姜子牙達が蛟退治をする様になってから一年程の時間が経った。
姜子牙達の修行は順調にいっているが、仲間集めの方は順調ではなかった。
「ご主人、どうだったっすか?」
「ダメだのう。また断られたわ。」
「これで七十八人目っすね…。」
姜子牙は崑崙山での修行の合間に、崑崙山で修行をしている他の道士を仲間に誘おうと声を掛けていた。
だが、その全てが断られていた。
「妲己や聞仲には勝てぬというのはまだ仕方ないのだが、無名の儂についていくぐらいなら自分でいくと言われてはどうしようもないのう。」
そう言って姜子牙がため息を吐くと、四不象も揃ってため息を吐いた。
そんな姜子牙達に二郎が声を掛ける。
「その様子だとまたダメだったみたいだね。」
声の主に気付いた姜子牙は顔を上げて返答をした。
「蛟退治をしてそれなりに道士達の間で名が売れたと思ったのですがのう…。」
頭を掻きながら二郎の方に顔を向けると、姜子牙は二郎の後ろに誰かがいるのに気が付いた。
「二郎真君様、その子は誰っすか?」
四不象が二郎に問い掛けている間に、姜子牙は二郎の後ろにいる少年を観察する。
黒髪に褐色肌の少年は、哪吒と違って活発そうな雰囲気を持っていた。
「彼等はこれから一緒に修行をする仲間だよ。先ずは挨拶をしようか。」
「はい!二郎真君様!」
少年は一歩前に進み出ると、胸を張って自身を親指で指差しながら自己紹介を始めた。
「俺は雷震子!親父…姫昌の末っ子だ!」
雷震子の自己紹介に姜子牙と四不象が驚いた表情を見せると、それを見た二郎は愉快そうにクスクスと笑ったのだった。
◆
時間は一ヶ月程前まで遡る。
ある日、姫昌と酒を酌み交わそうと二郎が西岐に訪れると、姫昌は酒の席で不意に二郎に包拳礼をした。
「急に改まってどうしたんだい、姫昌?」
「二郎真君様に一つお願いがございまして。」
「なんだい?」
「私の末子、雷震子に会っていただきたいのです。」
姫昌の願いに二郎が首を傾げると、姫昌は理由を話し始めた。
「雷震子はとてもよい子でしてな。国を興し、殷と戦おうとする私の役に立ちたいと、黄将軍に鍛えてもらっていたのです。」
二郎は酒を一口飲みながら目で姫昌に話の続きを促す。
「黄将軍は雷震子を『将の才は無いが、武の才はある』と評してくれました。」
「それで、俺に雷震子と会ってどうしてもらいたいんだい?」
「雷震子に道士の才があるのならば、崑崙山につれていっていただけないでしょうか?」
また酒を一口飲む二郎に姫昌は話を続ける。
「国を興し、私が王になれば、伯邑考は王の後継者として相応しいと他の者に示す為に戦場に出なければなりません。雷震子はそんな伯邑考を守る為に力を欲しているのです。」
かつて賢王ギルガメッシュが生きた時代は王が兵を率いるのが当たり前だった。
これは冬に民を飢えさせず、凍えさせない為には、時に他国から奪う事が当たり前だったからだ。
だが、今の時代は兵を率いる将がいるので必ずしも王が兵を率いる必要はない。
しかし弱い王が治める国が舐められるのは、賢王ギルガメッシュの時代から千年経った今でも当然のことだった。
仮に殷を滅ぼした国の王が弱いと他国に舐められたら、その他国の王達が野心を持って次々と立ち上がり、中華は戦国乱世へとなる可能性が高い。
それを避ける為にも伯邑考は戦場に出て武名を上げねばならず、そんな伯邑考を守ろうと雷震子は力を欲しているのだ。
「姫昌、君の子が道士になったら君と一緒に年老いる事が出来なくなるけど、それでもいいのかい?」
「正直に言えば寂しいですな。ですが、親より先に死ぬ親不孝者になられるよりはよいでしょう、ホッホッホッ!」
姫昌がそう言って朗らかに笑うと、二郎は雷震子と会ってみることにした。
そして雷震子と会った二郎は、彼を崑崙山へとつれて行くことを決めたのだった。
◆
封神演義の一節には次の様に綴られている。
『姫昌が殷との戦いを決意し励んでいると、それを見た養子の雷震子は養父と養兄の役に立とうと黄飛虎に鍛えてもらい始めた。』
『雷震子を鍛え始めた黄飛虎は雷震子を武の才ありと評した。』
『ある日、雷震子の元に武神である二郎真君が訪れると彼を崑崙山へと誘ったのだった。』
これは後に武王と呼ばれる伯邑考の義弟にして片腕と呼ばれた雷震子の少年時代の出来事である。
『周に雷震子あり』と後の世にその名を残す雷震子だが、この時はまだ力を持たぬ一人の少年に過ぎなかったのだった。
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