「姜子牙、一つ頼みを聞いてくれるかな?」
「何でしょうかのう?二郎真君様。」
「君と士郎、そして哪吒にある人物を護送してほしいんだ。」
士郎が殷の都から戻って三十日程が経った頃、二郎は修行を始める前に姜子牙達に頼み事をした。
これは以前から妲己と話し合っていた事なのだが、姜子牙はおろか直弟子である士郎も知らない事である。
「ある人物?」
「その者の名は姫昌、今の中華では珍しい優秀な為政者だよ。」
姜子牙は二郎の言葉で姫昌に興味を持つ。
(二郎真君様に優秀と称される為政者か…。これを機会に面識を得るべきだのう。)
顎に手を当ててそう考えた姜子牙は二郎に包拳礼をする。
「姫昌殿の護送の任、承ります!」
「そう固くならずに気楽にいきなよ。」
笑みを浮かべる二郎に姜子牙は苦笑いを堪える。
(二郎真君様にとっては気楽な事でも、儂達にとっては修羅場という事もあるからのう…。)
二郎による一年の修行でそれを嫌という程に思い知った姜子牙は警戒をする。
「それで二郎真君様、姫昌殿はどこに迎えにいけばいいのですかのう?」
「殷の都だよ。」
二郎の返答に姜子牙は顎が外れんばかりに大きく口を開けてしまう。
そして、自分の警戒は間違いでは無かったと頭を抱えてため息を吐いたのだった。
◆
「ご主人、大丈夫っすかね?」
「さて…どうかのう?」
二郎の頼みで姫昌の護送の為に殷の都に向かっている姜子牙一行は、不安な気持ちを拭えない。
「士郎よ、何か聞いておらぬか?」
「生憎、私も何も聞いておらんよ。」
肩を竦める士郎に姜子牙はため息を吐く。
「お前達、不満なら帰れ。二郎真君様の命は俺が果たす。」
「それが出来たら楽なんだがのう…。」
哪吒の言葉に少し心が揺れた姜子牙だが、任を辞めるつもりは無い。
(儂達を指名したのは相応の事が起こるからだろうのう…。全員無事に戻れたらよいのだが…。)
そう考えながら頭を掻く姜子牙に、四不象が声を掛ける。
「ご主人、殷の都が見えてきたっすよ。」
四不象の言葉で前方に目を向けた姜子牙は頬を掻く。
(さて、何が起こる事やら…まぁ、今は事の成り行きに任せるしかないのう…。)
不安を誤魔化す様に打神鞭に触れた姜子牙は、また大きくため息を吐いたのだった。
◆
「よし!お前達、準備は出来てるな?」
「はい、貴方。」
黄飛虎が問い掛けると彼の妻である賈氏が答える。
「ごめんなさい、貴方。」
「謝るな、賈氏。惚れた女の為に代々仕えた国を捨てる馬鹿が一人ぐらいいてもいいだろうさ。」
そう言って豪快に笑う黄飛虎の姿に賈氏は頬を赤く染めながら微笑む。
「しかし父上、どこに逃げるのでしょうか?」
黄飛虎の長子である黄天化が問い掛けると、黄飛虎は頬を掻く。
「それなんだが…姫昌殿を頼らせてもらおうと思ってる。」
「姫昌殿?という事は西岐に向かうのですか?」
「あぁ、そうだ。」
ニッと笑いながらそう言う黄飛虎は自身の背丈より長い金属製の棍で肩を叩きながら、空いている手で顎を擦る。
「俺達が逃げれば聞仲は間違いなく追手を出す。そうなると、追手が軽々に手を出せねぇ場所に逃げなきゃならねぇからな。」
「それで西岐に逃げると…ですが貴方、姫昌殿は都に幽閉されているのでは?」
「おうよ!だから、姫昌殿をつれだすのさ!」
そう言う黄飛虎に彼の黄一族の者達は揃ってため息を吐く。
「さて、お前達は先に都の門まで行っててくれ。それと姫昌殿と一緒に妹もつれてくる。紂王様の後宮に残して行っても聞仲に処刑されちまうだろうからな。天化、皆を頼んだぞ。」
黄一族の者達が荷を背負って歩き出すと、黄飛虎はこれから逃げるとは思えぬ程に堂々と歩き出したのだった。
その思考が妲己の幻術による誘導だと気が付かぬままに…。
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