「どうかしましたかな、黄将軍?」
「ん?あぁ、姜子牙殿達は大丈夫かと気になっちまってな。」
姜子牙達が聞仲と戦い始めてから半日程が経って陽が暮れ始めた頃、出来る限り西岐に向かって移動をした姫昌一行は雨露を凌げる場所で野宿の準備をしていた。
その野宿の準備をしている時に黄飛虎がしきりに何かを気にしていた様子に気付いた姫昌が、黄飛虎に話し掛けたのだ。
「ふむ、聞仲の大師(軍師)としての噂は聞いておりますが、武人としてはどうなのですかな?」
「強いぜ。俺が見てきた中で一番強い男だ。」
「ほう?」
殷の武人として中華の人々の間で名高い黄飛虎が聞仲を高く評価した事で、姫昌は驚いた様に声を上げた。
そんな姫昌に黄飛虎は聞仲の事を語り出す。
「聞仲に聞いた話だが、あいつは殷に仕える前は武人として己を鍛えていたそうだ。その時の修行は自身の身体が腐り落ちそうになる程に激しく、厳しいものだったんだとさ。」
「ふむ、今では冷酷といえる判断をする男が、元はどこまでも己に厳しい求道者だったのですな。」
「あぁ、俺がまだガキだった頃の聞仲は、公私に渡って真っ直ぐな男だったぜ。」
聞仲の事を語る黄飛虎は笑顔だった。
まるで友を自慢する様なその笑顔は話を聞いている姫昌も笑顔にした。
だが、そんな黄飛虎の笑顔が不意に曇りだす。
「十年以上前になるな。ある日に殷の都を出ていた紂王が酔っ払って戻ってくると、その紂王と同行していた文官から話を聞いた聞仲は顔を真っ青にした。」
「十年以上前ですか、私の知る噂では女媧様の神殿で粗相をしたとか…。」
「あぁ、聞仲は直ぐにその噂の事実確認に動いた。そしてしばらくしたら聞仲の様子が変わってた。まるで戦場にいるかの様な空気を常に纏う様になったんだ。」
黄飛虎は大きなため息を吐くと朱に染まった空を見上げる。
「それからさ、あいつが今の様に罪も無い奴等を処刑する様になったのは。」
「確かにその頃からですな。重税を課したり人狩りをしたりして中華の民を虐げる様になったのは。」
道士ではない黄飛虎と姫昌では想像が難しい事だが、道士である聞仲は紂王が粗相をしでかして女媧が激怒したと知って絶望した。
女媧は間違いなく殷を潰しにくる。
忠誠を誓って数百年に渡って仕え続け、自身の子供の様に思っている殷をだ。
聞仲は覚悟した。
外道に堕ちようと殷を守ると。
それからの聞仲は女媧の行動を必死に推測した。
国産みの神である女媧が直接殷を滅ぼすのは、中華の外の神々に対する面子もあって無い可能性が高い。
ならば、自身の配下に神罰として殷を滅ぼす為に行動させるだろうと聞仲は考えた。
その殷を滅ぼす為の行動として最も可能性が高いのが属国の反乱であると考えた聞仲は、殷を守る為に属国の力を削ぐ様に動いてきた。
それが姫昌や伯邑考の幽閉に繋がり、属国への重税や人狩りにも繋がっているのだ。
「父上、黄将軍、夕食の準備が整いました。」
朱に染まった空を見上げる黄飛虎の横顔を姫昌が横目で見ていると、伯邑考が二人を呼びに来た。
「さぁ黄将軍、夕食にしましょう。明日もたっぷりと歩かねばなりませんからな。」
「あぁ、そうだな。ガキ共が腹を減らして手を振ってるし、行くとするか。」
姫昌と共に立ち上がった黄飛虎は一度、殷の都の方角に振り返る。
一族代々に渡って仕えた殷への未練を捨てる為に大きくため息を吐いた黄飛虎は、常の堂々たる姿で皆の元に歩いていったのだった。
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