双葉家の備忘録   作:maron5650

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2.風邪を引いた日 : 諸星きらり

きらりが風邪を引いた。

結構な高熱で、今日は仕事も学校も休むことになった。

というか、半ば無理矢理休ませた。

そしたら今度は、家事をしようとするものだから。

仁奈と2人がかりで布団まで押し込み、どうにか寝かしつけて。

伝染らないよう、きらりの家に仁奈を避難させ、今に至る。

 

「疲れてたのかな……。」

 

確かに風邪を引きやすい季節ではあるけれど、対策はきちんとしていたはずだった。

主に仁奈に風邪を引かせないための、予防のお手本として。

きらりよりも余程身体が弱い私がピンピンしてるくらいだ、予防法は間違ってなかったはず。

 

「……ず、ちゃん。」

 

少しの間、見守っていると。

きらりが弱々しい声で、私の名を呼ぶ。

彼女は、普段身に纏っているキグルミを。

『諸星きらり』を、放棄していた。

 

「ごめ……ね、すぐ……、」

 

仁奈を離しておいて正解だった。

キグルミを脱いだきらりに、まだ慣れていないから。

この姿を見たら、きっとまた、悲しい顔をしてしまうから。

 

「申し訳ないと思うなら、さっさと治す。ほら。」

 

上半身を起こそうとするきらりの肩を両手で抑える。

殆ど力を入れなくても、彼女は再び布団へと吸い込まれた。

……疲れて、いたんだろうな。

学校に行って。仕事をして。料理だって作って。

 

『諸星きらり』で居続けて。

 

少し前。仁奈が寝静まった夜中に。

ちょっとだけ、聞いた話。

きらりは、小さな頃から大きかった。

大きかったから、怖がられてしまった。

怖がられてしまったから、誰とも話をしなかった。

それがとても寂しくて。

寂しくて寂しくて、寂しくて。

 

だから、考えて。

どうしたら、怖がらせずに済むのか。

人と話が出来るのか。側に誰かが居てくれるのか。考えて。

考えて考えて、考えて。

そうして出来上がったのが、『諸星きらり』。

 

怖がられるのは、きらりが大きいから。

ならば、「大きい」よりも目を引く特徴を。

例え変だと笑われても。気が違っていると思われても。

後ろ指を刺されても、それでもいいから。

この醜く大きな身体を、隠せるだけの特徴を。

着飾って、包み込んで、皆に笑われるような。

 

道化のようなキグルミを。

 

それは、きらりの自己防衛だった。

生まれ持ったマイナスを、せめてゼロにするための。

消極的な手段でしかなかった。

でも、そのゼロはプラスになった。

醜い自分を隠すための、ツギハギだらけのキグルミは。

醜い故に諦めた、プラスへと変化した。

 

『諸星きらり』は、アイドルになった。

 

きらりは、可愛いものが好きだった。

可愛いものは、小さなもの。

自分とは、対極のもの。

大きなきらりは、可愛くはなれない。

ずっと、そう思っていた。

 

望んで、憧れて、それでも諦めなければならなかった。

いや、事実、彼女はずっと諦めていた。

『諸星きらり』に、なってしまえるほどに。

そんな彼女が、アイドルになった。

可愛いものに、彼女が成った。

 

キグルミを着る前は、誰にも認めてもらえなかったのに。

誰もが自分から離れていったのに。

怖がられ、恐れられ、避けられてきたのに。

『諸星きらり』になった途端、きらりは理想を手に入れた。

 

ゼロの『諸星きらり』は、プラスへと昇華した。

彼女は世間から可愛いものとして認められた。

ならば。『諸星きらり』の中の、諸星きらりは。

マイナスの諸星きらりは、どうなる。

 

否定されただけだ。怖がられただけだ。

避けられてきただけだ。

アイドルになって救われたのは、『諸星きらり』だけなんだ。

諸星きらりは、まだ、誰からも。

一度だって、周囲から認められていない。

 

彼女にとって、着飾らない本当の自分は。

彼女が思う、本来の自分自身は。

怖くて。恐ろしくて。避けられて。否定された。

そんな、可愛いとは対極のものなんだ。

 

だから彼女は、いつも『諸星きらり』で居続ける。

皆から認められた、居心地の良いキグルミを着続ける。

例え私と、2人きりの時であっても。

 

「……疲れるよなぁ。」

 

そっと彼女の頬を撫でる。

飾らない彼女を見たのは、あの夏の日以来だった。

あの時、私は言った。

『諸星きらり』が嘘だなんて認めない、と。

これは私の本心だ。

そのことを、きっときらりも分かってる。

 

でも。それは彼女にとって、きっとレアケースでしかない。

双葉杏はそう思っている。だが、その他大勢は違う。

彼女自身を含めた、彼女が関わってきた人間。

その数引く1が、『諸星きらり』は嘘だと思う。

真実を知れば、そう考える。

きらりはそう思ってる。

 

自分が認められているのは。可愛いと言ってくれるのは。

ただ自分が、嘘をついているだけで。

本当は醜い身体を、キグルミで隠しているだけで。

だから、キグルミを脱いでしまえば。

『諸星きらり』を辞めてしまえば。

また、怖がられる日々が始まる。

きらりは、そう思ってる。

 

だからきらりは、『諸星きらり』であり続ける。

幸せな夢を続けるために。

魔法が解けてしまわないように。

自分を、隠し続ける。

 

汗ばんだ彼女の額を、水で濡らしたタオルで拭う。

いつの日か。彼女が、道化で居なくてもいいような。

キグルミを脱いで、それでも笑っていられるような。

そんな日が、来るだろうか。

 

 

 

 

 

それは彼女にとって、幸せなのだろうか。

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