「お主が姜子牙か、よく来たのじゃ。」
竜吉公主の屋敷の中に案内された姜子牙は客間で竜吉公主に会っていた。
「初めましてだのう、竜吉公主様。」
「うむ、お主の事は二郎真君から聞いておる。」
「二郎真君様に?」
「うむ、妾と二郎真君は深い仲なのじゃ!」
自慢する様に胸を張った竜吉公主の姿に、姜子牙は内心でため息を吐く。
(儂はあと何回、二郎真君様に驚かされるのかのう…?)
そんな事を思っている姜子牙に竜吉公主が話を振る。
「それで?お主は何が目的で妾に会いに来たのじゃ?」
「…竜吉公主様に儂の仲間になってもらいたくてのう。」
僅かな会話をした程度だが、姜子牙は下手な駆け引きをせずに正直に話した方がいいと判断した。
「ほう?真っ直ぐに話してきたのう。」
「遠回しな言い回しは得策ではない、と思ってのう。」
「たしかに、妾はそういった輩を好まぬ。妾の見目を誉め称える輩は、必ずといっていい程に面倒な言い回しをするからじゃ。」
己の見立てと勘が当たった姜子牙は内心で胸を撫で下ろす。
「そんな輩と違い、二郎真君は素直に妾を可愛いと言ってくれるのじゃ。」
両手を頬に当てながら顔を赤らめる竜吉公主の姿は、恋する乙女そのものだった。
(二郎真君様は女たらしなのかのう?)
苦笑いをする姜子牙に気付いた竜吉公主は、誤魔化す様に咳払いをする。
「さて、仲間になるかどうかじゃが、その返事は保留じゃ。」
「保留?…どうしてかのう?」
「姜子牙よ、お主、妲己に勝つ算段はついておるのか?」
姜子牙はため息を吐いてから否と答えた。
「妾は妲己の事をよく知っておる。少なくとも、今のお主では命を懸けても勝てぬのじゃ。」
「では、どうしたら仲間になってくれるのかのう?」
「それは自分で考えるのじゃ。その程度も出来ぬ輩に妾は手を貸さぬのじゃ。」
そう言うと竜吉公主は立ち上がる。
「白湯ぐらいは馳走しよう。それを飲んだら今日の所は去るのじゃ。」
竜吉公主が客間を去ると姜子牙は頭を掻きながらため息を吐いたのだった。
◆
「ご主人、お帰りっス!それで、どうだったっすか?」
「ダメだったのう。」
四不象の問いに姜子牙は肩を竦めながら答える。
「そうっすか。それで、この後はどうするんすか?」
「一度、西岐に寄って姫昌殿や黄将軍に挨拶をしてから崑崙山に戻って修行をするとしようかのう。何をするにしても、儂自身が成長せねばならぬからのう。」
「おぉ、ご主人がやる気を出してるっス!明日は雨が降るっすね。」
「ひどい言い草だのう…。」
四不象の背に乗った姜子牙は西岐に向かう中で思考をしていく。
(やはり名も実も無ければ信は得られぬのう…。崑崙山に戻って修行をするのは決まりだが、二郎真君様に蛟退治でも願い出てみようかのう?)
その後、西岐で姫昌に歓待を受けた姜子牙と四不象は、西岐で一夜を明かしてから崑崙山に戻ったのだった。
◆
姜子牙が竜吉公主の屋敷を去った後に一人の女性が竜吉公主の前に姿を現す。
「姜子牙ちゃんはどうだったかしらん、竜吉公主ちゃん?」
独特の言い回しで竜吉公主にそう声を掛けたのは妲己だ。
妲己は紂王が幻術から覚めたのを確認するとそれを胡喜媚と王貴人に伝えて諸々の指示を出した後に、姜子牙の行動を読んで竜吉公主の屋敷に先回りしていたのだ。
竜吉公主は妲己に目を向けると、少し首を傾げながら話し出す。
「そうじゃのう…よくわからぬな。」
「あらん?どういうことかしらん?」
「掴み所が無いのじゃ、あやつは。ああいった者は初めてじゃからよくわからぬのじゃ。」
竜吉公主が姜子牙をそう評すると、妲己は面白そうに笑みを浮かべる。
「私に勝てそうかしらん?」
「勝てぬな。今の所はじゃがのう。」
「うふん、それは楽しみねぇん♡」
ニコニコと微笑む妲己に竜吉公主は一度肩を竦めると、今度は妲己にジト目を向ける。
「それで、いつまで妾の屋敷にいるつもりじゃ?」
「今夜は楊ゼン様がいらっしゃりそうだからねん。明日の陽が昇るまでいるわん♡」
妲己がそう答えると、竜吉公主は不満そうに頬を膨らませる。
「妲己、ここ最近はお主ばかり二郎真君と一緒にいるのじゃ。じゃから、今日は遠慮して妾と二郎真君の二人だけにするのじゃ!」
「い・や・よん♡」
妲己の返答を聞いた竜吉公主はニコニコと微笑みながらもコメカミに青筋浮かべ、宝貝を使って幾つもの水球を造り出す。
それを見た妲己がクスクスと笑いながら逃げ出すと、竜吉公主が水球を放ちながら追い掛け始める。
その後、二人の追いかけっこは二郎が屋敷に来るまで続いたのだった。
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