくれるのか。考えて。
考えて考えて、考えて。
そうして出来上がったのが、『諸星きらり』。
怖がられるのは、きらりが大きいから。
ならば、「大きい」よりも目を引く特徴を。
例え変だと笑われても。気が違っていると思われても。
後ろ指を刺されても、それでもいいから。
この醜く大きな身体を、隠せるだけの特徴を。
着飾って、包み込んで、皆に笑われるような。
道化のようなキグルミを。
それは、きらりの自己防衛だった。
生まれ持ったマイナスを、せめてゼロにするための。
消極的な手段でしかなかった。
でも、そのゼロはプラスになった。
醜い自分を隠すための、ツギハギだらけのキグルミは。
醜い故に諦めた、プラスへと変化した。
『諸星きらり』は、アイドルになった。
きらりは、可愛いものが好きだった。
可愛いものは、小さなもの。
自分とは、対極のもの。
大きなきらりは、可愛くはなれない。
ずっと、そう思っていた。
望んで、憧れて、それでも諦めなければならなかった。
いや、事実、彼女はずっと諦めていた。
『諸星きらり』に、なってしまえるほどに。
そんな彼女が、アイドルになった。
可愛いものに、彼女が成った。
キグルミを着る前は、誰にも認めてもらえなかったのに。
誰もが自分から離れていったのに。
怖がられ、恐れられ、避けられてきたのに。
『諸星きらり』になった途端、きらりは理想を手に入れた。
ゼロの『諸星きらり』は、プラスへと昇華した。
彼女は世間から可愛いものとして認められた。
ならば。『諸星きらり』の中の、諸星きらりは。
マイナスの諸星きらりは、どうなる。
否定されただけだ。怖がられただけだ。
避けられてきただけだ。
アイドルになって救われたのは、『諸星きらり』だけなんだ。
諸星きらりは、まだ、誰からも。
一度だって、周囲から認められていない。
彼女にとって、着飾らない本当の自分は。
彼女が思う、本来の自分自身は。
怖くて。恐ろしくて。避けられて。否定された。
そんな、可愛いとは対極のものなんだ。
だから彼女は、いつも『諸星きらり』で居続ける。
皆から認められた、居心地の良いキグルミを着続ける。
例え私と、2人きりの時であっても。
「……疲れるよなぁ。」
そっと彼女の頬を撫でる。
飾らない彼女を見たのは、あの夏の日以来だった。
あの時、私は言った。
『諸星きらり』が嘘だなんて認めない、と。
これは私の本心だ。
そのことを、きっときらりも分かってる。
でも。それは彼女にとって、きっとレアケースでしかない。
双葉杏はそう思っている。だが、その他大勢は違う。
彼女自身を含めた、彼女が関わってきた人間。
その数引く1が、『諸星きらり』は嘘だと思う。
真実を知れば、そう考える。
きらりはそう思ってる。
自分が認められているのは。可愛いと言ってくれるのは。
ただ自分が、嘘をついているだけで。
本当は醜い身体を、キグルミで隠しているだけで。
だから、キグルミを脱いでしまえば。
『諸星きらり』を辞めてしまえば。
また、怖がられる日々が始まる。
きらりは、そう思ってる。
だからきらりは、『諸星きらり』であり続ける。
幸せな夢を続けるために。
魔法が解けてしまわないように。
自分を、隠し続ける。
汗ばんだ彼女の額を、水で濡らしたタオルで拭う。
いつの日か。彼女が、道化で居なくてもいいような。
キグルミを脱いで、それでも笑っていられるような。
そんな日が、来るだろうか。
それは彼女にとって、幸せなのだろうか。