「…四日目の朝だのう。」
聞仲と三日三晩戦い続けた姜子牙達は身体的には二郎の神酒のおかげで問題無いが、精神的にはひどく消耗していた。
聞仲に一撃も与えられないどころか、聞仲を一歩も動かす事が出来ていないからだ。
しかもどの様な理由かはわからないが、聞仲は間違いなく手加減をしている。
少しでも気を抜けば禁鞭で頭を砕かれる重圧の中で戦い続ける事は、戦いに慣れていない姜子牙と哪吒に極度の精神的疲労を与えていた。
「士郎がおらねば、儂と哪吒は死んでいたのう…。」
姜子牙が呟く通りに、聞仲との戦いでは士郎が大きな役割を果たしていた。
二人のミスとも言えない小さな隙をカバーし、聞仲の禁鞭による致命打を防いできたのだ。
だが、そんな士郎にも限界が近付いていた。
ここまで防げていた四本目の禁鞭の一撃を防ぎきれなくなってきたのだ。
「そろそろ退き時だのう。だが、姫昌殿達はまだ逃げきれておらぬだろう…。」
姜子牙達の目的は姫昌達を西岐まで逃がす事である。
それ故に聞仲に勝つ必要は無いのだが、逃げるにしても姜子牙達と聞仲の双方の移動方法に問題があった。
「あの霊獣がおらねばさっさと逃げるんだがのう…。」
姜子牙達が逃げた後、聞仲が黒麒麟に乗って姜子牙達の攻撃が届かぬ可能性のある空高くから姫昌を追われたら終わりである。
その為、姜子牙達は逃げるに逃げられない状況に陥っていた。
「戦いに巻き込むのは危険と判断したのは間違いではなかったが、今の状況でスープーがおらぬのは痛手だのう…。」
限界が近付く中でも戦い続けている士郎と哪吒の援護をするべく姜子牙は打神鞭で風の刃を放とうとしたが、その姜子牙の動きが止まる。
何故なら、姜子牙達の周囲を取り囲んでいた無数の禁鞭が消えたからだ。
「…ここまでだ。」
姜子牙達に比べてあまり疲労した様子を見せない聞仲がそう言うと、姜子牙は驚いた。
「…どういうことかのう?」
「殷の大師(軍師)である私は貴様等程に暇では無い。」
そう言うと聞仲は近くに黒麒麟を呼び寄せる。
姜子牙達は姫昌達の元に行かせぬ様に攻撃の準備をする。
しかし…。
「安心しろ、今回は見逃す。」
「姫昌殿を討つのではなかったかのう?」
姜子牙が問い掛けると、聞仲はギロリと姜子牙を睨む。
「言ったはずだ。私は貴様等の様に暇では無いと。」
この聞仲の言葉に姜子牙は疲労した頭をなんとか働かせようとする。
(なぜ退く?殷の都を放置出来ぬ理由が…妲己か?あやつがいるので都を空けるのにも限界があったのか?)
そう考えた姜子牙はこの戦いで聞仲が手加減した事にも合点がいった。
(儂達との戦いで消耗すれば妲己の暗躍を防げぬと考えたのなら、聞仲が力を温存したのにも納得がいく。だが、それならば何故に最初に全力で儂達を殺さなかった?)
新たな疑問が沸いてきた姜子牙は空いている右手で頭を掻いて悩む。
「貴様らが殷に仇なすならば、次は無い。」
そう言うと聞仲は殷の都の方角に去っていった。
それを見届けた姜子牙は地に腰を下ろして大きく息を吐いたのだった。
◆
「あらん?聞仲ちゃんは帰っちゃったわねん。」
「誰かが殷の都で悪戯をすると思ったのかもね。」
「ふふふ、聞仲ちゃんは真面目ねぇん♡」
こうなるように色々と動いていた妲己と二郎であるが、その事は知らないとばかりに和やかに会話をしている。
そんな二人に向けて王貴人はジト目を向けていた。
「御二人共、人が悪いですよ。」
「戦いは相手が嫌がる事をするのが基本だからね、それは誉め言葉だよ。」
「大国である殷を滅ぼすのだもの、歴史に名を残す程の悪女にならないとねん♡」
少しも悪びれる様子が無い二郎と妲己を見た王貴人は、頭を抱えて大きなため息を吐いたのだった。
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