インフィニット・ストラトス《無限の空と電脳の空》 作:【ユーマ】
デスゲームが開催されてから一ヶ月が過ぎた。この一ヶ月で死者は二千人にも及んだが未だに第一層もクリアされていない。
「ここが会場ね」
第一層攻略の最前線となってる《トールバーナ街》の中央広場。そこに40名近くのプレイヤーが集まっている。今までは各々で迷宮攻略を行っていたが、ボス戦を見越してここらで攻略に乗り出してるプレイヤーの統率を図ろうと1人のプレイヤーが攻略会議の開催を宣言。俺とミストもその会議に参加するべく、この場所を訪れていた。
「みたいだな……おっ?」
短く返事を返し、辺りを見渡すと見慣れたプレイヤーの後姿を発見した。
「キリト」
「ん? ああ、ハルにミストか」
「ヤッホー、キリト君。一ヶ月ぶりね」
「ああ、そうだな」
「ところで、そいつは?」
キリトの隣に座っているのは一人のレイピア使い。が、上半身はフード付きのケープを纏っており、その顔は見えない。
「……迷宮区で会ったんだ。ソロで攻略に没頭してたみたいだから、この会議に誘ったんだよ」
「そうかい」
少しだけレイピア使いの方に視線を向けてから、返事が返ってくる。返答の中身の割には少し間があったようだが、何か事情でもあるのだろうか? とは言え、それ以上は深く聞く気は無かったし、こちらが何か言う前に会議を開始しますと言わんばかりに広場の中央から手を叩く音が聞こえたので、俺とミストも2人の傍に腰を下ろす。
「はーい! それじゃあ、そろそろ始めさせてもらいまーす!!」
爽やかな声を響かせるのは青い髪をしたイケメンのプレイヤー。片手剣に盾、これで装備が金属鎧であれば正にナイトそのものといった雰囲気だ。
「今日は、俺の呼びかけに応えてくれてありがとう。俺はディアベル、職業は気持ち的にナイトやってます」
自分の胸を軽くたたきながらの自己紹介に、一角から笑い声と共に「SAOにジョブシステムなんてないだろー」「ホントは勇者って言いてーんだろー」と言ったツッコミが飛ぶ。やがて、笑顔で明るく話していたディアベルの表情が真剣なものとなった。
「今日、俺たちのパーティが最上階への階段を発見した。つまり明日か、遅くても明後日にはたどり着くんだ……第一層のボス部屋に」
もう、そこまで攻略が進んでいたのか。訳あって、始まりの町を出るのが少し遅れた俺とミストは少し前にこの町に着いたばかりだ。
「一ヶ月、ここまで一ヶ月掛かったけど俺たちは示さなきゃならない。ボスを倒し、第2層に到達してこのデスゲームそのものも何時かクリア出来るんだって事を《はじまりの街》で待っているみんなに伝えなきゃならない。それが、今この場所に居る俺たちトッププレイヤーの義務なんだ! そうだろ、みんな!」
そう、始まりの町に残っているプレイヤー達はほぼこのゲームのクリアを諦め、現実の方でなんらかの対策が採られるのをじっと待つ事を選んでいる。勿論、クラインみたいに合流した知り合いにソードスキルの使い方を指導したり等、まだ《始まりの街》周辺でレベリングしているプレイヤーもいるが、大部分は町に引きこもる事を選んでいる。やがて、喝采と拍手が起こり、俺もそれに倣う。
「ちょお待ってんか。ナイとはんっ!」
が、喝采の中からそれとは違うだみ声が響き、一人のプレイヤーが彼の前に立った。トゲトゲ頭に鋭い目つきをしている。
「そん前にこいつだけは言わしてもらわんと、仲間ごっこはでけへんな」
「こいつって言うのは何のことかな?なんにせよ、意見は大歓迎さ。けど、発言するなら一応名乗ってもらいたいな」
仲間ごっこ、これから攻略メンバーを纏め上げようとしている人物にとっては侮辱とも思われても仕方ない発言に対してもディアベルは怒る事も無く、平静に受け止め、サボテン頭に続きを促す。そんな彼の様子にサボテン頭も「フンッ」と鼻を鳴らすと俺たちの方に振り返った
「わいはキバオウってもんや。こん中に5人か10人、詫びを入れなきゃアカンやつがおるはずや」
