「…朝か。」
朝陽が目に入り目覚めた伯邑考は寝台から身体を起こして目を擦る。
すると…。
「おはよう、伯邑考。久しぶりだな。」
聞こえてきた声で伯邑考は一気に目覚める。
「父上!?」
聞こえてきた声の方向に伯邑考は勢いよく顔を向ける。
そこには父である姫昌の姿があった。
伯邑考は急ぎ寝台を下りて、姫昌に包拳礼をする。
「父上、お久しぶりでございます!」
「うむ、元気そうでなによりだ。」
「しかし父上、何故に私の幽閉されている屋敷にいるのでしょうか?」
伯邑考の疑問の声に、姫昌は笑みを浮かべながら顎髭を撫でる。
「伯邑考よ、よく周りを見てみるがよい。」
姫昌の言葉に頷き、伯邑考は周囲を観察する。
すると…。
「ここは…私の幽閉されている場所ではない?」
「その通り、ここは私が幽閉されている場所だ。」
伯邑考は驚いて目を見開く。
「な、何故に私は父上の幽閉されている場所に…?」
「その答えは簡単だ。そちらにいるお方がお前をつれてきてくださったのだ。」
姫昌が包拳礼をしながら頭を下げる方向に伯邑考は目を向ける。
そこには年若く見える一人の男がいた。
「父上…そちらの御仁は?」
「伯邑考、お前のその素直に人に聞く性分は好ましいものだ。だが、少しは自身で考える事も身に付けなくてはな。無礼にならぬ様に気を付けて、そちらのお方をよく見よ。」
伯邑考は姫昌の言葉に従い、自然体で立つ男を観察する。
(額に赤い紋様がある…ということは仙人だろうか?そして、背まで伸びた青い髪…まさか!?)
男の正体に察しがついた伯邑考は慌てて片膝をついて包拳礼をする。
「お初にお目にかかります。私は姫伯邑考と申し、そこな姫昌の息子です。」
「おはよう、伯邑考。俺は二郎真君だよ。」
男の名乗りに伯邑考は顔を紅潮させて身を振るわせる。
中華の者ならば誰もが知る武神にお目にかかれたからだ。
「勝手にここまで運んで悪かったね。」
「いえ、父上にお会い出来た事を考えれば些細な問題です。」
「私からも礼を言わせてもらいますぞ、二郎真君様。」
隣に並んで片膝をついて包拳礼をする姫昌を横目で見た伯邑考は、これは夢なのではないかと頬を引っ張りたい気持ちを堪える。
「さて、食事にしようか。君達の故郷への帰還の前祝いって感じでね。」
「私達の帰還…ですか?」
思わず顔を上げて疑問の声を出してしまった伯邑考は慌てて顔を伏せる。
「そう畏まらずともいいよ、伯邑考。」
「し、しかし…。」
「姫昌はもう食べる為に座っているよ。君も座ったらどうだい?」
二郎の言葉につられて顔を上げると、そこにはなに食わぬ顔で膳を前にした姫昌の姿があった。
「父上!?」
「伯邑考よ、真面目なのは美徳だが、固すぎるのはつまらぬだけだぞ。ホッホッホッ!」
そう言って笑った姫昌は竹の水筒を掲げ、二郎と共に酒を楽しんでいく。
その様子を見た伯邑考は、やはり夢だと頬を思いっきり引っ張ったのだった。
◆
「いやはや、二郎真君様は拳法だけでなく、料理の腕も見事なのですなぁ。」
「満足してもらえた様でなによりだよ。」
食事を終えて竹の水筒に入っている神酒をちびちびと飲んでいる伯邑考は、まだ夢なのではないかと疑っていた。
「それで、私達はこの後どうすればよいので?」
「この後、黄飛虎が君達を迎えに来るから、一緒に行ってくれればいいよ。」
「黄将軍が?黄将軍は一族代々に渡って殷に仕えてきたお方ですが…?」
伯邑考の疑問に二郎は神酒を一口飲んでから答える。
「紂王が黄飛虎の奥方に懸想をしてね。」
「なるほど、それで黄将軍は殷を捨てて西岐に向かう為に私達を連れて行こうというわけですな。」
二郎と自然に会話をする姫昌の姿に、伯邑考は驚きを隠せない。
(父上は凄い人だとわかっていたが、まさか二郎真君様とお話を出来る程だとは思わなかった。)
姫昌への尊敬の念を改めた伯邑考はグイッと神酒を飲み干す。
「それと、都の外に君達を護送する者達が来ているから、それを黄飛虎に上手く伝えてくれるかい?」
「ふむ、やはり聞仲は追手を出しますか?」
「面子に関わる事だからね。間違いなく追手を出すよ。」
今の時代、神だけでなく人にとっても面子は何よりも大事なものだと考えられていた。
それこそ、面子の為に決闘にすら発展してしまう程に…。
「私にはあまり理解出来ない感覚ですな。」
「だからこそ、聞仲は君を警戒しているんだろうね。」
「面子で民を食わせる事は出来ませんからな、ホッホッホッ!」
姫昌が朗らかに笑うと、二郎が微笑みながら立ち上がる。
「君達を護送する者達は姜子牙、士郎、哪吒の三人と霊獣の四不象だよ。それじゃ、西岐までの旅を楽しんでね。」
二郎はそう言うと、姫昌と伯邑考が瞬きをする間に姿を消した。
「父上…。」
「さて、伯邑考よ。帰るとしようか。」
そう言って姫昌は立ち上がると、幽閉されている屋敷の入り口に向かって歩き出す。
すると…。
「姫昌殿が幽閉されているのはここか?」
一人の女性を伴った黄飛虎が堂々と歩いてやって来たのだった。
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