双葉家の備忘録   作:maron5650

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3.第n次カレー大戦

カレー、それは夢と希望。

 

「……仁奈、これが。

私達が昼寝してる間に買い物に行った、きらりの残したメモ。」

 

カレー、それは譲れない矜持。

 

「『今日のおゆはんはカレーだよぉ☆』……これは……!」

 

カレー、それは無数の最適解。

 

「そう。これを見つけてしまった以上、争いは避けられない。」

 

負けられない意地が、そこにある。

 

「「勝負……!」」

 

これは、2人の少女が互いの尊厳をかけた、熱き戦いの記録である。

 

 

 

 

 

先に動いたのは杏だった。

その手にはジャワカレー(辛口)。彼女の矜持そのものである。

 

「カレーは辛口こそ正義! 今日のカレーは辛口になるべきなんだ!」

 

勢いよくパッケージを掲げ、高らかに宣言する。

それは彼女の主張と同時に、仁奈に対する宣戦布告でもあった。

 

「ちげーです! カレーは優しい味であるべきでごぜーます!」

 

仁奈はこれを受け、杏同様パッケージを掲げる。

手にしたのはバーモントカレー(甘口)。彼女の想いの結晶である。

 

「辛口!」

 

「甘口!」

 

両者、更に1歩間合いを詰める。

決して退かない。退いてはいけない。

退くわけには、いかないのだ。

 

「「ぐぬぬぬぬ……!」」

 

まさに一触即発。その時であった。

 

「たっだいまー! すぐに準備するからねぇ☆」

 

「おかえり!」

「おかえりなせー!」

 

第1ラウンド終了のゴングが、玄関のドアを開けた。

 

 

 

 

 

3人でレジ袋の中のものを冷蔵庫に仕舞った後。

第2ラウンドの先手を取ったのは仁奈だった。

 

「どうして杏おねーさんは、かれー方がいいんでやがりますか!?

飴好きじゃねーんですか!」

 

確かにそれもそうだ、と、きらりは心の中で同意する。

ピーラーでジャガイモの皮を剥く手は止めないまま。

 

「……ふっふっふ。聞いたね。聞いてしまったね?」

 

悪役のような台詞を吐きながら、杏は不敵な笑みを浮かべる。

攻撃が全く効いていないこと、恐らく手痛い反撃が来ることを察し。

仁奈はバーモントカレーを盾のようにして、対ショック姿勢を取った。

 

「仁奈。カレーはどうしてカレーって言うか、知ってる?」

 

確か色々と説があったような気がする。

鍋を2つ用意しながら、きらりは記憶を手繰り始めた。

 

「……っ!? ま、まさか!?」

 

仁奈が何かに気付いた様子。

甘口派が困るような説なんてあったっけ。

 

「そう! カレーはかれーからカレーと名付けられた!

つまり辛くないカレーは! カレーではないのだ!」

 

そういうことかい。

きらりは水を入れるために持っていた鍋を落としかけた。

 

「…………っ!?!?!?」

 

その痛烈な一撃は防御を貫通し、仁奈に深いダメージを与え──

 

「いやごめんこれは嘘。」

 

──る前に杏の良心が折れた。

だって思ったよりショック受けちゃってるんだもの。

この世が終わったような顔をしていたもの。

仁奈の世界を終わらせるとこだったもの。

 

「……あ、あぶねーとこでごぜーました……!」

 

仁奈の頬に冷や汗がつたう。

だが、なんとか杏の攻撃を凌ぎ切ることができた。

今こそ反撃の時だ。

 

「でも嘘ってことは! カレーは甘くてもいいはずでごぜーます!

なんでかれーカレーにこだわるんでごぜーますか!」

 

確かに、辛くするべきという杏の主張を通すならば。

カレーが辛くなくてはならない根拠が必要だ。

甘いカレーが選択肢として残るのなら、仁奈の敗北は一気に遠ざかる。

特に普段から飴を好んで食している杏は、この攻撃を躱すことは難しいだろう。

 

「……お母さんが、好きでさ。辛いの。

前は家族分の食事を私が作ってたから。

我慢して、辛いのばっか作ってたんだよ。

そしたら慣れたというか……好きになれたというか……。

思い出す、と、いうか……。」

 

待って。初耳です。

思いがけぬ流れ弾に当たり、きらりは下唇をきゅっと噛み締めた。

タマネギを切ってもいないのに、ここで泣くわけにはいかない。

 

「……そ、それなら仁奈だっておんなじでごぜーます!

ママはかれーカレーが好きなのに、作り置きのカレーはいつも甘口でごぜーました!

あめーカレーを食べると、優しかった時のママを思い出すですよ!」

 

駄目です。流れ弾が流星群。

きらりはポロポロと涙をこぼしながら人参を乱切りにする。

 

「ああ待ったこの話やめようきらりがやばい。

まだタマネギ切ってないのに。」

 

「きらりおねーさん、どっか痛てーですか!?」

 

第2ラウンド終了の合図は、彼女の涙だった。

 

 

 

 

 

3人での共同生活の中で、初めてカレーを作った時。

甘口か辛口かで、杏と仁奈は揉めた。それはもう揉めに揉めた。

きらりが2つ目の鍋を自分の家から持ってきて、両方作ると決めたくらい揉めた。

それ以来、カレーは甘口と辛口の両方を作るのがお決まりになっている。

ちなみにきらりは中辛派なので、2つのカレーを混ぜて食べる。

 

だから本来、杏と仁奈の口論は全く必要ないのだが。

どうやら何だかんだ楽しかったようで、カレーの日には必ずやっている。

 

そして杏が口論を続ける理由は、楽しいだけではなかった。

カレーは具の都合上、ジャガイモや人参の皮を剥く必要がある。

つまりは、ピーラーを用いる必要がある。

しかし仁奈にピーラーを見せると、まずいことになる。

いや、まずいことになった。

具体的に何がどうなるのかは、察して欲しい。

彼女は野菜の皮を剥く道具を、それ以外の用途で使われていた。

 

だから杏が仁奈の注意を自分に向けさせることで。

きらりがピーラーを握っている姿を、極力見させないようにし。

きらりは仁奈がこちらを見ていないことを常に確認しながら、ピーラーを使う。

そうやって仁奈を守ることも、杏がこの口論を続ける理由だった。

 

ピーラーを使わずに包丁で剥けばいいと思い、やってみたことはある。

だが結果、仁奈は「自分のせいでピーラーが使えず不便を強いている」と思ってしまった。

消え入りそうな声で、仁奈を謝らせてしまった。

それでは、意味がないのだ。

 

「あー、やっぱカレーはかれーもんだよ。」

 

目の前のカレーを一口食べ、杏は目を細めた。

 

「あめーカレーだってうめーです! ほら!」

 

仁奈が半ば強引に、杏の口に手に持ったスプーンを突っ込む。

 

「むぐ。……もぐもぐ。ごくん。

……まあ、悪くはないね、うん。」

 

杏の返答を聞き、仁奈は満足そうに笑った。

 

「おかわりあるからねぇ☆」

 

そんな2人のやり取りを見て、微笑みながらきらりが言うと。

 

「うーい。」

「はいです!」

 

スプーンを握った手を止めないままの、2人の声が返ってくる。

 

 

 

 

 

双葉家の食卓は、今日も笑顔が彩った。

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