「侘び? 誰にだい?」
「決まっとるやろ。今まで死んでった二千人に、や。奴らがなんもかんも独り占めしよってからに一ヶ月で二千人もが死んでしもたんや! せやろが!!」
広場に静寂がおりる。キバオウの主張。彼の言う“奴ら”。それが誰を指しているかは俺にも判った。そして、それゆえにミストの表情も険しいものになっている。
「キバオウさん。君の言う“奴ら”とはβテスターの事、かな?」
「決まっとるやろ! β上がりどもはこんクソゲームが始まった日にダッシュで始まりの街から消えよった。右も左も判らんビギナー達を見捨てて、な。奴らはうまい狩場やらぼろいクエスト独り占めして、自分達だけポンポン強うなって、その後もずーっと知らん振りや」
それは仕方ないだろ。キバオウの言葉に抱いた感想がこれだ。いきなり生きるか死ぬかの状況に立たされて、全く面識も無い赤の他人の為に行動できる人が滅多にいるはずが無い。いや俺の友人に一人、出来そうな奴がいるが、あいにくとあいつはSAOには居ない。なにが目的でそんな発言をしたのか、それはキバオウの次の言葉でハッキリした。
「こん中にも居るはずやで。β上がりっちゅう事かくして、ボス攻略の仲間に入れてもらおうと思っとる小狡いやつらが。そいつらに土下座さして、今まで貯めこんだお金やアイテムをこん作戦の為に軒並み吐き出してもらわな、パーティメンバーとして背中は預けられんし、預かれん!」
自分達よりもはるかに稼ぎ、いい装備を揃えているプレイヤーから、自分はなんの危険も無くそれを得ようとする。キレイごと並べて正論をっぽく語っているが、やってる事は高圧的な物乞いに過ぎない。さて、このままなんの反論もなければそれが正しいとなり、元テスターは憎悪と吊るし上げの対象となる。幸い、彼の発言には粗が結構あり、反論の余地は十分だ。「お前こそβ上がりやろ!」と逆ギレされる確立が高いだろうが、一言発言するかと立ち上がろうとした時だ。
「ちょっといいかしら」
その時には既にミストは立ち上がり、広場中央に向けて移動を開始し始めていた。やがて、彼女はキバオウの前に立つ。
「なんや嬢ちゃん。なんか文句でもあるんか?」
相手の雰囲気から素直に土下座しに来たと言うわけではない事を察し、キバオウは彼女を睨み付ける。が、彼女は臆した様子も無くキバオウと正面から向き合う
「私はミスト、ビギナーよ。キバオウさん、そう言う事を言うなら貴方は何をしたの?」
「何をって、なんのことや?」
「死んでいった二千人と他のビギナー達の為に何かしたの? って聞いてるのよ。義務も無ければ強制されてる訳でもない状況で元テスターがビギナー達を助けなかった事を批判してるのよ。なら当然、貴方はビギナー達の為に何かをしているはずでしょ?」
「そ、それは……」
義務も強制も無い状態で他人に何かをやらせようとすれば「言いだしっぺのお前はどうなんだ?」と言う反論が挙がるのは当然の流れ。キバオウをが反論に困り、言葉を詰まらせた所でミストは「ああ」と何かに気づいたような表情になり――
「それとも、ここで元テスターたちを非難してアイテムやお金を提供させることが他のビギナー達や死んだ人達の供養になるって事かしら?」
「そ、そや、その通りや。あいつらが見捨てなければ死なずにすんだ二千人や。それもただの二千人ちゃうで、その殆どが他のMMOでトップ張ってたベテランや。アホテスターどもが金やら情報やら分け合うとったら、とっくの昔に第1層、いや、第3層ぐらいまで攻略されてもおかしくなかったんや。ワイはあいつらの様な犠牲者をこれ以上出さんために、アホテスター共にその責任を取らせよう思ったんや」
直後、ミストがニコリと笑みを浮かべる。それだけで俺はキバオウが墓穴を掘った事を悟った。
「なら、当然。キバオウさんはアイテムもお金も要らないって事よね?」
「な、なんでそないな話になるんや!?」
「だってそうでしょ。あなた達は他のビギナー達の為にと言う名目でさっきの主張をしたのよ。つまり貴方の主張は被害者でも加害者でもない第三者の立場での主張ってことなるわ」
