姫昌達が西岐に辿り着いて宴をした翌日、姫昌は屋敷の一室に黄飛虎を誘った。
「黄将軍、疲れが抜けぬうちにお呼びして申し訳無い。」
「あのぐらいの期間の旅でどうこうなる程に柔な鍛え方はしてないさ。戦となれば百日は対峙するなんてざらだからな。」
そう言って黄飛虎は屋敷の使用人が置いていった白湯に口をつける。
「それで、俺に聞きてぇことはなんだ、姫昌殿?」
「そうですなぁ…黄将軍は殷をどう思いますかな?」
「一緒に逃げておいて今更な質問だな。」
「ホッホッホッ!確かに今更ですなぁ。」
姫昌も白湯を口にすると、黄飛虎は腕を組んで話し出す。
「正直に言えば、今の殷は腐ってる。賂は当たり前、文官は酒色に溺れ、武官は人浚いだからな。」
「私が見てきた殷の政も同じですな。それで、紂王はどうですかな?噂通りの愚王で?」
紂王の名を出すと、黄飛虎は眉間に皺を寄せながら話し出す。
「俺の女房に横恋慕したり、酒と女で何度も失敗をしでかしてるが、占術に使われる人身御供を廃止しようと動いたりするのを見たら愚王とは言いきれねぇ。」
「ふむ、腐っても中華一の大国の王ということですな。これは想像以上に難敵ですな。」
姫昌は一度顎髭を撫で付けると、使用人を呼んで新しい白湯を要求する。
使用人が白湯を置いて下がると、黄飛虎は真面目な表情で姫昌に問い掛ける。
「姫昌殿、立つつもりか?」
「立たねば潰されましょう。」
「その通りだが…勝算は?」
「はて?私は戦にはとんと疎いものでしてな、ホッホッホッ!」
姫昌が顎髭を撫でながら朗らかに笑うと、黄飛虎は椅子を立ち上がり床に片膝を付いて包拳礼をする。
「姫昌殿、俺を仕えさせてくれ。」
姫昌は椅子を立ち上がると、包拳礼をする黄飛虎の手を取る。
「長い付き合いになりそうですな。」
「余生の酒の肴に困らねぇぐらい武功をあげてやるさ。」
姫昌と黄飛虎は顔を見合わせると、声を上げて笑ったのだった。
◆
黄飛虎が姫昌に仕えてから七日、旅の疲れを抜いた黄飛虎は西岐の兵の訓練を始めた。
この訓練には黄一族の長子である黄天化と、姫一族の長子である伯邑考も参加している。
黄飛虎は殷の将軍だった頃の経験を活かして西岐の兵の訓練をしていったが、西岐の兵の現状に愕然とした。
(温厚な姫昌殿の兵だからあまり期待してなかったが…こいつは戦どころじゃねぇなぁ…。)
人狩り等で年中軍を動かしていた殷の兵の練度は高く、将の指揮に迅速に反応する事が出来る。
だが、西岐の兵は殷の新兵にすら劣るのが現状だった。
(こいつらを一端の兵にするには相当掛かるぞ。)
如何に優秀な将であり武人でもある黄飛虎でも、これでは戦は出来ぬと頭を抱えた。
(聞仲の奴がいつ仕掛けてくるかわからねぇが…やれるだけやるしかねぇか。)
両手で自身の顔を張って気合いを入れた黄飛虎は、自身も混ざって兵の訓練をしていくのだった。
◆
(ふむ、早くても十年といったところかのう。)
四不象に乗って空から黄飛虎が行っている兵の訓練を見ていた姜子牙は、西岐が殷と戦える様になるまでの期間を十年と読んだ。
(そこから殷を倒すのに更に十年…いや、二十年は必要だろうのう。)
中華は広く、行軍だけでも数ヵ月は掛かる。
さらに侵攻した地を攻める戦に数ヵ月、侵攻して手にした地を治めて安定させるのに数年と、姜子牙の頭の中で殷を打倒する絵図面が描かれていく。
だが、不意に姜子牙はため息を吐きながら頭を掻いた。
「ご主人、どうしたんすか?」
「いや、黄将軍達はよく頑張ると思ってのう。」
「ご主人も怠けてばかりいないで黄将軍達を見習うっすよ。」
四不象の物言いに姜子牙は頬を掻く。
そして背伸びをした姜子牙は、凝りを解す様に肩を揉む。
(名も実も無い儂が軍の指揮を任されるわけもないのう。封神計画を成す為にも、今は儂自身が成長せねばならぬ。)
怠けている姿を見せる様に四不象の頭に顎を乗せた姜子牙は、眼下の兵の訓練を眺めていく。
そして数日後、元始天尊の使者が西岐に来ると、姜子牙達は姫昌と黄飛虎に挨拶をしてから崑崙山に向かうのだった。
これで本日の投稿は終わりです。
また来週お会いしましょう。