「大掃除を、します!」
「おー!」
幸子の号令に、仁奈は勢いよく返事をした。
夏休みが始まってから、数日が経過。
両親を失った……失っていた幸子は、親元を離れ寮に住んでいた小梅と共に、2人で共同生活を送っていた。
幸子に1人暮らしをするだけの能力が無かったから、というわけではない。
実際、両親の幻覚を見ている間、幸子は1人で生活していたのだから。
小梅を家に招き入れた理由は、単純に幸子が寂しいからだった。
同棲を始めて、早速問題が訪れた。
家があまりにも広いのである。
ただでさえ、元々3人で暮らしていた家であるというのに。
裕福な家庭であったが故か、豪勢な一軒家なのだ。なんと3階建て。
両親が居なくなってから、幸子は必要最低限のスペースに対してのみ家事を行なっていたようだった。
トイレ、風呂、キッチン、リビング、廊下、各々の部屋、その辺りだ。
つまり。この家の大部分が、それはもう長いこと手付かずなのである。
流石に家の全部を常日頃から完璧にするのは不可能だが、半年に一度くらいは大掃除をしよう。
話し合いの末にそう決めた幸子と小梅は、芳乃に助力を求めて事務所へとやってきた。
するとそこに丁度全員、主に仁奈の宿題を見るために居たので。
今日のノルマを終わらせた後、こうして大掃除のために幸子の家へと向かったのだ。
『あたしも手伝った方がいいかな。』
2人ずつに班を分けて部屋を掃除していると。
小梅と仁奈が担当している部屋の空中に、メモがふわふわと浮かんだ。
「でも、仁奈ちゃんが視えないから……危ないんじゃない?」
それを見て、小梅は難色を示す。
幽霊が視えない仁奈が居る空間で、「あの子」が作業をするとなると。
不慮の事故が発生する確率が高いのではないか。
「……「あの子」おねーさんが、見えればいいんでごぜーますか?」
小梅の言葉に振り返り、メモを見た仁奈が尋ねる。
「そう、だけど……何か、いい案、ある……の?」
仁奈の表情に「そんな簡単なことでいいのか」と書いてある。
仁奈は自らの胸をばしんと叩き、幸子のように自信満々に答えた。
「らくしょーでごぜーます!」
「仁奈ちゃん、そっちは大丈夫そうですか?」
それから少しして。
杏と班になった幸子は、自分達の担当分がひと段落ついたので、他の班の手伝いをすることにした。
最も近かったのが小梅と仁奈の班だったので、まずはこちらの様子を見に来たのだ。
「…………。」
背中にかかった幸子の呼び声に、仁奈は作業の手を止める。
しかし、それだけだった。
返事をすることも、振り返ることもせず、ただ佇んでいる。
「……何か、壊してしまいましたか?
仕方ないですよ、これだけ物が多いんですから。壊れやすいもののひとつやふたつ。」
その様子を見て幸子は、仁奈が陶器か何かを壊してしまったと推測する。
これを見られたら怒られてしまう。だからといって隠すのはいけないことだ。
そうやって、どうしたらいいか分からなくなっているのだと。
「それより、怪我はありませんか?
手を切ったりとかは──」
幸子は仁奈の無事を確認しようと、その肩に優しく触れる。
そのまま引き寄せるようにして、仁奈にこちらを向かせた。
そして、幸子は仁奈の顔を見る。
「──、」
そこには、何も無かった。
キグルミのフードを被った頭には、頭が、身体が存在しなかった。
まるで頭の形のように膨らんだフードの裏地が、虚無が、幸子を見つめ返していた。
幸子は立った状態のまま、仰向けに倒れる。
完全に気絶していた。
……一部始終を後ろで見ていた杏は、ポケットから携帯を取り出す。
「ねえ、「あの子」がキグルミ着てるだけなのに幸子が気絶したんだけど。」
『「あの子」ちゃんがキグルミ着てるからだと思うよ?』
とりあえずソファかベッドにでも運ぼうと、杏はきらりに助力を求める。
「あの子」でも運ぶことはできるだろうが、途中で幸子が目を覚ます可能性を考えると、あまり良策とは言えない。
この後トイレから帰ってきた小梅が「何故そんな面白い場面を見逃してしまったのか」と小1時間落ち込むのだが、これはまた別の話だ。
「私、とんでもないことに気がついてしまったかもしれません。」
班員のほたると共に部屋の掃除をしていた茄子が、床を拭く手を止めて呟いた。
「私が願ったら、埃を全部一箇所に集められるんじゃないでしょうか。」
「……あっ⁉︎」
その手があったかと言わんばかりに驚愕し、窓を拭いていたほたるは新聞紙を手から落とした。
「……“家中の埃が全部、この中に集まりますように”!」
茄子は70リットルのゴミ袋を広げ、声高に叫ぶ。
すると、次の瞬間。
「……出来ましたね。」
「出来ちゃいましたね……。」
空だったゴミ袋は限界の8割ほどまで膨らみ、中には埃がぎゅうぎゅうに詰まっていた。
喜びよりも前に、微妙な空気が辺りを包む。
これ、最初からやっていれば数秒で終わったのでは?
今までの私達の苦労、無駄だったのでは?
「……ラッキーですねっ!」
「……ラッキーです! はい!」
そんな考えを振り払うように、2人はラッキーと連呼し続けた。
頬を伝う冷や汗は、いつまでも止まってはくれなかった。
「……なるほどー、その手がー。」
気絶した幸子の元へきらりが行った後、1人で黙々と作業をしていた芳乃は。
家全体が茄子の気に包まれ始めたのを見て、全てを悟った。
その後。
定期的に茄子が訪れるという形で、輿水家の問題は無事解決した。
『本当に貰ってもいいの? これ。』
「ゆーじょーのあかしでごぜーます!」