歯を食いしばりからミストを睨み付けるキバオウ。けど、それだけだ。言葉につまり反論できずに居る。やがて、ミストの表情もからかう様な笑みから一変、真剣そのものに変わる。
「ゲームでよく事故死って言葉が有るように、想定外の出来事や不慮の事態は幾らでもありえる。元テスターだから何も危険が無いはずじゃない。彼らにとってもクエストの攻略やレベリングは間違いなく命がけ。貴方は他のビギナー達や死んでいった二千人達を利用する事でそれを奪い取ろうとしている。そっちの方がよっぽど不誠実に思えるわ」
裁判官が加害者から被害者に対して賠償責任を取らせることはしても、裁判官自身が慰謝料を受け取る訳じゃない。ミストに誘導される様に第三者の立場をとった時点でキバオウの目論みは既に破綻している事になる。
「発言いいか?」
その時だ、2人に割り込むように一人の斧使いのプレイヤーが挙手しながらその場に立ち上がった。身長190を巨体にスキンヘッドの男性だ。
「俺はエギル。割り込む形ですまないが論点がずれてきているから発言させてもらう。二人は先程からテスター達は全員、ビギナー達を見捨た事を前提に話してるみたいだが」
そこで言葉を止め、エギルは一冊の本を取り出した。
「少なくても情報はあった思う。このガイドブック。多分、キバオウさんとミストさんも貰っている筈だ。ホルンカやメダイの村で無料配布しているんだからな」
それは各村の周辺地域のモンスターの分布や戦闘時の注意点。その近辺で受注できるクエストの攻略方法が記されている。俺とミストもあのガイドブックを読みながら何とかここまでたどり着いた。
「貰たで。それがなんや」
「このガイドは俺が新しい村に行くと必ず置いてあった。あんた達もそうだろ? 情報が早すぎるとは思わなかったか?」
その発言にミストは再び、ハッとした様な表情を浮かべた。尤も、今度はキバオウの発言を誘導する時みたいな演技ではないだろう。
「せやから、早かったらなんやっちゅうんや!」
「このガイドブックを作るのに必要な情報を提供したのはβテスター達だった、って事ね」
会場が一気にどよめく。ミストとキバオウは対立こそしていたが『テスター達は自分達ビギナーを見捨てた』と言う前提は一致しており、それは事実と誰もが思っていたからだ。
「いいか、情報はあったんだ。なのに、たくさんのプレイヤーが死んだ。その理由は彼らがベテランMMOプレイヤーだったからだと考える。このSAOを他のタイトルと同じ物差しで計り、引くべきポイントを見誤った」
キバオウとエギル。2人とも死んでいった二千人は他のMMOのベテランだった。と言う意見は同じだが、後者の方が圧倒的に説得力がある。SAOは兎も角、MMORPG自体は慣れている。その気持ちから攻略に乗り出し、そしてミストの言ってた様に想定外の事態で事故死した、そのパターンなのだろう。
「だが今は、その責任を追及している場合じゃないだろ。俺たち自身がそうなるかどうか。それがこの会議で左右されると俺は思っているんだがな」
*
「ちょっと考えれば簡単に想像がつくことだったのにね。いや~失敗しちゃったわね。私もまだまだか」
「いや、粗だらけの主張だったとは言え、あそこまで反論の隙無く論破できたのは凄いと思うが」
何に対しての“まだまだ”なのか。気にはなるが、知り合ってまだ一ヶ月ちょいの仲だ。深くは突っ込まない事にして、ショップで1コルの黒パン購入し、何処か適当な場所で食べようと思いながら、うろついていた時だ。先程ケーブを来たレイピア使いが視界に映る。
「また会ったわね。ねぇ、隣りいいかしら?」
ホントに行動が早い。またしても気が付いた時にはミストは彼女に駆け寄り、声掛けていた。
「……勝手にすれば」
「じゃあ、お言葉に甘えて。ミストも早く来なさいよ」
「はいはい」
そして俺も腰を下ろし、パンを食べ始める。
「何時も思うけど、ホントイマイチよね、このパン。まぁ、アイテムや装備にお金回さないといけないから仕方ないんだけど……」
「別に、私はそんな事気にしてないから……」
その後も彼女は幾つか話題を振ってみるも、相手はその全てを一言で一刀両断。やがて、話題も尽き何を話すべきか言葉に困り始めた時だ。
「結構美味いよな。それ」
「お、キリト。あんたもこれから晩飯か?」
「ああ」
そう言って、キリトも俺たちと同じ様に黒パンを取り出す。
「本気で言ってるの?」
味に興味は無いが、これを美味いと感じる彼の味覚が信じられないのか。彼女(声の音程から女の子と予測)も疑問の言葉を返し、初めて会話のキャッチボールが成立した。
「勿論、この町に来てから一日一回は食べてるよ。まぁ、ちょっと工夫はするけど」
するとキリトは小さな瓶を取り出し、ミストとフェンサーの間にそれをおく。
「そのパンに使ってみろよ」
「こいつは、クリームか」
言われるがままに俺たちは瓶をタップし、指先に淡い黄色い光が灯った状態でパンに触れると黒パンの上にほんのりと黄色いクリームがパンに塗られ、甘い匂いが漂ってきた。そして、クリームごとパンにかぶり付くと、先ほどとは打って変わり、コンビニやスーパー辺りで売ってそうな菓子パンを思わせる味に変わっていた。
「何これ! 凄く美味しいじゃない。ねぇ、貴女もそう思うわよね」
「むぐっ!?」
ミストもパンを一口食べた後に、満面の笑みを浮かべながら隣のフェンサーの方を向くと、そこには丁度、最後の一口を口に入れた所だった。
「あら~、味は気にしてないんじゃなかったのかしら?」
「べ、別に私は美味しいとか、そんなんじゃ……」
「またまた~。甘いものが好きなのは女の子にとって当たり前なんだから、無理なんてしなくていいわよ」
と、ミストがフェンサーの女の子をからかっている様子を尻目に俺はキリトの方に向き直る。
「しかし、ホントにこのクリームどうしたんだ? 各町のショップは一通り覗いてはいるが、こんなの売ってる所はなかったぜ」
「『逆襲の雌牛』って言うクエの報酬さ。もしよかったら後でクエの内容やコツを教えるよ」
「まぁ、もう少し余裕が出来たらな……」
魅力的な提案ではあるが、今はまだ他の事に意識を向ける余裕は無い。一人になる事が怖い。今もミストと一緒だからこそ、気持ちに余裕は無くとも、取り乱さずに居られている。だからこそなのだろう、気が付けば俺はある提案をキリトに持ちかけた。
「なぁ、キリト。折角だし明日からの迷宮攻略。よかったらこの4人で組んでいかねーか?」
「「えっ!?」」
その提案にキリトとフェンサーの少女の声が重なった。
「あっ、いいわねそれっ! それじゃ早速っ」
その直後、ミストから俺たち3人にPTの申請が届く。
「私は遠慮して――」
「そんな事言わないの。一人なんかより誰かと一緒の方が良いに決まってるでしょ。ほらっ!」
「あっ、ちょっと!?」
申請を却下しようとしたフェンサーの手を取り、ミストが承認のボタンを押させる。視界の左上にミスト、そしてフェンサーの少女、アスナ、そして少し遅れてキリトのHPバーが並ぶ。
「貴女ね、強引にもほどが――」
「……だって貴女の事、放っておけないもの」
「えっ……?」
「誰にも頼らずに一人で抱え込んでる姿って、見てる側も辛いものよ。それがこうやって知り合った人や……家族なら尚更」
その後「今回だけだから」とアスナも返事をして、迷宮の攻略は4人で行っていくことになった。ちゃかしたり、誰かをからかう仕草や言動が多いミスト。けれど、この時の彼女にそうした雰囲気は無く、その赤い瞳は何処かここには居ない誰かを見ているような感じがした。そして普段のギャップからか、その時の彼女の姿が不思議とこの後も忘れられずにいたのだった。
本日のあとがき(と言う名の言い訳)
極力はミストのキャラは原作に近いものにしようとは思っていますが、どうしてもズレを感じるときがあるかもしれません。その時はまだ原作の時より若いから、と思っていただければ幸いです。